第11章『疾走、モーティマー 5』

 遡ること2週間ほど前。コスモフリート艦内。


「……見てしまったか。残念だよ、ミド君」


 照明が落とされ、机上のモニターだけがほのかに暗闇を照らす個室。その入り口のドアロックがKTによって閉められてしまい、ついにミドは密室に閉じ込められてしまった。


「KTさん……? なんだよ……なんだってんだよ、これは……!?」

「これを見られてしまった以上、タダで返すわけにはいかないな」


 デスクチェアに座していたKTは拳銃を構えて立ち上がると、閉ざされたドアの前で慌てふためいているミドに歩み寄る。刻一刻と迫ってくる銃口を目の前に、ミドは思わず腰を抜かしてしまっていた。

 これほどまでに動揺してしまうのも無理はない、とKTは内心でミドに同情してしまう。彼からしてみれば、今まで味方だと思っていた大人が唐突に拳銃を向け、慈悲もなく近づいてきているのだ。今この瞬間、ミドは間違いなく“裏切られた”と思っていることだろう。


(だが、これも地球で暮らす妻と息子の為だ。許せ……!)


 今は惑星をひとつ隔てて遠くにいる家族の事を想う。諜報活動などという裏切りとも呼べる行為は、倫理的に見れば確かに非道な行為かもしれない。だが、それによって飯にありつける者がいるのも、また現実なのだ。

 改めて決心を固めたKTはミドを壁際まで追い詰めると、彼の胸元へと銃口を突きつける。本来は優しい好青年であるKTは、人としての情を隅へと追いやり、重く冷たい引き金を引こうとした──。


「さ、“魚は海を渡り、鳥の巣を突く”……。さしずめ、魚ってのはコスモフリートこの艦の事だろ……?」


 がしかし、絞り出したようなミドの一言によって、その動作は中断させられる。驚きを隠せないといったKTの顔色を慎重に伺いつつ、ミドは頬に汗を浮かべながら続ける。


「昔の戦争で使われた有名な暗号だろ、わかるよ。これの読み方も、あんたがこの船に潜入してるスパイだって事も」

「ほう。ミリタリー知識への造詣が深いとは聞いていたが、まさかこれほどとはね……」

「所属はどっちだ? U3Fか、それともインデペンデンス・ステイトか……」


 言い終える前に、銃身がミドの顎を叩いた。痛みと恐怖に怯える彼を、KTは鼠を捉えた猫のようにきつく睨む。


「少し暗号が読めるくらいで図に乗るんじゃあない。寧ろ、なおさら君を野放しにはしておけなくなったぞ」

「くっ……。なんであんたが諜報なんか……!」

「守るものがあるからだ! これ以上喋れば、僕は君を……本当に始末しなければならない事になるぞ……!」


 銃で子供を脅かすなど、本当に情けない真似をしていると、KTは自身の行いを恥じた。されど、それが大人というものなのだ。家族を養ってやるという責務がある以上、時には恥すらも忍ぶしかない。そう思うことで、どうにか自分を正当化しようとした。














「……ククク、クッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!」


 その時、誰かが嗤った。

 その笑い声がミドから発せられたものであるとKTが理解するまで、さらに数瞬を要した。

 目の前にいる少年の唐突な豹変に、KTは思わず半歩退く。


「な、なにが可笑しい……ッ!」

「それで脅しのつもりか? だとしたら温すぎるな」

「何ィ……!?」


 拳銃を構えつつも後ずさるKT。これまでドアを背に尻込みしていたミドはのろりと立ち上がると、ゆっくりとKTの方へと歩み寄っていく。


「もっとよく狙えよ。銃は……、だぜ?」


 そう言って、ミドは拳銃を持つKTの右手を強引に掴むと、それを自身の眼前にまで持っていく。額に銃口が押し当てられる形になりつつも、ミドは瞬きひとつせずに冷酷な表情を浮かべていた。


