第10章『疾走、モーティマー 4』

 ケレス基地という名称から誤解されがちではあるが、決してケレスの地表に建造物が聳え立っているわけではなく、基地自体は地下空間に存在している。この準惑星ケレスには当然ながら大気も重力もないに等しいため、火星のように地球化テラフォーミングするのは難しく、その代わりに人の手によって要塞化が施されたのだ。あくまで地球人類の勝手な都合により徹底的に改造されてしまったこの場所は、まさに西暦2281年の人類の愚行を象徴した地だとさえ言えるだろう。

 そのような背景を持つこの準惑星へと降り立ったピージオンは現在、指定されたポイントを目指し、地表面に沿ってリングブースターによる飛行をしていた。

 地下の要塞内部へと通じるゲートは幾つか存在する。そのため、バロム小隊が突入する予定のゲートから少しても戦力を引き剥がすのが、アレックスに与えられた役目だ。


《敵機遭遇エンカウント。数は3機です》

「わかった。エラーズは引き続き、基地戦力の索敵と把握を行っててくれ!」

《了解》


 命令を飛ばし、アレックスは再び敵影の迫るモニターに目をやる。エラーズの情報通り、こちらに向かってくるブースターの光点は全部で3つだ。望遠により、それらが3機ともU3Fの主力量産機である“ソリッド”だということも確認した。


「1対3か……。クー・クーの分も合わせれば、互角だって思いたいけど……!」


 不満を声に出して吐き捨てつつ、ピージオンの両肩部に増設された格納スペースから2基の“バルカンクー・クー”を射出する。アルテッラ曰く、この武装は重力下で運用することができないとのことだったが、地球の三十分の一にも満たないケレスの重力下では、どうやら問題なく使用できるようだ。


(──ッ!)


 警告音アラートが鳴るのとほぼ同タイミングで、アレックスがフットペダルを蹴り込む。ピージオンの真横をアサルトライフルの火線が通り過ぎていったのは、その直後だった。


「本当に……今は単独ひとりなんだ、誰も守ってくれやしない。僕だけの力で何とかしないと……ッ!」


 湧き上がってくる生存本能を身を委ね、世界がスローモーションへと変わってゆく。散開した敵ソリッドの編隊から放たれる弾丸の流れも、今なら目で追える気がした。ピージオンにランダムな回避軌道を取らせつつ、蜘蛛の巣の如き集中砲火の火線を掻い潜っていく。


「僕に銃を向けないでぇッ!」


 リングブースターによる急旋回をしたピージオンが、敵ソリッドの一機に切迫する。袈裟懸けに振るわれたベイオネットライフルの刃が、ソリッドの手に持つアサルトライフルを強引に叩き切った。

 ライフルの爆煙が掻き消える前に、銃を失ったソリッドがカウンター気味にEブレードを抜刀し、こちらを目掛けて鋭い光の剣先を突きつけてくる。アレックスはすばやく機体を退かせこれを回避し、Eブレードは虚しく虚空を薙いだ。

 続くもう一機のソリッドからの追撃の砲弾すらも咄嗟に避け、すかさずベイオネットライフルとバルカンクー・クーの銃身を向けて応戦する。目紛しく火線と火線が交錯していく最中、不覚にもクー・クーの放った砲弾が、ソリッドの動力部を運悪く射抜いてしまった。


「当ててしまった……ッ! 畜生、何で当たっちゃうんだよ……!」


 炎に包まれていくソリッドを見て、アレックスは思わず悲しみと苛立ちの籠った嘆きを吐き捨てる。しかし、2機となった敵編隊の攻撃は依然として止むことなく、傷心のアレックスを無慈悲にも現実へと引き戻す。

 “ドーナッツ”を背負ったピージオンの凄まじいまでの機動力は、重鈍なソリッド達を右へ左へと翻弄してゆく。しかし同時に、加減速によるGはアレックスの身体と意識を確実に蝕んでいった。急所を外した射撃を行おうとするアレックスも、徐々にその精度が落ちていくのを実感していた。先程の“ミス”もこれが原因だろう。


(長期戦はマズい。早くこの状況を何とかしないと……)


 このままでは、例えアレックスが“不殺を諦める”決断をしたとしても、切り抜けるのは難しいかもしれない。もとよりアレックスは、そこまでの技量を持ち合わせてなどいないのだ。

