第18章『吸血鬼ヴラッド 8』

 フーリーウェイのコックピット内で、ミランダ=ミラーは驟雨の空に浮かぶ白銀の姿を仰ぎながら嘆息をもらした。

 曇天を背に煌めくそれは、パールホワイトに彩られた電脳神サイバーマキナ“ピージオン”。黒く巨大な手にもみえる重厚な双翼を新たに従え、戦場へと舞い降りた告死の天使だった。


《U3F、並びにインデペンデンス・ステイトの両軍に告ぐ!》


 通信機から公共広域周波数オープンチャンネルで少年の声が響き渡る。

 その電波はクリュセ市街全域にまで伝わっているようで、それまで激しく交戦していたDSWの群れも声を聞いた途端に戦闘行動を中断すると、みないぶかしげに空を見上げていた。


《僕の名はアレックス。木星圏第1番コロニー『ミスト・ガーデン』出身の、アレックス=マイヤーズだ!》

「先輩……」


 久しく聴いていなかったような、凛とした声色がミランダの鼓膜に触れる。心に深い傷を負い塞ぎ込んでしまっていた彼は、どうやら無事にまた立ち上がることが出来たようだ。

 想い人の再起にミランダはつい口元を綻ばせる。しかし一方で、この本来なら祝福すべき復活劇をどういうわけか心から素直に喜べない自分がいた。


(おかしいな、なんで胸が痛むんだろう。って事は、前からわかりきっていた筈なのに……)


 それは女性として最も醜く滑稽なさがであると、ミランダは自身に対して嫌悪感を抱く。


(ううん……そうじゃない。今の私がやるべきなのは、先輩の出した答えを受け止めること。例えそれがどのようなものだったとしても、仲間として真摯に向き合わなきゃ……!)


 今にも目頭から溢れてきそうな感情の波をギリギリのところで塞き止めると、彼女は強い意志の宿った瞳でピージオンを捉えた。

 そして、回線の向こう側にいるアレックスは高らかに告げる。


《今より明かそう。僕が知り得る、この機体“ピージオン”に秘められた真実と、その真相を──!》





《かつて僕の住んでいた『ミスト・ガーデン』では、開発中だったこの機体を巡ってU3Fやインデペンデンス・ステイト……さらには宇宙義賊コスモフリートをも含めた三勢力による武力衝突が発生した! それが何故だかわかるか!? それはこの機体に、世界を根本から覆すほどのチカラを秘めた、恐ろしい禁断のプログラムが組み込まれていたからだ!》


 チャーリー=ベフロワもまた、アレックスの選び取ったという“選択”に耳を傾けていた。

 あくまでも末端の兵士である彼にとって、同じ戦闘単位に過ぎない味方パイロットの所感など、本来ならば興味を示すこともなかっただろう。むしろ、戦場においてそのように思考することは足枷にしかならないと、侮蔑の念すら抱いていたほどだ。

 だが、これに関しては不思議とその真意を見極めねばならないという気にさせられた。どんなに多くの者から過剰な苦悩を咎められても、それでも思い悩み続けてきたアレックス=マイヤーズの結論を聞くことは、価値観の対照的な自分にとっても有意義なものかもしれないと思えたのだ。


《それこそが『マスター・ピース・プログラム』。現存する兵器に標準搭載された共通規格『ユナイテッド・フォーミュラ』を強制的に支配するハッキングプログラムだ! DSWに乗る者ならば、これがどれだけ驚異的な能力チカラなのかは理解できるだろう!? 一度制御下に置かれてしまえば、いかなる操作も全く受け付けなくなり、脱出装置も自爆の権限も他者に委ねられた傀儡と化す。そんな鉄の棺桶と成り果てた機体に一つしかない命を預けるなんて、パイロットとしては堪ったものじゃないはずだ!》


 そのプログラムの存在については、チャーリーもアレックスの口から断片的に聞かされていた。そして能力の片鱗を実際に味わい、かつてないほどの恐怖を抱いたこともある。あの時の味方部隊も、きっと同様の恐怖を抱いたまま悔しくも命を散らしていったことだろう。

 殺戮の当事者であったチャーリーだからこそ言える。あのプログラムは、間違いなく人道に反した姿なき禁断兵器であったと。あんなものが蔓延してしまえば、それはもはや戦争ではないと言っても過言ではない。


《しかし、それがこのピージオンという機体の本質でもある。戦場にいる全ての者に“死の恐怖”を植え付け、過度な装飾の施された極めてシンボリックなこの機体を“死の象徴”として観測者に焼き付ける……。これを製造したルーカス=ツェッペリンJr.という男は、そうやって自らが神として君臨することで、恒久的平和という万人が諦めた理想を実現させようとしていた……!》

(何……?)


