第9章『疾走、モーティマー 3』

「いやはや凄いものですなぁ、この新型エンジンホロウ・リアクタとやらは。これが量産化された暁には、J.E.T.S.ジェトスがエネルギー資源の覇権を握る時代も終わりかな」


 ケレス基地内部に存在する応接室。ソファに座すモーティマーは渡された資料に目を通すなり、相変わらずの陽気な笑みを浮かべながらそれをテーブルの上に置いた。

 資料に記されていたのは、この基地で開発されている新型DSWと、それに搭載される次世代型動力源についてのデータだった。驚くべきことに、“ホロウ・リアクタ”の開発コードで呼ばれるその新型エンジンは、従来機に搭載されている核融合炉とは全く異なる様式が採用されていた。核融合の際に用いる“ヘリウム3”の採取・輸送で業績を挙げているJ.E.T.S.にとって、ヘリウム3を用いずに核融合炉以上のエネルギーを生み出してしまうこの新型エンジンの存在は、実に無視できない代物であった。


「それで、ミスター・プレジデント。こんなものを私に見せつけて、いったい何が目的なのです? まさか、ただこれの自慢をしたいが為に、私をここに寄越したわけではないでしょう」


 軽い冗談を交えつつ、しかし一切の隙を見せることなく、モーティマーの鋭い瞳はテーブルを挟んだ向こう側に座る巨漢……プレジデント=ツェッペリンを捉える。やはりというべきか、彼もまたモーティマーと同様に、自信に満ちた笑みを浮かべていた。このような企業のトップ同士による対談の席に置いて、“相手になめられてはいけない”というのは、常識であるからだ。例えこちらが傘下の企業であろうと、交渉事は常に対等な立場で進めていかなければならない。


「フフ。そう怖いで睨むな、モーティマー」


 プレジデントがほくそ笑む。無論、モーティマーの表情は決して強張ってなどはおらず、寧ろ柔和でさえある。しかし、人類史上最大の死の商人たるプレジデントという男は、そのようなペルソナさえいとも容易く見抜いてしまったのだ。


「貴公をこのケレスの地へと呼び寄せた理由……か。逆だな。そうではなく、貴公からこの吾輩に何か物申したいことがあったのではないか?」

「参りましたなぁ、そこまで把握済みな上に、このような秘密裏による会談の席まで用意してくれたとは。だが、話が早くて助かる」


 すると、今までソファの背もたれにだらしなく腰掛けていたモーティマーが、これまでとは一風変わった面持ちで身を乗り出す。


「では、単刀直入に言いましょう。貴方がたLOCAS.T.C.には、新型エンジンホロウ・リアクタの開発を即刻止めて頂きたい」


「……ほう。まるで吾輩が明かす前から、かのような口振りじゃあないか」


 図星ではあったが、それでもモーティマーは一切の動揺を表情に出さずに続ける。


「LOCAS.T.C.程ではないにしろ、J.E.T.S.もそれなりに大きい企業なのでね。まあ、この場での細かい詮索はナシにしたいね」

「ならば、吾輩からも問おう。わざわざ秘密会談を希望してまでホロウ・リアクタの開発を中止させたい理由とは……いや、聞くまでもないか。先程貴公が言っていたように、これが完成してしまえばヘリウム3が世界のエネルギーを担う時代も終わってしまう。J.E.T.S.はそれを危惧しているのだろう?」


 プレジデントの挑発にも似た言及を、モーティマーは真摯に否定する。


「私がそのような器の小さい男に見えますか。このホロウ・リアクタという強大すぎる力は、とても人類の制御できるモノではないと言っているのだ。行き過ぎた英知は、やがて文明すらも焼き尽くすのだぞ……!?」


 これは申し出などではない。燃え盛る松明を手に入れてしまったプレジデントに対する、モーティマーなりの警告なのだ。

 “”を名乗る者からの情報提供により、モーティマーはホロウ・リアクタの全貌も、それがどれほど恐ろしい力であるかも知っていた。だからこそ、多忙ゆえに各地を巡っていた最中のプレジデントに対し、強引に秘密会談を取り結んだのだ。

