第13章『疾走、モーティマー 7』

 機体の全長ほどある、ワイヤー機構を備えた投槍──“ワイヤードジャベリン”を構え、急降下するアハト・アハト。その鋭い矛先は一瞬にしてソリッドとの距離を詰めると、胴体部を目掛けて勢いよく突き刺さった。鮮血の如く飛び散るオイルを見届けると、アハト・アハトは槍を引き抜きすぐさまその場を離れる。ソリッドが爆散したのは、その直後であった。


「残り5機……」


 まるで流れ作業をこなしているかのように、コックピット内のドロレスは気怠げに呟く。アハト・アハトには複数のDSWをまとめて撃破できるような武装を持ち合わせておらず、一機ずつ撃破していく必要があった。


「おっと、流石に相手も馬鹿じゃないか」


 一対一の戦闘では不利だということを敵もようやく察したのか、散開していた5機のソリッドは集結してフォーメーションを取ると、距離を取りつつアサルトライフルによる一斉射撃を浴びせてきた。


「いや、そう思ったけれどやっぱり馬鹿ね。生憎だけどその手は通用しないどころか、“アハト・アハト”の初陣に華を添えることにしかならないわ……!」


 ドロレスの口元が少しだけ綻ぶ。

 直後、アハト・アハトの背負う背部ユニットが動き始めた。8枚のスラスターを内蔵した板状バインダーは畳まれると、本体をあたかも覆い隠すように可動する。

 機体を全方位から守護する8枚の盾──“シールドバインダー”。防御と推進装置としての役割を兼ねたその兵装は、襲い掛かる砲弾の雨からアハト・アハトを傷一つつけることなく守りきった。

 防がれてしまったことに一瞬の動揺を見せつつ、尚も集中砲火を辞めない敵ソリッド。これに対し、アハト・アハトは依然シールドバインダーで機体を覆ったままシールド内部のスラスターを噴かして、ソリッドの編隊へと突撃した。そのスピードは、リングブースターを装備したピージオンの限界速度にも匹敵している。


「最ッ高ね……大好きだわ。アハト・アハト……ッ!!」


 敵部隊の攻撃にも一切怯むことなく、砲弾の如く突き進む一筋の槍。これこそが、強襲用DSWとして開発された“ISM-88 アハト・アハト”の真骨頂であり、旧世紀の大戦で用いられた大口径重量弾“88mm砲弾Acht-Acht”の名を銘打たれた由来であった。


「はああぁぁぁぁっ!!」


 勢いを殺さぬまま敵陣へと飛び込んだアハト・アハトはシールドバインダーを展開するや否や、手に握った“ワイヤードジャベリン”でソリッド一機を串刺しにし、そのまま通り過ぎて行く。残り四機となったソリッド達はすぐに背後から砲火を浴びせてきたが、アハト・アハトはつい先ほど突き刺したソリッドの残骸を盾代わりにすることで防いだ。

 数秒置いて、味方機からの砲弾をモロにくらってしまったソリッドの残骸から炎が上がる。やがて膨れ上がった爆煙は、啀み合うアハト・アハトとソリッド達の視界を遮った。


 ドロレスは操縦桿のスイッチに特定のコマンドを入力する。直後、シールドバインダーのハッチが開閉され、マイクロホーミングミサイルが斉射される。煙幕を裂いて突如として現れたミサイルの群れはソリッド四機を執拗に追尾、各機体が迎撃に必死となっている。その隙を、ドロレスは決して見逃さない。


「──今っ!」


 思い切りよく振りかぶり、アハト・アハトの右手からワイヤードジャベリンが投げ放たれる。真空を切る白銀の投槍は驚くべきことに、射線上にいた2のソリッドを一気に貫いた。


