第9話 淳一は、ただ謝ってほしかっただけだった・・・・

淳一は、生まれつき喘息持ちだった。

小学校に上がっても治ることはなく、食後には必ず薬を飲む生活を送っていた。


ある日主治医の先生から、

「ちゃんとした呼吸法を身に着けるために、水泳を習うのはどうでしょう?」

と勧められた。

淳一は学校でも水泳は得意ではなかったので不安だったが、母親にも半ば強制的に促され、大人の言うことに従おうと思った。

そうして淳一は、スイミングスクールへ通うことになった。


行きは1人で自転車で向かい、

帰りは夜も暗いので、一応母親が自転車で迎えに来て、2人でそれぞれの自転車で帰る。

毎週そんな日々を送っていた。




ある日、

淳一が練習を終え、スイミングスクールのロータリーで母が来るのをを待っていた。

しかし、母親はなかなかやってこなかった。

他の子たちが、続々と親が迎えに来て帰宅していく中、

淳一は、“どうしたんだろう・・・・”と思いながら、母親をずっと待っていた。


ロータリーからはだんだん人がいなくなっていき、電気も少しづつ消えていった。

そこには、ほとんど淳一1人という状態だった。


淳一に、いろんな不安がよぎった。

「事故にでもあったのだろうか・・・・家が火事にでもなったのだろうか・・・。。猟奇的な殺人犯に殺されたのではないだろうか・・・・。」


あるいは、

「急に見捨てられてしまったのではないだろうか・・・・。」とさえ思った。

「だとしたら・・・・これからどうやって生きていけばいいのだろう・・・・。」と。


1人で帰れなくもないが、当時携帯電話もない時代、財布も持ち歩かない淳一は、どうやって連絡をとればいいかもわからず、途方にくれていた。


そこへ、水泳の先生がやってきて、淳一に気づくと声をかけた。

先生:「どうしたの?帰らないの?」

淳一:「お母さんが、迎えにくるはずなんですけど・・・・。」

先生:「迎えに来ないの?」

淳一:「はい・・・・。」

先生:「家まで一人で帰れる?」

淳一:「・・・・はい。」

先生:「1人で家に帰ってみたら?きっと大事な用事ができて来れないのかもしれないし。」

淳一:「・・・・はい。」

淳一は不安でいっぱいの中、その場を後にした。


駐輪場に着き、鍵を外し、自転車に乗って帰り始めた。

自転車で家に向かいながら、淳一のいろんな不安はどんどん増していった。

事故か!?、火事か!?、殺害か!?、はたまた見捨てられたのか!?・・・・。


いよいよ家に近づき、淳一は自分の家が特に変わりないことを確認した。

火事ではないようだ。


玄関の前に着くと、家の電気は点いていた。

母親の声がする。母は生きている!


淳一は徐に玄関のドアを開け、中に入った。




すると・・・・中で母親は・・・・




普通に楽しそうに電話をしていたのであった・・・・。迎えに行くことを、すっかり忘れていたようだった・・・・。


淳一は、今まで脳裏によぎった様々な不安が急に馬鹿馬鹿しく思え、その感情はしだいに怒りへと変わっていった。


淳一は怒りの眼差しで、電話をしている母親を見つめていると、

それに気が付いた母親は、

母親:「今息子帰ってきたから、うんじゃあね~。」

と言って、電話を切り上げた。


淳一は、なおも怒りの眼差しで母親に近づいて行った。


母親:「何怒ってんの?電話きちゃったんだからしょうがないでしょ。」

淳一:「こっちがどれだけ心配したと思ってんの。」

母親:「だから電話きちゃったんだからしょうがないでしょって。」


淳一は怒りが収まらないまま、自分の部屋へ行った。


しばらくして、母親が淳一の部屋にやってきて言った。

「じゃあ仕方ないわね~。ほら淳、100円あげるから。これで機嫌直しなさい。ね、100円よ!すごいでしょ!100円なんだから~すごいわよ~。」


淳一は、ちゃんとした謝罪もなく、さらには金で解決しようとしたその魂胆に、改めて腹が立った。

淳一は、母親のその“100円あげる作戦”を、完全に無視した。


すると母親は、涙ぐみだし、鼻声になりながら、

母親:「お母さんだって悲しいわよ、淳一がそうやって許してくれないんだから。」

そう言うと、母親は半べそになりながら、100円も引き上げ、台所へ戻っていった。


そんな母親を見て、淳一は結果的に心の中で“ごめんなさい”とつぶやいた。








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岡野日和 @astalisk2006

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