 しばらくの沈黙を挟んだのち、プレジデントが口を開く。


「貴公はいつから神になった」

「……?」


 突拍子もないプレジデントの問いかけに、モーティマーは内心戸惑ってしまった。


「貴公は人ではなく、神の視点から物事を捉えている。それは極めて滑稽なことだ。どれほど足掻いたところで、我々は人以上にも人以下にも成り得ないのだからな」

「何が言いたい……?」

「吾輩は人の子だぞ。人とは所詮、自分の生きている時間・視点しか観測できない生き物だ。人類の行く末など、“知ったことか”。ということだ」


 プレジデントという男は、自分達の利益の為であれば、未来さえ殺してしまってもやぶさかではないらしい。貴様のほうがよほど滑稽ではないかと、モーティマーはこの時初めて嫌悪感を露わにした。


「……つまり、ホロウ・リアクタの開発を止める気はない、という事でよろしいか」

「そうだ。吾輩は人としての本能の赴くままに、利益を生むものを手に入れる。それだけよ」


 言われ、モーティマーは改めてプレジデント=ツェッペリンという人物の本質を理解した。この男はどこまでも自我エゴを尊重し、他人に対するモラルや道徳心などは一切排除しているのだ。そのように極端な男だからこそ、ここまでの地位に上り詰めることができているのだろう。彼は心の底から、戦争を“効率よく利益を生み出す為のシステム”くらいにしか認識していないのだ。


「そうですか。いやはや、本当に残念ですよ」


 全てを諦めたモーティマーは、本当に無念といった面持ちで肩を落とす。

 ケレス基地の床や壁が大きく振動したのは、その直後であった。

 耳鳴りな警報音が鳴り響き、警備兵達が何やら忙しい様子で応接室へと入ってくる。どうやら所属不明のDSW部隊が基地に奇襲を仕掛けてきているらしい。

 急速的に変化していく状況の中で、それでもプレジデントは何が起こっているのかを直感的に把握する。振り向いた彼の視線の先には、立ち尽くすモーティマーの姿があった。


「あなたとは、なるべく穏便に事を進めたかった」

「すると、やはりこれはJ.E.T.S.の差し金か」

「厳密に言えば、その強硬派ですがね。彼らを止める為にも、私はこの会談を希望した。だが、とうとう歯止めが効かないところにまで来てしまったようだ」

「そうか、それは残念だったな。皮肉にも吾輩には、貴様に悪意がなかったことを証明する術がない。だが、それが人間ヒトというものだ」

「ええ、残念ですよ。人間ひと故に……ね」


 プレジデントはモーティマーの捨て台詞を聞き届けた後、部下達に彼の身柄を拘束するよう命じる。後手に手を固められながら応接室を後にしていくモーティマーの寂しげな背中を見届けると、彼もまた自分の目的のために行動を開始した。



《第1種戦闘態勢発令! 第1種戦闘態勢発令! パイロットは搭乗機にて待機してくださいッス!》


 警報の鳴り響くコスモフリートの格納庫内。コックピットシートに腰掛けながら、実戦の空気を肌で感じたアレックスは息をのんだ。

 火星軌道と木星軌道の狭間を公転している準惑星・ケレス。そこに存在するU3Fの兵器開発基地を叩くのが、今回のミッションだ。

 目標ターゲットは、未だ詳細が明らかとなっていない次世代型動力源ホロウ・リアクタを搭載しているとされる開発中の試作型DSW“ファントマイル”。情報屋から齎された資料曰く、この新型エンジンの搭載機は、従来機の4倍以上もの出力を誇る化け物らしい。

 信じがたい話ではあるが、もしもこれが本当ならば、U3Fの企てる“火星圏大規模侵攻作戦”によって火星側は壊滅的な被害を被ってしまうだろう。多くの人の命が奪われてしまう。アレックスとしても、それだけは何としても避けたかった。


(……でも、もしその新型兵器が完成してしまえば、U3Fとインデペンデンス・ステイトの戦争はもっと早期に終結するんじゃないか?)


 不意に、そのような考えが浮かんだアレックスであったが、すぐに首を横に振ってそれをかき消した。


(何を考えているんだ、僕は……! これはゲームじゃない。本物の、人の命がかかってるんだぞ……!?)