「アハハ、ビンゴっ!」


 一石二鳥を成し遂げ、ドロレスはつい可笑しくなってしまった。その昂りもすぐに鳴りを潜め、冷酷な狩人であるドロレスはすぐに視線を残りの獲物ソリッドたちへと移す。


「あと2機。あんた達もすぐに仕留め──ッ!」


《行くんだ、クー・クー……ッ!!》


 不意に耳元へと飛び込んできた少年の叫び声が、ドロレスの思考を遮った。

 全周囲モニター越しに振り向く。損傷の激しいピージオンの肩部から放たれた遠隔操作型機動機関銃バルカン・クー・クーがアハト・アハトを通り過ぎ、敵ソリッドのいる方向へと向かっていった。

 二基のバルカンクー・クーはカーブを描いて滑り込むようにソリッド各機の背後にポジションを取ると、一斉に砲火。死角をとられたソリッド達はなす術もなく関節部や推進部のみを一方的に破壊され、やがて動かなくなった。


 全ての敵機を撃破……ないし戦闘不能にし、アハト・アハトとピージオンの間に暫しの静寂が訪れる。バルカンクー・クーを肩部コンテナに収納する白亜の女神飾りを、ドロレスは呆れた様子で見据えていた。


「あくまで命までは奪わない、か……」


 独り言ちつつ、ドロレスは頭の片隅である人物を想起させる。インデペンデンス・ステイトの総帥として祭り上げられた人造人間“オミクロン”──その彼と同一存在であるあの男も、手段は違えど似たような考えを持っていた。


「本当、


 そう吐き捨てた後、ドロレスはピージオンに対して通信を送るべくコンソールを小慣れた手つきで操作する。回線はすぐに繋がった。


「すぐにここを離れるわ。動かせるか、少年」

《動かすくらいなら何とか……。そんなことよりも、何でドロレスさんが僕に命令のような真似をするんです。今は敵じゃなくたって、僕はあなたの部下じゃ……》

「まだ気付かないの? この敵部隊の展開の仕方は明らかに不自然だわ。つまり、あんたはハナからハメられていたのよ」

《………………》


 言われ、ピージオンに乗る少年──アレックス=マイヤーズは押し黙る。それは事実に対して驚愕しているわけでもなく、どちらかと言うと薄々勘付いていたような様子だった。


「生憎だけど、慰めてあげる時間もないの。一先ずは本隊と合流することが先決よ。さあ、行きましょう」

《……わかりました。今だけは、あなた方を信用します》

「お利口ね。着いて来て」


 ドロレスは操縦桿を引き寄せ、機体を翻させる。シールドバインダーを広げ飛翔するアハト・アハトに続くように、ピージオンもまたリングブースターに火を灯した。



 その時、ポニータ=ブラウスはコスモフリートに肉薄するU3Fのソリッド達を相手に忙殺していた。

 合計24もの敵機を前にして、こちらには味方機はおろか、母艦からの支援射撃すらない。後者についてはおそらく、今も艦内で発生している反乱のせいでそれどころではないというのが理由だろう。

 とにかく今は、自分一人でこの戦線を支えなければならない。


「あたしらの舟は沈めさせない……! こんのぉぉぉッ!!」


 雄叫びと共に、ポニータは愛機である暗唱迷彩仕様のソリッドをひた走らせる。

 これほどの戦力差だ、。その事を念願に置き、ソリッドに蜂の如くジグザグなマニューバリングをとらせていく。

 被ロックオンを示す警告音の嵐を掻い潜りながらポニータは瞬き一つ堪えて眼前のモニターを睨む。直後、ハエのように動き回っていた敵機と照準がようやく重なり、すかさずトリガーを引いた。


 命中ヒット。アサルトライフルの連射を胴体部に直撃した敵ソリッドは、三度の痙攣を見せたのちに爆散した。

 いつものポニータならば、ここで撃墜報告を嬉々として自慢していたであろうが、今はそれを聞かせてやる味方もいない。コスモフリートの状況を気にしつつも、敵に包囲される前にすぐさま機体を一度退かせる。

