激闘の果て
逆柿中学校二年三組の高山遼は、クラスメートである妙義榛名と宮城綺奈がいなくなってしまったので、担任の新里さくらと隣のクラスの担任の男性教師と共に二人を探していた。
「誰も二人を見た者がいませんね。手の空いている先生方を呼んで来ますよ」
男性教師は不安そうな顔のさくらを見て言うと、廊下を戻って行った。さくらは高山を見て、
「先生方が来るまで、ここで待ちましょう」
しかし、高山は同意しなかった。
「俺、一人でも探しますから!」
彼は気がついたのだ。自分が綺奈に惹かれている事を。それは榛名が彼に貼った護符の影響もあった。
(榛名ちゃん、宮城、どこにいるんだよ?)
高山は後ろで叫ぶさくらを無視して、何故かはわからなかったが、体育館へと向かった。高山自身は気づくはずもないのであるが、一度闇の頭領のナギに憑依されたせいで、榛名の居場所を感じているのだ。ナギが榛名に敵意を向けているのもおぼろげながら感じていた。
「誰だ?」
高山は体育館へと続く渡り廊下の先に榛名の父である白雲の姿を見つけた。白雲も高山の姿に気づき、気を失った綺奈を抱きかかえたままで立ち止まっていた。
「君は榛名のクラスメートだね?」
白雲は榛名への思いを強く発している高山を見て微笑んで言った。
「え、あの、貴方は?」
いきなりそんな事を言われたので、高山はビクッとして白雲を見上げる。白雲は綺奈を高山に渡しながら、
「私は妙義白雲。榛名の父親です」
「あ、そうですか、どうも」
高山は綺奈を抱きかかえて顔を赤らめ、白雲に応じた。
(宮城、軽いな……)
柔らかくていい匂いがする綺奈に高山は鼓動を高鳴らせた。
「ここから先は危険だ。君はその子を連れて校舎に戻りなさい」
白雲は真顔になって高山に告げた。高山は白雲の目の鋭さに改めて気づき、息を呑んだ。そして、
「は、はい」
それだけ応じると、綺奈を落とさないように気をつけながら、渡り廊下を戻った。白雲は高山達が見えなくなるまで待ってから、踵を返した。
「ナギ、お前の思い通りにはさせはしない」
白雲は内ポケットに手を入れ、走り出した。
闇の者スセリの姿に戻った榛名は、ナギの剣で斬り裂かれた左肩の出血を装束から取り出した護符で止めた。それを見たナギがフッと笑い、
「効いているようだな、その傷。程なく死ぬる故、治癒の必要はないぞ、スセリ」
そう言って剣を上段に振り上げ、榛名の頭上に振り下ろした。
「ほざくな!」
榛名は五行剣でそれを薙ぎ払い、すぐさま剣を引き戻すとナギに向かって突き出した。
「ぐぬ!」
ナギはそれをかわし切れず、右脇腹を抉られる形になり、飛び退いた。彼の身体からも青黒い血が流れ出し、地面を黒く染めていく。
「動きが鈍っていないか、ナギ?」
榛名は剣に着いたナギの血を振って落とした。ナギはギリギリと歯を軋ませた。
「黙れ! お前如きに!」
ナギは剣を下段に構え直すと突進した。榛名はナギの動きを見切るために目を細めた。
「おりゃあ!」
ナギは剣で地面を斬り裂くように掘り、砂利と土を榛名に飛ばして来た。
「く!」
榛名は意表を突かれた結果視界を一瞬失った。
「死ぬるがいい、スセリィッ!」
ナギの
「ぐう!」
榛名は呻き声を上げてヨロヨロと後退し、地面に転がる左前腕を見た。彼女の左肘から
「形勢逆転だな、スセリ?」
ナギは元々吊り上がっている右の口角を更に吊り上げて言い放った。
「卑怯な! それでも闇の頭領か!?」
榛名は肘の出血を護符で止めながら怒鳴った。
「お前には愛しい男という味方がおろう? 私は一人で戦っておるのだ。そのような事を言われたくはないな」
ナギは榛名を嘲るように言い返した。
「榛名、戦い方に
そこへ白雲が走って来て叫んだ。彼は同時にナギに護符を投げつけた。
「そのようなものが通じるか!」
ナギは白雲の放った護符を剣で斬り裂いた。すると裂かれた護符が式神に変化し、ナギに襲いかかった。
「おのれ!」
ナギは剣を振るって式神を斬り捨てようとした。しかし、その式神は身軽で、宙を駆け回るように飛び、ナギの太刀筋をかわした。
