第6章『密会のフリージア 6』

 出撃の直前。ヴラッドはラド・ソリッドと共に格納庫へ搬入されてきたとされる、もう一機の新型DSWを仰ぎ見た。

 自身に与えられた新たなる機体を目の前にヴラッドは高揚感に浸りつつ、獄中にて頭に叩き込んだマニュアルの内容を思い出す。


 血のような深紅で塗られたそのDSWは、ソリッドよりもひと回り細く流線的なフォルムをしており、装甲よりも機動性を重視した仕様であることが外見からも伺える。

 腰部右には散弾銃“フチーレ・ダ・カッチャ”を、左には実体剣“スパーダ”をそれぞれマウント。さらに膝からつま先にかけては鳥のくちばしのような形状をした鋼鉄の爪“ラプターネイル”が設置されている。ヴラッドの適正にも合った、近距離戦闘において真価を発揮する機体だといえよう。

 そして何よりも、背中に装備されているノコギリクワガタの角のような形状をした四枚の羽“クアットロ・ギロッティーナ”がひときわ存在感を放っており、見る者の目を惹き付ける。

 そのような、まるで猛禽類を彷彿とさせる攻撃的なシルエットをもつその機体だ。


「“LDP-94 コンドルフ”。正直、貴様には過ぎた機体だと私は思うがね」


 ヴラッドの手錠を外しながら、将校が不満げにぼやく。彼が疑問を抱くのも当然であり、本来であれば死罪も免れないような罪を背負った囚人であるヴラッドに対し、このような最新鋭機が与えられるなどという話は明らかに不自然である。

 ただ、それ相応の権限を持つ者に、ヴラッドが気に入られている。それだけの話だった。


「こいつもアーノルドが寄越したんだろう……? しかもこんな奇抜な装いの機体だ。どうやら俺に殺しをやらせるついでに、データ取りをしてこいと言うことらしい」

「アーノルド=ルドウィックだ、ヴラッド=デザイア中尉! 上官には敬意を払え!」

「フン……そんなものはどうだっていい。どっちにしろ俺はただ敵を殺してやりたいだけだ。要するに、俺とアーノルドの利害は一致している……」

「チッ、快楽殺人者が……」


 将校がわざと聞こえるように放った舌打ちに、ヴラッドは微かに反応を示す。が、特にそれについて言及することもなく、手錠を外されたヴラッドはすぐさまコンドルフのコックピットへと飛び込む。勿論、ここでヴラッドが反抗的な態度を取れば、すぐにでも首輪に付けられた爆弾が作動して殺されてしまうが、もとより彼にそんな気などさらさらなかった。


(殺してやる。一人でも多くの敵兵を……)


 下ろし立てのシートに身を沈めながら、ヴラッドは胸に手を当てて祈る。その間にも機体はカタパルトへと運ばれ、ゆっくりとハッチが開いていく。


(そうすることでしか、のだから……)


 決意を込めて、ヴラッドは機体を司る操縦桿を握りしめる。次第に闘争心が湧き上がり、生き血を欲する“吸血鬼”としての自分が表れてゆく。


「ヴラッド=デザイア。コンドルフ、でる……ッ!」


 彼が告げると共に、血染の機体は暗雲の宇宙へと躍り出た。



「──っ! この反応……、例の新型か!?」


 彗星の如く加速をかけるコンドルフの気配にいち早く気付いたのは、今まさにブレイクスルードリルで敵機の装甲を貫いたばかりのキメラ・デュバルを駆っていたデフだった。

 すぐにキメラ・デュバルは右腕のハンドキャノンを撃ち応戦するも、血のように紅いDSWはセオリー無視のジグザグな機動を取りながら、しかし加速を一切殺さずに距離を詰めてくる。


「こいつ……デタラメに早ッ……!」


 一閃。二機のDSWがすれ違うほんの僅かな瞬間。その間にコンドルフは左手に握る実体剣“スパーダ”を振るい、キメラ・デュバルの右腕の肘関節を切断してしまっていたのだ。