 機体のメインカメラが迫り来る紅い光点を捉えたのは、その時だった。


「あいつは、この前の“鳥足トリアシ”……ッ!」


 四枚の翼を広げた血染めの悪魔。その機体の名が“LDP-94 コンドルフ”であるということをポニータは知る由も無かったが、それでも彼女の闘争心を滾らせるには十分すぎる相手であった。


「シンディの怪我のツケ、払ってもらうよ……ッ!!」


 引き鉄を引き、真正面からアサルトライフルの銃撃を浴びせる。機動性に長けたコンドルフは当然のように回避し、近くの隕石群へと姿を消す。しかし、これもポニータにとっては予想の範囲内であった。


(重鈍なソリッドに比べて、機動力は鳥足の方が何枚か上手うわてだ。動き回って撃ち合いをしたところで、死角に回り込まれて撃墜されるのがオチ。それなら……)


 真右からの警告音が轟く。左手に実体の剣“スパーダ”を従えたコンドルフが、こちらの死角を突くように急接近してきた。

 反射神経などではとても対応しきれないような強襲。されどこの攻撃を最初から予測していたポニータは、をも上回るによって、即座にEブレードを抜刀する。


「カウンターでぇぇぇぇぇッ!!」


 肉迫するコンドルフに向かって、右前腕部から生えた光の矛を突き出す。

 以前戦闘をした時から、コンドルフが高い機動力で相手を翻弄する機体だということは知っていた。武装から、近距離戦闘に特化していることも伺える。

 相手は必ず接近してくる。だからこそ、相手が接近戦を仕掛けてくるタイミングで反撃してしまえばよい。それがポニータの狙いだった。

 刃を振るったのはこちらの方が早く、コンドルフはもはや緊急のブレーキングが間に合わないほどの間合いにいる。


 ポニータは勝利を確信した。




 が、刃を突きつけられたコンドルフは、まるで魔法にかけられているかのように、ポニータの想像を凌駕する。


「なッ……!?」


 高跳びの選手を彷彿させる、コンドルフのしなやかなバレルロール。それはソリッドのEブレードによる突きを回避すると同時に、頭上──すなわち死角をとることを許してしまった。

 すれ違いざまにコンドルフは右脚部の“ラプターネイル”でソリッドの肩を引っ掴む。そのままソリッドの背後へと滑り込み、もう片方のラプターネイルも噛み付かせる。つい数瞬前まで勝利を確信していたポニータのソリッドは、一瞬にして捕縛されてしまった。


《いい機会だ。の威力、見極めさせてもらう》

「こいつ……! 何……っ!?」


 接触回線により敵パイロットの声が飛び込んで来たが、ポニータは耳を貸すこともなく、窮地から脱却するべく操縦桿をいたずらに捏ねくり回す。

 が、駄目。背後から両腕部を力強く取り押さえられてしまっていたソリッドでは、振りほどくことができない。

 ならば蹴りを食らわせてやろうとポニータは思い至ったが、これも失敗に終わった。馬蹴りを食らわせようとしたソリッドの両脚部を、コンドルフ背部から伸びた四枚の断頭台“クアットロ・ギロッティーナ”が取り押さえたのだ。


 すべての抵抗手段を失い、今度こそ絶望するポニータ。もはや今の彼女は、死刑執行の刻を待つ受刑者に成り果ててしまっていた。

 そんな彼女の心情など意にも介さず、執行人が告げる。


《マグネトロン・エクスターミネーター出力最大……!》


 ソリッドを捕らえた断頭台の隙間から、禍々しく赤い光が漏れる。コンドルフ最大にして最恐の武器である、マイクロ波放射装置が稼働し始めたのだ。出力の上昇と共に、光のいろは次第に強いものへと変わってゆく。鉄の棺桶の中に閉じ込められているポニータには、ただその光景を呆然と眺めていることしかできなかった。


