第20章『吸血鬼ヴラッド 10』

 クリュセ市街の中央に位置する時計塔。それはここら一帯で最も高い建造物であり、この街のシンボルとして“火星解放戦線”を経て以降もそびえ立っていた。

 アレックスはその塔の天辺へと“ピージオンドミネーター”を着地させると、眼下に広がる高層ビルの立ち並ぶ街並みを見渡す。手元に展開したキーボードを指先で弾きつつも、立体ホログラフィックで投影された情報群をひたすら目で追っていった。


「エラーズ、あの機体について何かわかることは?」

《機種特定不能、データにない機体です。武装はエネルギーライフル、トンファーブレード、頭部レーザー砲、右肩部大口径ビームカノンです》

「ファントマイルに似てる……? いや、その発展型というべきか……」

《それから、全ての敵機に生体反応がありません。おそらく戦闘AI搭載型の無人機と思われます》

「人が乗ってないだと……? それが、戦争を効率化させるビジネスをする『LOCAS.T.C.』の答えだっていうのか……!」


 そのような機体の投入は、アレックスにとってこの上なく許し難い所業であった。

 確かに無人機とは文字通りコックピットに生身の人間を乗せていない為、万が一撃墜されても人が死ぬようなことはない。戦いで兵士が血を流すようなこともなくなるのだ。

 だが、それはあくまで加害者にとっての理屈でしかないと、アレックスは断固として切り捨てる。命を奪う責任感を感じることなく、ボタン1つで繰り広げられる戦争など、成立してしまってはならない。本来戦争はどこまでも悲惨であるべきであり、ウォーゲームに成り下がってはならないのだ。


(『LOCAS.T.C.』が戦争の根源だというのなら、僕は絶対に負けるわけにはいかない……!)


 ならば後は、勝利する為の計略を練るのみだ。アレックスはそう決心すると、滝のように流れる情報の波へと集中を注ぐ。


(敵機は合計でたった13機。だが、その全機がホロウ・リアクタを搭載し、尚且つインビジブル・コーティング特殊装甲まで有している。でも……!)


 ピージオンが両翼を広げ、背負った広域索敵用レドームがゆっくりと回転し始める。周囲のスキャニングが開始され、索敵結果がモニター上の地図に光点として次々と重ねて表示されていった。


(インビジブル・コーティングは確かに強力だ。だとしても、決して完璧な光学迷彩というわけじゃない。コスモフリートでDSWの操縦訓練をしていた頃にナットが教えてくれた“弱点”……そこを突けば、勝機はある……!)


 そもそも“LDP-92 クレイヴン”などに試験的に実装されていたインビジブル・コーティングとは、用途や戦況に応じて特性の違う3つのステルス機能を使い分けられる光学迷彩システムである。

 周囲の背景を装甲表面に投影することで溶け込む『モードCカメレオン』。機体周辺の光を透過ないし屈折させることにより透明化する『モードSスケルトン』。そして可視光を含めた電磁波を全て吸収し、あらゆるレーダーに探知されなくなる『モードEAエレクトロ・アブソリューション』。

 高い運動性能を活かした機動戦が主な役割であるDSWにとって、非発見されない事はそれだけで戦術的に大きなアドバンテージと成り得るものであり、言わばインビジブル・コーティングは“究極のステルス”に限りなく近い代物であった。


 だが、それでもインビジブル・コーティングの各ステルスモードは、それぞれが明瞭かつ致命的な欠点を抱えている。

 『モードC』はあくまで姿を消しているだけで音紋や熱紋を遮断する事はできず、スラスター噴射などを用いてしまえばすぐに探知されてしまい隠密性が破られる。一見すると完璧な不可視化を実現している『モードS』も、使用中は同時に機体側から外が見えなくなってしまう為、実のところ待機時くらいにしか使い道がないし、『モードEA』はレーダーから姿を消す事はできても目視すること自体は可能だ。

 この場合、敵機は不可視状態のまま戦闘を行なっていることから、『モードC』を継続して使用していると判断できるだろう。ならば、移動中に用いられるスラスター噴射の熱を探知して位置を割り出せばいいだけの事だ。そして、電子戦特化機のピージオンならば、ほんの微々たる熱量でさえも見逃しはしない。