 意外な人物の名を聞き、チャーリーは思わず耳を疑う。

 ツェッペリン家といえば、実質的に世界の全軍事力を司る軍産複合企業『LOCAS.T.C.』を担う巨大財閥にして、死の商人と悪名高き血塗られた一族のことである。なぜ急にそんな名前が出たのかとチャーリーは一瞬だけ困惑したが、冷静に考えればすぐに合致のいくことだった。

 現存する兵器のほぼ全てに適用されている『ユナイテッド・フォーミュラ』。その規格統一化を推し進めたのは他でもない『LOCAS.T.C.』であり、それは言わばプレジデント=ツェッペリンの意向でもある。

 ルーカスという人物は──恒久平和を志した経緯はわからないが──それを逆手に取り、父親が世界に張り巡らせた兵器規格を布石として利用することで、恐怖支配による平和を実現しようとしたのだろう。


《それは“平和”であっても“和平”ではない。あらゆる行程を無視して辿り着く平和なんかに、意味なんてないんだ》


 同感だ、とチャーリーは胸中で呟く。

 いくら戦争状態が抑止されようと、常に戦慄が付いて回るのならばそれは“平和”とは呼べない。それではチャーリーのよく知る戦場と同じである。


(……成る程、それで天使のようなとても兵器らしからぬ出で立ちをしているというわけか)


 これまで疑問に思っていた女神像の意味を、彼はようやく理解して呆れ返った。





(あいつ、勝手に何を喋って……!?)


 かねてよりピージオンの真実を知っていたドロレス=ブルームは、アレックスの行動に只々愕然としていた。

 確かにルーカス=ツェッペリンJr.の計画は一度の失敗こそしたものの、それは秘匿的に遂行されたものであり、世間に不審がられることはあっても明るみになることはなかった。だがピージオンに乗るアレックスという少年は、あろうことかそれを自ら開示し始めたのだ。兄の企てた計画の成功を心から願うドロレスからすれば、憤慨に値する愚行である。


《けれど、恐らくルーカスはそうせざるを得ない程に、人類に対して絶望してしまっていたのだろう。彼は世界中に住まう全ての人類を救済しようとはしたが、決して人を愛してはいなかった。……いや、きっと愛するということを恐れていたんだと思う》

(兄さんに愛されるだけの価値を持った者がいないだけよ。いいえ、そんな人がいるはずもないわ。兄さんに比べて、人類はそれだけ愚かな種族なのだから)

《それは人の弱さだ。しかし、人なら誰もが持った弱さでもある》

(違う、兄さんは紛うことなき強者だわ。あなた如きと一緒にしないで……!)

《僕には彼のやり方を否定できても、彼自身を否定することはできそうにない。旧石器の時代から戦いの歴史を繰り返しているような人類を見れば誰だって悲観的になるし、ましてやそれを根絶することなど未来永劫に不可能だと思えてしまう……》

(そう思えるのなら……それがわかっていながら、なぜ兄さんの計画を否定するような行動をする!? 人類が愚かなものだと知りながら、なんであんたは……!)