 それに気付き、咄嗟にデフが機体を翻させた時には、すでにコンドルフは宇宙に漂う隕石群の中へと消えていた。

 姿を捉えきれない。いつ再び襲いかかってくるかわからない。

 野鳥が行う狩りの標的にされたような恐怖感が、デフを着実に蝕んでいく。


「くそ……ッ! やられっぱなしは趣味じゃねえんだ。待ちやがれ、このヤロウ……ッ!!」


 業を煮やしたデフが、キメラ・デュバルを奔らせる。

 。彼の動物的な直感がそう告げていた。



 暗礁迷彩の施されたソリッドのコックピットの中で、つい先ほどまで敵機の撃墜を自慢げに報告していたポニータも、今は視界の端から飛び込んできた紅い機影に戦慄していた。


バロム5ポニータ、迎撃!》

「わかってる! てぇいやぁぁぁぁぁッ!!」


 シンディ、そしてポニータの駆るソリッドが、アサルトライフルの銃撃を浴びせようとする。

 が、虚しくも無数の火線は敵機に一切擦りもせず、その全てが虚空へと消えていった。

 左手に実体剣を、右手にショットガンを構えたコンドルフが驀進する。急加速と無理のあるターンやブレーキングを繰り返し、時には漂う隕石を隠れ蓑にするなどして、敵機は数で勝っているはずのこちらを逆に翻弄していく。

 一瞬でも気を抜けば、狩られる。

 気付けば、ポニータ機とシンディ機は背中合わせで警戒を始めていた。このように冷静な連携を即座に取れたのは、日頃の戦闘訓練の賜物でもあったし、なにより動物としての生存本能が体を突き動かした結果でもあった。

 刹那、視界の端からキラリと光る物体が真っ直ぐに飛んでくる。

 それがコンドルフの投擲した実体剣であると判別する頃には、すでに実体剣はシンディ機の頭部を貫き、破損させていた。

 ハッとしてポニータが剣の飛んできた方向を振り向くと、もうコンドルフは眼前にまで接近してしまっており、今まさに脚部で蹴りかかろうと迫ってきている。

 直後、コンドルフの膝からつま先にかけて装備された鋼鉄の爪“ラプターネイル”が大きく展開され、ポニータ機の胴部を引っ掴む。コンドルフはそのまま推進力にものを言わせて半回転した後、手近な隕石に向かってソリッドを思い切り叩きつけた。

 背後からの衝撃に、コックピット内のポニータも痛み悶える。しかし、こちらに気を休める間も与える事なく、コンドルフは更に切迫する。


「このっ……、いい加減に……ッ!!」


 背を向けずに機体を後退させつつ、頭部バルカンとアサルトライフルで可能な限りの弾幕を張る。しかしその抵抗も虚しく、コンドルフは常軌を逸したマニューバリングでこれらを回避し、再び間合いを詰められてしまう。

 手を伸ばせば届きそうな程の距離にいるコンドルフが、右手のショットガンをポニータ機の胸部──コックピットのある部位へと突きつける。


「あっ……」


 ポニータにとって、その一瞬はまるで永遠のように感じられた。

 だが神は決して、時計の針が止まることを許しはしない。

 ゆっくりと針が時を刻み、ショットガンの重厚から火炎が噴き出す。その輝きを目の当たりにしたポニータは、瞳孔を開ききったまま、ただその光景を直視していることしかできなかった。


 全てを、諦めた。





















《ポニータぁぁぁッ!!》

「──っ!」


 通信回線から自分の名を呼ぶシンディの声が飛び込む。

 次の瞬間、シンディ機が真横からフルスピードで衝突してきたことにより、ポニータ機が押し出された。ショットガンから放たれた炎の鳳仙花が、つい先ほどまで射線上にいたポニータ機に変わって、シンディ機の胸部から胴部にかけて打ち込まれていく。


《ぐあぁぁぁぁ……ッ!!》

「シンディィィィィィィィィィィィィッ!!」


 断末魔すらもノイズに途切れ、やがて通信は途絶する。生死はわからなかったが、おそらく……。


「よくもシンディを……! あんたはぁ……ッ!!」


 悲しみと怒りの感情に満たされたポニータは、我を忘れてコンドルフに猛攻を仕掛ける。右手のライフルで怒涛の射撃を浴びせながらも、空いた左手でEブレードを抜刀し、迫る。

