第5章『密会のフリージア 5』

「ソリッド4機、ピージオン、出撃完了しました!」

「よォし、続いてクレイヴンとキメラ・デュバルも出せ! “レイド・ブースター”への換装は完了しているな!?」


 戦闘態勢へと移行したコスモフリートのブリッジで、クルー達の慌ただしい管制の声が飛び交う。

 小惑星ケレスへと向かうべく、火星軌道と木星軌道の狭間を進んでいたコスモフリートは、運悪くも暗礁宙域にてU3Fの艦隊に捕捉されてしまっていた。火星圏侵攻作戦を食い止めるという重大任務を抱えている以上、こんなところで撃沈されるわけにはいかない。かくして、第1種戦闘態勢は発令され、今まさに戦闘の火蓋は切って落とされようとしていた。


「艦種特定遅いよ! ……まだか!?」

「今やってるでしょ! ……出ました。アークビショップ級2隻!」


 アークビショップ級宇宙巡洋艦。U3Fに最も多く配備されている主力艦艇だ。汎用戦闘艦としては優れたポテンシャルを有するが、高速艦であるコスモフリートの機動力には一歩及ばない。


「よし、最大戦速で振り切るぞ! CIC!」

「レーザー照準よし。ミサイル発射管、13番から18番、撃てェーッ!」


 コスモフリートの船体からミサイルが放たれ、その間にもデフ=ハーレイの駆るキメラ・デュバルがカタパルトから射出されていく。静寂に支配されていた宇宙は、瞬く間に戦場へと変貌を遂げていった。



「私のラド・ソリッドはまだ出せないのか! まったく、メカニックの連中は何をしている……!」


 アークビショップ級戦艦の格納庫内。愛機を目の前にして、クラウヴィアは苛立ちのあまり形のいい指を噛んでいた。

 U3Fのパイロットスーツに身を包んだその女性は、どう見てもティーンエイジャーといった年頃の少女だった。青みがかった黒髪は後頭部で一つに束ね、大きな水色のリボンを結んでいる。そんな、一見するととても軍人らしからぬ風貌のクラウヴィアという少女であったが、彼女はれっきとした志願兵であった。階級は少尉である。


「はやく最終調整とやらを済ませないか! 何のために技術者が居ると思っている……!?」


 遂に我慢の限界に達したクラウヴィアは、乗機のコックピット辺りで端末にデータを入力している整備士へ近づくと、噛みつくように怒鳴りつける。


「先行配備されたばかりの新型機なんだから、調整に手間取るのも無理ないでしょう! 大体ね。姫様も今は軍人なのだから、『腹が減った』といえば飯が出てくるようなあなたの実家とは違うということを、いい加減わかってくれないか!」

「だから、私を姫扱いするなと何度言えば……!」


 部下からおそらく軽蔑の意も込められているであろう敬称で呼ばれ、クラウヴィアはつい握り拳を震わせる。

 何を隠そう、彼女はクラウヴィア=ツェッペリン。世界の覇権を握っているとされる巨大軍事産業複合体『LOCASルーカス.T.C.』の、その御曹司の一人であった。

 彼女はそのような立場であるものの家系に反発し、自力で名を上げるべくU3Fへと入隊する。しかし、最前線である地球圏及び火星圏からは程遠い戦場への配属、さらに実績に釣り合わぬ先行生産機をあてがわれるなど、明らかに軍への強い圧力を持つ家の影響に辟易していた。当然ながら、家の七光りとして扱われることを嫌うクラウヴィアにとって、これは不本意である。


 彼女は苛立ちを紛らわすように、自らに与えられた愛機へと視線を移す。

 “LD-63R ラド・ソリッド”。型式番号や名称ペットネームからもわかるとおり、U3Fの主力量産型DSW“LD-63 ソリッド”の強化発展機だ。前行機の特徴でもある屈強なシルエットや重装甲はそのままに、欠点であった小回りの利かなさを改善するべく、機体各所に小型のアポジモーターが設置されている。まさにソリッドの時点ではカタログスペックの謳い文句に過ぎなかった『重装甲と機動性の両立』という開発コンセプトを、ようやく体現した機体であるともいえた。