「い……嫌だ、こんなところで終わりたくない……」


 死の恐怖に打ち拉がれていた彼女の瞳からは、熱い涙が溢れ出ている。膝も笑っている。近づきつつある“その時”が、只々怖かった。


「シンディ……っ!!」


 思わず、男の名前を叫んでいた。


 刹那、コックピット内の機器が立て続けに放電、爆発を起こし、ポニータの意識もそこで途切れた。



「……! 視えた、あれが宇宙海賊の舟か……ッ!」


 肉眼──正確には機体のカメラアイが捕捉した光学映像ではあるが──で敵母艦の姿を捉えたクラウヴィアは、嬉しさのあまりほころんだ。一刻もはやく功績を挙げたいと願う彼女にとって、丸腰の敵戦艦との遭遇は、この上ない好機チャンスであったからだ。


「無論、この機を逃す気などさらさらない。ラド・ソリッド、参る……ッ!」


 必要以上に力強く操縦桿を握りしめ、愛機をコスモフリートへと向かわせようとしたクラウヴィア。しかし、部下の乗るソリッドに肩を掴まれ、制止を促されてしまった。


《お待ちください、中尉! 無用心に近付くのは危険です!》

「ええい、うるさい! 敵に臆していて、勝利など掴めるものか!」

《自分が先行します! 姫様は後に続いてください!》

「あっ……待て! それに姫とは呼ぶなと……ッ!!」


 クラウヴィアのラド・ソリッドを追い越し、突撃していく部下のソリッド。

 次の瞬間、真下から飛び込んできた青い閃光レーザーが、ソリッドを無残にも光の球へと変えてしまった。


「軍曹ぉぉぉぉぉッ! 敵からの砲撃、どこから……!?」


 クラウヴィアは近くに漂っていたデブリに機体の半身を隠させつつも、砲撃の飛んできた方向にメインカメラを向けさせる。焦点距離をどんどん伸ばしていくと、部下を撃った敵の姿は次第に明らかとなっていった。


「インデペンデンス・ステイトのギム・デュバル部隊……!? いや、一機だけ他とは違うのか……ッ!!」


 4機のギム・デュバルに囲まれながら、長い砲身を両手で構えた見慣れないDSWが一機。部下のソリッドを仕留めたのも、おそらくこの機体の狙撃だろう。


「いや、ただのビームランチャーじゃない。あれは……斧ッ!?」


 そう。したのだ。

 最大望遠にしてようやく姿の見えるその機体は、機体の全長以上はあるであろう大砲を、長い柄を持つ巨大な鉄斧へと変貌させた。

 右手に斧槍ハルバードを、左手に小型のシールドを持つ新型機。

 赤茶色の重装甲に包まれており、搭乗者のパーソナルカラーであるレッドに塗装された肩部は、牛の角のような装飾まで施されている。そのマッシブなシルエットは中世の鎧騎士を彷彿とさせる仰々しいものであると同時に、軍のエースとして祭り上げられているのだということを、クラウヴィアに知覚させた。よく見ると、右肩には『翼の生えたコロニー』のエンブレムまで描かれている。

 絶大なまでの防御力と、部隊を引っ張れるほどのシンボリックさを兼ね備えた機体。それを目撃してしまったクラウヴィアは、緊張に汗を浮かべつつ、叫ぶ。


「貴様は……貴様は一体、何者なのだ……ッ!?」



「如何にも、この私の名はナナキ=バランガであるッ!!」


 何処からか自分の名を問う声がしたような気がして、コックピットに座すナナキは威風堂々と自らの名を言い放った。実際に、敵兵の言葉が彼の耳に届いてなどいないのだということは、言うまでもない。


