02-04 江上にて
「なるほど。つまり
「――どうにも否定できねえよ」
船の
「くれぐれも英雄でいて下さい。いま、広陵の子どもたちは
ほとんど無表情のままの孟昶。英雄ならもう少しやさしく扱えねえのかよ、聞こえよがしの寄奴のぼやきも普通にしらん顔だ。
「招かれざる客ではありますが、こちらにも体面があります。先頃申し上げましたとおり、当家にて
「わーってるよ、ただ、あんま堅っ苦しいのは勘弁な」
「ご安心を。此方もあまり英雄殿の化けの皮が剥がれるのは都合がよろしくございませんので」
出航前に
しきれねェで、やっぱり笑ってた。
「どうかしましたか?」
「何でもねぇ。不愉快な虫の知らせだ」
手前ェひとを虫扱いかよってツッコむが、あの野郎、取り合おうともしねェ。
「――? まあ、こちらに益のない情報であれば、それで構いません。ただ、この点についてはお伺いしてもよろしいでしょうか」
「あん?」
「今回の広陵入り、どちらに劉裕殿の益があるのです?」
平坦な表情に隠れちゃいたが、好奇心はだいぶ強えェほうなんだな。真っ直ぐに寄奴を見つめてくる。
孟昶の後ろにゃ船頭のがなり声、漕ぎ手の太鼓、おさむれぇどものいざこざ、そんなモンがとっちらかってる。そいつら全部を、青空がひっくるめる。
「
「ありえません」
「ひでえな。あるぜ、三分っかたくれえ」
「では残りの七分でお願いします」
「へいへい。――要るんだよ、手垢にまみれてねえ奴が」
「手垢、ですか?」
「ああ」
帯に提げた
北府兵だ、って身元を明かす為の代物だ。兵卒なら木、
「敵、味方。どっちでもねえ奴ら。
「なるほど、――孫子ですか」
「あー、それそれ」
適当な返事にもほどがあらァな。
王さま達が見聞きしてきたこと、ってんだから、そん中にゃ当然
そんかし、こん時に寄奴が思い出してたのァ、同じ孫子でも
「――貴方は、不思議な方ですね」
その呟きの声色は、今までの孟昶たァちょっと違った。いつも通りに固てェは固てェんだが、何つか、表が溶けた氷、ってのが合うかな。そんな感じだった。
「聞いていた話では、何処までも
の割に随分噛みついてくれたじゃねえか、寄奴がそれこそ噛みつくと、虎に警戒せぬ人などおりますか? ってあっさり返して来やがる。
「こうして話していても、やはり、失礼ながら
ちょっと考え込み、寄奴は顎を掻いた。
「今は、一寸先も見えねえぼうぼうの草むら、って感じだけどな」
そいつを聞き、孟昶がきょとんとする。が、すぐに解れた。唇の端がわずかに持ち上がる。初めて見る孟昶の笑顔だった。
「餌を求めて方々を歩き回る虎、ですか。これ以上なく恐ろしい」
やがて水平線、その向こうから、広陵の町が顔を出し始めてた。
「ところで孟昶、広陵について、もうちょい詳しく教えてくれ」
「承知致しました。ご存知の通り淝水以降、
「奴婢? どの辺に売り飛ばされんだ?」
「大部分は中原でしょう。あちらも淝水以後荒れに荒れ果て、人手はいくらあっても足りない、と聞いております」
「胸クソ悪りい話だな」
「誠に。その為広陵太守、
「統括は?」
「
「そうか」
王恭どの、についちゃともかく、徐将軍についちゃ知らねェ顔でもねェ。あの豪快そうなオッサンのことをふと思い出す。
「――それと、こちらは問題、とは違うのですが、流民の間に、
「五斗米道?」
「
「おいおい、メチャクチャじゃねぇか」
「仰る通りです。ですので、」
孟昶が、この上なくわざとらしく、拱手して来やがった。
「劉裕殿におかれては、この広陵で慎ましやかな時をお過ごし下さるとのこと、大変、大変有り難く思っております。ですので、くれぐれも騒ぎを起こされぬよう、よろしくお願い致します」
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