第14章『疾走、モーティマー 8』

「くそッ、なんなんだコイツは……急に現れやがって……ッ!」


 ナットはクレイヴンに回避運動をとらせつつも、こちらに銃口を向けてきた機体を横目に見据えた。

 頭部に女神像の装飾を持つそのDSWが手にしていたのは、銃身の下部に実体の剣を備えた“ベイオネットライフル”。それも、現在コスモフリートが運用している白いDSWの装備と全く同一のものだった。

 同じなのは武器だけではない。美術品を彷彿とさせる優美な流線のシルエットも、胴体部背面に背負った小型のレドームも、を構成するほぼ全ての要素がと重なった。あえて違いを挙げるならば、神々しい純白と対を為すような禍々しい漆黒の装甲色と、左前腕部に装備されたグローブのような形状のユニットくらいだろう。


 何か大いなる意志を人の形をした器に宿したような、現世に産み落とされた機械仕掛けの堕天使。

 この形容を一言で表すなら、それはまさしく……。


…………」


 そうとしか言い表せなかった。ともすれば悪魔以上の凶暴さすら秘めていそうな機体は、殺気めいたプレッシャーさえ放っている。しかし、その程度の恐怖に萎縮するナットでもなければ、仲間を殺された彼の怒りの炎は掻き消えるはずもなかった。


「どういう原理でソリッドを破壊したのかはわからねぇ……。でも、お前がヒューイを殺ったって事には違いないんだろ……?」


 先程からの電波障害も、恐らくはこの黒いピージオンから強力なECMが発せられているのが原因だろう。電子兵装を用いてこちらを妨害してくるということは、敵と見なしても間違いないだろう。


「だったら――」


 瞳の奥にドス黒い憎悪を燃え上がらせ、ナットは足元のペダルを蹴り込んだ。まるで搭乗者の鋭い殺意を汲み取ったかのように、レイドブースターの両翼を広げたクレイヴンは半円を描きながら、黒い女神飾りを目掛けて突っ込んでいく。


「――お前も“モノ”に変えてやる……ッ」


 歪に眼を見開いたナットが、照準と重なった敵機に対し両手のトリガーを引く。死へと追いやられてしまった仲間への弔いと酬いの意を込めて、二挺のサブマシンガンが勢いよく火を噴いた。


 しかし、黒塗りのピージオンはこれに素早く反応し、迫り来る砲弾に向けて左腕部を突き出す。直後、前腕部に装着されたユニットから光の波動が発生、傘型の幕が展開され、喰らい付いてきた弾丸の嵐を一つ残らず焼き消した。

 黒い女神飾りの掌の前で、僅かに硝煙があがる。あれだけの銃撃を浴びせたにも関わらず傷一つ与えられなかったという結果に、ナットは少しだけ動揺してしまった。


(“エネルギーバリア”だと……? あそこまでの小型化に成功していたなんて、聞いたことねェぞ……!)


 プラズマ化した粒子を展開することで機体を防護する“エネルギーバリア”という兵装は、一応クレイヴンの両肩部にも実装されている。しかし、どうやらLOCAS.T.C.は密かに、バリア発生装置のさらなる小型化に成功していたらしい。よく見ると、左肘から伸びたケーブルが胴体部に接続されている。ジェネレーターから直接出力を抽出しているのだろうか。


《笑止》


 ナットが様々な憶測を脳内で飛ばしていたその時、突如としてコックピットのスピーカーから覚えのない男の声が響いた。


《感情の処理も出来ん若造が、“LDP-92”を動かしているとはな……全く、呆れたものだ》


 おそらく黒いピージオンのパイロットであろうその男は、驚くべきことにクレイヴンの型式番号を言葉にしてみせた。かつてピージオンと同様に極秘裏に開発されていたこの機体クレイヴンの存在を知っているということは、ただのパイロットではない――少なくとも、末端の兵士などではないことは確かだろう。


「よく知ってるじゃねえか。でもコイツは今、俺の相棒だ」

《戯け、クレイヴンは吾輩が造りしモノだ。フフ……まあ、貴様はその機体に秘められし本当の意味を、半分も理解しちゃあいないだろうがな》

「何っ……?」


 クレイヴンを造っただと?