《スキャニング完了。敵機座標をマッピングします》

「よし。味方機への転送も頼む!」

《了解。データリンク開始します》


 さあ、これで戦うための手筈は全て整った。

 味方機と敵機の位置関係を全て頭の中へと流し込み、そこから次なる最善の一手を導き出すべく必死に思考を束ねていく。やがて光明が差すと、アレックスは瞬時に通信機の向こう側へと指示を飛ばす。


「マークさん、いま指定したポイントに射撃を! そこに敵機がいます!」

《こちらもロックオンした! だが、本当に敵機がそこにいるのか……!?》

「僕もベストは尽くしたつもりだ! だからマークさんも……ッ、今です!」

《くっ……信じるぜ、その言葉……!》


 マークが叫んだ刹那、オフィス街の一角で“フォックステイル・スナイパーカノン”の撃鉄が響く。

 放たれた電磁投射弾は射線上にいたをいとも容易く射抜き、出現したアルトギアは瞬く間にプラズマと爆煙をあげて四散していった。


《本当に当たった……!?》

「一機撃墜を確認。残りの敵機にもマーキングをしておいたので、あとは頼みます……!」

《よくやってくれた、ピージオンのパイロット! こちらトグリル1ナナキより各位へ、これで条件は対等となった。インデペンデンス・ステイト及びU3F所属のDSW部隊はこれより、所属不明機の各個撃破にあたる! 異論はないな!?》

《こちらU3Fのアラン=モーラン大尉。了解した、共闘と洒落込もうではないか……ッ!》

《フッ、感謝する。では……征くぞ!》


 緊急事態であるとはいえ、これまで銃口を向け合っていた二つの軍が、今は互いが互いを守るために武器を手に取っている。

 戦場の中で起こった奇跡にアレックスは口元をわずかに綻ばせると、自らも諸悪の根源を断つべく機体を羽ばたかせた。


「行くぞ、エラーズ。僕たちのへ……!」

了解ですゲット・レディ


 決意を固めた少年は、自らの意志で戦場へと赴く。

 もう迷いはない。この翼があれば、何処へだって飛んでいける。そんな確信さえ抱けるほどに、この体は軽くなっていた。





《まだ戦えそうか、吸血鬼》


 チャーリー=ベフロワからの通信が入り、それまで意気消沈していたヴラッドは『無論だ』と言わんばかりにゆっくりと機体を立ち上がらせた。


《……いや、お前にこの二つ名はもう相応しくないかもしれんな》

「ほう、貴様も冗談を口にすることがあるのか」

《本気で言ったさ。それよりも、敵機が来るぞ》


 警告音アラートが鳴る。モニターを見やると、左右から透明化したアルトギアがそれぞれ一機ずつこちらへと接近してきていた。

 対し、ヴラッドのコンドルフは先ほどまでの戦闘で散弾銃“フチーレ・ダ・カッチャ”も実体剣“スパーダ”も損失してしまっており、チャーリーの駆るファントマイルもまた持っていたエネルギーライフルを右腕ごと失っている。どう考えてもこちら側にハンデがあった。

 だが、ヴラッドは奇妙な高揚感に思わず笑みを浮かべる。おそらくチャーリーも同様だろう。二機は背中合わせで立つと、それぞれに残された武装を構える。


「まさか、貴様とこうして共闘する日が来ようとはな……!」

《同感だ。お前とは決して相容れぬ存在だと思っていたが、不思議なものだ》

「フッ、“負ける気がしない”か?」

《口では言わん。……俺は右のをやる、お前は左だ》

「承知した。あまりにも貴様が遅ければ、二機とも俺が獲物を仕留めるがな」

《その台詞をそのまま返そう。……行くぞ》


 チャーリーが合図した刹那、緋と蒼のDSWが一斉に足を踏み出した。

 コンドルフの接近に伴い、アルトギアは不可視化を解くと同時に右手のライフルと肩部ビームカノンの一斉射を放つ。しかし、コンドルフは軽やかにこれらを躱しながら、瞬く間に距離を詰めていった。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 渾身の蹴りがアルトギアの腹部へと叩き込まれる。敵機がたじろいだ一瞬の隙を見逃さず、コンドルフは背部の“クアットロ・ギロッティーナ”を展開して斬りかかった。

 無人機というだけあってアルトギアの反応速度は素早く、咄嗟に左腕のトンファーブレードを構えて一枚の刃をかろうじて防ぐ。だが、残る三つの斬撃が三日月の弧を描き、アルトギアの四肢を次々と切り裂いていった。

