ファントムペイン
i-mixs
第1話
「こんばんは。今日もこの時間がやってきました。眠い目をしているみんなも、この二時間おつきあいしてねー」
金曜、夜の十時。
私は目の前のマイクに向かい声を張りあげた。
ここは某ラジオ局のスタジオの一室。
私が生放送の番組の担当になってやっと半年、まだ慣れたといえないこの環境に、冷や汗を隠しながら自分のテンションをあげた。
「それでは、今日の初めの曲は…」
音楽が流れている間だけ、少しの休憩タイムになる。水分を補給しつつ、スタッフとのやりとり。ガラス窓の外には今日のゲストの顔が見える。
私が子供の頃のラジオはリスナーとのやりとりは葉書がメインだった。私も好きな番組に出していつ読まれるかと、ヘッドフォンに集中しながら勉強していた事を思い出す。
でも、今は基本はメールやTwitterの比率が多い。
当たり前だけど変化は常に起こるもので、私はそれを常に仕事という現場で感じている。
時代は変わっても、それでもコーナーの内容は意外と変わらないことが多い。
リスナーからの質問や悩み相談。こんな私に相談してこの子達は救われるのか分からないけど、少しの力をあげられるならと、私なりに真面目に話していく。
この番組のリスナーは主に中高生。
家庭のことや、受験や恋愛、イジメなど相談を受ける側にも気の重くなる話が多い。
その中の一通のメールに私は目が止まり、無意識の内にその内容を読んだ。
「次はペンネーム、信じてくれないさん。えっと、私は最近身体の痛みが酷くて動けない事が多いです。病院に行っても何処も悪くないと言われます。受験を控えているから、たぶんストレスから来るものだろうと言われています」
私は一呼吸置いた。
「でも、私が本当に痛いのは、背中の翼なんです。それを言っても誰も信じてくれません。痛みが起きてから、私は小さな翼が背中にあるのに気づいたんです。でもそれは他の誰にも見えないから、翼が痛いと言っても信じてくないんです。これって、私の頭がおかしくなったんでしょうか」
読んでから、私は失敗したと思った。
ここから、どの様に話を展開して良いか分からなくなってしまったからだ。経験のなさというか、私はまだアドリブで臨機応変になんて上手くできやしない。
そんな私の一瞬の空白の間に、新たなメールやTwitterが次々投稿される。
その内容は、作り話と非難するものが多かったけど、何通かの投稿には同じ様に"翼"の痛みを訴えるものがあった。
「以前聞いたんだけど、事故なんかで身体の一部を失った人が、失った場所からの痛みを感じることがあるって聞いたけど、それと似ているのかな?確かファントムペインっていうらしいけど」
私は、浅はかな知識を披露するぐらいしかできなくて、とても悔しかった。
そして、上手くフォローも出来ないままコーナーは終わり、残りの時間はあっという間に過ぎる。
私は終わりの音楽をバックに、また来週会おうね、と声を小さくだした。
私は局から自宅へタクシーで帰り、いつものように湯船に身体を沈める。
「上手くできなかったな、、、」
顔半分を沈めながら、私は今日の仕事を悔やんだ。
半年も経ったのだから、少しは"慣れた"はずなのに、この頭の悪さはそうそう良くならないらしい。浴室を出た私は、私は頭が半乾きのままベッドで意識を失った。
翌朝、頭は大変なことになっていた。
今日はオフだからいいや、と人様には見せられない格好と発言をしながら、手早く朝食の準備をする。
朝食といってもチーズを乗せたトーストと、ブラックのコーヒーのみ。それをタブレット端末でメールやニュースを読みながら胃に流していく。
その途中、いつも眺めるニュースサイトで、私は一つの記事に目が止まった。そこには、"背中が痛いと訴える子供が増えているのは何故?"というタイトル。
それを見た私は思わず叫んだ。
「私が拡散しちゃった!?」
そんなはずはない。それは冷静に考えれば分かることだ。でも、どうしてあるはずのない翼を認識して、且つ痛みを感じる子供が増えているのかわからない。
私はニュースの内容に目を通す。痛みの頻度は人それぞれのようだ。
「なんで、私こんなニュースに食い入るように見ているんだろ?」
昨日の仕事の失態を気にしているのだろうか。客観的に見ると多分そうだと思うけど。
それから数日、私は頭の片隅にこの内容が残ったまま、他の仕事をこなしていた。
ラジオのパーソナリティーは仕事の一つ。ありがたいことに今は他にも私は色々と仕事を抱えている。
この方面で仕事をしようと考えて、今に至るまで当然色々とあった。
親にも迷惑をかけたけど、先の見えない不安感に自分が押しつぶされそうになることも多かった。未来を語り合い、志同じくした友人たちは今は別の道に進んでいて、残ったのは私だけ。
休憩中にそんな昔の事を思い出しながら、私は再びニュースサイトを見る。
"翼なんて無い、って自分に言い続けると痛みがなくなるらしいぜ"
そんなコメントがニュースサイトに掲載されていた。
それに対してのレスポンスで、"確かに痛みが無くなった"、"翼が見えなくなった"といったという発言が続いている。
「なんか嫌だ」
それを見た私の口から、無意識の内に気持ちが漏れた。
彼らの痛みはとても苦しいだろう。でも翼が見えなくなることは、他人事なのに私は何故かとても悲しい気持ちになる。胸の中に"もやもや"した気持ちが沸き立ち、不安感に襲われた。
その不安感はいつしか痛みに変わり、私を襲う。この痛みは私の記憶にあるものだ。
「ああ、そうなんだ」
私は痛みの意味を理解する。
そして、次の金曜の夜の十時。
「とても痛いだろうけど、翼をなくさないで」
目の前のマイクに向かい、私は誰でもないあなたへ語りかける。
私の背中にある、昔よりちょっとだけ大きくなった翼を見つめながら。
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