 コンドルフはこれらを軽やかにかわしつつ、動かなくなったシンディ機の頭部から実体剣を引き抜くと、それを構えて突進してくる。


「刺し違えてでも、こいつだけは……ッ!」


 互いに剣を構えた二機のDSWが、猛スピードで突撃しあう。接近ランデブーのタイミングを見計らって、最初に刃を振るったのはソリッドの方だ。

 しかし、コンドルフはバク転の要領でEブレードを構えたソリッドの左腕を蹴り上げ、続けてもう片方の脚部で“ラプターネイル”を繰り出す。

 今度こそ胸部を掴まれてしまったソリッドは抵抗するように頭部バルカンを撃ち放つも、致命傷を与える事もなくコンドルフの実体剣に頭部ごと切り捨てられてしまった。その間にも、コンドルフ脚部のラプターネイルが少しずつ、しかし着実にソリッドの胸部装甲を握りつぶしていく。コックピットの内側が軋むのを感じ、今度こそポニータはもう駄目かと思った。


《仲間を……やらせるかよぉッ!!》


 そんな時だった。絶望の淵に立たされたポニータの耳に、ナットの声が届く。

 直後、インビジブルコーティングの透明化を解いたクレイヴンが虚空から突如として出現し、無防備なコンドルフの背後から迫る。しかし、敵の気配を感じ取ったコンドルフはポニータ機を掴んだまま機体を翻し、あたかもソリッドを盾にするようにして応じる。

 勢い余ってしまったのか、クレイヴンが構える二挺のサブマシンガンから銃撃が放たれる。銃弾は吸い込まれるように、盾となったソリッド目掛けて飛んでいき──。


 そして、

 これらは実体ではなく、インビジブルコーティングの作り出した立体映像ホログラムだったのだ。

 予想外の自体に、コンドルフが一瞬だけ動揺を見せる。その隙を逃さぬように、頭上から急接近してきたピージオンの剣撃が、ソリッドを掴むコンドルフの脚部を目掛けて襲いかかる。

 やむを得ず、コンドルフは寸前でラプターネイルを開きソリッドを離すと、ベイオネットライフルの刃をひらりとかわした。


《ポニータ! 無事かよ!?》

「デフかい!? ああ、あたしは大丈夫……でも、シンディがやられた!」

《シンディが……!? ……わかった。後は俺たちに任せて、あんたは一先ず退け……!》


 キメラ・デュバルも駆けつけ、コスモフリート所属の少年たちが駆る3機のDSWが集結する。

 ピージオン、クレイヴン、キメラ・デュバルの3機はコンドルフを包囲し、それぞれの武装を構えたまま出方を伺う。

 頭部を失ったポニータ機はサブカメラでその様子を見届けつつ、損傷の酷いシンディ機を回収し、一足早くコスモフリートへの帰路についた。



 コックピット内のヴラッドは、機体周辺に展開する三機の敵DSWにのみ意識を集中させる。白い機体がECMを発動させているのか、コンドルフは3機を視認できる距離にいるのにも関わらず、レーダーは敵を捉えきれていない。そればかりか、味方艦との通信も繋がりそうにはなかった。


「通信は途絶……となれば、俺は俺の判断で動こうとも問題はないな」


 普通のパイロットであれば取り乱しかねない状況ではあるが、ヴラッドはむしろこの状況を好機だとさえ思うことができた。


「“LDP-91 ピージオン女神飾り”に“LDP-92 クレイヴントサカ付き”、残るツギハギの一機はギム・デュバルの改修機か。つまるところ盗品と鹵獲機のオンパレードといったところか……」


 ギム・デュバルのカスタムタイプについてはともかく、盗まれたLOCAS.T.C.産の試作機2機については、作戦前に上司から最低限の情報を聞かされていた。曰く、ピージオンは電子戦に、クレイヴンはステルス性能にそれぞれ秀でているらしい。

 何故、後方支援向きの電子戦特化であろうピージオンにあそこまで過度で派手な装飾が施されているのかという理由については、ヴラッドは知る由もなく、ただ『この機体の製造者はきっとトチ狂ってしまっていたのだろう』と思う程度であった。


「フン、まあいい。どのような理由や経緯があろうと、俺に刃を向けている以上、俺の敵であることに変わりはない……」


 コンドルフ背部の兵装“クアットロ・ギロッティーナ”が展開される。その姿は、まるで宙に浮かぶ翼を広げた悪魔にすら見えた。


「俺と敵対してしまったこと、だ。貴様らの咎は、貴様ら自身の命をもって償う事とする! 罪人は、この俺が裁く……ッ!」


 刹那、両の手に銃と剣を従えたコンドルフが、弾けたように飛び出す。猛禽類の名を銘打たれた血染めの悪魔が最初に“獲物”として捉えたのは、一番手近にいたトサカ付きのDSW“クレイヴン”だ。