 右腕が、左脚が、頭部が弾け飛び、それでもアルトギアは最期まで降伏する意志を見せぬまま、無慈悲にも業火に飲まれていく。それとほぼ同時に、コンドルフの背後でも爆発が起こった。ファントマイルが敵機を仕留めたのだということは、わざわざ振り返って確認するまでもないだろう。


《こちらトグリル3、敵2機を撃墜した。呆気ないものだな》

「ああ……。そして、どうやら俺もここまでのようだ……」

《何……?》


 チャーリーがそのように驚いてしまうのも無理はないだろう。ヴラッドは可笑しさに笑みつつも、もう一度サブモニターに表示された機体ステータスに目をやる。

 本来は核融合炉の搭載を前提としたこの機体に無理やり取り付けられた不安定な“ホロウ・リアクタ”が、その膨大な負荷に耐えきることができず遂にオーバーロードを起こしてしまっていた。このままでは、爆発も時間の問題だろう。

 チャーリーも事態を察したのか、膝をついたコンドルフの元へとすぐに駆けつける。


「何をしている……? 爆発に巻き込まれるぞ、はやく離れろ!」

《お前こそ、はやく脱出装置を使え。機体を外部から冷却する》

「今更そんな真似をしても無駄だ! 貴様まで道連れになるだけだぞ!? それに、このままでいい。……いや、これでいいんだ」

《……それは、本気で言っているのか》


 怒りを押し殺すようにチャーリーが問うと、ヴラッドは画面に向けて笑ってみせた。力のない、寂しげな笑みだった。


「あの女神飾りの男と対峙してよくわかった。……いや、違うな。本当は心の奥底でわかっていたのかもしれん。いくら屍を積み上げたところで、俺の罪は永遠に消えることはない。この大罪は、俺が生きている限りずっと赦されない」

《だから、死んで全て帳消しにするつもりか。……傲慢だな。それは他人の命を奪ってまで生き残った人間が、一番してはならない行為だ》

「黙れ! 俺は裁かれなければならない罪人だ! 自らの命と共に罪を断つことこそが、俺に残された唯一の贖罪ではないのか……!?」


 これまでにヴラッドは、あまりにも多くの罪なき人々を殺めてきた。ならば、自身の死をもって償うことこそが道理である。きっと自分に殺された者達だって、それを望んでいるはずだ。

 だが、画面の中にいるチャーリーは首を横に振る。


《そうだ、お前は到底許されざる人間だろう。それは俺も同じだ。ならばその罪を背負ったまま、例え泥水をすすってでも無様に生き続けろ。屈辱的に生をまっとうすることこそが、俺たち兵士にとって最大のだ》

「でも、俺は……」

《どのみち、こんな場所で死なれたところで、誰も貴様を英雄扱いしたりはしないだろう。ここで無駄に命を散らすくらいなら、生きて俺達に協力しろ。何やら訳のわからない事が起こっている今、お前の助けも必要だ》

「俺が、必要……?」


 その言葉は、生まれて初めて言われたような気がした。

 戦力としてアテにされたことならある。だが、自分という個人を必要とされたことは今まで一度もなかった。


(……甘すぎるな、俺は。強者を気取っていた癖に、こんなありきたりな言葉如きに感化されてしまうなど)


 だが、不思議と悪い気はしない。ようやく“居場所”を見つけたられたことが、こんなにも心地い。

 ヴラッドはようやく躊躇いを振り払うと、そっとボタンに手を伸ばした。

 操作を受け付けたホロウ・リアクタが緊急停止し、コンドルフの双眸が静かに消沈する。一度その循環を止めてしまったリアクタは、もう二度と起動させることも稼働させることも叶わないだろう。


 かくしてコンドルフ・エクスターナルは強大な力を失った。しかし、ヴラッドに後悔はない。

 選び取ったこの“選択”を、一生大切にしていかなければならないと思った。





《残存する敵勢力、残り3機です》

「ああ、引き続き照準は任せるぞ」

《了解》


 まるで街中を低空飛行する鳥のように、ピージオンドミネーターがクリュセの街並みを駆け抜ける。

 ようやく敵影を射程圏内へと捉えると、アレックスは躊躇することなく瞬時にトリガーを引いた。

 するとドミネーターウイング表面のスリットがスライドして裂かれ、中から迫り出した小型の銃身が赤い光線を放つ。“ホーミングレーザー”と銘打たれたその武装は、文字通り敵を追尾する特性を持った曲進性の粒子ビーム兵器だ。

