2nd shape of love

3℃のお金

2nd shape of love

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登場人物紹介


祐二

主人公。高校二年の17歳。明るく真っ直ぐな性格。


智也

祐二の理解者でありどんな時も冷静。メガネが特徴。


お調子者だが友達思い。割とチャラい。


拓海

購買のパンが好物。男女共に友達が多い。


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「みんな。俺さ………」


中暑に差し掛かろうとする7月の空は、ここ3日ほど快晴に保っている。

窓辺から差し込む熱線を受け、裕二の額には一筋の汗がつたう。

けれどこの汗が、暑さのせいだけじゃないことを裕二は知っていた。

遠くで、近づく盛夏を知らせるセミの声がした。


「なんだ裕二、また腹を下したか?次の授業始まる前に行っとけよ」


真っ先に応答した智也は、眼鏡のレンズを拭く片手間、トイレの方向を指さした。


「それな~。祐二は決まって昼休みになると腹壊すからなー。今日もいつもどおり平和ってな」


どこからか持ってきたか、パイプ椅子にふんぞり返っている翔は前髪をくしくしといじっている。微かにヘアワックスの香りが鼻孔をくすぐった。


「どうした?早くしないと購買のパンを食い荒らしに行った拓海も帰ってくるぞ」


「拓海…………か」


裕二は熱を帯びた声色で、7月の空の遠くを見つめるだけだった。


「ん?どうした裕二。今日は調子悪いのか」


智也は初めて心配そうに裕二の顔を覗き込んだ。


「智也、翔。落ち着いて聞いてくれ。少し話があるんだ」


「お、おう」


祐二は意を決したように二人の目を真っ直ぐ見た。祐二のいつにない真剣な様子に

翔と智也の二人は背筋が自然と伸びる。


「俺さ…、その、どうも好きみたいなんだ」


「んあ?何がだよ」


「拓海がだ」


「「…………………は?」」


智也と翔は冷水を浴びさせれれたような、呆けた表情になった。


たっぷりと数分間。張り詰めた空気の中、沈黙を破ったのはいつもの無駄に高いテンションが、影に潜んだ翔だった。


「え、なに?好きってどういう意味だ?そりゃ今更言葉にするのは照れくさいけど、俺だって拓海のことは好きだぞ」


「…………」


智也は何も言わず、顎に手を当て黙っていた。



「翔、そうじゃないんだ」


裕二はたどたどしく、だけど確かに強い意思を持って続けた。



「その好きじゃない。拓海のことは、…………俺が言っている好きは、違う意味での好きだ」


「おいおい、それってまさか……」


「恋愛対象ってことか」


智也が目を伏せてそういった。

眼鏡には光が反射して、そも表情はよく分からない。


「……ああ、智也の言った通りだ」


智也は伏せた視線を机に落とし、翔は信じられないと言うように顔色を豹変させた。


「お前たちにはどうしても打ち開けたくて。親友のお前らにはどうしても言っておきたかったんだ。それで―――」


「ま、まてよ!」


翔がガタっと席から立ち上がり、裕二の言葉を遮った。翔の唇はどこか青白い気がした。


「いや、だって拓海は…………。それはだめだろ、何と言うか世間的にとか社会的にとか……」


「確かに、俺は普通じゃないのは分かってるよ。世間的にも社会的にも奇異の目を向けられるってことも。それでも、くそ、自分でも何でかわからねぇ、好きになってしまったんだよ!」


「だからそれがおかしいって言ってんだよ!!目覚ませよ!!」


「落ち着け翔。裕二もだ」


智也の顔にはもう驚愕の色は無かった。いつも通り冷静沈着に振舞う智也は、俯瞰したように二人の表情を観察し、この状況に適切な言葉を選ぼうとしていた。


「祐二、お前が冗談でなく、本気でそう思ってることは分かった。それで、これからどうしたいんだ?どうしようと考えてるんだ」


「………………」


「裕二?」


「智也、お前、俺が気持ち悪くないのか?実際俺ですら自分に引いてる所もあるんだ」


驚きはしたが、智也は続ける。


「気持ち悪いなんて思わない。実際に祐二が拓海をその……、そういう風に感じる人が世の中にはいるってことは知っている。事実、結婚さえ認められている国だってあるんだ。残念ながら日本ではまだらしいが」


メガネが異様に似合う男は、敵意の無い人畜無害な笑みを祐二へ向けた。


「お前は異常で気持ち悪い奴なんかじゃない。逆に自分でそう思うことは、お前と同じように感じている世界中の人達に失礼だ。打ち明けてくれて嬉しいよ」


「智也……」


目頭が熱くなるのを祐二は感じた。

ここ数日、この事実を打ち明けようかと寝る間も惜しんで悩み、苦しんだ。

そう簡単に口にできることではない。智也は異常ではないと言ってくれたが、世間では祐二が拓海にへ抱くような気持ちを持つ人はマイノリティーに違いない。下手に打ち明ければ、今までどおりにはいかなくなる可能性だってある。

はっきり言えば二人から嫌われるのが怖かった。

だから智也の今までとなんら変わらない態度に祐二は安堵し、人間として器の大きさに敬意さえ感じた。


「すまん、二人とも、いきなりこんな話して」


祐二は目に溜まった涙をばれないように拭うと相好を崩した。

しかしいつもの調子のいい翔の反応は鈍かった。

目線は宙を泳ぎ、顔は少し引きつっていた。


「い、いや、俺全然知らなかったよ、祐二が拓海をそういう風に見てたこと…。確かにそういう人もいるよな、俺も、その、テレビとか小説で見たことあるし。でもさ」


「おい、翔」


翔の様子にいち早く察した智也は翔の言葉を遮ろうとした。しかし


「分かってる、そういう人がいるってこと。頭では分かってるんだよ。でもさ…………それはねぇだろ。正直引くわ」


智也は祐二から目を逸らし、椅パイプ椅子を蹴るように教室から飛び出した。


「おい、翔!!」


「いいんだ、智也」


翔を追おうと立ち上がる智也を祐二は静止した。


「いいんだ。これでよかったんだ。俺もそれなりに覚悟を決めて話した。こうなることも当然考えていたんだ」


「そう……か」


智也は何か言いたそうに祐二を見つめたが、再度腰を下ろした。


「それで、話を戻すが今後どうするんだ。お前はどうしようと思ってる?俺は出来るだけ祐二に協力するつもりだ」


「サンキューな智也。もうお前らに話してしまった以上、後戻りはできねぇ。俺は拓海に告白する。俺の気持ちを伝えるよ」


「そうか。今の社会は個人の人権やアイデンティティーやらで敏感になっている。LGBTって言葉だって広く認知されだしているだろう。例え祐二のような人たちだって、多様性という言葉で処理されることも多い、もちろんいい意味でな」


「ああ」


予鈴のチャイムが校内に響いた。廊下や他の教室から生徒がぞろぞろとアリの群れのように戻ってくる。その中に拓海の姿があった。

拓海は大量の購買パンを手に抱えながら、それらをがさつに祐二と翔の机に広げると今日の成果を自慢げに語りだした。祐二と智也は何時もどおりに拓海と接した。今日は何個買ってきたんだよ、そんな三人の笑い声は教室の喧騒に混ざっていく。





「祐二、お前また今日の昼飯もパンかよ」


「ああ、拓海から昨日のパン押し付けられてな、おかげで今日は三食パンになりそうだ」


「身体壊すぞ」


「好きだからいいけど」


翌日、祐二と智也はいつものように教室の端で昼飯をつついていた。ただいつもと違うのが


「翔こないな…」


「ああ」


いつもなら授業終わりのチャイムと同時に先生の悪口を垂れながら飛んでくる翔がいない。祐二は朝から目こそ合わせたが、一言も話をしていなかった。


「翔のことは気にするな裕二。あいつには俺からフォロー入れとく」


「悪いな」


「いいって」

智也はメガネを定位置へくいっと戻すと窓から初夏に色づく校庭を眺めた。


「それより拓海はまた購買か?」


「いや、今日は隣のクラスの女子に引っ張られていったよ」


「あいつ、モテるからな。祐二と違ってかなり顔立ちはいい」


「それはいうな…」


祐二は拓海の余らせたカツサンドをお茶と一緒に流し込んだ。


「俺さ、翔に嫌われたかな?」


「考えすぎだ。まだ気持ちの整理がついてないだけだろう」


「そう…だといいんだけど。でもそう簡単に受け入れられることではないって自分でも思うんだよ。むしろ智也の順応の早さは俺でも驚いた」


「今回のことばっかりはいくら俺達でも感じ方が全然違うんだ。すんなり受け入れられる人もいれば気持ち悪がる人だっている。それは良い悪いってより完全に個人の問題だ。智也のとはしばらく距離を空けた方がいいだろう。あいつも考える時間が欲しいはずだ」


「確かに…。今俺があいつを説得しに行っても意味ないどころか逆効果かもしれん」


「祐二、翔のこともそうだが」


昼下がりの校庭をぼんやり眺めていた智也の目は祐二を鋭くとらえる。祐二は思わず唾を飲み込んだ。


「拓海のことは考えてるのか」


「拓海のこと?」


「お前ら二人は傍から見ても相当仲がいい。二人で一人みたいなものだ。それがお前の告白で大きく崩れるかもしれない。いや、はっきり言うが拓海もお前と同じ気持ちでない限り確実に振られる。普通の男女カップルみたいにとりあえず付き合ってみる、なんてことはないはずだ。もし拓海から振られたとき、お前はそれに耐えれるのか」


立て続けに溢れた翔の言葉は熱を帯びていた。まるで祐二の深層を確かめるように、決意の程を測るように。だから祐二ははっきりと自分に言い聞かせるように答えた。

「昨日も言ったろ、覚悟はできてる。俺は自分の気持ちに正直でありたい。振られた後の事なんか考えて告白できるかよ、それは拓海が相手だって一緒だ。それに、これは社会に対する挑戦でもある」


「挑戦?」


「俺みたいに拓海を好きなんて思う奴は社会では好奇な目で見られる。もっと普通の恋愛をしろってな。俺はそんな凝り固まった誰かの決め付けを壊したい。俺みたいな奴がいるって社会に発信したいんだ。そんな常識はもう通用しないってさ」


「それでお前が蔑まれ傷ついてもか?」


「もう傷ついた。傷ついたからもう一歩踏込みたい。穴に落ちれば底を掘る。何もしなきゃ傷つき損だ」


『傷ついた』それはおそらく翔のことだろうと智也は思った。祐二、翔、智也、拓海の四人は、高校入学以来、ずっと一緒にバカやってきた。それを自分の告白のせいで一人失い、さらにもう一人失うかもしれない。その当事者たる祐二の心境は想像に難くない。ならば親友が受ける傷を少しでも軽くしてやるのが、また親友である智也の義理だろう。

高校生の友情ごっこに陶酔した自惚れも、今だけは大目に見てほしい。


「よし、祐二、明日拓海に告白しよう。決意が揺らがないうちにな」


「揺らがねーよ!って明日!?……まあ早いほうがいいのかもな、そうするか」


電子的な鐘の音が教室全体を波打つ。予鈴が鳴り終ると続々と教室に人が流れ込む。拓海は数人の女子と楽しそうに談笑しながら祐二の後ろの席は着いた。今日はカツサンドが買えなかったと嘆く拓海からはふんわりとコロンの香りがした。





「今日か」


「ああ今日だ!」


頭上の少し西に太陽が位置する昼下がり、今日も祐二と智也は教室の隅でルーチンワークのごとく昼ごはんをつついていた。

どこか堅い面持ちの祐二に智也は起伏の無い淡々としたトーンで話す。


「祐二、この際相手が拓海だって事は忘れろ。普通の一男子高校生が放課後に呼び出して告白する。ほらそんなのどこにである風景だ」


「そうだとしても普通に緊張する。飯が喉を通らない」


「お前、わりかし繊細だよな」


「………うっさい」


祐二は机にうっ伏すように倒れこむと弁当の中の白米をちびちびと食べだした。


「あれ、祐二、お前今日はパンじゃないのか?」


「おう。昨日はパン買ってなかったからな拓海のやつ」


「あーそういえば。忙しく女子と一緒にいたよな。最近昼も別のことが多くなってきたよな」


「まあ、ずっと俺たちとばっか一緒にいたらからな。女子の友達ができて嬉しんだろう」


「ふうん。で、今日も女子のところか?」


「パン買いに行くってさっき飛び出したよ」


「平常運転だな」


「まったく、俺は心臓が爆発しそうだってのに」


窓辺から見える積雲は祐二の緊張を空からあざ笑うかのように、じりじりとした低速で進む。それでも自然と雲を目で追っていると、火照った身体からは自然と熱が逃げていった。


「なんか落ち着いたわ」


「それはよかった」


「何かアドバイスとか無いか?」


「俺に分かるわけ無いだろ」


「それもそうか」


「……なんかむかつくなその言い方」


時計を見ればもう昼休みは残り十分を切っていた。クラウドウォッチングは時間を吸い取る力でも持っているのかとどうでもいいことが頭を巡る。せめて生産的なことに時間を割こうと拓海への告白を脳内でシュミレーションするが、嫌なイメージしか湧いてこない。やめだやめだ、と再び頭を空っぽにしていると