 機体各部のバルカンとサブマシンガンの弾幕を猛スピードでくぐり抜けたコンドルフが、クレイヴンに飛びかかる。実体剣スパーダの刃をかろうじてかわしたクレイヴンは、やはり牽制の射撃をしつつ、こちらとの距離をとろうとする。


「やはりな……なまじ両手に銃などという極端な武装選択をするから、近接戦闘で遅れをとる……ッ!!」


 見た所クレイヴンという機体は、格闘戦に対応できる武器を持ち合わせていない。だからこそ、常に自分の有利な距離を維持しようとしているのだ。

 つまり、クレイヴンに接近し続けることさえできれば、近接戦闘に特化したコンドルフに勝機がある。そう判断したヴラッドは、すかさずスラスター出力を最大にまで引き上げる。だが。


「……フンッ。そう簡単に接近を許す筈もないか……!」


 ピージオンから射出されたバルカンクー・クーが、コンドルフを執拗に付け回る。うるさく飛び回る機動機関銃を撃ち落とすべくコンドルフがショットガンの火花を散らし、互いの火線がけたたましく交錯する。


「一見すると奇天烈な武装。だが、殺意のない攻撃など……ッ!」


 よわい十七歳という年齢にしては実戦経験の豊富なヴラッドは、バルカンクー・クーの射撃がこちらの急所を外そうとしていることにはすぐに気付いた。たとえ敵であっても、命までは奪いたくないとでも言うのか。そのあまりにも潔くない様に、ヴラッドは少なからず苛立ちを覚える。


「罪を背負う気すらないというのか、この女神飾りのパイロットは……ッ!」


 それは慈愛などではない。ただの偽善であると、ヴラッドは吐き捨てる。

 同時に、コンドルフの握るショットガンの咆哮が、バルカンクー・クーのうちの一基を撃ち貫いた。

 クー・クーの爆発を背にして、剣を構えたコンドルフが肉迫する。迫り来る刃を、ピージオンはベイオネットライフル先端の剣で受け止めた。


「人殺しの覚悟すら出来ていない貴様のような奴がァ! 戦場になんて出て来るんじゃあないッ!!」

《戦場じゃなきゃ、僕の声は届かないだろ……ッ!!》


 接触回線で、敵パイロットの声が飛び込んでくる。ひどく若い男の声。それも、人の死を割り切った兵士のそれとはまるで異なる、強くも脆そうな声音。

 何なんだ、こいつは。気味が悪い。


《お前こそ、声からして僕と同じくらいじゃないか……! なんでDSWになんか……!》

「……より多くの返り血を浴びるため。だから貴様の命も、刈り取らせてもらう……ッ!!」

《何……!?》


 敵パイロットの返答に耳も傾けず、コンドルフはパワーでベイオネットライフルの刃を押し切る。バランスを崩したピージオンにさらなる追い打ちを仕掛けるべく、コンドルフは両脚のラプターネイルを展開させ、頭上から振り下ろす。両肩を掴まれたピージオンにもはや為す術はなく、コンドルフはショットガンの重厚を白亜の機体の背部にあるレドームに突きつける。この距離からの散弾であれば、確実に一撃で破壊できる。

 しかし、一対三という戦況上、またしても邪魔が入る。

 先の戦闘で右腕を切り落とされていたキメラ・デュバルが、今度は左腕のアイアン・シザーを構えて突っ込んできたのだ。

 通常の腕部パーツよりもひと回りほど大きい鋼鉄の爪はコンドルフの胸部を引っ掴む。コンドルフがピージオンを捉え、キメラ・デュバルがコンドルフを捉える。奇妙にも、三機のDSWが取っ組み合う形となった。

 ヴラッドはそのままスラスターを点火し、自機を含む三機を無重力下で暴れさせる。その様は、まるで陸地で這い蹲る魚のようだった。見る者によってはひどく滑稽ではあるだろうが、こうすれば恐らくもう一機の敵であるクレイヴンは、フレンドリーファイヤを警戒してこちらを撃つことはできなくなるはずだ。