 一瞬でも人としての視点を失ってしまった自分に、恐怖さえ覚えてしまう。そのような──暴力に物を言わせて従わせるなどという方法論では、自らが神に成ろうとしたあの男ルーカスと同じになってしまうと、それでは人の持つ平穏を守れないと、アレックスはひたすら自分の心に言い聞かせた。

 傲慢に人を見下す神にも、他者を地獄へと引きずり込もうとする悪魔にもならない。あくまで人の視点や立場から平和と向き合ってみせると、少年は医務室のベッドで目覚めたあの日に決めたのだ。


(じゃあどうすればいいんだ。僕はまたこんな兵器ものに乗って、戦争をやろうとしている。戦いの中に、平和へと繋がる答えは本当にあるのか……?)

《警告メッセージ。メンタルコンディションの著しい低下を確認。戦闘行動に支障をきたす数値です》


 不意にコンソールから発せられた合成音声に、アレックスは葛藤から現実へと引き戻される。目の前で蛍を彷彿とさせる暖かな光を纏いながらコンソールに佇むのは、姿なき電子の妖精──エラーズだ。


「メンタルコンディションって……読心術でも使ったのかい」

《当システムには、搭乗者の心拍・脈拍・スペクトログラムなどのあらゆるデータから精神状態を分析、数値化する機能が備わっています》

「……成る程」


 軽い冗談を口にしたつもりだったが、エラーズはつらつらと解説を始め出した。天然ボケにも似たエラーズの返しに、アレックスは少しだけ可笑しくなってしまう。しかしそのおかげで、緊張も少しだけ解れたような気がした。


「エラーズ。作戦内容の確認を頼む」

《了解》


 エラーズが応答すると、数秒も経たないうちに立方体型のホログラフィックがコックピット内に浮かび上がる。アレックスの眼前に投影されたそれは、ケレス基地を中心とした作戦宙域を3Dマッピングしたものだ。


《当機に課せられたミッションは、ケレス基地内に配備されている戦力の陽動です。尚、今作戦ではリングブースターを装備するものとします》


 リングブースターという名称を聞いて、アレックスは思わず息を飲む。

 現在ピージオンに装備されている巨大なリング状の背部ユニットは、木星圏での運用を想定されて開発された大出力推進装置だ。


(“ドーナッツ”か……。不本意だけど、今はこれに頼るしかない)


 神々しいピージオンの印象も相まって、天使の光輪を彷彿とさせるこのリングブースターは、かつてフリーズがリミッターを解除したことによりアレックスの全身を圧し潰すまでの超加速を見せた。勿論、現在は再びリミッターを掛けられているが、それでも身体に染み付いた疑心や恐怖感を完全に拭い去ることは難しかった。

 そんなアレックスの心情を察してか否かは定かではないが、エラーズが説明を続ける。


《リングブースター装備の当機は先行して出撃し、ケレス基地の後方へと回り込んだ後、電子兵装を用いて敵部隊を撹乱。敵部隊の注意を引きつけている間に、手薄となった基地をバロム小隊が強襲。目標であるDSWファントマイルの奪取、ないし破壊を行います》

「この作戦の発案者はKTさんだったか。全く、あの人も簡単に言ってくれちゃってさ」

《ですが、当機の性能を持ってすれば不可能ではない作戦です。搭乗者の操縦適正に若干の不安が残りますが》

「……言ってくれるじゃないか」


 咄嗟に何かを言い返そうと試みたアレックスだったが、オペレーターからの通信によってエラーズとの会話を遮られる。


《まもなく作戦領域に到達するッス! ピージオンは先行して出撃を!》

「了解。ハンガー、降ろしてください!」


 アレックスが呼びかけてしばらくすると、ピージオンを固定したハンガーがゆっくりと下降し始め、機体ごとカタパルトデッキへと運ばれてゆく。開いたカタパルトハッチの向こう側に広がる宇宙の深淵は、肌寒ささえ感じさせるほどに静かだった。


(小難しいことを考えるのは後にしろよ、アレックス。この作戦を成功させなければ、決して少なくない数の犠牲が出てしまうんだから……!)