 ろくに思考することも許されないまま、ただがむしゃらに迫り来るライフルの砲弾やEブレードの刃を間一髪で避けていく。警告音アラートがコックピットに鳴り響いたのは、その直後だった。


《11時の方向より敵増援を確認。数は2機です》


 無慈悲にも、エラーズがありのままの事実を告げる。アレックスは思わず息を飲む。

 しかし、それだけでは終わらなかった。追い打ちをかけるようにが別方向から発せられる。


《4時の方向からも敵増援を確認。数は3機》

「何だって……?」


 信じられないといった様子で、アレックスはすぐさまレーダーに目をやる。エラーズの優秀過ぎる索敵機能は、皮肉にも迫りつつある敵機の位置を移動する光点として、極めて正確に表示していた。



「キメラ・デュバルが出せない!? 何でだよ……ッ!」


 次々と味方機が出撃していく格納庫の中で、デフ=ハーレイは未だに出撃ができない焦りを、整備班長であるキム=ベッキムにぶつけていた。


「何でってそりゃ、お前が前の戦闘でこっ酷くやられちまったからでしょ」

「それを次の戦闘までに万全にしておくのが、整備士メカニックってもんだろ!?」

「左腕のスペアがねえんだよ。どんなに優秀なメカ屋でも、無から有は生み出せないぞ」


 キムに軽くあしらわれ、デフは何も言い返せず舌打ちすることしかできなかった。


(くそっ……。こうしている間にも、アレックスは戦ってるってのに……!)


 友が神経をすり減らして戦闘しているであろう時に、自分はこうして安全圏で何もできずに立ち尽くしていることしか出来ないのだろうか。心地の悪い焦燥感に襲われたデフは、気を紛らわすべくハンガーに佇む愛機を仰ぎ見る。

 左腕部を丸ごと欠損していたキメラ・デュバルではあったが、それ以外の箇所は殆ど完璧と言っていいほどに修復がなされていた。これなら一応出撃くらいは出来るのではないかとデフはふと考えたが、それでも“ブレイクスルードリル”を失ったキメラ・デュバルでは大した戦力にならないだろう。無理に片腕だけの状態で戦地に赴いたところで、帰ってこれる保証はない。だからこそ、キムも“帰還できる見込みのない機体にパイロットを乗せまい”として自分を堰き止めたのだということを、デフは遅れて理解した。


「左腕が……左腕さえあれば……!」


 デフは行き場のない苛立ちを言葉にして吐き捨てる。それを聞かれてしまったのか、背後からKTに声をかけられた。


「シンディが負傷して出撃できないから、彼のソリッドの腕を代わりに使うといい」

「い、いいのか? KTさん。……ってか、あんた出撃は……?」


 疑問を口にするデフだったが、KTは『気にするな』と言って格納庫を後にしてしまった。いまいち腑に落ちない返答ではあったが、これは『上からの許可が下りた』と好意的に捉えても良いだろう。であれば、善は急ぐべきだ。


「キムさん! ソリッドの腕の換装、どれくらいで出来る……!?」

「わあったよ! 急ピッチで完了させてやるから、ちょっと待ってろ!」



「──そんなわけで、こう見えて私も昔はいわゆるストリートチルドレンというやつだったもんで、当時は家も金もなくてねぇ。その頃からとにかく『世界で一番金持ちの男になる』のが夢だったんだよねぇ」


 けたたましく警報音が鳴るケレス基地の廊下で、手錠を嵌められ連行されているウォーレン=モーティマーの、場違いなまでに素っ頓狂な声が響く。彼に銃を突きつけて歩かせている二人のU3F兵達は一貫して無視を決め込んでいたものの、モーティマーは特にそれを気に留めることもなく、勝手に身の上話を続けた。


「おっと、勘違いしないでくれよ。俺が金持ちになりたかった理由は、別に己の欲望を満たしたいが為じゃあない。小さな頃から貧富の差を見せつけられるような生活を送ってきたもんだから、その時からずっと思っていたのさ。『セレブ達よりも俺の方が、有意義に金を使うことができる』ってね」


