Vol.04 エピローグ『奈落よりの生還者』
「ではまず、現状の問題から整理しよう」
マリネリス基地の司令官室。
デスクに座すオミクロンがそのように切り出すと、部屋の床面に設置された巨大ディスプレイが点灯した。招集を受けてやって来ていたアラン=モーラン、キム=ベッキム、そしてピージオンのパイロットであるアレックス=マイヤーズは、それぞれ神妙な面持ちでディスプレイに表示された情報資料に目を通していく。
「グリニッジ標準時刻の5月1日00:00、『LOCAS.T.C.』に内通していた決起兵達が世界各地のU3F軍事基地において一斉に武装蜂起、これにより地球・コロニー問わずほぼ全ての基地が占拠されてしまった。しかも各メディアは全くと言っていい程に、この出来事を民衆に報道していない。どうやら連中は、作戦を発動する前から相当念入りに根回しをしていたようだ」
オミクロンが重々しく事実を口にすると、如何にも軍人らしい厳格そうな色黒の壮年──U3Fのアラン=モーラン大尉は無念の嘆息を吐く。
「信じられんな……いや、信じたくないと言うべきか……」
「残念ながら大尉、事態はそれだけ深刻だということです。以前よりU3Fは、軍産企業『LOCAS.T.C.』にあまりにも依存し過ぎていた。そこに奴らの付け入る隙が生じてしまったのですよ」
「しかもこの手際の良さを見る限り、恐らく軍上層部の大半も一枚噛んでいたようでもある。U3Fの恥ずべき恥部だな……軍の腐敗を腐敗とも思わぬ愚鈍どもの集まりだ」
アラン達のようなU3F所属の人間からしてみれば、戦力不十分なまま激戦地の火星へと赴かされた挙句、自分達がクーデターの囮であることを知らされぬまま命懸けで戦わされていたようなものである。そんな重大な事実を秘匿していた上部の人間達に対して、彼も色々と思うところがあったのだろう。
軍人としてどこまでも誠実な姿勢を見て、オミクロンは素直に敬意を表する。
「アラン大尉、貴方が分別と誇りのある軍人であったことを幸運に思います」
「失礼だが、私はまだ貴様を完全に信用したわけではないぞ。インデペンデンス・ステイトの総帥……いや、テロ集団を束ねるリーダーよ」
すると彼らのやり取りを見るに見兼ねたアレックスが割って入った。
「大人って奴は、そうまでしないと自分の身の振り方すらも決められないんですか……! そんな場合じゃないって事くらい、わかってるはずでしょう……!?」
「……アレックス=マイヤーズと言ったか、人の話は最後まで聞け。私とて何を優先すべきかくらい
「協力を、してくれるんですか……?」
「本部との連絡も途絶えてしまっている今、私には現場の判断で指揮をする義務がある。そしてこれは遺憾でもあるが、猫の手も借らざるを得ない程に戦力も情報も不足しているのでな。こ私とその部下は、インデペンデンス・ステイトと共闘して事態の鎮火にあたらせてもらう。まあ、旅は道連れ、というやつだ」
ニヤリと、アラン大尉がニヒルな笑みを浮かべる。それを見たアレックスが苦笑しつつもホッと胸を撫で下ろしたところで、オミクロンは説明を再開する。
「話を戻そう。『LOCAS.T.C.』は当クーデターに新型の“ホロウ・リアクタ”搭載機を多数投入していた事が各地で確認されている。我々もクリュセにて対峙した例の機体だ」
「詳しくは俺から話そう」
そう言って、整備士のキム=ベッキムが一歩前に出た。
「機体の名称は“LD-99 アルトギア”。そして、撃破した13機の中から比較的原型を留めていた個体を解体・解析した結果、色々と興味深い結果が出た。まず第一にこの機体は自己修復機能を備え、半永久的なメンテナンスフリーを実現してやがる。資材さえ確保できれば、整備士いらずで何処までも行動し続けられちまうんだ」
「人間に依存せず、資源の許す限り無限に稼働し続け、破壊の限りを尽くす
そんな恐ろしい魔獣のような機体が一斉に野へと放たれて仕舞えば、それこそ世界各地の基地が陥落してしまうのも時間の問題だっただろう。“ホロウ・リアクタ”の恩恵によって一機一機が従来機では手をつけられないような戦闘力を有しているのだから、尚更である。