「そして、これこそが私専用に開発と調整がなされたデュバルタイプの到達点たる機体“ガルド・デュバル”なのだよ! しかとその目に焼き付けるがいい……ッ!!」


 初めて実戦投入されるに至った愛機の名を、ナナキは誇らしげに口にした。この機体と共に戦場で戦える日をどれだけ待ち望んでいたのかなど、想像に難くない。


《隊長! 強力な電波妨害により、やはりレーダーも通信機能も無力化されてしまっています!》


 ギム・デュバルのマニピュレーターから放たれた有線通信用ワイヤーを伝って、部下からの通信があった。


「臆するなよ、“トグリル4”。オミクロン様から与えられたこの“ガルド・デュバル”には、部隊長として部下を護ってやれるだけの力が備わっているのだからな……!」

《チカラ、とは……!?》

「比喩ではないッ!」


 ナナキはスピーカー越しの部下に言い飛ばしつつ、素早く手元のコンソールを操作する。

 直後、ガルド・デュバルの頭部にあるツインアイが赤く発光したかと思えば、頭部を覆うマスクが。顔面の鎧兜も上部へとスライドしていき、ツインアイの間に挟まれたが露わとなる。


 “サーチ・モード”。ガルド・デュバルの頭部に備えられた各種センサー類をフル稼働させることによって、周囲の索敵を瞬時に行う機構だ。現場指揮を重んじる部隊長コマンダーナナキがこれを扱う事によって、この機能はまさしく右手に構えた斧槍ハルバード以上のと成り得た。

 あらゆる情報群のスキャニングか完了。再び頭部が騎士風のメットに覆われ、システムが戦闘モードへと移行する。ナナキは収集した情報を整理しつつ、即座に戦況を理解。戦術を組み立て、小隊全員に作戦を言い渡していった。


「これよりトグリル小隊はU3F部隊の掃討にあたる! 各機、準備はいいな!」

《“トグリル2”、了解しましたぁ……と!》

《“トグリル3”、了解》

《“トグリル4”、了解!》

《と、“トグリル5”、了解……!》


 ナナキが呼びかけると、小隊員達の威勢のよい返事がかえってくる。ただ一人、緊張のせいか強張っている声があった。


「肩の力を抜けよ、“トグリル5”。まあ、編入されたばかりで思うところがあるかもしれんがな」


 ナナキはつい最近、小隊に補填されたばかりの“トグリル5” ──サクラ=バーミンガムという少女に話しかける。すぐに返ってきた声は、やはり少し震えているようだった。


《べ、別に部隊に不満とか、そんなんじゃないんです! ただ、こういう本格的な作戦に参加するのは初めてで……》

「心配するな。お前はシミュレーターでの成績も優秀だし、DSWを動かすのだって初めてだというわけじゃあない。特に、お前の丁寧な操縦は機体への負荷が少ないから、整備班からの評判も良いんだぞ」

《そ、そうですか……?》

「機体に無茶させて怒られてばかりの私が言うのだからな。間違いないさ」


 ナナキが冗談を口にすると、小隊員達の間で笑い声が沸く。それを受けてサクラもようやく緊張が解れたようだった。

 最後に……、とナナキはもう一人の補充要員──ピージオン奪取作戦の際に戦死してしまったカール=ザンストグリル3の後釜として編入してきたパイロット──チャーリー=ベフロワにも声をかける。


「チャーリー、お前は私と同じ側の人間だな。機体にあまり無茶をさせるんじゃあないぞ」

《善処する》


 彼は口にする言葉が常に原稿用紙一行分を越えないような非社交的な男であったが、ナナキを含めそれを知っている隊員たちは特に悪い気などしなかった。寧ろ、どんな時でも冷静さを欠かない彼のマインドセットは、仲間たちからも絶対的な信頼を寄せられている程である。


「よし……。では、諸君らの健闘を祈る。トグリル小隊、出陣するぞ……ッ!!」

《了解ッ!》


 ガルド・デュバルが先行し、4機のギム・デュバルがそれに続く。今この瞬間において、宇宙で最も士気の高いであろうDSW小隊が、ケレスという名の戦場へと躍り出たのだった。



