第8話 淳一、大人への階段を上った小3の夏

淳一、小学校3年生の夏。

転勤族だった岡野家は、仙台に引っ越していた。


新しく住みだした仙台はとにかく都会で、

淳一の住んでいるマンションは大通りに面し、

そばには公園もない。

聞こえてくるのは、車の走る音だけ。

前に住んでいたところには、近くに公園があって、行けば誰かしら友達がいたのに。


大通りを挟んで、学校こそ近くにあったが、

休みの日にサッカーボールを持って校庭に行っても、

‟解放していないから帰りなさい。”

と先生から注意される始末。


淳一には、外で遊べる場所がなかった。


そんな淳一の、数少ない外での娯楽といえば、

家から歩いて約10分、

大通りに面したファミコンショップと、その隣の本屋さん。

ファミコンショップでは、棚に並んでるソフトを見るだけで楽しかったし、

本屋さんでは、ファミコンソフトの攻略本を見るだけで楽しかった。


その本屋さんの名前は『ゴリラハウス』。

攻略本は、ビニールが施されていたので中身を読むことはできなかった。

しかし淳一は中を読みたくて、店員さんの目を気にしながら、ビニールに包まれた攻略本を折り曲げて、中をのぞいたりしていた。

一度だけ、淳一は我慢できずに、ビニールをそっと取り、攻略本を開いて読んだこともあった。

その時の淳一は、店員さんに怒られないか内心ドキドキしていたが、特に店員さんに何を言われることもなかった。


そしてなぜか、その攻略本の反対側の棚に、エロ本コーナーがあった。


ある日淳一は、ゴリラハウスで例のごとくゲームの攻略本を眺めていた。

反対側のエロ本コーナーに、60歳~70歳ぐらいのおじいちゃんが身体全体を震わせながら、エロ本を立ち読みしていた。

しだいに、今にも倒れそうな勢いで、おじいちゃんの身体は震え出した。

手の震えはもちろん、頭、上半身、足腰、すべてがあり得ないほど震えていた。

淳一は振り向くような形で、そのおじいちゃんを驚きの眼差しで見つめていた。


“エロ本とは、そんなにすごいものなのだろうか!?おじいちゃんとはいえ、人をそこまで震え上がらせるものなのか!?そしてこの今にも倒れそうなおじいちゃんを、周りは誰一人として気にかけようとしない。店員さんでさえ・・・・。大人の世界では、これが当たり前なのか!?”


淳一は、エロ本に対するこの以上ない好奇心を持ったまま、その日はゴリラハウスを後にした。


後日、淳一はゴリラハウスでまた攻略本を眺めていた。

しかし、淳一は背中に感じる、反対側のエロ本コーナーが気になって仕方がなかった。

というより、あの日のおじいちゃんの姿が忘れられなかった。

淳一は後ろを振り向き、吸い込まれるように1、2歩進んで、エロ本コーナーの前に立った。

“コンビニで雑誌のグラビアを読んでも怒られたことはない!それと同じようにやればいいんだ!”

淳一は、自分にそう言い聞かせ、徐にエロ本を手に取り、読みだした。

そして目に飛び込んできたものは・・・・


女子高生の制服を着た女の人が、スカートの中のパンツを・・・・!!


淳一は、誰かが近づいてくる気配を感じた。

気配がするほうへ振り向くと、そこには店員さんがいた。

店員さんは、持っていた本で淳一の頭を軽く“ポンッ”と叩きながら言った。


店員:「子供の見るもんじゃない。」


淳一は反射的に、しかしかぼそい声で言った。

淳一:「すいません。」


店員さんは、そのままカウンターへ戻って行った。


その場にいた、他のお客さんの視線が淳一に注がれる。

淳一は、恥ずかしくて居ても立っても居られなくなり、

持っていたエロ本を棚に戻すと、逃げるようにゴリラハウスを出ていった。

外へ出ると淳一は、自然と全力疾走しだした。

もしかしたら、

裏の事務所に連れていかれこっぴどく説教をされたかもしれない。

学校や家に連絡されて厳重注意を受けたりしたかもしれない。

この全力疾走に、いろんな感情が入り混じっていた。

逃避、羞恥、大人の世界、エロ本の衝撃、そして青春・・・・。


きっと店員さんも気づいていただろう。

小学生が攻略本のビニールを取って中を盗み見ていたことを。


‟少年よ、攻略本のビニールをはがすぐらいなら大目にみよう。しかし、社会のルールは守らなければならない。”


そんなことを、あの店員のおにいさんに教えれたような気がした。

そうして、淳一は大人への階段を上った、小3の夏の出来事であった。

そして、あの震えながら本を読んでいたおじいさんは今どこで何をしているのか。

淳一は、あの震えながらエロ本を読んでいたおじいちゃんの姿を決して忘れないだろう。


改めて、その本屋さんの名前は・・・・『ゴリラハウス』!!


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