「ば、馬鹿にして……! 僕が撃てないとでも思っているのかッ!?」

「撃てないさ。


 もはやこの少年に、今までの面影など欠片も残っていなかった。変貌とも呼べる事態をうまく飲み込めていないKTは、ありのままの心境を吐露する。


「き、君は……、本当にミド=シャウネルか……?」


 言われ、少年は少しばかり考え込むようなそぶりを見せた後、投げかけられた問いかけに答える。


「ミーディール=


 まるで自嘲するかのようなか細い声で、その名を告げた。


「それが俺の本当の名。血塗られた一族の哀れな落とし子さ。だから、俺もこれを名乗るのはあんまり好きじゃない」

「プレジデント=ツェッペリンの子だと……? 馬鹿な、ミーディールなどという子息の存在など、聞いたことがない……!」


 KTは銃を構える腕を降ろすことなく詰問すると、ミドは力なく笑ってみせた。


「だろうな。一族にとっても、プレジデントと愛人との間に生まれてしまった俺は、存在自体が厄介だったようなもんだ」

「その、ツェッペリンの落胤である君が、何故“ミド=シャウネル”という偽りの名を名乗って、『ミスト・ガーデン』で一般庶民として暮らしていた……?」

「それが今、重要か?」

「真偽を見定めるための判断材料として必要だ。悪いが僕は君の話を、手放しで鵜呑みにしようとは思っちゃあいない」

「ああ、そうかい……面倒だなぁ」


 ミドはあからさまに不本意といった様子で、渋々語り始める。いつもの砕けた調子で喋る“ミド=シャウネルとしての表情”を時折見せる彼の姿を見て、KTは内心『一体どちらが本当の彼なのか』と疑問を抱いた。


「LOCAS.T.C.の生い立ちについては知ってるよな?」

「あ、ああ。元々は生活用品や家電製品の製造販売を中心としていた複合企業コングロマリットだったはずだ」

「その通りだ。そして、そのような企業もある一人の男の登場によって社名が変わり、本格的に軍需産業分野へと乗り出す転機が訪れた」

「その男がプレジデント=ツェッペリン。……君の父親だな」


 KTの問いに、ミドは小さく頷いた。


「もとよりプレジデントはLOCAS.T.C.の母体となった企業の財閥当主でありながらも、軍用兵器開発において大き過ぎる功績を残した」

「これまでの兵器カテゴリとは一線を画す、多目的人型機動兵器『ダイバーシティ・ウォーカー』の開発……」

「ああ。戦争の常識すらも覆す、世紀の大発明。その功績が認められ、俺の父は瞬く間に社長の座を手に入れた」


 その後のプレジデントが起こした変革の流れは、あまりにも単純かつ壮大なものであった。かねてより企業と深い癒着があった財閥の人間である彼は、持てる権力と有能さを存分に発揮し、軍産複合企業『LOCAS.T.C.』として事業を拡大。DSWという絶大な力を欲したU3Fの軍事発注を一手に引き受けたことにより、正規軍に対しても強い圧力をかけられるようになる。そのようにして『LOCAS.T.C.』が世界の“裏の支配者”として君臨するようになるのは、もはや時間の問題であった。


「それで、この『LOCAS.T.C.』の生い立ちと、君が身分を偽って暮らしていた事とは、一体何の関係があるというんだ?」

「俺が本来の名を捨てて木星圏で暮らしていた理由。それは次期財閥当主を巡る権力闘争……ツェッペリン家の血塗られた宿命を、母が恐れたからだ」


 世界にこれ程までの影響力を持つツェッペリン家にとって、次期当主の座とはすなわち“世界の影の王”の、その“王座”といっても過言ではない。故に、内輪での支配権争いが過激になってしまうのは、ある意味では当然の流れであるとも言えた。


「俺の母は優しかった。だからこそ、ちょうど地球圏と木星の緊張状態が高まっていた十数年前に、交渉材料という口実で『ミスト・ガーデン』に連れてこられたんだ。旧姓である“シャウネル”の名を借りてな」


