第6話
「お待ちしておりました。梓大主。」
係の者が恭しく会釈をする。雪梛はにこやかに微笑み会場に入っていく。
織物商や宝石商、薬商、穀物等、ありとあらゆる商業がそこに集まり商業の開拓を拡げ交渉を結ぶ、椿華島は外商も多く立ち寄るため商業開拓の場として開かれた島全体が商業施設になっている。
「椿華は初めてだろう?峻麗、奏国じゃあまり出回っていない珍しい香や新作の化粧品もあるそうだよ?これは紅蘭が喜びそうだな。峻麗も試してみたら?この色とか。」
雪梛は口紅を取り、蘇芳に勧める。
「結構です。」
「釣れないね。なんでそんなに不機嫌なのかな。」
「私は、こんな動きにくい格好なんてしたくないんです!」
「そう?美人が際立って似合ってるけどね?」
雪梛は、さらりと肩にこぼれた髪をかき上げながら甘い微笑みと共にそう言った。
(ったくこの人は!)
蘇芳は、数刻前オバタリアンたちにあれよあれよと綺麗に化粧を施し髪を結い高そうな絹衣装で無理矢理飾り立てられると、馬車に乗せられて雪梛に商業連集会場に連れてこられた。
来るやいなや、蘇芳を見る者達のだらしない視線と言ったら無い。男たちは天女でも見たかのように惚けている。見とれて柱に激突するものもいた。
「ふふっ、君を連れてきて良かったよ。心地よい優越感しかない。」
「そうですか。私は見世物じゃないんですけど?不愉快です。」
「これだけ人が集まるところなら例の金証依頼の情報も手に入れやすいと思うよ。」
「ふっ。その仕事私にくれる気になったんですか?」
「君じゃなくて、あれは私宛にきたんだよ。」
蘇芳は、目を丸くして見開いた。
「どうぃ…」
「さあね。どういう事なのか調べるのは私じゃないし。」
蘇芳が聞くより先に、雪梛が言って、手近に並んだ外商の展示品を手に取り、品定めするように眺めた。
「ここに呼ばれたんですか?何故来たんです。まるで!」
「花街が虎を飼っていることを相手は知ってるようだよね?もはや罠みたいな依頼だ。」
「今すぐ帰りましょう!金証は惜しいですが、御身が危ぶまれます。」
はははっ。
蘇芳の真面目な表情に雪梛は苦笑した。
「私は、ただ桜花衆連の商人としてここに来た。それだけだ。金証依頼は私には関係ない。私は虎じゃないからね。」
そして、ついでに
「私の虎は兼ねてから放し飼いだから。躾なんてさほどしてない。たとえば、勝手に獲物探しに行っても止めやしない。」
蘇芳は、立ち止まって雪梛を見つめた。
何をするのも自由だ。私が勝手に獲物探しに行くとしても、雪梛様は関与する気はないから止めないという意味だと知り、考えを巡らせた。
「雪梛様、私…先に戻って休んでも?」
「長旅だったからね。疲れが出たかな?」
「ええ。少し。」
「私は仕事があるから、ここに残るけど。椿峨城の北塔に桜花庭園という綺麗な場所があるよ。桜が見頃だとか頼りは音色が示す。」
雪梛の言葉に蘇芳は微笑む。
「それは粋な香りがする場所ですね。夜桜見物というのもせっかくだから寄ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
静かな声で、雪梛が送りだす。
「桜花大主様ぁ、いらしてたの?」
大主さまぁ!と黄色い号令と共に雪梛の周りに女性陣が押し寄せる。キラキラと目を輝かせながら女達が雪梛を取り囲むのと同時に、蘇芳はその人だかりと入れ替わるように消えた。
人ごみに沈んで行くその瞬間まで雪梛は蘇芳を見ていたが、視界に女性が飛び込む一瞬の隙にその姿は見えなくなった。
「私も興味があるからね。行かせちゃったけど…朱雅になんて弁解しようか。ふふっ」
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