第28話 僕の希望の在りか
苦痛の色を帯びた叫び声が上がった。理沙の声だ。
佐座目は視線を動かす。
彼女は一体何をしたのか。
「理沙さん!?」
「アぁ………あぁぁぁぁぁぁぁっっ!」
少女の肌が黒紫色に染まって真っ黒な翼が背中から生えてくるところだ。
「まさか、ナイトメア化!? どうして!?」
理沙は、足で床を踏み鳴らす驚異的身体能力でソウルブレイカーに接近した。
「ウアァァァァァ!!」
刻一刻と変化していく拳で殴り、足で蹴り、ソウルブレイカーと戦っていく。
渡り合えていた、互角に。落ちこぼれと評されていた理沙でも。
反撃を受けても、飛来するモーニングスターを受けても、その体は傷一つつかない。
「アァァァ……、うっ……、ハヤク、早くウエニ……」
理性を侵されながらも紡ぎ出される理沙の声。
佐座目達は早くも回復してきていて、よろめきながらも身を起こすくらいの動作はできていた。
「そんな落ちこぼれの脱走者なんてどうなろうといいだろう、私は進むぞ、この世界を救うために!」
五十嵐がよろめきながら、後ろを振り返ることなく部屋を出て行く。
だが、佐座目はその場を動こうとしない。
「行って、ハ……ヤク」
「そんな、理沙さんを置いてはいけませんよ」
「ミ、……美玲! イキナサイ!」
「……っ。すまない!」
五十嵐に次ぐように美玲が動き出してその後を追いかけ始める。
他のエージェントも、だ。
「コノ、馬鹿……!」
ナイトメア化した理沙を援護するように、佐座目は銃を撃ち込んでいく。
そして、
「弾けて、消えなさい」
最後は、醜聞に距離を取った佐座目を確認してから
理沙はナイトメアが得意とする爆裂の攻撃で相手にトドメをさした。
閃光の中に過去の光景が浮き上がる。
ずっと昔、家族として兄ができた直後の幼かった頃の佐座目が、一人で公園のブランコに座てぼーっとしている。
空は、日が暮れて、夜の帳が降り始めていた。
しばらくそんな風にしてれば、そこに理沙がやってきて話しかけるのだ。
自分の知ってる姿よりもうんと幼い少女が。
「アンタこんな所で何やってんの?」
「別に、何もしてないです」
「危ないでしょ。子供は早くうちに帰りなさい」
「でも、貴方も子供じゃないですか」
「うるさいわね、子ども扱いしないで」
言ってる事が滅茶苦茶だった。
そうだ、理沙さんはあの頃から理沙さんだった。
「もう少ししてから帰ります」
「何でよ」
「僕がいたら兄さんが困るからです」
「はあ? 弟が帰ってきたのに何で困るのよ」
「つい先日まで僕らは家族じゃなかったからです」
「? 何それ、意味わかんない」
再婚だの、連れ子だのの大人の事情をにおわせたのだが、小さい理沙さんには理解できなかったみたいだ。
「困ったって、いいじゃない。家族なんだから遠慮する事ないでしょ」
「遠慮はしてません。ただこうした方が良いと思ったからしてるだけです」
「アンタ、言ってる事が変でよく分かんないわ」
「よく言われます」
理沙に言われた通り、そんなことはよく言われていた。
当時から佐座目は年齢不相応な言動をするものだから、周囲から浮いていたのだ。
適当に合わせて取り繕っておけばいいものを、そこらへんの人の感情はまだその当時の自分は理解できてなかったのだ。
それが分からない程度にはまだまだ自分も子供だった。
「仕方ないわね。感謝しなさい、アンタの兄とやらが困らない方法をあたしが一緒に考えてあげるわ」
理沙さんは少し考えた後、そう言って隣の開いているブランコに腰かけた。
何でもない、時間。
子供二人のするそれは、対して身のない話だった。
けれど、それが一つのきっかけだったことを覚えている。
兄の好きな事、嫌いな事、よくやってることについて考える様になって、少しだけ日常に変化が生まれた。
変わった日々は、以前の日々とは違っていて、それは冷めた態度をとっている佐座目の心をほんの少し、揺らしていく日々だった。
それがきっと、佐座目の中で理沙という人間が特別な存在になった、一番最初の大切なきっかけだった。
佐座目は倒こんだ理沙を抱き上げて、移動していく。
理沙さんのこと重いってわけじゃないけど、人間一人分の重量はそれなりにある。どうしても美玲達の方に、急いでかけつけるというのは難しかった。
「これってまるでお姫さ……ふん、今だけは特別に許してあげるわ」
頬をうっすらと赤く染めつつも強がる理沙をからかいたかったが、今は自重しておく。
「まったく、ようやくこの世界に希望が見えてきたってのに、アンタが残ったせいでまた駄目になったらどうするつもりよ」
「僕は大丈夫ですよ」
「アンタはそりゃ、どんな世界でも生きていけるでしょうけどねっ!」
いえ、そういう事ではなくて。
人の話は最後まで聞くものですよ。
「僕の希望は理沙さんですから、どうしても失くせなかったんですよ」
きっとこの腕の中にいる彼女がいなくなてしまったら、佐座目はここまで頑張って来た意味もこれから頑張る意味も失くしてしまう。
「人にとって希望ってそれぞれなんですよね。美玲さんの希望。理沙さんの希望。希望がないときっと人は絶望してしまう。僕にとっての希望はどうやら大切な人が生きてるって事みたいなんです」
だから置いていくなんてできなかったのだ。
たとえそれで世界が救われたとしても、彼女がいなかったら僕の世界はもう滅んで
いる。
「あ、アンタよくそういう恥ずかしいセリフ真顔で言えるわね」
視線を外して横を向いてしまった理沙。
照れている理沙さんも可愛いですよ。
「希望って大切なんですね。それを守ろうとすると何でもできるような気がしてきます。あくまでもしてくるだけですすが。不思議な感覚でした」
「何、他人事みたいに言ってんのよ。馬鹿」
理沙は、お返しとばかりにこちらの胸に軽く拳を当てた。
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