第17章『吸血鬼ヴラッド 7』
遊撃に徹していたデフのキメラ・デュバルは、クリュセ市街にある高速道路の上を縦横無尽に駆け回っていた。
軽やかなホバーユニットさばきで火線の隙間をすり抜けていき、応射したハンドキャノンが次々と敵に着弾しては炎へと変えていく。隙を見せようものなら迷わず急接近し、アイアンシザーで捉えてはすかさずブレイクスルードリルを打ち込んでいった。
「はァ……はァ……、一体何機いやがるんだ。倒しても倒してもキリがねぇ……」
疲労により荒くなる息を必死に整えていたその時、新たな敵機の接近を示す
そのソリッドは全身の装甲色こそ一般機と変わらず灰色で塗られていたものの、肩や膝の表面に赤いラインが敷かれているのが特徴的だった。おそらく隊長機格であることを表すパーソナルカラーだろうか。何やら一筋縄では行かなそうな敵機との遭遇に、デフは気合を込めて操縦桿を握り直した。
両機ともに射程内へと敵を捉えるや否や、互いに銃撃を浴びせてはそれを紙一重で
(いや……違う、技術は明らかに相手の方が格上だ! それなのに奴は、こっちの動きを読んだうえで敢えて攻撃を外してやがるんだ……! こいつぁ、まるで……)
戦闘そのものを楽しんでいる。
そうとしか思えないほどに、敵はこちらの出方を伺うことにばかり集中している様子だった。
致命傷だけは何としても避け、それ以外の攻撃は装甲を掠める程度に受けてみせる。まるでこちらを小馬鹿にしたような挑発地味た戦法は、しかしデフの闘争心を湧き上がらせるには十分だった。
「ふざけやがって……! だったら、コイツはちゃんと避けろよ! じゃねえとシャレになんねぇからよォォォッ!!」
耳をつんざくような金属音を
繰り出される必殺の一撃。しかしライン付きのソリッドは僅かな動作でそれを受け流すと、勢いよく迫ってきたキメラ・デュバルを掴んでは地面へと叩き伏せた。
「こいつ……ソリッドの動きじゃねえぞ……!?」
《なるほど、面白い武装を持ったギム・デュバルだなぁ! 実用性はちと乏しいが、そういうピーキーなカスタム機は嫌いじゃないぜ?》
通信機から青年──おそらく敵パイロットだと思わしき声が発せられる。まるで緊張感のない声を聞き、劣勢に立たされている側のデフですら思わず拍子抜けしてしまった。
《ほらほら、さっきまでの威勢はどうした。待ってやるから、さっさと機体を持ち直せよ》
「クソッ……舐めやがって……!」
ひれ伏していたキメラ・デュバルは地面に手を付けると、こちらを見守るソリッドに背を向けながら再び立ち上がろうとする。
次の瞬間、キメラ・デュバルの胴体部背面に備えられたハッチが開け放たれ、二本のアンカーが射出された。不意を突いたデフの行動に対し流石のソリッドも反応が遅れてしまい、左右の重厚な腕部にワイヤーが絡み付いた。
「どうだ! これならもうハエみたいに動き回れねぇだろ……!?」
《ほう、どうやら少しは機転が効くみたいだな。だが……っ!》
「なに、うお……ッ!?」
ソリッドが一歩後ずさると、ワイヤーに引っ張られたキメラ・デュバルもつられて後ろへと下がってしまう。機体がバランスを崩して危うく転倒しそうになるのを、デフは辛うじて堪えさせた。
《詰めが甘かったな。総重量はこちらの方が僅かに上回っている。まっ、
「ケッ……勘違いするなよ。俺がアンカーを撃ったのは、別にテメェをこっちに引き寄せる為じゃあねぇ……」
《ほう……?》
キメラ・デュバルはホバーユニットを用いて急ターンをかけると、その勢いのままワイヤーに繋がれたソリッドへと肉迫していく。それと同時にワイヤーが巻き取られ、ソリッドは身動きが取れぬままキメラ・デュバルの接近を許してしまった。
「テメェのそのヘラヘラした面を、ブン殴りに行く為だァ……ッ!」
《イイねぇ、そういうノリは大好きだ! なら俺も、少しだけ本気を出すかなぁ……!》
アイアンシザーの爪先がソリッドの胸部へと到達しようとしていた寸前、キメラ・デュバルの左手は膝蹴りを食らってしまい、ドリルの軌道が僅かに上へと逸れてしまう。その隙を逃さずソリッドは両腕からEブレードを抜刀すると、交差させて絡み付くワイヤーを焼き切った。
後退して逃れようとするソリッドに対して、キメラ・デュバルは尚も追い打ちを仕掛けようとする。
「待ちやがれ! ブレストアンカー1番、射出……ッ!」
デフの叫びと共に、胸部の射出口から鋭い矛先を持ったアンカーが放たれる。しかしソリッドはそれを見切った上で回避すると、なんとワイヤーの先端部分を手で掴んでみせた。