 枯れ木の如く枝分かれした紅蓮の矢が、アルドギアの周りに次々と突き刺さっていく。どうやら命中精度は少し心許ないらしいが、それでも身動きを封じるくらいの働きはしてくれたようだ。その隙にピージオンは一気に敵の懐へと入り込むと、片方のウイングに付いた五本の鉤爪を繰り出す。

 巨大な手に引っ掴まれたアルトギアが、フレームを軋ませ悲鳴をあげる。だが、無人機を相手にアレックスが手加減するはずもなく、アルトギアはオイルやパーツを飛び散らせながら握り潰された。


《先輩、右に避けて!》

「……ッ!」


 声の主がミランダであると脳髄が理解するよりも先に、機体を素早く真横へと跳躍させる。

 次の瞬間、それまでピージオンの立っていた虚空を一筋の閃光が通り過ぎていくと、遥か後方で爆発の炎が上がった。どうやら後ろから接近してきた敵機を、彼女のフーリーウェイが狙撃してくれたらしい。


《フォックス3、敵機を撃墜。これで敵の反応は全て消失……私たち、勝ったんですかね……?》


 ミランダはそう訊ねて来たが、アレックスはつい返答に戸惑ってしまう。念のためにもう一度味方機から集めた戦況報告を束ねても、やはりその違和は解決されなかった。


「いや、今のを含めて撃墜数は12機だ。あと1機、残っているはずだけど……」


 アレックスは全天周囲モニターに映る景色を見回す。すでに戦闘は収まっており、銃声は聞こえず静寂のみが周囲を支配している。レーダーを確認しても、やはり敵の反応は残っていなかった。

 単純に撃墜数を数え間違えただけという線も疑ったが、高性能コンピュータを備えたエラーズがそのような計算ミスをするとは考えられない。となれば、考え得る可能性は──。










《……ッ! 接近警報、すぐ目の前……!?》

「ミランダ!?」


 すぐに最大望遠でミランダ機のいる方向を見る。全身を真っ黒に染め上げたアルトギアが、狙撃ポイントに孤立しているフーリーウェイへと接近していくところだった。


(くッ、しまった……!)


 アレックスは己の不覚に歯噛みしつつも、即座に機体をフーリーウェイの元へと向かわせるべく飛翔する。

 彼の読み通り、最後の一機はインビジブル・コーティング『モードEA』を作動させることによって、こちらのレーダーに探知されることなく身を隠し、反撃の機会を伺っていたのだ。

 気付いていた。だが、それを伝えるのがあと一歩遅かった。


 このままではミランダがやられてしまう。

 それではエリーとの約束も果たせなくなってしまう。

 それ以上に、仲間が目の前から消えてしまうのはもう御免だった。


「させないぞ……! させるものかぁぁぁぁぁッ!」


 彼の想いに応えたように、ドミネーターウイングから幾つもの“ホーミングレーザー”が迸った。極度の緊張によりどんよりと静止したような世界の中を、赤い閃光がゆっくりと突き進んでいく。矛先にいるアルトギアもまた、肩部大口径ビームキャノンの銃口に光を蓄えさせ始めていた。


(間に合え……ッ!!)

 

 目を閉じることもできないまま、アレックスは敵機へと伸びていく光に只々祈りを馳せる。それくらいしか出来ることがない自分に苛立ちつつも、今はそうすることしか出来なかった。

 そしてドミネーターウイングから放たれたホーミングレーザーが、今にもアルトギアへと突き刺さろうとしていたそのとき──、










 

 一瞬遅れて、ホーミングレーザーの赤い矢がアルトギアを何度も穿つ。だが、一度発射されたビームキャノンを止めるすべはなく、光の柱はそのままフーリーウェイの方へと真っ直ぐに飛んでいく。


「ミランダ……ッ!?」


 アレックスの視線の先で、爆発が二つほど起こる。

 その炸裂を最後に、混迷に満ちた『クリュセ攻防戦』はようやくの終わりを迎えた。

















 ……ここは、どこだろう。

 暗闇だけが果てしなく広がる世界で、少女はぽつりと取り残されていた。

 辺りを見渡しても、他に人らしき姿はどこにも見当たらない。空間を満たす空気は妙に肌寒く、額から流れる血だけが温かさを感じさせてくれた。


(……血?)