 そんな高性能機ではあったが、当然ながら生産コストはソリッドよりも遥かに高く、『コストが結果に見合うかどうか』を見極めるための実戦テストも兼ねて、計20機が先行生産という形で量産された。そのうちの貴重な一機が、クラウヴィアの搭乗機としてまわされてきたのだ。


「全く、有事に戦えない新型兵器など……」

「何であれば、姫はそのまま待機していても構わない。賊どもは俺が全て葬り去ってやるからな」


 横から飛び込んできた声に、クラウヴィアは振り返る。そこには、二人の男性が突っ立っていた。

 一人は軍服に身を包んだただの将校だったが、もう一人のほう──クラウヴィアに声をかけた少年の姿は、あまりにも奇妙なものだった。

 クラウヴィアとそれほど変わらない歳と見受けられる、パイロットスーツを着込んだその少年は、その上から後手に手錠をかけられているのだ。パイロットスーツを着ているためにクラウヴィアからは見えないが、首元には爆薬の詰められた首輪も嵌められている。

 彼の名はヴラッド=デザイア。詳しい経歴をクラウヴィアは知らなかったが、彼は囚人という立場でありながら軍のDSWパイロットでもあるという、異色の存在であった。


「姫はよせと言っている! それに、貴様のような囚人風情の手など借りずとも、私は自分の手で勝利を勝ち取ってみせる……!」

「フン……。ならば七光り様は精々、その固い機体で弾除けにでも徹しているんだな。敵を討ち取るのは俺の責務だ」

「言ってくれるな、“戦闘狂”が……!」


 戦闘狂という、陰口にも似たヴラッドの通り名は、艦内でも有名であった。これは、彼が撃墜スコアに対して異常に固執しているのが由来であり、当人もそれを否定することはしていなかった。


「クク……そうだ。もっと俺に殺させろ、俺に敵を寄越せ……」

「貴様、さっさと歩け! 出撃なんだぞ!」


 バシィッ! と乾いた音が響き、将校に後ろから鞭で叩かれたヴラッドは、仕方なしに歩き出す。すれ違う瞬間、彼が歪な笑みを浮かべていたのを、クラウヴィアは見逃さなかった。


「姫様! お望み通り、最終調整が済みましたよ!」

「だから姫とは呼ぶなと……本当か!? よし、すぐに出撃する!」


 言うと、クラウヴィアは嬉々として、眼前に佇むラド・ソリッドのコックピットへと乗り込んだ。



《“バロム6”、ナット=ローソン。クレイヴン……出撃するッ!!》


 ナットの叫びに呼応するように、クレイヴンがコスモフリートのカタパルトから飛び立ってゆく。新しく背部に接続された高機動戦闘用推進ユニット“レイド・ブースター”の両翼を広げたクレイヴンの姿は、まさしく暗雲を駆け抜ける渡烏と形容するに相応しい。

 レイド・ブースターの推進力を手にしたクレイヴンはすぐに先行して発進していた味方部隊へと追いつき、各機はそれぞれの武器を構えつつも、眼前に迫り来る敵機編隊に注意を向ける。


「索敵……敵影は20! 全てソリッドです!」

《一人あたり2.5機ってところか。なぁに、楽勝だな》

《おうシンディ! 少数なんて使うんじゃねぇ!》


 律儀に索敵結果を読み上げたアレックスに対し、シンディとヒューイが相変わらず軽口を叩く。軽率ではあるものの、それだけバロム小隊のマインドセットが優れていることを意味しており、妙に頼もしい。


「……っ! 待ってください、新たに敵艦からの機影が2つ! 機種特定……できない!? 新型なのか……!?」

《んだって!? まさか、例の“ファントマイル”ってやつじゃあねえだろうなァ!?》


 デフに聞かれ、アレックスはすかさずエラーズの提示した算出結果を確認する。


「……いや、出力からしてそうじゃないみたいだけど……でも早い! 二機のうちの片方は、ソリッドの1.3倍の速度で近づいてる!」

《了解した。こちら“バロム1”より全機へ、ピージオンとのデータリンクをオンにしろ! 各機散開、敵を迎え撃つ……ッ!》


 KTの合図により、バロム小隊のDSW達は四方へ散らばりつつ臨戦態勢へと入る。後方からの支援という役目を与えられていたアレックスは、戦闘へと突入していくクレイヴンやキメラ・デュバルの様子をモニター越しに確認しつつ、自らもU3FのDSW群へと機体を急がせる。敵機との射程圏内へと突入したその時、エラーズからの進言があった。