《へへっ、欠陥機も工夫次第なのさ……!》
敵パイロットはそういいつつ、ワイヤーを軸にしてソリッドを素早く振り向かせる。多くの乗り手から旋回性能が劣悪と評されてきたソリッドとはとても思えぬほどの速度だった。
「チィッ、ちょこまか動くなこの野郎ォ……!」
迫り来るソリッドに対し、キメラ・デュバルはハンドキャノンでの迎撃を図る。しかし、ソリッドは緩急のついたリズミカルな機動でこれらを掻い潜ると、瞬く間にキメラ・デュバルの懐へと滑り込んだ。
《ガラ空きだぜぇ!》
「……くッ、させるかよォッ!!」
ソリッドの振り上げた握り拳がデフの眼前へと迫る。キメラ・デュバルもまた左手にブレイクスルードリルを構えると、ソリッドの右肩から胴体部にかけての装甲を容赦無く喰い千切っていった。
ドリルの一撃をまともに食らったソリッドは黒煙を上げ、完全に機能を停止する。デフが念を押してトドメを刺そうとしていたそのとき、不意にソリッドのコックピットハッチが開け放たれた。
《あちゃー。俺としたことが機体をお陀仏にしちまったぜぇ……。参ったまいった、降参だ。あと、捕虜の扱いはしっかり国際法に則ってくれよな?》
中から現れたパイロットスーツ姿の青年は、両手を挙げてこちらに投降を示してきた。まるで自分が捕虜になってしまう事に何の危機感も抱いていないような彼の物言いにはデフもつい呆れてしまうが、しかしドリルの矛先を向けたまま押し殺した声で問い掛ける。
「さっきキメラ・デュバルを殴る瞬間に、Eブレードの刃を出さなかったのは何故だ?」
《それよりもさ、早いトコそのこっちに向けてる危ない得物を降ろしてくれないか? 冷や汗モノってレベルじゃ……》
「いいから答えろ! もしそれをされていたら……俺はコックピットを貫かれて、殺られちまってたところだった。だが、テメェは敢えてそうしなかった。それは一体……」
《敵であるお前を生かした事については、特に理由なんてない。ただ俺自身が撃墜されたかっただけさ。ホラ、この赤いマーキングも、“敵に狙われやすくする”為にわざわざ塗ったんだぜ?》
「なっ……」
まるで兵士らしからぬ、ともすれば自殺志願者のような青年の物言いに、デフは思わず言葉を失ってしまう。“死に場所を求めて戦う”というのはよく聞く話だが、彼の場合はむしろ“死なない程度に肩の力を抜いて撃墜される”ことを目的として立ち回っていた気さえする。彼の真意が一体どこにあるのか、デフにはまるで検討もつかなかった。
「何なんだ、テメェは……!?」
《……ジグ=ジールベルン。なぁに、ただのしがないU3Fのパイロットさ》
そう名乗った青年は、ヘルメット越しに歯を見せてへらへらと笑ってみせた。
*
激しい雨の中、飛ぶ影が二つ。
ファントマイルとコンドルフ・エクスターナル。共に“ホロウ・リアクタ”を有する2機のDSWが、無人の市街地を駆け抜けながら幾度となく銃を撃ち合い、刃を交わし合いながら飛び交っていた。
両機が凄まじいスピードでオフィスビルの正面を通り過ぎ、数瞬遅れで
が、ファントマイルは右へ左へと機体を振って攻撃をかわすと、お返しとでも言わんばかりにエネルギーライフルをコンドルフに向けて撃つ。しかし、咄嗟の射撃だったのかその照準はやけに甘く、回避運動を取るまでもなく光線はコンドルフの遥か頭上を
《フハハッ、とうとう躍起になったか! 戦場で冷静さを欠くとはなァ……!》
「お前よりは周りが見えているつもりだがな」
《なに……?》
対峙する敵パイロット──チャーリー=ベフロワから送られてきたどこか意表を突くような通信に困惑するヴラッド。そんな彼の視界を、途轍もなく大きな日陰が覆い尽くす。
すぐさま上方を仰ぐと、折れるように倒壊したビルディングがコンドルフへと迫ってきているところだった。それを見てヴラッドは瞬時に理解する。先ほどのファントマイルの射撃は初めからコンドルフを狙ったものなどではなく、背後のビルを崩すことが目的だったのだと。
かくして、圧倒的な質量を内包したコンクリートの塊がコンドルフへ襲いかかろうとしていた。いくら伊達ではない出力を持ったホロウ・リアクタ搭載型DSWといえど、これだけの巨大な物体を馬力だけで押し返すことなどできるはずもない。あるいは、それこそがチャーリーの目論見だったのだろう。
土石流の如く崩れ落ちるビルが、コンドルフを真上から包み込むように地面へと衝突する。莫大な音が炸裂し、吹き上げた砂煙が辺り一面を覆い尽くしていく。これに生物が巻き込まれていようものなら、生存の可能性はまずないだろうと思えるほどの衝撃だった。