 矛を抱いたアハト・アハトの中で、ドロレスは奥歯の苦虫を噛み潰した。





《でも……だとしても僕は、この悲しみに満ちた歴史を止めたいと心から願っている。いいや、止めなければならないんだ。もう、こんなことは……》


 アレックスの捻り出したような悲壮な声を聴きながら、マーク=ジェイコフは呆れて物も言えないといった表情を浮かべていた。

 とどのつまり、彼の主張は“こんな戦いはもう止めよう”というものである。そのあまりにも稚拙で青臭い論理は、もはや冗談か笑い話の類としか受け取れない。

 そんな簡単にことが上手くいくのなら、平和などとっくに実現している。

 だが、現実の世界は恐ろしいほどに複雑であり、矛盾だらけであり、多様なのだ。言葉一つで戦いを終わらせることなど出来るはずがない。

 餓鬼の戯言だ、とマークは吐き捨てる。そんな彼の意思に反して、アレックスの演説はなおも続いた。


《そしてこれは、僕だけの願いでは決してないはずだ。ただ、誰もがその理想を一度は思い描いては、不可能だと決めつけ諦めているだけ……》

(当然だ、人は永遠に武器を手放せやしない。俺たち兵士は銃を向け合う宿命なのさ……)

《だが僕は断言する、『そう願うことは絶対に間違いなんかじゃない』と。心から戦いを望んでいる人間なんて、本当は一人もいないんだろう……!?》

「……ハァ、こいつぁちと教訓を垂れてやる必要がありそうだな」


 そうため息をついてマークは周波数を切り替えると、ピージオンへと通信を送る。


「話の途中で悪いな坊主。でもな……生憎だが俺は、お前がいないと断言したの一人だぜ? 俺は家族も仲間も奪っていった、U3Fのクソ野郎どもが許せねぇ。あいつらの味わった痛みを、彼奴らにも与えてやらねぇと気がすまねぇんだよ……。所詮インデペンデンス・ステイトってのは、そういう物達の集まりさ」

《それは向こう側だって同じはずだ! その先に勝利なんかない、あるのは破滅だけなんですよ……!》

「ハッ、甘いな。独善を振りかざしているだけのテメェに何がわかる? 俺はロマリオやジキル……そして散っていった多くの戦友たちの命を背負って戦っている! 例え敗北はあっても、敗走の道はねぇんだ……!」


 すると、それまで静寂に包まれていた戦場で再び銃声が鳴り始める。演説に耳を傾けていた両軍のDSWが、まるで我に返ったように交戦を再開したのだ。空中に留まるピージオンもまたソリッドの集中砲火に晒されてしまい、ウイングを盾にして防御に徹する。

 マークは“言わんこっちゃない”と内心で同情しつつも、あえて突き放すように言葉を告げる。


「残念だが、これが現実だ。覚悟も出来ていないような餓鬼が、こんな場所にしゃしゃり出てくるんじゃねぇ」


 そう言い残してマークが通信回線を切ろうとした、次の瞬間だった。

 不意にピージオンのコックピットハッチが開け放たれ、搭乗者のアレックスが生身の体を晒し始めたのだ。あまりにも突拍子のない無謀過ぎる行動に、マークも思わず言葉を失ってしまう。


《僕が何の覚悟も抱かずにここまで来たと思っているのか……!? だとしたらそれは見当違いだ! 僕は“殺さない覚悟”を持って此処に居る! それなのに、甘いだと? 独善的だと!? 知ったような口をきくな! 何が殺す覚悟だよ! 覚悟とか大義の為とか、そういう言葉が無いと安心できないから皆、口を揃えてやれ覚悟だやれ正義だって口走ってるんだろう!? それだって結局は集団的な独善に過ぎないじゃないか! だから僕のような異端者を見下して、自分はやっぱり間違っていなかったんだと無理に思い込んでるんだろ! 人を殺す為の方便を得て、納得したフリをしているんだろ! ポスターの安っぽいキャッチコピーなんかに躍らされてさ! そんなの自己正当化以外の何でもないじゃないか! 僕と何が違う!? いいや違わない! そもそも独善的じゃない人間なんて居やしないんだ! そんな事もわからないで、どいつもこいつも偉そうに……! そうやって自分は棚に上げるんだ! そんな言葉はとっくに聞き飽きてるんだよ! 本当に正しいことさえも見失って……!》


 言葉が紡がれていく度に、段々とその語気は覇気のないものへと変わっていく。

 少年の声は、泣いていた。

 彼の魂が、涙を流していた。


《殺されて、だから殺して……そうやって僕たち人類は、あまりにも多く無益な血を流し過ぎた。もう、お互いに疲れたでしょう。こんな悲しみの連鎖は、もう終わりにすべきなんじゃないんですか……?》


