第29話 最も大切な人の名前
残り八分。理沙を連れて、最上階にたどりついた。
進んで行って、扉の内部……部屋の中を見まわすと、コンソールのようなものを叩いている美鈴の姿があった。
彼女の目の前には、分厚い壁がある。
すでにたどり着いていたはずの彼女らは未だに研究成果を手にしてはいなかった。
「解除のパスワードが違う。……くそっ!」
美玲は、嘆きながらも思いつく限りのパスワードを入力していく。
どうやら予想外の事が起きてしまっていたようだ。
入力されたパスワードの欄はことごとくが、警告音と共に空欄に戻っていく。
「ここまで来て、……こんな事で……っ!」
悲壮な声に、周囲にいる誰もが痛ましそうな顔を見せる。
残り時間七分。
脱出を考えれば、もうそろそろここを出なければならない。
その中で、
「なぜ、なぜだ……私は言われた通りにしただけだ。それで世界を救った名誉が手にはいるはずだったのに」
うわ言を呟き続ける者がいた。
エージェント達に取り押さえられている五十嵐に気づく。
「彼は?」
「ん、ああ。こいつは飛んだ裏切り者だよ。先にたどり着いたこいつが操作してパスワードを書き換えやがったんだ」
「ちっ、違う私は言われた通りに扉を開く方法を試しただけだ、私はっ、こんなはずはあぁっ!!」
何というか、後で色々聞きださなければならない事があるそうだ。
そうこうしているうちに残り頃時間は、六分を切った。
「そんな、どうしてだ。どうしてなんだ!」
「美玲さん……」
拳をコンソールに叩きつけ、乱雑に入力されたパスワードを認識して警告音が鳴り響いた。
美玲は、その身を反転させ五十嵐に向き直り、銃を突きつけた。
周囲の者達が息を呑む、それは佐座目もだ。
「言え、お前が知っていることを全て言え。誰に言われた、何を操作した」
底冷えするような暗くつめたい光を瞳に宿して、発せられる声は氷のようだった。
「さもなくば……」
美玲は銃の引き金にそえた指にゆっくりと力をこめていき……。
「美玲! やめなさい!」
佐座目が止めるよりも早く理沙の声が響いた。
「今のアンタ、牙……ディエスと同じ顔してるわよ。私の目の前でもうあんな風になるなんて、許さないから」
「……すまない」
理沙の言葉を受けて、うなだれる美玲は仲間達に指示を出し始める。
「お前達はもう脱出しろ。私は最後までここに残って足掻いて見せる。運が良かったら、成果をここから投げ落としてやるからしっかりと受け止めてくれ」
「な、何言ってんのよアンタ。自分が言ってる事の意味わかってんの!?」
「私は本気だ……」
美玲の表情をじっと見つめた理沙はため息をついてコンソールへと歩み寄りよる。
「仕方ないわね。美玲、無線で他の人間に連絡とって、下で見張ってるように伝えなさいよ」
「理沙? 何をしている?」
「最後まであがくんでしょ、つきあうわよ」
理沙はそう言って、コンソールにパスワードを打ち込み始める。
「残るんなら、なあ」「しょうがないよな」「ここがふんばりどころだしな」
周囲の者達も、理沙に追随するようにコンソールに集まり始める。
残り時間五分。
連絡通路で待っているはずの、会場車両を使って脱出するには、今この瞬間に撤退しなければいけないのだが、だれもこのフロアから出て行こうとはしなかった。
「僕、あんまり役に立ってませんね」
やはり自分は兄のようにはなれない。
分かっていた事だが、戦闘面以外ではまるきり駄目だ。
「そんな事はない、お前がいてくれたから。皆、希望から目をそらさずにここまでこれたんだ。お前は立派な私たちの灯りだよ」
「あ……ありがとうございます」
僕の上の名前は灯乃っていうんですよ。
人を先導する……導く役目の船頭家と共に歴史を歩んできた灯乃家。
両親は僕に似ず、暗い場所にいる誰かの灯りとなれるような、そんな人間だったんです。
いつか話す機会があったら、教えてあげるのもいいかもしれない。
柄にもなく、言葉に詰まってしまった佐座目は視界の端にあるものを見つける。
それは、こんな場所にあるには似つかわしくないもので、いつか見たことのある、とある少女の腕輪だった。
この組織に侵入したらしい未踏鳥。彼は何かの目的があってここにいた。
あるとしたらおそらくこのフロア。
だとしたら色々と操作しているかもしれない。
「ちょっと、失礼します」
佐座目の脳裏に言葉が浮かんだ。
それは、あの男の希望となる存在だ。
彼の最愛の娘の名前。
MIZUNA
入力してすぐ、目の前の扉が開いた。
残り時間四分。
目標は達成された。
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