05-05 倚食の徒
はっと
「す、すみません、このような席で言うことでは……!」って言い繕ってくるが、もう遅せェ。
ぐい、と
「府僚? 何があんだ」
「あ、いえ……」
しどろもどろの臧熹の意図を拾うように、
「俺らの府僚に、
そこまでを言い切ると、到彦之ァ臧熹を見た。
あとァ任せた、って事らしい。
臧熹も頷くと、まっすぐに寄奴を見る。
「田子はしばらくの間、何でもない、と言い張ってはいました。が、私も懸命に食い下がりました。何もないなどと、それこそあり得ぬ話だ、と。やがて根負けした彼が話してくれたのです。父親が、
奴らから買うことになる恨みだって、今までたァ較べもんになんねェだろう。
だから、守れるための、家。
「――熹」
「はい」
「田子についてどう思う」
「得難い友です。まだ、学びたいことがたくさんある」
「気持ちいい奴っす。あいつ自身が針のムシロん中にいんのに、それでも親父のことを心配してやがる」
臧熹、到彦之のツラをかわりばんこに見る。二人ともが、すがるように寄奴を見据えてきた。
寄奴ァ、そっから臧愛親と蕭文寿様のほうに向く。
「雇えそうだぜ、手練の門番ふたり」
臧愛親が額に手を当てて、ため息をついた。
「また飼い犬増やすのかよ、お前……なら、その分稼いでこいよ」
建てた家ァそれなりだが、庭ァ広く取ってる。それもこれも、臧愛親の言う「飼い犬」んためだ。
庭先から聞こえてくる鍛錬の声、そいつを聞きながら、
「おう、どうだ?」
「まあまあかな、そろそろ来ると思って、一通りまとめといたよ」
傍らに丸まってる竹簡を、筆ァ止めずに寄奴に投げよこす。ソイツを受け取ると、寄奴ァ早速竹簡を開いた。
そこにゃ、十四、五人分の名前と、そいつらに関する穆之の見立てが並んでた。
「卒長にできそうなんが
向弥ってな、寄奴がもともと住んでたとこの近所にいた向家の次男坊だ。言ってみりゃ己らの悪ガキ仲間でもある。
長男がおっ死んじまったから家のもろもろごとやんなきゃいけなくなったが、寄奴が新しい家に引っ越すにあたって門番を探してる、って言ったら、真っ先に食いついてきた。
北府の暁将んチの門番に出すような食い扶持だ。当然街の片隅でちまちま稼ぐような実入りよりゃ、ずっといい。向弥にとっちゃ、いい雇われ先だろう……まァ、あいつァ後先考えずムチャしやがる口だったから、しょっちゅう寄奴に小突かれてたけどな。
「どうだろね。ただ、一家の主になったぶん、いい意味で張り切っちゃいるよ。弥兄ぃを推すのも、別に近所のよしみなんかじゃない」
「分かってるさ。あいつのこった、やる時にゃやってくれんだろ。ありがてえよ、正直なとこ、な」
竹簡をくるくるとまとめ直すと、懐につっこむ。何せそいつに乗っかるんなァ、他でもねェ。寄奴じゃあなく、蕭文寿様を、臧愛親を守るための人手だ。
――が。
「で、混じってそうか?」
声を落として、寄奴ァ聞く。
道和の筆が、ようやく止まる。
「先に言っとくよ。裏付けなんか、今の段階じゃ、まるで取れようもない」
「ああ」
筆を置き、ようやく穆之が、寄奴に向き直った。
「崔宏の草、王氏の間諜。当然、紛れ込んでると思ってくれたほうがいい」
言い切る穆之に、寄奴も余計なこたァ言わねェ。ただ大きく、ゆっくりと頷く。
「今の僕じゃ到底奴らを防ぎようがない。なら、あえていろいろ筒抜けにさせといたほうが面倒がない、って思ってる。その代わり、」
拳を握ると、その甲で寄奴の胸あたりを小突いた。
「うちの大将が、そいつらに心底ついて来たい、って思わせるくらいの大物になってくれりゃいい。そしたら今度は、こっちが苦労せずに奴らの動きを掴める」
「また、えれえ難題だ」
「そんくらい簡単にやってくれないと。こっちだって毎日、ない頭振り絞ってんだから」
お前が言うかよ、って感じじゃあった。
が、寄奴ァその言葉に、陰りを嗅ぎ取る。
「――苦戦してんのか、お前でも?」
諜報網づくり。
広陵で崔宏に手ひどく差を見せつけられ、そっからの穆之ァ持ち前のひと垂らしぶりを活かして、京口、建康にそれなりの網を築き上げつつあった。
寄奴ァそこにゃ関わらねェ。性分じゃねェんな、重々承知だ。なら、できるやつに任せるに限る。
たァ言え、兄貴として、弟の愚痴聞くくれェのことならできなくもねェ。
「なかなか、ね。やっぱり、ただわいのわいのしてるのとは勝手が違う。ああでもない、こうでもない。失敗の連続さ。ただ、いい出会いはあった。彼とのつながりで、こっから少しはマシになってくれるといいけど」
「彼?」
答える代わりに、道和が手を挙げる――と、なかったはずの気配が、傍らに持ち上がった。
現れいでるんなァ、これと言って特徴のない、町ですれ違っても、きっとまるで印象に残りそうもねェ男。己らとそんなに年のかさァ変わんなさそうだが、あの手合いを見てくれで測っても仕方ねェやな。
「……まるで気づけなかったぞ」
「だろうね。
吉翰ァ寄奴に向かって拱手すると、すぐさま気配を消し去った。
たったいま、目の前で見せつけられたことじゃある。っが、そんな事できるやつがいたなんざ、そうそううまく飲み込める話でもねェ。
「よく見っけたな、道和」
「僕も驚いたよ。世の中は広い。知れば知るほど嫌になる。なんでこんなに何にも知らないんだ、って」
「違いねえ」
ふたりして笑いあうと、寄奴ァ顔つきを引き締めた。
「さてと、なら己は己で、ちったあ大将らしいこともしとかねえとだな」
庭から響く、威勢のいい声のほうを見る。
「せいぜいしごいてやってよ、うちの家族のためにも」
そう言うと、道和ァ改めて竹簡に目を落とした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます