第17話

連絡後まもなくして鑑識たちにまじり、私服の刑事たちがやってきた。自称・春日千鶴のいた施設にいた男たちだ。

「お前たちはもういいぞ」

 おそらく男たちのなかで一番年長であろう、角刈りの男が言った。

 身長は百九十センチちかくはあるだろうか。髪に白いものがまじってはいるが、スーツごしにもがっしりとした体格が透けて見えるようだ。

 胸には警視庁捜査一課所属であることを示す赤いバッジ。

「もういいとは、どういうことですか」

 あきらは反射的に言っていた。

 男のぎょろついた視線があきらを射抜く。それだけで、背中に変な汗がでてくるほどの圧を感じてしまう。しかし負けじと、あきらは右足を一歩踏みこんだ。

「これはうちのヤマだ、ということだ。おまえらみたいなわけのわからん連中に引っかき回されたくない」

「私たちだって同じ事件を捜査しているんです。部外者扱いは……」

「おい、女の分際で男の現場に調子でノってんじゃねえぞっ! だいたい、てめえはまだ交番勤務のぺーぺーだろ。捜査のその字も知らねえやつが捜査だと!? 笑わせるなっ!」

 あきらは拳を硬く握った。

 ベテラン捜査員からみればたしかに、あきらははな垂れ小僧だろう。しかし男は女性警官への根強い差別意識が見え隠れした。それは許せなかった。

「私が捜査経験がないのは認めます。ですが、私は警察官です! 警察官としての職務を執行するのに女も男もありません! いますぐ訂正してくださいっ!」

 周囲で鑑識作業をやっていた捜査員たちが、いきなり現場ではじまった騒ぎに固唾をのんだ。

「これだから女は。署の受付にでもおいときゃあいいんだ。一人前に刑事きどりったぁ、おそれいるなっ!」

 小馬鹿にした笑みを浮かべる男に身体が熱くなり、小刻みに震える。剥き出した目が痺れたようになる。奥歯を噛み締めた。

「――それまでだ。うちの部下への侮辱はそこまでにしてくれ」

 幽人が玄関のほうから近づいてくる。

「なんだオカルト捜査官か。部下も部下なら上司も上司だ。どっちも捜査ってもんがまるでわかってねえ」

「警部補。今のは聞き流そう。ただし、警察は階級社会であることを忘れるな」

「なんだとっ」

「おい、後藤。もうよせ」

 やってきたのさっきまで幽人と話すために玄関の外にでていた飯塚警視だった。

「しかし」

「こいつらにも現場はみさせる……いや、これ以降は情報を共有し、協力していく」

「こんな連中に現場を荒らさせる気ですかっ!」

「お前は外にでていろ。いいか、これ以上、しつこいようなら捜査からも外すぞ、いいなっ」

 後藤は苦虫をかみつぶしたような顔で、あきらと幽人を睨みつけたが、結局、大人しく出て行った。

「なにをしている。さっさと自分たちの仕事をやれっ」

 棒立ちになっていた部下たちに指示をとばすと、飯塚警視はあきらにむきあうと頭をさげた。

「……うちの部下が申し訳ない。さきほどの女性うんぬんの発言は訂正させてもらう」

 あきらはかえって恐縮してしまう。

「大丈夫か」

 飯塚警視が離れると、幽人がそっとハンカチを差し出してくれる。

 今の風体からだと若干、似合わないブランドもののハンカチだ。

「……す、すいません。ちょっと感情的になりすぎました……あの人の言うこと、否定できませんね……」

「怒ってあたりまえのことで謝る必要はない」

 あきらは小さくうなずき、押し当てるように目尻の涙をぬぐう。

「それで、警視とはどんな話しを」

「さっきもいったとおり、情報の共有のとりきめだ。春日千鶴の手がかりもつかめない状況で捜査本部も焦っているんだろう」

「そうですか。ハンカチありがとうございます。洗ってかえしますから」

「そのままで構わん」

「いえ。ちょっとお化粧で汚れちゃいましたし」

「好きにしろ」

 そこへ足音が近づいてきた。飯塚警視が戻ってきたのだ。

「樋筒、お前、あの被害者を知っていると言ったな」

「彼女の友人から行方不明だから探してくれと頼まれた矢先のことなんですよ」

「……そうだったのか。いなくなったのは」

「二週間前らしいです」

「被害者の友人に話しを聞きたい。連絡は?」

「まだです。鑑識作業がおわってからと思いまして」

「できるかぎり早く話しが聞きたい。連絡をとってくれ」

 飯塚警視のみせるこれまでとは違う、やわらかな態度に、あきらは驚きを隠せない。

「警視。有賀俊太郎の両親は」

 あきらが訪ねると、飯塚警視はうなずく。

「既に連絡はとってある。今日中に捜査本部にくることになっている。息子のほうは重要参考人として行方を追っている」

「では我々は被害者の友人とコンタクトをとります。そちらは有賀俊太郎の両親ということで。なにかわかりましたらお知らせします」

「頼む」

 幽人たちは退出していく飯塚警視を見送ると、あきらは電話をかける。二コールめで「はいっ」と慶子の声が聞こえた。

「碓井さん」

 なにかを察知したように、慶子はかすかに息をのんだ。しかしなにがあったのか、彼女のほうから聞こうとはしなかった。

「今から会える?」

「……は、はい」

 慶子の住所をメモり、電話を切った。あきらは幽人にうなずきかけ、一緒に現場を出た。

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