 侵入したケレス基地内部は、まるで鋼鉄の壁で構成された巨大な回廊だった。

 ともすれば迷宮の如く入り組んだ構造をしている通路を、ナットのクレイヴンとヒューイの駆るソリッドはただひたすらに突き進んでいく。


(やっぱり、渡されたマップデータとは全然違ってやがる。リアルタイムでデータを再構築しつつ、進んで行くしかねぇ……)


 不安、焦燥、苛立ち。それらを心の隅に追いやりつつ、ナットはクレイヴンを目の前にある鉄扉へと急がせる。

 DSWの通れる巨大な扉を潜り、広大な空間へと出たクレイヴンとソリッド。有無を言わせず飛び込んできた光景に、ナットはつい息を呑んだ。


「なんだってんだよ、この場所は……」


 そこは、機械たちの墓場だった。

 おそらく試作機のテストなどを行う演習場であろう無重力の室内には、何機ものDSWの亡骸が漂っている。注意深く見ると、それらのDSWは例外なく胴体部を焼き貫かれた跡が残っていた。風穴には微弱ではあるがまだ熱が残っている。まるで、通り魔事件が起こった直後の現場のようだった。

 そして何よりもナットを驚かせたのは、亡骸と化しているDSW達に少なからず見覚えがあったことだった。


「こいつは……“ファントマイル”か……? いや、少しだけ違う……」


 自分達のターゲットである、次世代型動力炉ホロウ・リアクタを搭載した実験機“ファントマイル”。目の前に漂っているそれらは、よく見ると細部の形状がそれぞれ異なっていたが、少なくとも同型機であることに間違いはないだろう。開発中に失敗作の烙印を押された個体がここに放棄されているのだろうか。


「リアクタだけ綺麗に取り除かれてやがる。一体誰がこんな事を……」

《こりゃ、文字通り“中身のない動力炉ホロウ・リアクタ”だったってか!? なんてな、ヒャッハッハ!》


 緊張感のないヒューイの物言いに、ナットは思わず深いため息をつく。別にヒューイのことは嫌いではない──寧ろ、大切な家族の一人だとさえ思っていたが、彼の不用心さは時折目に余ることがあった。

 厳しいかもしれないが、ここはヒューイを咎めるべきだろう。そう思い至ったナットは、何気なくヒューイ機のいる方に視線を移す。




 


「ヒューイ……!? 何があった、オイッ! 返事を……っ!!」

《ぐあ…………! な……こりゃ……ッ!!》


 無線に呼びかけてみるものの、返ってくるのは無機質なノイズだけであった。そうしている間にも、ヒューイの乗っているはずのソリッドは目の前で炎上し、崩壊していく。やがて自壊に耐えきれなくなったソリッドは、機体の内側から爆発していった。


「嘘だろ……? なぁ、何が起きたんだよ、これは……!」


 ナットには、今目の前で起こった出来事がまるで理解できなかった。

 何の前触れもなく、ヒューイのソリッドが突然に爆発を起こした。敵機からの銃撃を喰らった痕跡もない。まるでかのように、不自然さの残る幕引きであった。



















 そしてナットはようやく、自分を高みから見下ろしている者の存在に気付く。


 空間の天井近く。そこに、一体のDSWが佇んでいた。

 スラリと細い四肢は黒真珠のような艶のある漆黒の装甲に包まれ、肩部や脚部などの至る所に銀色の装飾が施されている。そして何よりも、頭部にある翼の生えた女神像が一際存在感を放っていた。


 如何にも趣味的で、兵器としての実用性はまるで期待できない。そのような外見の機体を目の前にして、ナットは驚愕していた。


(どう見てもとそっくりだが……。こいつは……まさか……ッ!)


 刹那、長い砲身を構えたは、クレイヴンに向かって躊躇なく発砲を開始した。

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