「榛名、大丈夫か?」
白雲は榛名の左前腕が切り落とされているのに気づき、目を見開いた。
「大丈夫です、父上」
榛名は俯いて応じた。
(この姿をこれ程間近に見られたくなかった……)
榛名は消えてしまいたくなるほど辛かった。
「ここからは私が」
白雲は自分を見ようとしない榛名にそれ以上言葉をかけられず、ナギを見た。ナギはまだ式神を追いかけていたが、白雲が次の一手を打とうとしているのを感じ、
「
剣を振るうのをやめると、妖気を身体中から噴き出し、式神をそれに取り込んで溶かしてしまった。
「隙を作って攻め込ませようと思うたが、その手には乗らんようだな」
ナギは意図的に式神を追い回していたのだ。しかし、白雲もナギの企みを見抜き、手を変えようとしていた。
「さてと。恋しい者同士が揃うたところで、仲良う旅立ってもらおうか」
ナギは舌なめずりをして剣を正眼に構える。
「そうは言っても、お前とスセリでは死んだ後に行く所は違うがな」
「言いたい事はそれだけか、ナギ!?」
榛名が激高して右手だけで剣を構えた。中段と正眼の間くらいの構えだ。
「榛名、お前は傷が深い。ここからは私が引き受ける」
白雲が榛名を庇うように前に出る。すると榛名は、
「先程ナギと約定をかわしました。私とナギだけでケリをつけると」
白雲の更に前に出た。
高山は綺奈を抱えて校舎に戻った。二人に気づいたさくらが駆け寄る。
「宮城さん、どうしたの?」
「わかりません。妙義さんのお父さんが来ていて」
高山は心配そうに綺奈の顔を覗き込む。さくらは首を傾げて、
「妙義さんのお父さん?」
「はい。ここから先は危険だから、校舎に戻りなさいって言われました」
高山の言葉にますます何が起こっているのかわからなくなったさくらは、
「とにかく、職員室へ。先生方に報告しないと」
「はあ……」
保健室じゃないの、と思いかけた高山だったが、その保健教師の千代田光代がいなくなったのを思い出した。
「妙義さんて一体どういう子なのかしら?」
廊下を進みながら、さくらは保健室で榛名と話した時の事を思い出していた。榛名は中学生にしては妙に落ち着いていて、光代の姿が見えないのを冷静に気づいていた。さくらには不気味な子供に見えたのだ。
「どういう子って、可愛い子ですよ」
高山はニヘラッとして応じた。するとちょうどその時意識を回復した綺奈が、
「ちょっと、高山君、どうして貴方が私を抱きかかえてるのよ!?」
喚き出した。高山はギョッとして立ち止まり、綺奈を下ろした。綺奈は高山に抱えられていたのが恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にしている。
「変な事しなかったでしょうね、高山君?」
恥ずかしさを紛らわすために綺奈は高山を睨みつけて尋ねた。高山はドキッとしたが、
「す、する訳ないだろ? 俺、お前になんか、興味ないもん」
つい嘘を吐いてしまった。途端に綺奈の顔が曇った。
「そう、だよね」
高山はしくじったと思ったが、さくらがいるので謝りたくなかった。
榛名の気迫に押された白雲は唖然としたままで退くしかなかった。榛名は斬り落とされた左前腕を見た。すると前腕はスルスルッと地面を這いずり、左肘に戻って復元した。
「白雲様、闇の者には命というものがありません。ですから、心配ご無用です」
榛名は復元した左手を剣に添えて告げた。ナギはそれを見てニヤリとし、
「やはりお前は戻るべきだ、スセリ。私の跡を継ぐのはお前しかおらぬ」
「言うな、ナギ! お前と袂を分かった時、二度と戻らぬと誓ったのだ!」
榛名は剣の柄を握り直して怒鳴った。ナギは真顔になり、目を細めた。彼の右脇腹もすでに斬り傷が塞がっている。
「よかろう。お前の心の内はようわかった。もはや何の躊躇いも必要なしという事だな!」
その言葉が終わらないうちにナギの姿が消えた。榛名もそれに反応して動いた。
(またか……)