「しかもこいつらに搭載されていたのは、どうやらただの自律型AIってわけでもないらしい。機体の制御系に人間の脳髄を模倣したデータが組み込まれていた」
「それは、つまり……?」
アレックスが疑問を口にすると、キムの代わりにオミクロンが答えた。
「……“アルターエゴ”、『LOCAS.T.C.』が水面下で開発をしていた、人間の持つ反射神経を機体に反映させるシステム。だが多くの技術的な問題を解決できぬまま、試作段階で量産計画は破棄されたと聞いていたが。それに、そのシステムはあくまで搭乗者の操縦支援用であって、自律型の運用は想定されていなかったはず……」
「ただ、こいつに搭載されていたのは完全な
「了解した、引き続き解析作業を頼む。では次に、部隊の編成についてだが──」
その後も、各勢力の代表者達による話し合いは続いた。
そうしなければならないほどに事態は不明瞭な点ばかりであり、だからこそ両軍ともにこうして肩身を寄せ合う必要があった。つい先日まで銃口を向けあっていた者達が、第三者の武装蜂起という緊急事態によって一つに纏まっていく。『LOCAS.T.C.』という共通の敵の存在が、皮肉にも双方が手を取り合うきっかけとなったのだ。
そして翌日の西暦2281年5月2日。
法的な拘束力のない非公式的なものではあったが──U3F残存兵達とインデペンデンス・ステイトの間に同盟関係が締結されることとなる。
それが果たして昏迷の闇に包まれた世界を照らす光明と成り得るかどうかは、まだ誰にもわからない。
それでも、人々の善意は悪意に屈することなくいつか必ず報われるのだということを、今はただ祈るばかりである。
*
代表者達による今後の方針を決めるための話し合いが終わった後、アレックスはひとりオミクロンの私室へと招かれた。彼曰く、どうやら二人きりで話しておきたい事があるらしい。
おおよその事情を察したアレックスはこれに応じ、オミクロンに部屋へと通される。室内は前に一度訪れたときと変わらず生活感の感じられない無機質な雰囲気であったが、それでも以前のように空気が張り詰めていない分、居心地は幾らかマシになっていた。
ソファに座らせられ、目の前に出された紅茶をアレックスがひとくち飲むと、向かい側に座るオミクロンはタイミングを見計らったように話を切り出した。
「……先日のクリュセでの戦闘の中で、君はピージオンが中核をなす“計画”の真相と、その首謀者である“ルーカス=ツェッペリンJr.”の名を、戦場にいた全ての兵士に開示してしまっていたな」
オミクロンの問いは、アレックスの予想していた通りのものだった。
彼はティーカップを
「あの戦闘を治めるにはそれが最善だと判断しました。そうすることで、本当の平和の意味についてその場にいた一人一人に訴えかける必要があった。……あなたはきっと怒るでしょうが」
「いや、それについては何も言うまい。私が疑問に思っていることは別にある」
一呼吸置いて、オミクロンが問い質す。
「何故、君はあの場で“オミクロンの正体はルーカス=ツェッペリンJr.のコピーである”ことを公表しなかった。計画の全貌を明らかにするのが目的ならば、この真実が抜け落ちていては説得力として不十分のはずだ」
彼の指摘したように、アレックスは戦場での演説で“ルーカスという男が『MPP』によって世界を変えようとしていた”とは語っても、“インデペンデンス・ステイト創生の起源もまた『MPP』にある”こと、そして“U3Fとインデペンデンス・ステイトの争いはルーカスの仕組んだマッチポンプ”である事については一切触れていなかった。情報としてはあまりにも断片的であるし、それこそ無益な争いを止めることが目的ならば、ルーカスとオミクロンの関係についてもリークしてしまったほうが演説としてもより効果的だったはずである。
アレックスは暫く考えた後、オミクロンの問いかけに答える。
「……もしあの場でそれを告げてしまえば、これまであなたの言葉を信じて戦っていた人達はどうなると思いますか」
「間違いなく糾弾するだろうな。『宇宙居住者の独立』という理念を掲げて人々を焚き付けておきながら、指導者の本意がそれとは別のところにあったことを知られてしまえば、それこそ内乱や暴動が起きてしまう」