《ターゲット・インレンジ。“バルカンクー・クー”の使用を提案》

「バルカン……何だ? それは」

《当機の両肩部に追加装備された、有線式の遠隔操作型機動機関銃です。コントロールはこちらで承りましょうか?》

「キムさんの言ってたやつはこれか。こんなサプライズって……」


 エラーズがサブモニターに表示した、見たこともない兵装のデータを見て、アレックスは思わず呆れてしまう。テストはおろか、存在すらも知らされていなかった武器を使わされる身にもなって欲しいものだ。


(だが、これは使えるんじゃないか……?)


 そう思い至ったアレックスは、エラーズに指示をとばす。


「よし、エラーズ。こいつのコントロールはお前に任せる。射出タイミングは僕に任せろ」

《了解》

「ただし、操縦席への被弾は絶対に避けろ。なるべく武装か、腕や脚を狙うんだ」

《その命令は非合理的です。コックピットへの直接攻撃を提案します》

「黙って手伝え! ……っ、来る!」


 警告音アラートが鳴り響く。アレックスはピージオンに右手のベイオネットライフルを構えさせると同時に、吠える。


「行けぇッ! バルカンクー・クー!!」


 刹那、ピージオンの両肩部ショルダーユニットが開け放たれると同時に、その中からケーブルで繋がれた二基の“バルカンクー・クー”が射出される。それ自体がスラスターを内蔵し、有線誘導によってけたたましく飛び回る機関銃は、まさに平和を司る鳩の威嚇の咆哮クー・クーだ。

 小型スラスターが光の尾を引いて、バルカンクー・クーが飛ぶ。二つの砲身は敵ソリッドの死角へと回り込み、そして一斉に火を噴いた。

 二基の機動機関銃。それにベイオネットライフルの射撃を加えたY字放火を避け切れるはずもなく、敵ソリッドの推進部を、武装を、手脚を、的確に撃ち抜いてゆく。


「上手くいったか!? それで言い訳つくでしょ! ……っ、次!」


 新たに接近してくるソリッドは、エネルギーをバーナーのように放出させた光の剣──Eブレードを抜刀すると、一気にこちらとの間合いを詰めてくる。

 ピージオンはすかさずバルカンクー・クーで応戦するものの、ソリッドは若干の被弾を許しつつも、猛攻をやめる気配はない。旋回性能の悪さ故に欠陥機の烙印を押されているソリッドではあるが、重装甲を高出力のブースターで飛ばしているというその設計から、このような突貫地味た戦法は得意なのだ。

 止むを得ずピージオンはベイオネットライフルを構えると、銃身下部に付いた剣部分をソリッド目掛けて振るう。

 かくして、ビームコーティングを施されたベイオネットライフルの刃と、ソリッドのEブレードが交錯する。鍔迫り合いとなっていた両機だったが、ソリッドがブースターを最大出力へと上げたことによって、ピージオンは危うく押し負けそうになる。


「くうっ! でも、気を取られたな! 本命はこっちだ、エラーズ!」


 アレックスの意思に応えるように、ソリッドの後ろへと回り込んでいたバルカンクー・クーが発砲する。両腕部、両脚部を貫かれ、達磨同然となったソリッドを見据えつつ、アレックスは荒くなっていく呼吸を整える。自機を囮にするという戦法は結果的に成功したものの、次も上手くいくとは限らない。何より、今の一戦だけでもかなり神経をすり減らされてしまった。


「はぁ……はぁ……こちらアレックス。敵機を2機……させた!」


 アレックスは確固たる意志をもって、その事実を味方に報告する。

 そう。これまでに2機のソリッドを相手にしたアレックスであったが、彼はそのどちらも爆散させることはせず、武装や推進器の破壊にとどめていたのだ。

 この間、敵パイロットの命は奪っていない。


 

 それこそが、殺すことの痛みを知り、殺されることの悲しみを知った少年が出した、最初の答えだった。


(今の僕には、これくらいしか思いつかない。でも、人が死んでしまうことよりは遥かにいいんだ……!)