白雲は二人の戦いに全くついていけない自分が情けなかった。
「うりゃあ!」
「はあ!」
ナギと白雲の剣がかち合わさるたびに火花が飛び散る。白雲にはそれしか見えない。
(何という速さだ……。剣の動きは愚か、榛名とナギの影すら見えない)
白雲の額に汗が滲んだ。
(もしや榛名は気づいているのか……)
白雲は必死になって榛名を目で追った。しかし、一瞬立ち止まる姿が見えるだけである。
「腕を上げたか、スセリ? それもあの男への情念の賜物か?」
ナギが挑発めいた事を言った。しかし榛名は、
「そんな余裕があるのか、ナギ!?」
逆に挑発し返した。二人は互いに後ろに飛び、もう一度突進した。ナギは左斬り上げ、榛名は逆袈裟に剣を振るった。途中で剣が激しくぶつかり合い、火花を散らしてどちらも剣身を真ん中から折ってしまった。
「禍津!」
榛名は五行剣に宿らせた式神の禍津の名を叫んだ。
『承知仕りました、
禍津が応え、折れた剣身が落下せずにナギの右胸に突き刺さった。
「何ィッ!?」
思いも寄らない事が起こり、ナギは目を見開いて榛名を見た。榛名は折れたナギの剣を握り締めていた。
「闇には命がない故、殺す事はできぬ。しかし、消す事はできる」
榛名は目を細めてナギを見た。そして、持っていた剣の半身をナギの左胸に突き刺した。
「ぬぐああ!」
ナギは自分の剣を打ち込まれると、雄叫びをあげた。
「おのれ、スセリィッ!」
ナギは榛名に掴みかかろうとしたが、榛名は更に折れて残った剣をもナギの胸の中央に突き立てた。
「ぐがあ!」
ナギの口から青黒い血が吐き出され、榛名の顔にかかった。それでも榛名は手を緩めず、根元まで突き入れた。
「榛名……」
白雲は榛名がナギに止めを刺したのに気づいた。
「貫け、禍津!」
榛名は目を見開いて命じた。
『承知!』
禍津が宿った剣の半身はナギの身体を突き抜けて背中から飛び出した。
『主、貴女に仕えられて我は本望です』
禍津はそれだけ言い残すと消滅してしまった。榛名はそれに微かに笑みを浮かべて応じた。
「禍津、すまぬ、私もすぐに追いつく」
榛名は視線をナギに戻した。ナギは苦悶の表情を浮かべながらも、榛名を睨みつけていた。
「式神の光の力を私の中に注ぎ込ませたのか!?」
喋るたびにナギの口から血が噴き出し、榛名にかかる。
「いくらお前がしぶとくてもそれには耐えられないだろう?」
榛名はナギの血を右手で拭いながら、左手で更に剣を押し込んだ。
「お前はわかっているのかスセリ? 私が滅ぶとどうなるのか?」
ナギは榛名の左手を両手で掴んで尋ねた。苦痛のあまり、目が見開かれたままだ。
「知っている」
榛名は事も無げに応えた。ナギはギリッと歯を軋ませ、
「ならば、あの男の考えている事もか?」
「全て承知の上だ」
榛名は表情を変えずに言った。するとナギはニヤリとし、
「お前を先鋒として送り込んだのが私の失策だな」
その言葉を言い終えるとナギの身体が砂粒のように崩れ始めた。
「さすが我が娘よ!」
ナギは最後にそう叫ぶと、身体のあちこちから光を漏らしながら散り、一陣の風と共に消え去ってしまった。榛名は右手に持っていた五行剣の柄を地面に落とした。ナギの剣の半身はナギと共に砂粒のように砕けて消えた。榛名はゆっくりと白雲の方を向いた。白雲はそれに気づき、ビクッとして榛名を見た。
「白雲様、春菜の力、取り戻しました」
榛名が告げた。白雲がそれに応じてナギが消えた場所を見ると、地面近くを
「さあ、春菜の力を戻して、彼女を甦らせてください」
榛名は微かに笑みを浮かべた顔で白雲を見た。先程までは自分の姿を見られたくなかったのであるが、今は違った。少しでも長く見ていて欲しいと思った。
「あ……」
白雲は榛名に言われて歩き出し、漂っている青い玉を護符で包んだ。
「春菜……」
玉に触れた時、彼は娘の気を感じて涙を流した。
「榛名……」
そして白雲は榛名に目を向けた。
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