「そうだ。あなたは自分の目的を果たすためだけに、火星やコロニーの難民達に嘘をついた。甘美な響きの言葉ばかりを並べて、人々の良心を……命を、利用したんだ」
アレックスの言葉を受けたオミクロンに、もはや弁明の余地などなかった。
彼が部下達をまるで盤上の駒のように扱ってきたのは、言い逃れようのない事実である。その罪を自覚していなかったわけではないが、だからと言って到底許される話でもない。
アレックスはそれを、極めて冷徹な声音で突きつける。
「あなたが、あなたの為に死んでいった部下達に対して申し訳ないと思っているのなら、自分の言葉に責任を持て。“インデペンデンス・ステイトの総帥”という嘘を、一生かけて貫き続けろ。死んで償うだとか、そんな甘い選択は絶対にさせない」
「そうすることが、私にとっての贖罪になると……?」
「勘違いするな、僕はあなたに救いの手を差し伸べるほどお人好しじゃない。もう、手段を選り好みしている場合じゃないから……あなたがインデペンデンス・ステイトの人達を利用したように、僕は“総帥オミクロン”を利用させてもらう」
アレックスはソファから立ち上がると、オミクロンへと自らの手を差し出す。
それは救済の手ではない。悪魔との相乗りを誘う
「あなたには協力してもらいます。僕は……
『マスター・ピース・プログラム』を、使います」
*
月面都市『アリスタルコス・ドーム』。
巨大軍事産業複合体“LOCAS.T.C.”本社施設。
その地下格納庫のキャットウォークに二人の男──プレジデント=ツェッペリンとキョウマ=ナルカミが、肩を並べて歩いていた。彼らの見つめる先にあるのは、ハンガーに佇む数機のDSW達。そのどれもが従来機とは一線を画すシルエットをしており、通路を挟んで左右に13メートル強の人型兵器が並び立つその様は、まるで巨神を
「この手腕と手際……見事だ、と言わざるを得んな。褒めて遣わすぞ、キョウマ」
「研究の援助をして頂いている身の上、これくらいは当然の行いですとも。お気に召したようで光栄に存じますがねぇ」
気持ちがまるで込もっていない、いかにも乱暴な敬語をキョウマは返すも、それに対しプレジデントは特に腹を立てることもなく──むしろ気の知れた相手にのみ向けるような微笑みすら溢す。それはプレジデントが礼儀だけの無能よりも有能さを愛しているが故であり、キョウマにとってもこれ以上に利害の一致する人物は他にいないのだから、彼らはある意味もっとも
「“LDP-91 ピージオン”、“LDP-92 クレイヴン”、“LDP-93 ファントマイル”、“LDP-94 コンドルフ”、そして“LDP-95 エビラウル”……鳥の名を冠した5機の試作DSW開発計画『
誰に語り聞かせるでもなく誇らしげなプレジデントの歩が、格納庫最奥の行き止まりにて止まる。上方を仰いでいるプレジデントの顔をキョウマは切れ長な横目で一瞥すると、自らもまた眼前に
細い四肢は黒真珠のような漆黒の装甲で覆われ、至る箇所に煌びやかな銀色の装飾が施された機体。人の両目と同じ間隔に配置されたデュアルアイは冷気を帯びたような蒼色の火を灯し、そして頭部には水銀で模られたような背に翼を生やす女神像が存在感を放っている。
「“LDP-91 ピージオン2号機”。予備のパーツを組み上げただけとはいえ、そのスペックは
「気に入らんな」
つらつらと説明していたキョウマの声を、プレジデントが不機嫌そうに遮った。
「確かに、戦場で遭遇したら思わず二度見してしまう奇抜なデザインだ。とまあ、考えたのは私なのだがね」
「そうではない、気に召さんのは名称のほうだ。名は体を表すもの、
プレジデントは一歩前に出ると、艶めきを放つコックピットハッチの表面を撫でる。まるで飼い馴らした獅子を愛でる君主のように、その表情には野心的な笑みが浮かんでいた。
「──“
歪な
「うむ、吾輩にはこの響きのほうが耳に馴染む」
「ほう、これはまた極上の皮肉……もとい、素晴らしい名前かと」
プレジデントが身を翻し、キョウマもそれに続いてキャットウォークを靴底で鳴らしながら去ってゆく。
絶望の
Vol.04[Deadend Survivor] 完
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