「祐二!」


突然声をかけられ祐二の身体は飛び跳ねた。智也も驚いた様に、その声主を見つめている。


「翔…?」


バツが悪そうに目を伏せながらも翔は、祐二と智也の机の側までやってきた。


「祐二、俺さ、あれから色々考えたんだ。お前が俺達に言ったこと」


祐二が言ったこと。もちろん昨日の事を指すのだろう。


「そう、か」


祐二は歯切れの悪い返答をした。


「それで俺なりに必死で納得しようとした。そういう人もいるんだって。それに俺達は親友だ、親友なら尚更、お前を理解してやりたいって」


祐二は必死で言葉を選ぶ親友を黙って見ていた。こうして翔から話しかけてくれたことは嬉しい。もしかしたらもう言葉を交わすことも無いのではと考えていた。

でも。でも、その苦悩に満ちた表情からはある程度、翔の本心が、清算しきれない葛藤が見て取れた。翔は苦しそうに口を開いた。


「けどよ、俺はやっぱり祐二が分からない。どうしても共感できない。お前の決意を応援してやることができない……祐二が拓海となんて俺には想像ができない。すまん!」


「そうか……」


祐二は彼にかける言葉が見つからなかった。必死で考えた末、彼はこう結論したのだ。祐二がその答えにケチをつける資格なんてない。


「でも、祐二、お前を知ろうとする努力はやめたくない」


「え?」


「長いこと俺達は一緒にいてお前らのことをなんでも分かってる気でいた。でも全然分かってなかった。分からないまま祐二たちから背を向けたくない。今は駄目でも知れば見え方が変わるかもしれねえし。なあ智也!」


「ああ、そうだな」


翔はニヤリと口元を緩めた。

翔とこうして顔を向かい合わせたのは随分久しぶりなような気がして祐二も笑った。


「祐二、今日告白するのか?」


「そのつもりだ」


「じゃあこれだけは言っとく」


翔は普段あまりしない顔をした。


「智也はともかく、親友の俺ですらお前が受け入れきれねえ。それなら告白される拓海は俺以上に困惑するにはずだ。社会的、世間的に見ればお前のしようとしていることは特殊なことだ。それだけは考慮してくれ、拓海のためにも」


翔の忠告に祐二は慎重に首を縦に下ろした。






6時間目の授業が終わっての放課後。

ベタだが屋上に拓海を呼び出した。

時間にルーズな拓海は、いつもどおり緊張感のない様子で遅れて屋上までやってきた。俺がこれから告げる内容など微塵も考えていないだろう。

自然と足が震える。いつも見ているはずの拓海の顔が別人のように見える。

でも

智也に翔。こんな俺に耳を傾けてくれた二人の為にも、いや、おれ自身の為にも引けない。俺が拓海を好きになってはいけないなんて思わない。


屋上は風が強く拓海は少し長くなってきた髪を押さえながら、俺を促した。拓海の佇まいは昔から一緒にバカやってた頃とまるで変わらない。がさつで大雑把で、いつも笑っていて、顔が良くて女子にも人気で。

だから、そんな拓海だから。

言う。俺は言う。拓海が好きだと。冗談ではない。真剣に好きなんだと。




言った。声に出した。

思いの丈を全て伝えきった。言ったんだ俺。

その刹那、何故か先刻の翔の台詞が頭に蘇った。

『世間的、社会的に見ればお前のしようとしていることは特殊なことだ』

なぜこの土壇場で翔の台詞が過ぎったかは分からない。

告白を受けた拓海の顔はやはり驚きで満ちていた。それでも拓海は意外にもすぐに口を開いた。


「駄目だよ祐二、私達兄妹じゃない」


彼女の美しい瞳には俺が写っていた。




登場人物紹介


堺祐二

主人公。高校二年の17歳。明るく真っ直ぐな性格。拓海のことが好き。


智也

祐二の親友。祐二の理解者でありどんな時も冷静。メガネが特徴。


祐二の親友でお調子者だが友達思い。


堺拓海

祐二の双子の妹。女の子だが祐二ら三人と何時も一緒にいる。兄も自分も好物のパンが好き。最近はオシャレを覚えて、コロンも愛用している


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