第7話

「一体どういう事だ?蘇芳はどこに行っただと?」

「はい、大主様の御用で…!」

バン!

(ひぃぃー)

朱雅が机を叩く音が大きく響く。

ケンケンこと慧 櫂慶ケイ カイケイは朱雅に事の経緯を説明している真っ最中だった。

「それで?私に断りもなく許可証を渡し、命令を無視し、謹慎処分中の小娘をあっさり大主に託した。とそう申すか?」

「はい。朱雅様のご命令だとばかり…ももも申し訳ございません!」

朱雅は蛇のような鋭い眼光で櫂慶を一瞥する。まさしく蛇に睨まれた蛙のような気持ちでぶるぶると震えながら櫂慶は恐ろしさのあまり縮こまっている。

「その口は、謝る以外の言葉を知らないのか?不愉快だ。下がれ!」

「かかっかしこまりました!」

櫂慶は深深と礼をし一目散に退散した。

朱雅は、背もたれに深く寄りかかり溜息を吐いた。

やってくれる。

ご丁寧な話だな。蘇芳を連れて雪梛は椿峨城に行ったのか。まさか連れていくとは思わなんだ。戻って来たらただでは済まさない。」

朱雅は怒りのこもった眼光で天を仰ぐ。


「蘇芳が椿峨城チュンガジョウに行くのは問題でしたか?」

音もなく寄ってきた声の主に朱雅は、動じる様子もなく、書類の束を掴みその者に投げつける。

気配を消して現れた大男は、蛛猛チュモウという。琥蓮の情報部隊『碧士ヘキシ』の筆頭である。無駄に筋肉隆々に40は越えている年齢の割には若々しく見える。濃い小麦色の肌をしたその大男は書類を受け取ると長椅子にどかりと腰を下ろす。

「私は謹慎を命じた者に外出許可を出すと思うのか?櫂慶カイケイといい、まさかお前も雪梛様がついているから大丈夫だなどと安易に考えているのか。」


「そもそも食えない案件だから逆に預けると思ってましたよ。金証の案件の出処は椿峨でしたか。」


「あの金に目のない馬鹿のことだ。この依頼に手を出しかねない。」

朱雅は蛛猛チュモウたち偵察隊の報告書を眺める。


椿峨城に不穏な動きあり。

蒼厳第3皇子 暗殺を目論む影あり


「偵察隊の2名が消息不明。死体は見つかってないですが、おそらく死んでるでしょうね。俺の部隊人手不足なんで、あんまりおっかない仕事もらって来ないでくださいよ。」

蛛猛チュモウは煙管を燻らせる。

「第3皇子。龍鳳君リュウホウくんの暗殺。既に廃位になった皇子だ。蛛猛、朝廷からの情報は?」

奏珂王そうかおうは床に臥せっている。幼い王は毒殺寸前ってところだな。勢力図的に優位になるのは、さい家。奏珂王の母親は彩に嫁いだ蒼厳王の7番目の皇女。その息子が、現王で齢8歳。傀儡政権には最適だが、王は身体が弱い上に病に臥せっている。」

蛛猛チュモウは座りなおして頬杖をつきながら言葉を続けた。

「一見、彩家の勢力が危ういように見えるが好都合だろう。彩家は奏珂王の後釜を皇女に作らせればいい。皇女の夫は彩家だしまだ若い。朝廷を一時的に皇太后に預ける形にし仮朝を作り次の王を皇女に産ませる手筈でことを進めていると言ったところ。なんだが、皇女に懐妊の兆しはない。新たな皇子が産まれる前に王が逝く可能性がある。もしも王が後継者がいないまま死んだ場合、彩家の仮朝を作るのに目障りな存在となるのは蒼厳王の血筋をもつ皇子たち。生きているのは1名だけだが。」

蛛猛は煙管を灰皿に打ち付け灰を落とす。


「―逆に政権を握りたい臣たちにとってはその皇子が新たな政権を得る切り札だ。そこで龍鳳君を護衛し暗殺を阻止したいと言ったところだろう。」

だがそれは彩家も察しがつくこと。

「さしずめ、彩家が皇子暗殺を目論んでいると言ったところか。」

「まぁそんな感じ。」

朱雅は蛛猛を見ながら鼻で小さく笑った。

「蘇芳に任したくはなかったが。」

もはや撤回は出来まい。

「腕じゃ今のとこ蘇芳が1番だけどな。」


「能天気な男だな。あいつは殺しくらいしかまともに出来ないやつだ。王族絡みの案件ともなれば下手したら、逆に蘇芳が皇子を殺しかねない。」

あいつはあの手の人間が嫌いだろうからな。

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