《アレックス! てめぇがやれねェってんなら、俺が代わりにやってやる!》

《待ってくれ、デフ! 殺してしまえば、君も、相手だって……ッ!》


 デフと呼ばれたキメラ・デュバルのパイロットは、もう片方の少年の制止も聞かずにアイアン・シザーの掌に隠された必殺兵器“ブレイクスルー・ドリル”を繰り出そうとする。


「舐められたものだ! だがどのみち貴様らはここで終わる。俺が終わらせる……ッ!」


 そんな隠し武器などお見通しだと言わんばかりに、実体剣スパーダがアイアン・シザーごとキメラ・デュバルの肘関節を切り落とす。両腕を失ったキメラ・デュバルであったが、それでも負けじと胸部のブレストアンカーをこちらに目掛けて射出し、必死に取り付こうとしてくる。


「どれほど惨めに足掻こうがァ……ッ!!」


 コンドルフの背部に装備された、二対のウイング状ユニット。その内の上部にある一対を、ジョイントアームを伸ばすことによって、肩越しにキメラ・デュバルへと差し向ける。同様に残る二つのアームも伸ばし、下部のユニットをピージオン目掛けて仕向けた。

 コンドルフの背部ユニットパーツが僅かに変形し、それによって生じた窪み部分がキメラ・デュバルの首筋を、そしてピージオンの胴部を挟む。二つの板が合わさったそのシルエットは、まさしく断頭台ギロチンの名に違わないものだった。

 これこそが、“四枚の断首板クアットロ・ギロッティーナ”。

 捉えたものに対しマイクロ波を流し込み、膨大な熱量を持って相手を爆散させる、コンドルフの最大にして最恐の武器。

 ヴラッドにとっての、断罪の刃。


「こいつが貴様らの命を刈り取る刃だ。その目に焼き付けておけ……!」


 言い放つと共に、ヴラッドはクアットロ・ギロッティーナに備え付けられたマイクロ波放射装置“マグネトロン・エクスターミネーター”を作動させ、エネルギーチャージを開始させる。これにより、二組のギロッティーナに捉えられているキメラ・デュバル及びピージオンは、電子レンジに入れられたダイナマイトの如く、一瞬で弾け飛ぶだろう。

 有効射程距離が極端に短い上に、エネルギーのチャージに10秒ほどの時間を要するなど、使用上の制限がかなり多い武装ではあるが、一度放たれれば敵機はまず大破を免れない。

 この“クアットロ・ギロッティーナ”で敵に裁きを下す。

 そのような手筈だった。だが、ヴラッドの目論見は辛くも失敗に終わる。

 撃ち落とされていなかったもう一基の“バルカンクー・クー”が、ピージオンを捕らえている背部ユニットのアーム部分や脚部ラプターネイルに銃撃を浴びせる。破壊するまでには至らなかったものの、ダメージを蓄積させるには十分な射撃。これによりギロッティーナの束縛が解かれ、ピージオンはコンドルフから解放された。

 ピージオンは手の届く距離に漂っていたキメラ・デュバルの左腕“アイアン・シザー”を掴み取ると、あたかもそれを鈍器として扱うかのように、キメラ・デュバルを捕らえるもう一組のユニットに向かって、力任せにぶつけてくる。どうやらこの女神飾りのパイロットは、味方機も救うつもりでいるらしい。

 

「こいつ……、あのまま楽に死ねたものを……!」


 壮絶にして一瞬の死を、この敵機“ピージオン”は拒んだのだ。

 であれば、代わりに鉛の雨による惨たらしい死を贈ってやる。

 コンドルフはキメラ・デュバルを背部ユニットで掴んだまま、アイアン・シザーを握るピージオンの腕を蹴り払う。

 すかさずコンドルフがショットガンを、体勢を崩したピージオンに向ける。しかし、ショットガンの銃身は真横から飛来したクー・クーに撃ち貫かれ、爆散した。


「チィッ! 鬱陶しい武装が……ッ!」


 舌打ちと共に、ヴラッドは左手に持つスパーダをクー・クーに投擲する。思い切った判断ではあったが、狙いは正確だ。クー・クーは貫かれ、ピージオンに残された武装はベイオネットライフルのみとなった。