 偉く得意げな顔をしたモーティマーであったが、終始無言の兵士からは相槌の代わりに、冷たい銃口を返されてしまう。


「おおっと、怖い怖い。でも、わからない話じゃないだろう? 世の中には、金を持っている癖にそれをドブに投げ捨てるような輩が腐る程いる。私はそういう奴らがどうしても許せなくてね。そういう理由もあって、私は各地に孤児院を設立し、身寄りのない子供たちを支える事にしたのさ。偽善だと笑うかい? でもね、それでも私はこのような金の使い方をしたことに誇りを持っているよ。“やらない善”より“やる偽善”とも言うからね。勿論、子供達の名前は一人として欠かさず名前を記憶しているよ」


 モーティマーを歩かせていた兵士たちも、内心では『よくもこう次々と言葉が出てくるものだ』と呆れてしまっていた。とはいえ、かの一大企業であるJ.E.T.S.を背負う実業家という彼の肩書きを踏まえれば、不思議と納得できてしまうのもまた事実であった。

 これほどの資産家だ。今の地位まで成りあがる為にも、類まれな話術をこれまで存分に発揮してきてたことだろう。兵士たちは、一先ずそう結論付けることにした。


「まっ、結局何が言いたいかというとね」


 話がようやく着地点に向かおうとしているのか、モーティマーはコホン、とわざとらしく咳払いをする。この長かった身の上話もようやく終わるのか、と兵士たち二人は彼の姿を呆然と眺めていた。


 不覚にも、ということに気付くのに、数秒遅れてしまった。


「……ッ! 貴様、いつの間にィ……!?」


 言い終える前に、モーティマーの長い足から繰り出された蹴りが、兵士の股座にクリーンヒットする。もう一人の兵士はすぐさま担いでいたライフルを構えようとしたものの、モーティマーの手から投げられた手榴弾を見て、それどころではなくなっていた。


「ハハッ、“間”ならそれこそ長話しが出来るくらい沢山あったでしょう! それにしても、護身用に針金を持ってて正解だったなぁ! あとソレ、ピン抜いてないから心配ご無用っ」


 そう言って一目散に立ち去るモーティマーの背中は、兵士から見て既に遠いところにあった。すっかり出し抜かれてしまった兵士二人は、この雪辱を晴らすためにも──金的をくらった方は足取りもおぼつかない様子ではあったが──すぐに後を追った。




「あっ、KTさん!」


 移動式のスロープに掴まりコスモフリート艦内の通路を移動していたKTは、背中からの自分を呼び止める声に身を翻す。そこには、何やら困り果てた様子のミリア=マイヤーズの姿があった。


「どうしたんだミリア。作戦中なんだから、部屋で大人しくしてなきゃダメじゃないか」


 大人としてしっかりと咎めるKTだったが、それでもミリアは素直に従うことなく、何故か慌てふためいている。

 何か事情があるのだろうか。そう考えたKTは問いただすと、彼女はコクリと頷いて訳を説明し始めた。


「さっきからミドの姿が全然見当たらないんです。個室にもいないみたいだし、それで探してて……」

「ミドだと……?」


 その名前を聞いた途端、KTは意味有り気に呟く。何故そのような反応を示したのかはわからなかったが、ミリアは駄目元で訊ねることにした。


「KTさん、何か心当たりがありますか?」

「ミド君の居場所、か……そうだな……」


 すると、KTはしばらく考え込むような素振りをみせる。

 やがて何かを思いついたのか急に顔を上げたかと思えば、彼は唐突にミリアの二の腕を強引に掴んで引き寄せた。


「KTさ、何……むぐっ!?」


 ミリアは一瞬にして後手に両手を固められ、口元をKTの大きな手で塞がれてしまう。怯えきった表情のミリアに、KTが耳元で囁く。


「彼の居る場所へ案内してあげよう。ついて来なさい」


 突然の事態に状況も上手く飲み込めていないミリアであったが、理不尽な大人の男の力を振るわれてしまえば、もはや黙って従う以外に選択肢はなかった。



 それまで艦長席に座すバハムートは、全部で16名いるブルッジクルーに細か指示を飛ばしつつ、艦長として作戦指揮を行っている最中であった。作戦を成功させるべく尽力する彼の姿は、まさしく有能な男のそれであった。

 そして、彼がそのような男だったからこそ、“信頼していた部下に銃を向けられる”という不測の事態に対しても、決して冷静さを欠くことなく応対することが出来たのだと言えるだろう。