 殺されるのは勿論、殺すのだって冗談ではない。それはきっと、敵と呼ばれている相手とて同じなのだ。彼らもまた人であり、そんな人と人とで行われる死闘こそが、戦争という名の悲劇なのだから。


(僕はこの悲劇を止めたい。そう思うことが、人として間違っているだなんて思えないから……! 僕は、になんて屈したりはしない……!)


 人殺しが当然と言われる戦争など、狂っていないはずがないのだ。

 そう自分に言い聞かせ、震える手をなんとか抑えようとする。たった二機を撃破ではなく戦闘不能状態に追い詰めるだけでも、かなり危ない橋渡りであったと言えるだろう。ましてや、これを連続して成功させるほどの技量を、アレックスは当然ながら持ち合わせてなどいない。バルカンクー・クーが敵の意表をついたというのも大きいが、それ以上に運が良かっただけなのだ。


《警告。クレイヴンが敵3機に囲まれています。うち1機は重装甲タイプの新型機です》

「わかった! こっちも援護に行くぞ、エラーズ!」

《了解》


 ケーブルを巻いて二基のバルカンクー・クーを収納すると、アレックスはピージオンを反応のあったポイントへとフルスロットルで向かわせる。


(殺させるものか……敵も、味方だって……!)


 まだ未完成な決意を乗せた白い閃光は、宇宙の大海原をひた奔る。荒波を掻き分けるように、たとえ手探りでも答えを欲しようとする少年の翼は、闇の中でさえも一際輝いていた。



「この新型……ソリッドの改修機か……!?」


 二挺のマシンガンを敵機に向けて放ちつつ、ナットは独りちた。高機動戦闘用装備レイド・ブースターのおかげで3機の敵DSWとも互角に渡り合えているものの、やはり相手が得体の知れない新型機となるとやり辛いことこの上ない。


「所詮はソリッドだろ! だったらやりようはあるさ! 例えば……ッ!」


 最大出力でレイドブースターから蒼炎を吹かし、敵ソリッド一機を見据えてクレイヴンが飛翔する。ソリッドはこちらを撃ち落とすべくアサルトライフルを連射して迎撃を試みるものの、大型可変翼を手に入れたクレイヴンの機動を追い切れるはずもなく、射撃は一発とて命中しない。


「……こういうのはどうだ! その装甲でも、この距離から撃たれれば痛ぇだろぉ!」


 ソリッドの旋回性能の劣悪さ。ナットはそれを逆手に取り、圧倒的に勝る機動力でソリッドを撹乱しつつ懐へと滑り込む。そして二挺のマシンガンをソリッドへと突きつけ、無数の弾丸を浴びせた。


「一機ッ!」


 爆散するソリッドから距離を取りつつ、ナットは次なる獲物……例の強化型ソリッドを視界の端に捉える。


「わかったろ、今更ソリッドを相手にするなんてわけねぇんだ! 多少強化されてるからって……ッ!」


 先ほどと同様に、ナットはクレイヴンに大胆な機動をとらせつつも、インディゴの装甲色を持つ強化型ソリッドとの距離を一気に詰めていく。


「死角は取らせてもらったぞ……! これで、……っ!?」


 背後へと回ったクレイヴンであったが、強化型ソリッドはナットの意に反して、各部アポジモーターを噴射させることによって急速旋回をしてきたのだった。二機のDSWは互いに正面を向き合う形となり、ナットは短く息を飲む。


「……だからって、こいつに耐えられるものかよッ!!」


 ナットが叫び、クレイヴンの両手に構えた二挺のサブマシンガンと、胸部の小口径チェストバルカンと大口径ブレストバルカン、肩部の旋回式ショルダーバルカンが一斉に火を噴く。

