第3話 腫物にさわる様な扱い
行き先である彼女らの活動拠点に向かっている最中、一人の女性が話しかけてきた。
「あ、あの」
おどろどとした気弱そうな女性だ。眺めの前髪の隙間から佐座目の方へとちらちらと視線を送っている。
「どうしましたか?」
「ひっ」
怖がらせないようにできるだけあだやかに声を掛けるのだが、彼女は肩をはねさせて体を震え始めた。
一体どうしたというのだろうか。
大丈夫かと声を掛けようとした瞬間。
「馴れ馴れしく菖蒲に話しかけるんじゃねーよ」
男の隊員が、やってきて菖蒲というらしい女性を掴んで佐座目の近くから引きはがした。
「あ、あの違うのあーくん。私は……」
「あーくんじゃねぇ。とにかくもうこいつには関わるなって言ったろ」
「で、でもさっき助けてくれたお礼、まだ……」
菖蒲はもごもごと何事かを喋っているようだが、声が小さくて聞こえない。
そうこうしているうちに男性に十分な距離まで引かれて行ってしまった。
一体何なのだろうか。
他の隊員たちを見る、誰も彼もがこちらに対して否定的な視線を送ってきている。
記憶喪失になった仲間の身を案じる類の視線では、間違ってもないようだ。
首をひねるが、しかし何も分からない状況で下手な事を聞くわけにもいかない。
考えているうちに、風が体に当たるのを感じた。
地下鉄の線路を外れ、駅の構内へと移動していたらしい。
階段を上り、改札を通り過ぎるがもちろん、自分たち以外の人は一人もいやしない。
この世界ではもう満員電車に乗ることはないんだろうな、とそんな益体もない事を考えた。
外に出る。
壊れた建物、寂れた看板、陥没していたり、草が伸びているアスファルト、光の亡くなった信号機が目に入った。
佐座目も何度か通った事のある道だった。
認めなくてはいけない。
正直こうして目にするまでは半信半疑だったが、ここは未来だ。
未来の、明日滅んでもおかしくない、希望なき世界だ。
町中を通りながら、抗体組織の建物へと向かう。
運が良いのか、ナイトメアには鉢合わせなかった。
辿り着いた建物は予想通り
「ボロボロですね」
そんな姿だった。
よく倒壊しなかったものだ。
焼け焦げてまっくらだったり、壁に穴が開いていたり。
かろうじて建っている。そんな表現がなんの誇張もなく似合ってしまうような有り様なのだ。
「ここは三度も襲撃を受けたからな。だが、今は防壁を張るエージェントが不足しているんだ。彼らが疲弊してしまうと、こちらは身を守るすべがない」
建物の周囲は半球状に透明な光が覆っている。これが防壁とやらだろう。これのおかげで普段は、ナイトメアの襲撃に耐えられているというわけか。
「どうするんですか?」
足を緩めることなくそれに近づいていく。
防壁とやらは佐座目の知識にはないものだった。
美玲は、一瞬訝し気な表情をした後、思い至った。
「ナイトメア避けだ。余計な心配はいらん」
心配は杞憂だと説明される。
防壁をすり抜ける彼女に続いて、建物へと歩いていく。
内部に足を踏み入れるなり報告の為にどこかへと言ってしまった美玲。入れ替わるように訪れた別の女性に佐座目は医務室へと連れていかれた。生憎と、担当の医師はいないようだったが。しばらくこの場にて待つことになった。
しかし、通ってくるときにも目に着いたが随分と建物内部も傷んでいるようだ。
「侵入されたようですね。ナイトメアに」
「……え、えぇ、そうです……」
佐座目をここまで案内してくれた美玲ではない別の女性は、尋ねられた瞬間に動揺する。
「何か気に障る様なことでもしましたか?」
「い、いえ……その戸惑ってしまっただけで」
問い詰めることはせず落ち着くまで待ってやると、女性は話し始めた。
「本当に忘れてしまったんですか? その、あまりにも前のディエスさんと違うものですから」
どうやらそのディエスとやらは、丁寧語で喋ると驚かれるような人物らしい。
見知らぬ人間が、記憶の中の行動とはまったく違う事をしだしたら、誰だって戸惑うに違いない。
他の人と話すたびにこんな反応をされてはたまらない。
とりあえず、前のディエスが一体どんな人物だったのか気になった。
「そのディエスという人、どういう人なのか教えていただけませんか?」
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