 それは、多くの兵士達にとっての偽らざる“本音”でもあった。マークとて例外ではない。

 戦争は常に人の身を疲労させ、心を乾かす。そんな事はとっくにわかっていた。

 わかっていたはずなのに、誰もそれを口にする事が出来なかった。生き残った者としての自責の念が、それを押し殺させていたのだ。

 しかしアレックス=マイヤーズは恐怖に屈する事なく、勇気をもって本心を告げた。

 彼はまさしく、真の意味で勇者だった。


(親父、御袋、ルシア、ロマリオ、ジキル……俺は、お前たちに先に逝かれちまった俺は、“その道”を選んでもいいのか……? お前たちを殺された怒りの炎を、風化させてしまってはならないのに……)


 マークがそっと、引き金から指を離す。

 なにも別に復讐心を完全に捨て去ったわけではない。ただ少しだけ、考える時間が欲しかったというだけだ。

 交戦状態にあった両軍のDSW達も同様で、互いに敵機を警戒しつつもゆっくりと銃口を下げている。この場にいる誰もが、手に握っている武器の意味を今一度考え直していた。

 かくして、クリュセ市街の戦場に再び静寂が戻ってきた。だが、まだ完全に戦闘が治ったわけではない。

 天高く浮かぶピージオンに向けて、彗星の如く這い上がる緋色の悪魔──“LDP-94[EX] コンドルフ・エクスターナル”が差し迫っていた。





 機体を最大速度で急上昇させていき、パイロットスーツに包まれた体をコックピットシートに沈めながらも、ヴラッド=デザイアの意識は眼前の白い天使にのみ向けられていた。それ以外の対象物は全くと言っていいほど目に入っていない。

 敵パイロットもこちらの接近に気付いたようで、即座に操縦席へと戻っていく。コックピットハッチが閉じられたのをヴラッドは確認すると、減速をさせぬまま物凄いスピードでピージオンへと突っ込んでいった。


「偽善者風情が、調子に乗るなァァッァァァッ!!」

《くッ! 鳥脚トリアシのDSW……!》


 コンドルフが両手で掴みかかり、ピージオンもその拳を握り返して受け止める。二機ともにスラスターから青い炎を噴かせ、均衡を留まったまま奇妙な形で空中を静止していた。


「前にも言ったはずだぞ! 罪を背負う覚悟もない人間は戦場に出るべきではないと……ッ!」

《覚悟をしていれば、罪を犯してもいいっていうのか!?》

「街で人を殺せば犯罪者だが、戦場で人を殺せば功績として讃えられる……!」

《それが歪みだって言ってるんだ!》

「俺には、自分が罪人だという自覚があるッ! そして、その罪が帳消しと成る程に屍を積み上げ、そして“英雄”となるのだァ……!」

《何なんだ、君は……!?》

「……血を渇望する者ヴラッド=デザイア。その名において、罪深き白銀の堕天使を断罪するッ!」

 

 コンドルフの背部ユニット“クアットロ・ギロッティーナ”のアームが伸び、断頭台の刃がピージオンへと迫る。

 しかし、ピージオンは漆黒の翼“ドミネーターウイング”を機体前面に駆動させると、左右に5基ずつ備えられた巨大な鉤爪“デモリッション・ネイル”で掴んで受け止めた。


《やめてくれ、ヴラッド! 君は人の死を悲しむことができる人間だ! このままでは、君の心がすり減って壊れてしまう……!》

「ハッ! なぜそう言い切れる!? 俺は名高き“吸血鬼”だぞ……? 真っ当な倫理観など、とうに捨て去っている……ッ!」

《根っからの殺人者が、そんな演者のような芝居掛かった物言いをわざわざ敵兵に聞かせるものか! それに、僕にはわかるんだよ。君はただ、強者のフリをしてるだけだってことを……!》