 突拍子も無い発言に思わずナットは言葉を失ってしまったが、敵の男は構わず続ける。


宇宙義賊コスモフリートならば、ピージオンもファントマイルの存在も掴んでいるだろう。ならば疑問に思ったことがあるのではないか? 『何故こうも立て続けに“LDPシリーズ90番台”の情報ばかりがもたらされて来るのか』と》


 その疑問は、確かにナットも常々抱いていたものだった。男の言う通り、クレイヴン、ピージオン、ファントマイル……と、情報屋からコスモフリートへとリークされる情報は、LDPシリーズに関するものばかりだった。

 LDP-91ピージオンよりも一つ後ろ、LDP-93ファントマイルよりも一つ前の序列に並びし機体“LDP-92クレイヴン”。

 広域公共周波数オープンチャンネルにより語りかけてくるこの男は、それが何を暗示しているかをあたかも知っているような口振りだった。


「お前は一体……何を知っている……?」


 ついナットの口からは問い詰めるような言葉が出ていた。すると、男はかすかに微笑を溢しつつ答える。


情報屋バレルを通じてコスモフリートへと情報をリークしたのは、なのだよ》


 ナットには、男の言わんとしている事がすぐには理解しきれなかった。

 この男が『ミスト・ガーデン』や『ケレス基地』へとコスモフリートを向かわせるよう、手引きしていたということだろうか。

 つまり、俺たちは掌の上で踊らされていた……?


「何者なんだ、お前は……ッ!?」


 クレイヴンの全砲門を黒いピージオンへと向けつつ、ナットが問う。返答次第では、迷わず撃ち殺してしまおうとさえ思っていた。

 数拍置いて、スピーカー越しに男が重々しくその名を紡ぎ始めた。












。いずれ世界を手に入れる者の名だ》



「プレジデント……だと……!?」


 当然ながら、ナットはその人物を知識として知っている。

 世界の実質的な支配者とさえ言われる軍産複合企業『LOCAS.T.C.』の代表取締役社長にして、歴史上初めて多目的人型機動兵器“ダイバーシティ・ウォーカー”を生み出した世紀の天才。

 そのような人物が、何故目の前にいるDSWに乗っているのか。ナットがそんな疑問を抱くも束の間、黒いピージオンは再びエネルギーバリアを発生させて機体を防御し始めた。


《そして、今から行われるのは単なる口封じなどではない》


 刹那、視界の外より何かが蠢く気配をナットは感じた。

 クレイヴンの下方――演習場の床面付近を漂っていたDSWの残骸達。それらが急にツインアイの輝きを取り戻し、のらりくらりと動き始めたのだ。

 注意深く見ると、貫かれていたはずの胴体部の穴がたちまち修復されていく――というよりも、まるでかのようだった。


(これは、インビジブル・コーティング……!? 満身創痍の状態に見せかけて、こっちの隙を突こうって魂胆か……!)


 DSWの数は、黒いピージオンを含めて8機。少なくとも、たった1機でまともに相手をできる数ではない。

 つまり、この演習場自体が強大なブービートラップだったということだ。

 まるで死骸が糸で操られているかのような光景を目にし、ナットは背筋が凍るような感覚を覚えた。



 プレジデントが嗤う。

 彼の言葉に応えるかのように、DSWの亡霊達が突如としてクレイヴンへと襲い掛かった。



 コンドルフの差し向けた“四枚の断首板クアットロ・ギロッティーナ”は、確かに海賊の駆るソリッドを引っ捕らえ、文字通り相手を完封させるにまで至った。

 そこまではいい。しかし、敵機を爆散させる為のマイクロ波放射装置マグネトロン・エクスターミネーターを稼働させた直後、それは起こった。


「なっ……急激な出力ダウンだと……!? こんなタイミングでトラブルか……!」


 野心的な試作兵器たる所以か、コンドルフの背部ユニットは突如としてスパークや煙を発生させながら、システムダウンを起こしてしまったのだ。前のコスモフリートとの戦いに引き続き、またしてもこの武装でトドメを刺せなかったことに、コックピットの中でヴラッドは思わず奥歯の苦虫を噛み潰す。

 彼の眼前――ギロッティーナの束縛から解放され宙を漂っているソリッドは、既に戦闘能力を失っている様子だった。マイクロ波の照射時間は数秒に満たなかったものの、どうやら機体内部にダメージを与えることには成功したようだ。おそらく中にいる敵パイロットも破裂しているか、運が良ければ全身火傷といったところだろう。


