02-02 広陵主簿・孟昶
オッサンの屋敷は、門構えこそ司馬休之どののそれより豪華だったが、出された食事だ、酒だはむしろ質素とも言えそうだった。
後日
「立場が立場ゆえ、我々はあまり大っぴらに動くわけにもゆかん。そこで諸君らに渡りをつけやすくするよう、信用のおける連絡役を設けておきたい」
そう言って王謐のオッサンから紹介を受けたのが、ちょっと線の細せェ、けど目つきは妙に鋭でェ奴だった。歳のかさは
「
広陵。
その頃ァ淝水の騒ぎもあって、北の方から新たに逃れてきた流民の対応にてんてこ舞いになってたらしい、って聞く。
そんな町の主簿なんだから、流民とりまとめの手続きだとかでかなり忙しかったろう。にもかかわらず呼び出されたってんだから、そんだけでもオッサンからの信任の度がうかがえようってモンだ。
「おう、よろしく頼まあ」
ぐい、って寄奴が孟昶に酒杯を押し付ける。しばし固まっちゃいたが、やがて孟昶はそいつを受け取ると、一気に呷り、んで、派手にむせた。
「お、おい昶、お主酒はからきしだろうに」
心配そうに割り込んできたオッサンに対して、えづきながらも「頂いた杯ですから」って孟昶が返した。寄奴に向き直る。
「り、
寄奴は孟昶のその様子が、とにかく面白くてならねェでいた。咳き込んだあまり猫背になってる孟昶に、敢えて目線の高さを合わせる。
「いいぜ?
しばらく、その姿勢でにらみ合う。間近で寄奴に目ェつけられるなんざ、そこいらの奴ならそんだけで尻尾丸めようってもんだ。だが、孟昶に退く気配はねェ。虎の眼差しをまともに浴びながら、やがて、深呼吸を一つ。
「ありがとうございます、では遠慮なく。何故、この泥船にお乗りになろうと思われました?」
後ろでオッサンがヒェッ、って息を飲んだ。
「おう、言うねえ!」
寄奴は
固てェ。が、変に取り
そんで、同じくオッサンについても値踏みする。驚きゃしたが、止めようたァしねェでいる。少なくとも孟昶の質問をナシたァ思ってねェって事だ。慌てふためく様子がいくぶん芝居がかってんのが、きっとすべてなんだろう。
悪かねェ取り合わせだ。だから寄奴は、もうちょい揺さぶることにした。
「けどな、あんたのご主人だろ? いいのかよ、そんな風に」
こう仕掛けられりゃ、だいたいの奴は主人のほうに目を飛ばす。迷いがあるかどうかは、その仕草に出る。
じゃ、孟昶はどうだったかって言うと、まるで揺るがなかった。
「主人なればこそです。刺客に狙われるような立場でありながらも、満足な護衛もつけられないでいる。この状況に対し、今更何の言い訳が出来ましょう」
オッサンが申し訳なさそうに頭を掻く。
そこに魏詠之が「王謐どの、そう
「対してお三方の武勇は、今や
なるほどね、寄奴が小さく鼻を鳴らす。言葉尻こそこっちを立てる風じゃいたが、顔つき、口調からすりゃ、
――
って言ってるようなモンだ。そりゃ目つきも鋭くなる。
いちいち大げさに過ぎらあ、そう言って寄奴が、バチバチに向かい合ってた視線を先に外した。何無忌らの方に歩み寄る。
「言うまでもねえだろうが、淝水でいちばん秦兵をぶっ殺したのは
龍がもたらした王さま達の記憶の中でも、寄奴が好んで頭ン中に引っ張ってきたんなァ、王さま自ら軍勢を率いて敵を散々に打ち負かすような奴だった。
中でも
己らみてェな小僧どもがふだん考える将軍さまってな、
王さま達が見てきたもんと、手前の
「多少名前が通るようになったっつっても、しょせん吹きゃ簡単に飛ぶ木っ端に過ぎねえ。だから今、肩ひじ突っ張って踏み出してく必要がある」
目配せをすると、魏詠之は苦笑交じりにうなずいた。何無忌は――渋面と、あとはそこはかとなしの怒り、か。
寄奴はそんな二人の間に割り込んで、後ろから二人の肩を抱えた。
「それとな、孟昶さん。己ら、知っちまったんだよ。デカく勝つことの快感をな。ありゃ病みつきになる。そしたら、こっからのし上がってくのに、誰と組むのが面白そうだと思う?」
いくらなんでもものの言い方を考えろ、そう何無忌が小耳に刺してきた。
少し考え込む風だった孟昶だが、やがてその目つきが少し緩んだ気がした。
「なるほど。ではお互い、精々苦い酒をすすり合うとしましょうか」
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