「これで終いだ、
《ククク……そう慌てるな、これからが第二幕の始まりなのだからなァ》
「……ッ!」
ファントマイルの見つめる先で、煙が徐々に立ち退いていく。その中から姿を現したのは、装甲に傷一つ付けず五体満足なままの赤い悪魔だった。
背部から生えた4本の翼にも見える刃は全て真上へと広げられ、刃先には万物を溶かしかねないほどの強大な熱量が灯ったまま残っている。おそらくはマイクロ波放射装置“マグネトロンエクスターミネーター”を上方へ向けて放射することによって、降り注ぐ瓦礫から身を守ったのだろう。これほど大胆な戦法を用いてもなお討伐しきれなかった吸血鬼を前に、チャーリーは未だかつてないほどの戦慄を覚えていた。
「……お前に一つだけ、問い質さねばならないことがあった」
《ほう……まさか貴様の方からものを言う時が来ようとはな。だがまあいいぞ、冥府への手向けに聞き届けてやらんこともない》
「以前にお前は、自らを神に寄越された断罪者だと語った。お前がそうまでして偶像染みた存在を信仰する理由はなんだ」
それは、ヴラッドを哀れんだチャーリーなりの優しさだった。
魔が差した、と言い換えてもよい。だが、戦場に駆り出された兵士が“神”を口にする理由など想像に難くなく、それこそかつて少年兵であったチャーリーにとっては身近な問題でもあった。
“神の意志”や“戦争の大義”などと偽った過激な思想教育と、それによる洗脳。物心つく前に名も知らぬ両親をテロ屋に殺され、そのテロ屋に育てられたチャーリーもまた、その超常的な存在を信じ……否、信じ込まされていた頃があった。
別に、信仰者そのものを蔑ろにしているわけではない。人が生きる上で何かしらの希望を抱いておく必要はあるし、神の教えを厳守することで希望を見出す者がいることも事実なのだから、チャーリーはそれを決して否定しない。
否定するべきは“チャイルド・ソルジャーを洗脳するのに効率がいい手段”として、その信仰を
だからこそ、もしもヴラッドがかつての自分と同様に“信仰を強要された子供”であるのならば、そんな偽りの希望にすがったまま命を散らせてしまうのは、あまりにも酷ではないかと思えてしまった。何度も刃を交え、ヴラッド=デザイアの実力をようやく認めるまでに至ったチャーリーだからこそ、彼にしては珍しく同情心を抱いてしまっていたのだ。
《フン、愚問だな。俺は吸血鬼だぞ……?》
しかしヴラッドからの返答は、チャーリーの望むものとは異なっていた。
《神が血を欲しているのではない、この俺自身が血を渇しているのだ。そこに理由などない》
「つまり、お前は誰に求められずとも、己の一存で血を求め続けると……?」
《ああ、そうだとも。そしてただ俺の喉を潤すためだけに、貴様は無残にも屍を晒すことになるのだァ……! ククク……クッハハハハハッ!!!》
「……そうか」
ゆっくりと、ファントマイルの持つエネルギーライフルがコンドルフへと向けられる。
「ならば俺は、お前という存在を否定する。俺は一人の人間として、怪物と成り果てたお前を破壊する」
最後の良心すらもなくなった今、もはや同情の余地はない。チャーリーは胸中でそう結論付けると、情け容赦無くトリガーを引いた。
銃口から放たれた青白い閃光が雨足を切り裂き、真っ直ぐに赤い標的へと突き進んでいく。
《クハハッ! そうだ、それでいい! 敵意も殺意も憎しみも、負の感情の全てを俺にぶつけてみせろォ……!》
コンドルフは空中で一回転してそれを避けると、その勢いのまま抜刀しファントマイルへと切迫する。ジグザグな機動で火線を掻い潜りつつも、瞬く間に距離を詰めていった。
《俺はその悉くを背負い、そして凌駕してみせる! 流血の杯を満たすほどに、俺の存在はより強固なものへとなっていく……!》
「それがお前の語る“英雄”か。下らんな……犠牲を増やすだけの愚行に大義を見出すなどと。そんな戦いに意味などあるものか」
《貴様とて、武器を手に取り戦っているではないかァッ!》
「生き抜く為だ。大義も思想も関係ない、俺は戦って明日を勝ち得る。敵として立ちはだかるのなら、例え誰であろうと容赦はしない……!」
右手に持っていたショットガン“フチーレ・ダ・カッチャ”がレーザーに刺し貫かれ、コンドルフは止む終えず使い物にならなくなったそれを投げ捨てた。
両者の間で爆煙が生じる。次にチャーリーの視界が晴れたとき、そこにいるはずのコンドルフの姿はどこにもなかった。
(くっ、上か……!?)