「フン……屍体から血を吸い上げるつもりはない。常闇に抱かれて朽ち果ててしまえ……」


 そう言い残して、ヴラッドはコンドルフを浮上させると、動かなくなったソリッドの残骸に背を向ける。血に餓えた吸血鬼たる彼は、さらなる生き血を求めて、ただひたすらに深紅の機体を奔らせる。


 その矢先、新たなる血の気配はすぐに飛び込んできた。

 真横から来た砲弾を類稀な反射神経でかわしつつも、ヴラッドはセンサー越しに接近しつつある機影を睨む。周囲を漂う無数の隕石――その向こう側から、単騎のギム・デュバルが近付いてきているのが垣間見えた。


「雑魚のギム・デュバル……それもたったの1機だけか」


 接近するギム・デュバルは猟銃型のライフル“ハンター”を構え、ランダム機動を取りつつ発砲して来る。その射撃の精度はかなり高く、すぐさま回避運動をとったコンドルフの装甲を僅かに掠めた。


「何ッ、この距離で当ててくる敵だと……?」


 それまでギム・デュバルを雑兵だと見下していたヴラッドであったが、アウトレンジからの射撃を食らってしまっては、その考えを改めざるを得なかった。

 思わぬ手練れとの遭遇に、ヴラッドは驚きを隠せずにいた。萎縮しているのではない、嬉しいのだ。敵機との距離が徐々に縮まっていくにつれて、彼に流れる血潮も次第に温度を増していく。


「ククク……丁度いい。憂さ晴らしをさせてもらうぞ……」


 紅い衝動に身を委ね、ヴラッドはコックピットシートの背もたれから身を乗り出す。右手に散弾銃ショットガン“フチーレ・ダ・カッチャ”を、左手に実体剣“スパーダ”を従えて、コンドルフはギム・デュバルを迎え撃つべく疾駆した。

 インレンジにギム・デュバルを捉え次第、すかさず散弾銃を発砲。二機は互いに円運動をとりつつも、目紛しく銃撃を交差させていく。


(これでは埒が明かん……なら、接近して切り裂いてやる……ッ!)


 先に膠着状態を破ったのはヴラッドの方だった。コンドルフはジグザクの機動を描いて銃撃を一重でかわしつつ、“スパーダ”を構えてギム・デュバルへと突っ込む。ギム・デュバルは引き撃ちに徹するものの、機動力において数段も分があるコンドルフは瞬く間に距離を詰めていった。


「死ねェッ!!」


 剣先を鞘走らせ、左手の“スパーダ”が振り下ろされる。しかし、ギム・デュバルは巧みなマニューバリングでそれをいなすと、自身も左前腕の“ヘッジホッグ”からエネルギースピアを発生させて、鋭い突きを放ってきた。

 その一閃をコンドルフはアクロバティックな宙返りによって受け流しつつ“ラプターネイル”を展開、オーバーヘッドキックのような動作でギム・デュバルの左腕を引っ掴んでみせた。対し、ギム・デュバルは掴まれてしまった腕部を軸にその場で全身を捻ると、コンドルフの胴体部を目掛けて思い切り蹴りを入れた。


 反動によってラプターネイルの束縛が解かれ、ギム・デュバルは再びヘッジホッグを構えて肉迫する。避けきれないと判断したヴラッドは、すぐに刺突をスパーダで受け止めた。


「フン、楽しませてくれるじゃないか……ッ!」

《戦闘行為を楽しむか。ナンセンスの極みだな》


 ヴラッドの独り言に、接触回線による敵パイロットからの応答があった。少し低いが、青少年くらいの声だ。もしかしたら17歳のヴラッドと同年代かもしれない。しかし、声の放つ雰囲気は静かな敵意に満ちており、他を寄せ付けぬ狼のような気迫さえヴラッドに感じさせた。