 これがミド=シャウネル──もとい、ミーディール=ツェッペリンの辿ってきた半生であった。

 あまりにも規模の大きい話しではあったが、とても嘘を言っている風には思えない。そう判断したKTは、ゆっくりと拳銃を降ろした。


「自己紹介はこれくらいでいいだろう。なあ、KTさん。俺と取引をしないか」

「何……?」


 予期せぬミドの発案に、KTはつい生返事を返してしまった。この二人の会話においてどちらが主導権を握っているかなど、実に明確なことであった。


「俺がここで見たこと──あんたがスパイであったことは一切口外しない。その代わり……」


 一呼吸置いて、ミドは続ける。


「あんたのこれから起こそうとしていることに、俺も協力させろ」

「は……?」


 KTには、少年の言わんとしている事の意図が全く読めなかった。ただ一つだけわかるのは、彼のサングラスの奥にある瞳がとても冷徹で、まるで奴隷を見下すかのような目であったことだ。拒否権など、もはや自分にはないのだろうか。

 そんなKTの心境など御構い無しにミドは『ただし、条件がある』と前置きすると、さらなる条件を提示した。


「『ミスト・ガーデン』の皆の安全は保証すること。それが条件だ」


 これは、ミド=シャウネルの本心からの願いなのだろうか。それともミーディール=ツェッペリンによる何らかの企ての一環に過ぎないのだろうか。

 その真偽をKTが見定めるためには、残念ながら判断材料が不足していた。



「こちらバロム6、手筈通りEゲートに到着した。だが……妙だな」

《あんたもそう思うかい、ナット》


 クレイヴン、そしてポニータとヒューイがそれぞれ駆る暗礁迷彩の施されたソリッドの計3機は、ケレス基地内部へと侵入するべく作戦行動をとっていた。

 たった3人で行動しているのは、シンディとデフが負傷や整備不良のために出撃不能で、KT機は艦の防衛に回っているためである。このような理由から少数での作戦行動を強いられてしまったバロム小隊ではあったが、ケレス基地に配備されている戦力を考えれば、3機でも問題はないと判断された。

 かくして欠員の多いバロム小隊は、予定通りに幾つかのゲートのうちの一つに辿り着いていた。

 だが、不自然なことに目標ゲートへの道中、基地に配備された敵DSWと遭遇することは一切なかったのだ。あまりにも作戦が順調に進み過ぎていることに、ナットやポニータは妙な胸騒ぎを感じずにはいられなかった。


《それだけ陽動が上手くいってるって事だろうよ。さっさと突入しちまおうぜ!》


 通信機越しに、ヒューイがケラケラと笑う。ともすれば楽観的ともいえるヒューイの見解にナットは少しだけ懐疑心を抱くが、直後にポニータがそれを代弁してくれた。


《上手くいき過ぎだって言ってんのさ! いくらピージオンがECMでレーダーをかく乱してるからって、敵のお出迎えが全くないってのは、おかしいと思わないのかい!?》

《バッキャロー! 敵さんが股を広げて『さあ、どうぞ』って言ってんだ! ここでビビっちゃあ、男がすたるってヤツだぜぇ!》

《あんたさぁ、ちょっと……てか、かなり下品だよ! 全く。シンディといい、これだから男は……》

《あ? なんでそこでシンディの名前が出るんだ?》

《あっ……な、なんでもないし! 本当になんでもないから……っ!!》


 二人の間の抜けたやり取りはともかくとして、彼らの言及していたことは事実である。リングブースターを装備したピージオンが陽動を行なっているとはいえ、スクランブル中の基地ゲートを放置するなど、明らかに不自然である。

 これは突入を急がずに、一先ず状況をブリッジに報告すべきだ。そう判断したナットは、すぐさまコスモフリートとの通信を試みた。

 が、しかし。


(繋がらない……? 何だ、電波妨害にあっているのか……?)