 必死に自分にそう言い聞かせ、やがてアレックスは覚悟を決めると、操縦桿をぎゅっと握る。


《作戦領域に到達しました。ピージオン、発進してくださいッス!》

「了解。スタンバイOK。行くぞ、エラーズ……!」

《レディ》


 リニアカタパルトが稼働し、光輪を背負ったピージオンが弾丸の如く宇宙うみへと放たれる。青白いスラスターの噴射炎を纏い、女神像を頭部に飾った白亜の機体は瞬く間に星の彼方へと消えていった。



 ケレス基地は木星圏から比較的近いため資材の運搬がし易く、兵器開発基地としてはU3Fの中でも最重要拠点の一つとして数えられる程である。にも関わらず、インデペンデンス・ステイトとU3Fが交戦を行っているのは主に地球圏、もしくは火星圏であるため、火星軌道以遠に位置するケレス基地周辺で戦闘が発生することはそう頻繁というわけでもなく、配備された部隊の練度が前線の兵下達に比べて劣っているというのもまた事実であった。


《いやだ……あぁ、お母ちゃぁぁぁぁぁぁぁん!!》


 見知らぬ敵兵の断末魔と共に爆散するソリッドを背に、それを撃破したDSWのシルエットが、バイザー状の頭部センサーカメラをエメラルドグリーンに発光させる。

 機体の名は、DSW“リキッドライナー”。流体を意味する名称を銘打たれたその機体は、現在U3Fの主力となっている“ソリッド”を後継機とする旧式のDSW“LD-58 リキッド”に、カスタムを施したものだ。

 黒とアッシュカラーのパターン塗装が施されたボディは寸胴なソリッドと比べて一回り細い。また、特務仕様としてチェーンが施されている当機にはさらに四肢や胴体を追加装甲が覆っており、筋肉質な人型といった強固でマッシブなフォルムとなっている。


(旧式とはいえ、軍とあれほどまで張り合える機体を寄越してくれるとは。“オラクル”とかいう奴には感謝せねばならんな)


 リキッドライナーのコックピットの中で、J.E.T.S.所属の男は不敵に笑む。

 現在ケレス基地は、LOCAS.T.C.による新型エンジンの開発を快く思わないJ.E.T.S.強硬派たちによる強襲を受けていた。もっとも、この男自身は別にJ.E.T.S.の社員というわけではなく、金で雇われた傭兵である。自分以外にも、十五名のDSW乗り達が強硬派に雇われていた。


「こちらジュピター1-1ワン・ワン、敵ソリッド1機撃破。容易いな」

《こっちは3機も堕としてやった。正規軍でも、こんな辺境の連中じゃあ腕もたかが知れてるなぁ》


 味方の一人は敵の練度の低さを鼻で笑っていたが、男はこの呆気なさを違和感として捉えていた。


(仮にも新型兵器とやらが極秘開発されている基地だろう。それにしては配備も手薄過ぎる……)


 様々な疑念が渦巻いたが、結局男はそれを頭の片隅へと追いやる事にした。とにかく今は、報酬分の仕事を全うすることが専決であると判断した為だ。

 その時だった。


《む? 背後から敵影……、ぐあああぁぁぁぁぁぁぁっ!!》

「おい、応答しろ! 何があった!?」


 必死に呼びかけるものの、スピーカーからは不愉快なノイズ音しか返ってくることはなかった。男は咄嗟に機体を翻し、味方機の信号が消失した方向へと向かう。

 そこで男は、この世のものとは思えないほどおぞましい光景を目にした。


「なんだあれは……? DSWじゃない、デカ過ぎる……」


 それは、とてつもなく巨大な球体だった。

 球体下部からは昆虫の節足を彷彿とさせる8本の巨大な脚部が伸び、ケレス表面の大地に足をつけている。そして球体の上部には無数の砲台が備え付けられており、ハリネズミの背中を彷彿とさせた。


(拠点防衛用の巨大兵器……!? こんなの聞いてな……)


 その“針”の部分が、一斉に男の駆るリキッドライナーの方を向く。それを見るや否や、男は恐怖のあまり思わず機体を翻させ、命恋しさに逃亡をはかる。球体の巨大兵器から火線が放たれたのは、その直後だった。

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