「これは一体何の真似だ。KT


 問いつつ、バハムートは突如として反旗を翻したを睨む。彼の隣には、後手を掴まれて自由を奪われたミリアの姿があった。言うまでもなく、彼女は人質とされてしまっているのだ。


「こちらの許可なく発言するのは控えて頂きたい。さもなくば、民間人であるミリアの安全は保障できませんよ。ねぇ、宇宙義賊コスモフリートのキャプテン=バハムート」


 KTの恐ろしいまでに冷たい猫撫で声が、捕らわれたミリアの鼓膜を震わせる。恐怖に支配されてしまっている彼女を救い出すためにも、どうするべきかバハムートは必死に思考を張り巡らせる。

 ブリッジクルーの一人が席から立ち上がったのは、その時だった。


「見損なったぞ、KT! 俺はお前を、結構買っていたというのに……ッ!」


 CICを担当するその男は、凄まじい形相でホルスターから拳銃を抜き、KTへと銃口を向ける。明らかにこれは怒りに我を忘れての行動であり、このままでは本当に引き鉄を引きかねない。バハムートはすぐさま彼を制そうと、口を開きかけた。

 が、しかし。


「が……はぐぁ……っ!」


 言葉を紡ごうとするも、三度に渡るけたたましい銃声によってそれはかき消された。発砲したのはミリアを人質にとったKTでも、そんな彼の非道に怒りを露わにするCICの男でもない。

 引き鉄を引いたのは、これまで航海士として席に座していたブリッジクルーの一人であった。これを受けてバハムートは、頭の中で最悪の結論に至る。他のクルー達にとってもおそらく同様だろう。


(乗組員による反乱。しかも裏切り者は、単独ではなく複数……!)


 首謀者は誰なのか、人数はどれ程なのか、誰が味方で誰が敵なのか、バハムートには判らない。どのような判断を下すにしろ、あまりにも情報が少な過ぎるというのが現状だった。


「……貴様らの目的は何だ」


 バハムートの問いに、KTが応える。


「U3Fへの投降、及び武装解除。なに、それを受け容れてさえくれれば手荒な真似はしませんよ」

「ひと一人を殺しておいてよく言う……。では、従わなかった場合はどうなる」


 KTは答えない。代わりに、空気を引き裂くような銃声が鳴り響く。KTの放った銃弾が、バハムートの足元真横を掠めたのだ。床に跳弾した弾丸は、そのままブリッジ上部の照明をガラスごと突き破る。


「勘違いしないで頂きたい。もとよりあなたに選択肢など無いということを、どうかお忘れなく」


 ここまで非情となったKTの姿を、バハムートやクルー達は今まで見たことがなかった。寧ろKTという男はDSWパイロットであるにも関わらず、戦うことに対して常に迷いを口にしていたような、温厚で優柔不断な人物だったはずだ。その男が、今は味方に躊躇いなく銃を向けている。


(……そうか。これがお前の“選択”なんだな)


 KTは多くの味方を切り捨て、何かを成そうと行動している。彼が仲間たちに情を持って接していたかは定かではないが、もう既に道が違えてしまっているということだけは、揺るぎない事実だと言えるだろう。

 であれば、バハムートが選ぶべき“選択”は一つだ。


「ミリア! 目を瞑れッ!!」


 バハムートが吼える。彼の言う通りに、ミリアは強く瞼を閉じた。

 次の瞬間、バハムートの右腕肘下が機械仕掛けの腕銃へと変形する。ともすれば奇妙ななりにも見える腕の銃身は、KTの拳銃を持つ右手を正確に射抜いた。予期せぬ早撃ちを喰らい、KTは痛みに思わず悶絶する。

 この一連のやり取りに対し、ブリッジにいるクルー達全員が一斉に席を立った。ある者はバハムートに銃口を向け、またある者は反逆者に対して銃を向ける。

 ただ一人、座席を盾にして縮こまっていたガングロギャル風の通信士は、無骨な受話器を握りしめ密かに告げる。


《か、艦内全域に通達! 反乱発生、“裏切り者達に注意せよ”ッス……!!》


 かくして、宇宙戦艦コスモフリートを舞台とした壮大な白兵戦が幕を開けようとしていた。

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