 生暖かな血の感触が、そして傷口の痛みが徐々に蘇ってくる。生きた心地がまるでしないが、どうやら黄泉の国に来てしまったというわけでもないらしい。


「──ダ……! ミランダ……!」


 少年の声がした。

 それは、自分の名を呼ぶ声だった。

 懸命に呼んでくれるその声の主の顔がどうしても見たくて、少女──ミランダ=ミラーは遠ざかっていた生身の肉体へと戻る。皮膚を裂くような痛みをどうにか堪えつつも、重い瞼を強くこじ開けた。


「せん……ぱい……?」


 ミランダが囁くと、彼女の伸ばした手を握るアレックスは安心のあまり涙を零しつつも頷いた。どうやら彼は損傷したフーリーウェイのコックピットを外からこじ開け、自分を救い出すべくここまで来てくれたらしい。


「……前に“サヨナラ”って言われて、もう君と会えなくなるかもしれないって、凄く不安たった。だから、こうして生きてくれていて……本当に、良かった……」

「先輩……」


 彼がここまで人前で涙を見せるのを、ミランダは初めて見たような気がした。こちらを覗き込む顔はとても無邪気で、あどけなくて、だからこそ今までのような虚勢にも似た危なっかしさはもうそこには無い。

 彼の変化を見ることができてミランダはひと安心すると、やがて自らを腹を括ったように口火を切った。


「ケレスでの一件があった後、私……ずっと考えていて、それでわかったんです。誰よりも仲間のことを考えてくれていたのは、実はミド先輩だったんじゃないかって」

「ミドが……?」

「確かにミド先輩はコスモフリートの人達を裏切りました。でも、それは仲間の身を案じての行動でもあったんです。少なくとも、私達のことを一番現実的に考えていたのはあの人だった。なのに私は、ミド先輩の言葉をろくに聞き入れようともしないで、“裏切り者”だと見下してしまった……」


 ただ、“仲間”という言葉の範囲が自分達と異なっていただけ。その認識の差異が、ミドとのすれ違いを決定的なものにしてしまったのだ。それが結果としてミリアの離反という最悪の事態に繋がってしまったのは、あまりにも哀しき悲劇である。


「それで私も、もう守られるだけの私のままじゃいけないって思いました。例え先輩の嫌っていた人殺しの汚名をかぶってでも、先輩を……大切な大切な『ミスト・ガーデン』の仲間を、この手で守りたかった」

「だからって、もし君が傷ついたりしてしまったら、みんな心配する……それじゃあ意味がないじゃないか……」

「ごめんなさい。でも……もう、ミド先輩やミリアちゃんみたいに居なくなられるのだけは、嫌ですから……」


 それが、ミランダの偽らざる本心だった。

 何に変えてでも守りたい存在が居たからこそ、彼女は自らの想いを押し殺してまで戦士と言う名の道化となる事を選んだのだ。

 『好き』なんて台詞も、本当は言いたくなどなかった。けれど、自分から突き放さなければ、優しい彼はきっと心配してしまう。それだけはどうしても避けたかった。


「そうだね……。僕達は、もっと一人一人が真剣に考えるべきだった。いいや、これからそうしていけばいい。もう道を間違わないように、基地へ戻ったらちゃんと皆で話し合おう。これまてまの事を……そして、これからの事も」


 希望に満ちた表情で、アレックスが続ける。


「それで今度こそ本当に、皆で一緒に帰ろう」

「帰る……ですか?」


 ミランダが訊ねると、アレックスは頷いてみせた。


「ああ。ミドもミリアも一緒に、7人全員揃って『ミスト・ガーデン』へ帰るんだ。今はまだ遠い夢のような話かもしれないけど……それでも僕は、絶対にその願いを果たしたい」


 彼の瞳には、白く純粋な光が宿っていた。

 それは強い輝きを放ち、しかし以前のように眩しさのあまり目を逸らしたくなるような事はない。

 彼の真摯な思いに触発され、ミランダもまたゆっくりと口を開いた。


「私も叶えたいです、その目標ゆめ。それまでは私が先輩を守りますから……」


 次の瞬間、ミランダが急に身を乗り出したかと思えば、

 ミランダの大胆かつ予想外の行動に、アレックスは顔を真っ赤にして動揺してしまう。




「だから私のことも、ちゃんと守ってくださいね。先輩っ?」



 そう言って、ミランダはようやくいつもの小悪魔みたいないたずらっぽい笑みを浮かべる。

 降り注いでいた雨は止み、晴れ晴れとした空が頭上に広がっていた。

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