 ナットが幾ら呼びかけてもブリッジからの応答はなく、耳障りなノイズ音が返ってくるだけであった。異変はそれだけではない。


「通信だけじゃない、レーダーも馬鹿になってやがる。こりゃ、まるで……」


 無線通信機能も、味方機や敵機の座標を示すレーダーも、電子系統の殆どが無力化されてしまっていた。この現状から察するに、敵からの強力なECMを受けてしまっているのだろうか。

 そして、これほどまでの電波妨害を受けて、ナットは咄嗟にとある電子戦特化機を想起させる。この状況も、あの機体が作り出してしまっているのだろうか。


(……いや、アレックスじゃない。ピージオンのジャミングは、味方機には影響が及ばない筈だ)


 だとしたら、この現象の原因は一体なんなのだろうか。ナットは考えてみたが、確証のない憶測以上の答えは浮かびそうになかった。そして今はそれよりも、優先すべき事があるはずだ。


「ポニータ。一度コスモフリートに戻って、おやっさん達に状況の報告を頼む。基地への突入は、俺とヒューイでやる」

《なっ、2機だけで突入なんて無茶よ! 行くならあたしも一緒に……!》

「罠って可能性もあるだろ。何より、艦の様子が気がかりだ」


 ナットが何よりも危惧していたのは、こちらがそうしたように敵もまた陽動を仕掛けてきているのではないか、という事であった。

 現に、突入ポイントであるEゲートは初めからもぬけの殻と化していた。これがこちら側を基地内に誘い込むための罠だという可能性は十分にあるし、こうしている間にもコスモフリートが敵の別働隊から攻撃を受けているかもしれない。そして、どちらの場合にしろ、一つだけ確かに言えることがある。


(まるでこちらの奇襲に対応するような敵の動き。こんなの、あらかじめ襲撃のタイミングを知ってなきゃ出来る筈がねぇ……)


 それは、コスモフリートがケレス基地に対して奇襲を仕掛けようとしていた事を、敵が既に察知していたということである。つまり……。


(情報屋か、あるいはコスモフリートの誰かが、U3Fに情報を漏らしたっていうのか……?)


 ナットとしては、出来ればそうであって欲しくない結論であった。しかし、一度その考えが浮かび上がってしまえば、それが頭にこびり付いて離れなくなってしまう。何を思考しようにも、疑念や不信感が付いて回った。


(まあいい。余計な詮索はあとまわしだ。とりあえず今は、俺にできることをするだけだ)


 心中で呟きつつ、ナットは人差し指でトリガーの感触を確かめる。平和や善良な市民を守るためにも、今は目標であるファントマイルを奪取ないし破壊せねばならない。障害となる悪は、一匹残らず討ち滅ぼすまでだ。

 ポニータの駆るソリッドが離れて行くのを見届けると、ナットもまたクレイヴンを翻させ、ケレス基地内部へと繋がる無骨なゲートを潜った。



「フフフ。ここまでは手筈通り……というやつですかね」


 U3Fの戦艦“アークビショップ”のブリッジ内で、軍服に身を包んだ男がほくそ笑んだ。ウェーブのかかった短髪をいじるその士官は、線の細い中年の男性だ。常に柔和な笑みを崩さず、とても軍人らしからぬ温厚な人格者のように見える。そのような人物であった。

 彼の名はアーノルド=ルドウィック。軍の諜報部に所属する少佐だ。


「“ホワイト”の状況はどうですか?」


 アーノルドがブリッジクルーに訊ねる。余談だが、彼は部下に対しても敬語を使うことで有名だった。


「ハッ、我が軍のソリッド小隊と交戦状態にあります! ですが、敵の方もなかなかしぶといようで……!」

「そうですか。あの機体は上層部から『確実に潰せ』と御達しがありましたからねぇ。私の立場としても、失敗されてしまうと困るというか……」

「目標は単機とのことなので心配ないでしょう。撃墜も時間の問題かと……!」

「フフ、頼みましたよ。“制限時間リミット”もお忘れなく」


 アーノルドはオペレーターとの会話を打ち切ると、ブリッジの前方に視線を移す。強化防弾ガラスを隔てて向こう側に映るのは、近づきつつある準惑星ケレスの岩肌だ。交戦中であるはずのケレス基地であったが爆発の光などがあがることは殆どなく、不気味なまでの静けさを保っている。そしてこの異様な戦況も、アーノルドが意図的に手引きしたものであった。