「いいだろう。まずは貴様から仕留め……、……ッ!?」


 ヴラッドが今まさにピージオンへと襲いかかろうとした矢先、突如としてキメラ・デュバルを掴む背部ユニットが爆発した。


爆弾反応装甲リアクティブ・アーマー……だと……!?」


 キメラ・デュバルの胸部に取り付けられた増加装甲には、“爆弾反応装甲リアクティブ・アーマー”が採用されていた。本来は、被弾した際に装甲間の爆薬を故意に炸裂させることによってダメージを分散させるものではあるのだが、この敵パイロットはなんとコンドルフに対する攻撃手段として装甲を爆破させたのだ。

 装甲を削る捨て身の攻撃ではあったが、それだけの甲斐があったのだろうか。満身創痍のキメラ・デュバルもまた、コンドルフの束縛から逃れることに成功した。

 牽制射撃を取りつつクレイヴンも駆けつけ、再び一対三のDSWが向かい合う状況に陥る。

 なかなかにしぶとい相手。滅多に巡り会えない敵との邂逅に、ヴラッドは少なからず高揚感を覚えていた。


「ククク……。いいぜ……来いよ……ッ! 全員同時にかかってこい! 貴様らはまとめて、俺が葬りさってやる……。一人たりとも、血の一滴も残さずにな、ククク……クッハハハハハッ!!!」


 野性を、闘志をたぎらせて、血に飢えた吸血鬼としてのヴラッドは叫ぶ。

 闘争本能の赴くままにペダルを踏み込み、機体を3機のDSWの方へと向かわせようとした……その時だった。


「……ッ! 味方艦からの信号弾……!? ええい、こんな時に……!」


 帰還を促す光が、暗雲の立ち込める宇宙を照らし輝いていた。

 我に返ったヴラッドは、目の前で警戒を解かないコスモフリートの3機を見やる。


──3機とも、に葬り去ってやりたかった。


 だが、戦闘は自軍が敗北を認めるという形で幕を下ろした。

 

 故に、今のヴラッドは彼らを撃たない。今のヴラッドでは、のだ。


「……フン。運良く其方に女神が微笑んだか。だが、次に戦場で逢った時には必ず俺が貴様らの罪を。その時まで、精々首を洗って待っているんだな……」


 そう吐き捨てると、ヴラッドは機体を翻させ、母艦への帰投を急いだ。

 


 コンドルフが翼を返し、遠ざかっていく。


《こちらバロム1KTより各機へ。戦闘終了だ、全機帰投せよ》

バロム6ナット、了解……っと。キメラ・デュバルはアンカーをこっちに飛ばせ。クレイヴンのレイド・ブースターで連れ帰る》


 戦闘が終了し、味方達が通信をやり取りしている間も、アレックスは宇宙の深淵を呆然と見つめていた。


(今回の戦闘で、僕は武装だけを破壊した。少なくとも、僕は死者を出していない)


 エラーズにも命令したように、アレックスは敵DSWのコックピットへの被弾を避けるように徹底し、あくまで戦闘不能状態に陥れることだけを考えていた。この方法であれば、アレックスは敵兵の命を……未来を奪うことにはならない。

 敵も味方も生き延びることができるのなら、それに越したことはないはずなのだ。


(……でも、本当にこれが正しいやり方なのか?)


 そのような疑念が、アレックスの中で渦巻き始める。


(……違う。僕はただ、“不殺”というエゴをただ押し付けただけだ。こんなのは、僕の求めていたものとは少し……いや、全然違う)


 敵兵が戦いを望んでいなかったのならまだいい。だが、アレックスのとった方法は、例え敵が『戦うことを望んでいた』としても、その尊厳を奪ってしまうことと同義である。

 自分はただ、“非暴力”を強いただけ。

 これでは、“暴力”と何一つ変わらない。


「僕は……どうしたら……」


 弱々しく呟いた途端、ふと操縦桿を握る腕の力が抜け、視界がぼやける。

 リハビリの直後だったというのも理由の一つだが、それ以上に、不殺というあまりにも無謀で無茶な戦法がとったが故の疲労が、アレックスに蓄積していたのだ。


《ピージオン、さっさと帰投するぞ。……アレックス? オイ、応答しろ! アレックス──》


 誰かが自分の名を呼ぶも、それに応えられる気力も湧かないまま、意識が遠退いていく。瞼の裏に安らぎを感じ、アレックスはそのまま目を閉じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る