「ククク……気に入ったぞ。ならば脳裏に刻み込め。お前の命を刈り取る、この……ッ」


 鍔迫り合いの最中、コンドルフのスラスターを全開にさせながら、戦闘狂と呼ばれる少年は吠えた。


の名をッ!! 冥府への手向けに貴様の名も聞き届けてやる……ッ!」


《……。無駄話は好きじゃない》


「フッ、いいだろう。ならば望み通り、すぐに終わらせてやる。お前の……命をなッ!!」


 ぶつかり合うスパーダとヘッジホッグ。しかし、出力で劣るギム・デュバルは押し負けてしまい、弾かれるように体勢を崩してしまう。


「終わりだ……!」


 その隙を逃すヴラッドではなく、コンドルフはすかさず右手のショットガンを構えると、ギム・デュバルの胸部を目掛けてトリガーを引いた。




 この広大な演習場にて繰り広げられたそれは、戦闘と呼べるものですらなかった。

 あまりにも一方的な暴力。8機のDSWからの猛攻を受けていたクレイヴンは、ただひたすらに迫り来る銃火器の包囲網を掻い潜り続けることしかできなかった。


「くッ……!」


 銃弾を直撃してしまい、クレイヴンの右腕が吹き飛ぶ。コックピット内にいるナットも、衝撃でシートから振り飛ばされそうになった。


《抵抗など無意味だ。全てを諦め、死を受け入れよ》

「誰が……ッ!!」


 プレジデントからの挑発めいた言葉に言い返しつつも、ナットは残った片腕のサブマシンガンを構え、上方にいる黒いピージオンを目掛けて撃ち放つ。しかし、銃弾はプレジデントが回避運動をとるまでもなく、そのまま虚空を通り過ぎていった。


《早撃ちは得意なようだが、照準が甘いな。先程から外してばかりいるぞ》

「……いいや、狙い通りだぜ。こいつぁ」

《何……?》


 決してハッタリなどではない。サブマシンガンから放たれた砲弾の嵐は、ナットの思惑通りに演習場の天井中心部――すなわち、照明へと喰らい付いた。照明を覆っていた強化ガラスも、ドラムのように叩き込まれる銃弾には為す術もなく砕かれる。こうして、瞬く間に演習場は暗闇に支配された。


《まさか、貴様は初めからこれが狙いで……》


 8機のDSWをまともに相手にする気など、ナットには更々なかったのだ。だからこそ、敵機からの攻撃を必死に掻い潜りながらも、この部屋に存在する全ての照明を破壊することに徹していたのだ。そして、今まさにその準備が整ったというわけだ。


「いくぞ、クレイヴン。インビジブルコーティング始動、モード“EA”……!」


 すかさず、ナットは慣れた手つきでコンソールを操作する。直後、クレイヴンのただでさえ黒い装甲がさらに変色していき、光すらも飲み込むほどの漆黒へと変貌を遂げた。


 インビジブルコーティング・モードEA。エレクトロ・アブソリューションの略で、クレイヴンの3つの光学迷彩システムのうちの1つだ。闇よりも深い黒へと変化した装甲は、可視光を含む電磁波全てを吸収する性質を持ち、ありとあらゆるセンサー類に探知されなくなる。

 反面、エネルギー消費が3つのモードの中で最も激しく、可視光を吸収してしまう性質上、機体は透過するわけではなく“真っ黒なシルエット”として視認されてしまうので、姿が完全に見えなくなるわけではないという欠点がある。しかし、光源の一切存在しない今の演習場において、黒子と化したクレイヴンを眼で補足できるものなどいないだろう。まさに今のクレイヴンは、闇と同化したと言っても過言ではなかった。


「終わるわけにはいかないんだよ。俺は、こんなところで」


 仄かにコンソールの光が照らすコックピットの中で、ナットはそう独り言ちた。



SHOTショットッ!」


 ヴラッドが吠え、コンドルフのショットガンから散弾が火を噴いた。広がるように突き進む鉄のシャワーは、間も無く眼前のギム・デュバルへと到達し、容赦なく装甲を食い破っていくであろう。

 この時、ヴラッドは勝利を確信していた。


 だが、彼は知らなかったのだ。

 たった今対峙しているチャーリー=ベフロワという男が、ただ我武者羅に勝利を掴み続けて来た、修羅とも言えるべき存在だということを。次の瞬間には、それを痛いほど思い知らされることとなった。


 散弾の直撃を喰らう寸前だったギム・デュバルは、即座に右腕部をパージ。それを盾にすることで、コックピットのある胴体部への直撃を避けた。代わりに銃弾を喰らってしまった右腕は有無を言わさず爆発を起こし、両機の間を爆煙が包んだ。