(恐らくコスモフリート側も、スパイの存在や奇襲の情報が筒抜けだったことにはそろそろ気付いている頃でしょう。しかし、今更勘付かれたところでもう手遅れですよ)


 かねてよりコスモフリートに潜入させていたスパイの存在により、U3Fは既にコスモフリートがケレス基地への襲撃作戦を企てていることも、作戦の詳細に至るまで全て掴んでいた。だからこそ、ケレス基地防衛部隊も奇襲のタイミングに合わせて戦力を分散させ、敵の陽動に惑わされることなく部隊を動かすことが出来ているのだ。


(しかし、プレジデントも大胆なカードを切ったものだ。も、もうじき次の段階へ進むということでしょう)


 、自分に対して特命を下した人物をアーノルドは思い浮かべる。


(計画の要となる機体……2号機。おおっと、今は“ブラック”でしたか。ファントマイルといい、このケレス基地は後の戦史に名を轟かせる地となりそうですねぇ……)


 ククク、とアーノルドは密かに口元を歪める。そうしている間にも、彼の乗艦しているアークビショップ級戦艦は着実に目標地点へと迫りつつあった。

 艦が正面に捉えているのは、宇宙義賊コスモフリートの旗艦──戦艦コスモフリートだ。


「さて、挟撃と洒落込みましょうか」


 そう呟いた後、アーノルドはすぐさま艦のDSW部隊に出撃命令を下した。




「さっきの放送……反乱たって、その裏切り者ってのは一体誰なんです! それがわからなきゃ、こっちも応戦のしようがないでしょ!」

「俺が知るか! 銃を向けてきたらそいつが裏切り者だ!」

「そんなの……無茶でしょ!?」


 どうやら艦内で白兵戦が起こっているらしく、コスモフリートの廊下には乗組員たちの慌ただしい声が飛び交っている。それらを掻い潜るようにエリー、ミランダ、テオドアの三人は通路を進んでいた。


(ミリア……それにミドも、どこに行ってしまったの……?)


 戦闘態勢が発令され、安全ため部屋で大人しくしているよう言われていた彼女らだったが、何時までたっても戻らない二人を案じてとうとう部屋を出てしまっていた。

 遠くからは銃声のような物音すら聴こえてくる。姿のない恐怖に怯えつつも、三人はただひたすらに、行方の知れないミリアとミドの名を呼び続けた。


「きゃっ!」


 先頭を進むエリーがちょうど通路の角を曲がろうとした時、すぐそばの壁を弾丸が掠めた。彼女は短く悲鳴を上げつつもすぐに冷静さを取り戻し、すかさず背後のミランダとテオドアに身を隠すよう促す。その間にも、足音は刻一刻とこちらに迫りつつあった。


(裏切り者と出会してしまうなんて……。もしもの時は、私が二人を守らないと……)


 有事の際は、身を呈してでも彼女らを守らなければ。そう決心を固めることで、エリーは無理やりに恐怖を抑え付ける。自分がかねてより責任感の強い性類であることに、これほど感謝したことはなかった。

 やがて物陰からの影が現れる。エリーは迷わず背後の二人を庇いつつ、先ほど銃を発砲したと思わしき人物の姿を目の当たりにした。


「なっ……!? ……びっくりした、エリー達か」


 現れたのは、意外にもエリー達がこれまで探していたミドだった。ようやく発見できたことに、エリーはひとまず安堵する。


「ミド! あなた一体どこ……へ……?」


 言いかけたところで、エリーは目の前にいる少年の異変に気付いた。彼は何故か拳銃を手にしており、それをゆっくりとこちらに向けたのだ。

 エリーも、ミランダも、テオドアも、突然の事態に言葉を失っていた。銃口の恐怖に萎縮しているのではない。それ以前に、今目の前で何が起こっているのかが理解できなかった。

 照準を決して逸らさないまま、沈黙をミドが突き破る。


「今は何も言わず着いて来てくれ。俺がこの船から、お前たちを救い出してやる」

「ミド……あなたは……?」


 少年は答えなかった。

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