「何ィ……!? くッ……!」


 手の形状をした黒い翼に“クアットロ・ギロッティーナ”を握り潰されそうになり、ヴラッドは慌ててピージオンの腹部へと蹴りを叩き込んで拘束から逃れる。


「俺は正真正銘、紛う事なき強者だッ! 貴様なんかと一緒にするなァ……!」

《人を殺すことがそんなに偉いのかよ! それこそ偽りの強さじゃないか! もう、解っているはずだ……!》

五月蝿うるさいい、五月蝿い、五月蝿いッ!!」


 しかし、拒絶されてもなおこちらを見据える白い女神飾りに、ヴラッドはそこはかとない恐怖を覚えた。まるでこちらの覗かれたくない記憶までも見透かされているような気がして、ひどい吐き気に襲われた。


「見るな……! それ以上俺に近寄るなァ……ッ!」











 気付いた時には、既に取り返しのつかない罪を犯してしまっていた。


 反政府組織とは名ばかりのテロリストに信仰を刷り込まれ、何の罪もない者達を“不信仰者”として何人も葬り去ってきた。命を神に捧げれば、それはいつか必ず報われるのだと大人たちは口を揃えて言っていた。

 だが、果たして報われた仲間が一人としていただろうか。

 自分と同じくらいの年頃だった子供も、彼らを引率していた大人も、みんな平等に死んでいった。ある者は脳漿を飛び散らせて死に、またある者は臓物を曝け出した無残な肉塊となった。

 殺されたばかりではない。それ以上に多くを殺した。

 公園で笑い合う幸せそうなカップルだろうと、病院で誕生の産声を上げていた赤ん坊だろうと、U3F直下のコロニーに住んでいたという理由だけで爆発に巻き込んだ。綺麗さっぱりに消し飛ぶのではない。肌を焼き、服を焦がし、絶望のままに死んでいくのだ。神が本当に実在するのなら、こんな地獄絵図ともいうべき残酷な光景を見せつけるわけがない。

 この世に救いの神なんて存在しないのだということに気付いたのもその時である。だが、少年だった頃の自分は、その事実に辿り着くのがあまりにも遅すぎたのだ。


(だから、俺は……)


 罪を背負ってしまったのなら、それを生涯背負い続けてしまえばいい。

 この手足に媚びり付いた血が、流血によって完全に洗い流されるその時まで。

 自分にはもう、この道しか残されていないのだから。


「俺は……ゆるされたいんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」


 吸血鬼の悲しき慟哭と共に、四枚の翼を広げたコンドルフが再びピージオンへと襲いかかった。

 しかしピージオンはベイオネットライフルを投げ捨て両手でコンドルフの体当たりを受け止めると、そのままドミネーターウイングの手で優しく抱き寄せる。まるで母の腕に抱かれた子供のように、コンドルフはそのまま動きを止めた。


「……殺したくなど、なかった。だが俺にはそんな弱音を吐く資格などなかったんだ。俺の手はもう、血で汚れ過ぎてしまっていたから……」

《だったら、もうこれ以上罪を重ねちゃ駄目だ……。僕は偽善者で在ろうとし続け、君は偽悪者で在ろうとした。でも、それは自分の為にも……他人ひとの為にだってなりはしない》

「なら俺は……俺たちはどうすればいい……? 偽善や偽悪を為すことが逃避であるのなら、何をすれば前に進める……?」


 救いを請うようにヴラッドが問うと、アレックスは信念を持った声音で答える。


《……わからない。でも、希望はあるはずなんだ。僕は……僕たちは、それを世界に示さなきゃならない》

「だが、貴様の乗っているそれは……」

《世界を死の恐怖に陥れようとした悪魔のマシンだって言いたいんだろう? でも、機械は操る者によって存在価値さえも変えられる。僕は、この能力チカラで……》


 言いかけたその時、不意に警告音アラートが鳴った。

 それは遥か上空──火星の成層圏からの反応であり、見上げると幾つかの大きな黒点が徐々にこちらへと迫ってきているのが見える。

 数にして13つ。そして、そのおぞましく刺々しい機影シルエットにはヴラッドもアレックスも見覚えがあった。


《上空より降下する高熱源体を確認。“ホロウ・リアクタ”搭載機です、注意して下さい》


 エラーズが事務的に、しかしどこか強張ったような口調で告げる。

 かくして“火星圏侵攻作戦”と銘打たれた大規模制圧作戦の、その第二幕が始まろうとしていた。

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