「……っ! これは……!?」


 すぐにヴラッドはその違和に気付いた。

 DSWの腕が爆散したからといって、機体の周囲を覆ってしまうほどの黒煙が発生するのは明らかにおかしい。それにしては煙の量が多過ぎるのだ。

 このことから導き出される結論は――。


「“スモークディスチャージャー”……ッ!」


 この煙幕は決して爆煙などではなく、ギム・デュバルの人為的に起こしたスモークであるのだと、ヴラッドは数瞬遅れてようやく理解した。

 腕部をパージするという、敵パイロットの思い切りの良い決断――それすらも、実は煙幕を張るための視線誘導に過ぎなかったのだ。そしてヴラッドは今、そのハッタリにまんまと引っかかってしまった、というわけだ。


「――だからと言ってぇッ!!」


 おそらく敵機は、この隙に一度距離をとって体勢を立て直すつもりだろう。逃げることが目的でなければ、この距離感でスモークを使うのはどう考えてもおかしいからだ。普通のパイロットならば、敵味方ともに視界の遮られた状態で戦おうとはまずしないだろう。


「まだ俺は、負けてなどいないッ!!」


 ギム・デュバルの後を追うべく、コンドルフはスラスター出力を全開にまで引き上げる。機動性に秀でたこの機体のスピードなら、数十メートルに広がった煙幕を脱するには数秒も要さなかった。

 やがて黒煙を抜け出し、ヴラッドの視界が開いてゆく。前方には、こちらに背後を向けて全力で逃亡を図るギム・デュバルの姿があった。


「ノロマめッ!」


 勢いを殺さず、左手に実体剣スパーダを構えたコンドルフがそのままギム・デュバルへと急接近していく。速度は当然ながらコンドルフの方が数段も勝っていた。


「クッハハハハ! これで……終わりだァッ!!」


 紅い閃光がギム・デュバルへと突進していき、既に手を伸ばせば届きそうな距離にまで追い詰めていた。コンドルフは勢いよくスパーダを振りかぶり、そしてギム・デュバルの背後から切りかかった。


 しかし次の瞬間、またしてもヴラッドの予期せぬことが起こった。

 すぐ眼の前にあるギム・デュバルの後ろ姿。そのスラスターから噴き出される蒼白い炎の光が、突然にしたのだ。


(失速ストールだと……ッ!?)


 エンジンをカットしたギム・デュバルを、フルスロットル出力により猛スピードのコンドルフが追い抜いてゆく。その丁度すれ違う瞬間に、ギム・デュバルは僅かなマニューバーのみでコンドルフの背後をとった。

 エネルギースピアを展開したギム・デュバルの左腕の籠手“ヘッジホッグ”が思い切り振るわれ、コンドルフの背中を容赦なく抉っていく。コックピット内ではまるで機体が悲鳴を上げているかのように警告音アラートが轟き、全天周囲モニターも砂嵐のようなノイズで覆われていった。絶望感に蝕まれる最中、勝利者の静かな声が響き渡る。


《俺の勝ちだ》

「畜ッ生ォォォォォッ!!」


 敗北者たるヴラッドの遠吠えも虚しく、出力低下に見舞われたコンドルフは戦闘不能に陥ってしまった。



(また、俺は勝利者となった)


 もはや戦う力を失ってしまったコンドルフを見据えながら、チャーリーはその実感を噛み締めていた。

 といっても、同時に喜びや快感といった感情が込み上げてくるわけでもない。彼にとって生きる事とは“勝ち続ける事”と同意義であり、今の状況でさえ“今日も生き延びる事ができた”と思う程度の事だった。


(少し時間をかけ過ぎたな。すぐにナナキ達と合流しなければ……、ん? 何だ……?)


 メインカメラのあるギム・デュバルの頭部を動かし、チャーリーはすぐに視線を移す。ここより遥か遠くの深淵で、何かが煌めくのが見えた。拠点防衛用の巨大兵器“タランデュラ”の魔の手が、今まさにコスモフリートへと襲いかかろうとしていたのだ。

 あの船はチャーリーにとって味方ではないが、今は敵でもない。U3Fという共通の敵を相手にするのだから、コスモフリートの撃沈は任務成功確率を引き下げてしまう――というのが、チャーリーにとって直属の上司であるナナキの言い分であった。であれば、いち戦術単位であるチャーリーは、部隊長の命令に従うまでだ。


「トグリル3。これよりコスモフリートの防衛へと向かう」


 チャーリーは隻腕となったギム・デュバルを翻させると、戦火の広がってゆく方へと機体を飛び立たせた。

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