すかさずチャーリーは迫る標的を撃ち落とすべくエネルギーライフルを連射する。しかし、コンドルフは加速を微塵も落とさぬまま最小限のマニューバのみでそれらを
雨下に一筋の剣閃が
《クハハッ! 次は左も貰うぞ!》
「させるか……ッ!」
残った左腕のトンファーブレードが横薙ぎに振るわれ、コンドルフの“スパーダ”が弾き落とされた。両手の得物を失ってしまったコンドルフは、それでもなお背部の“クアットロ・ギロッティーナ”を展開してファントマイルへと差し向けると、手脚を掴んで身動きを封じたままスラスターを噴かす。
「ぐうぅ……ッ!!」
《はああああああああああああッ!!!》
コンドルフに捕縛されたファントマイルが背中から地面に激突し、そのままアスファルトの上を数十メートル先まで引き摺られていく。衝撃にフレームは軋んで悲鳴を上げ、コックピット内のチャーリーもまた脅威的なGによって臓物を吐き散らしそうになった。
ようやく静止したかと思えば、コンドルフはのらりくらりと立ち上がると、動けなくなっているファントマイルの上へと
(ライフル損失、ブレードも使えない、残る武装は“ホロウ・ブラスト”のみ。だが……)
使用に踏み切るにはまだ幾つかの問題が残っている。
まず憂慮すべきなのが、エネルギー充填に要する時間だ。一刻も早く目の前の敵を撃たなければならない今、せいぜい30%程度の出力で発射するしかないだろう。もっとも、それだけの出力でもDSW一機を蒸発させるには十分な威力を有しているのではあるが。
問題なのは、“ホロウ・ブラスト”を発射したことにより生じるこちらへの被害だ。たとえ出力をカットしているからといって、また不安定なリアクタが暴走を起こしてしまう可能性は否めない。それ以前に、ゼロ距離射撃による誘爆に機体が耐え切れる保証もない。
つまり、どう見積もっても生存の見込みが極めて低いのだ。生きる為に
《
「……ッ!」
どちらにせよ、撃たなければこちらが一方的にやられてしまう。ともかく迷っている余地などない。
「ファントマイル、フェーズ“ブラスト”に移行……エネルギー充填開始」
《クハハッ、間に合うものか! マグネトロン・エクスターミネーター出力最大……!》
ファントマイルの胸部装甲が展開し、中から太い砲身が現れる。対しコンドルフも“クアットロ・ギロッティーナ”の刃を地面へと突き立てると、断頭台の隙間から鮮血色の光を漏れさせ始めた。
周囲一帯を殲滅せしめんほどの強大な二つの力が、今まさに激突しようとしている。膨れ上がるようなエネルギーの奔流を目の当たりにしながら、チャーリーは相打ち覚悟で引き金へと手をかけた。
──その
何処からともなく飛来した銃弾を背中に受け、“クアットロ・ギロッティーナ”を損傷したコンドルフはすぐにファントマイルから距離を取る。煙の幕が雨によって掻き消えた時、チャーリーは漆黒の翼を広げて舞い降りてくるソレを見た。
《チャーリー、無事か!?》
「アレックス=マイヤーズ……。もう、迷いの霧は晴れたようだな」
《ああ。そして今から見せるのは、僕の選び取った“選択”だ。僕はもう迷わない、この道を……進み続けると決めたから……!》
女神像を頭部に抱いた純白のDSW“ピージオンドミネーター”。それを駆る少年は、
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