第1話 自称、記憶喪失



 これはいつかどこかの、記憶だ。

 僕はどうやら現在その記憶を再生しているようだった。

 眠ってて、夢でも見てるのかな。


 とにかく僕はもう通り過ぎてきたはずの過去の映像の中にいた。


 目の目には髪をツインテールにした少女がいる。


「こんな仕事すぐに辞めたいぐらいだけど、でももう少し頑張ってみようって思ったわ」


 その言葉は、いつも偉そうにしてて、意地っ張りな性格でなかなか素直になれない少女が見せた本音だ。


「アイツが頑張ってるから、落ちこぼれで馬鹿で、全然強くもないアイツがあんな風に必死に頑張ってるから、だからもうちょっとここで頑張ってみようって思えるのよ。アイツがどんな風に成長するのか、見てみたいし……まあ、力になってやってもいいって思ってるし」


 少女は、離れた所にいる誰かを見て、表情を緩ませる。

 僕を見てるときにはしない表情だ。


「まあ、きざったらしい言い方すれば、あいつは私の希望ってやつなのかもね。私にできなかったことを、アイツならできるかもしれないっていう……」


 それならば、と思う。

 目の前の少女を見つめて僕は思う。

 少女の心の支えである希望。


 希望とは、人の心に活力を注ぎ、困難な道を歩くための指針となり、灯りとなる。

 そう誰かが説明していた希望。


 それならば、僕の希望は一体何なのだろう。









 気が付いたら、僕……灯乃佐座目とうのさざめはおかしな場所にいた。


 これはどういう事だろう、と思う。


 つい先ほどまで自分は平和の国日本にいて、学校に登校するために道を歩いていたはずだ。


 周囲は薄暗い。僕はどこかの地下道にいるらしい。湿った空気と換気のされていない淀んだ空気の匂いが鼻についた。

 周りには人がいる。皆、誰も彼も疲れた顔をしていた。年齢は十代後半から四、五十台までバラバラ。性別は若干、女性が少なめ。全体人数は二十人ほどだ。


 目的があるらしく、一様に疲れた表情でどこかへと歩いている。立ち止まっているのは自分一人だけだ。彼らの服装は暗色系……というよりは汚れでくすんでいるらしい。みな、動きやすい装備にしている。そして、特筆すべき大きな違い。自分の知っている常識との違いは。皆が皆、武器を携行しているという事だ。


 目に見える範囲で情報を収集してみたが、これだけでは何とも言えない。とりあえず情報が欲しかった。

 そこにちょうどよく誰かが話しかけてきた。


 女性だ。

 背中に伸びる艶やかな黒色の長髪に、赤く染めた髪が一房前髪にある。

 怜悧な顔立ちをしていて、よく言えば真面目そうな、悪く言えば堅苦しそうな印象を受けたる人だ。


「どうした、何か異変でもあったのか」

「いえ」

「いえ?」


 ないです、という意味で答えたら、訝しげな表情をされた。


「何かあるのなら遠慮なく言うといい。お前は少しばかり協調性に欠けるところがある。少しは周囲の事を考慮しろ」

「いえ、そういう事ではなくてですね」

「……」


 何かおかしな事でも喋っただろうか。

 こちらの言葉を聞いた相手が無言になった。

 探る様な目つきになる。


「ディエス?」


 そして名を呼ぶ。

 それが僕の名前らしい。

 もちろん本当の名前は灯乃佐座目ちがうものだ。


 ああ、さっきから妙に体の勝手が違うと思ったら。


 自分の体の異変に気が付く。

 見慣れたものではないものがそこにはあった。

 黒いコートに、記憶の中のそれよりも伸びた手足。


 まったくの別人になっていたのか。

 ということは、魂だけが別の場所に飛ばされて他の人間に乗り移ったという事だろう。

 まさか、ありえない。

 そう思いつつも、受け入れざるをえない。

 あり得ない事はこの世界にはありえるのだという事を自分は知ってる。


 例えばナイトメア。ウイルス。抗体組織とか。


 とりあえずは、問答無用で敵対するような人間が回りにいなかったことに感謝だ。

 あと、言葉が通じることとかも。


「聞きたいことがあるんですが」

「何だ」


 長い無言を経てこちらから話しかけると、予想以上に身構えられた。

 どうしてそんな態度なのか。

 聞きたい事は色々ありそうだ。


「ここはどこで、今はいつですか。後、僕の事も客観的に説明してくれると助かります」

「は?」


 というわけで、円滑に話を進めるために嘘をついた。


「僕はどうやら記憶喪失という事になったようです」

「……はぁっ!?」


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