 対して強化型ソリッドは両腕からEブレードを抜くと、こちらに物怖じせずに特攻を仕掛けてきた。回避運動すらとろうとしない強化型ソリッドの装甲に、鉄の雨が食い込んでいく。機体各部からも硝煙が吹き出ていた。

 だが、しかし。


「──ッ! あれだけの射撃を耐え切ったってのか、この重装甲野郎は……くッ!?」


 肉迫するEブレードの刃を間一髪でかわしつつ、ナットは敵機との間合いをとるべく機体を退かせる。しかし、強化型ソリッドは依然として猛攻を止める気などさらさらないらしく、Eブレードを出力させたまま再び突貫して来るのだった。


「こいつのパイロットは猪か何かかよ!? ……ッ、しまった! 後ろにも!」


 騒々しい警告音に、ナットは戦慄する。強化型ソリッドの相手をしている合間にも、もう一機の敵ソリッドがクレイヴンの背後に回り込んでしまっていたのだ。背後のソリッドがアサルトライフルを構えるのをナットは背中で感じつつも、正面から切迫する強化型ソリッドの対応に焦っていた。


《ナット! 後ろの奴は任せて……ッ!》


 しかし次の瞬間、クレイヴンの背後に構えていたソリッドのライフルは突如として爆散した。駆けつけたピージオンのベイオネットライフルが、ソリッドの武装を的確に狙撃したのだ。


「ナイス援護だ! そらっ!!」


 ナットもクレイヴンを翻させ、強化型ソリッドの突貫を闘牛の如く回避する。背中を向けたまま通り過ぎる敵機に、ナットは照準を合わせる。その間にも、二機のソリッドはピージオンから放たれたバルカンクー・クーによって両腕部の関節を射抜かれ、機能停止に追い込まれていた。


(トドメだ……ッ!)


 ナットがトリガーを引き、クレイヴンの右手に構えたサブマシンガンから弾丸が連射される。比較的装甲の薄い背後を狙った射撃は、一瞬にして強化型ソリッドに到達する──。


《だ、駄目だァ……ッ!》


 が、強化型ソリッドに着弾する寸前で、あろうことかピージオンが敵機と銃弾の間に割って入ってきたのだった。防御姿勢をとったピージオンは、その純白の装甲でクレイヴンの放った数発を全て受け止めた。



 クラウヴィアも一瞬、自分の身に何が起こったのか理解できなかった。

 被ロックオンの警告音を聴いた次の瞬間には、既に敵機の銃口から弾丸は放たれていたはずだ。直撃を受けていれば、ラド・ソリッドとて撃墜されていただろう。最悪の自体を想像してしまい、気づくとクラウヴィアは涙を流してしまっていた。彼女の乙女としての感傷が、耐えきれなかったのだ。

 しかし、機体は依然として撃墜されていない。

 クラウヴィアの思考は、現に今も途切れることなく続いている。


「いったい何が……、っ!?」


 両腕のなくなった機体を旋回させ、そこでクラウヴィアは信じられない光景を目にした。

 海賊の所属であるはずの白いDSWが、ラド・ソリッドへの攻撃を防いでいたのだ。

 混乱のあまりクラウヴィアも最初はまるで意味がわからなかったが、やがて落ち着きを取り戻すと共にそのがわかってくると、思わずコンソールに拳を叩きつけた。


「私は……敵に情けをかけられたというのか……ッ!?」


 怒りに身を任せすぐさま白いDSWを攻撃しようとするクラウヴィアだったが、無様にも既にラドソリッドの武装は全て破壊されてしまっており、結局何もできないまま眼前に佇む女神像の機体をその目に焼け付けることしかできなかった。


「惨めだよ……この私が……! 私は……ッ!!」


 それは自立心を重んじるクラウヴィアにとって、この上ない屈辱であった。



 

 そんな馬鹿馬鹿しくも実際に目の前で起こってしまった出来事が、ナットを激昂させる。


「今なにをしたのかわかってるのか、お前は!? さっさとそこをどけっ!!」

《あの敵機にはもう、戦えるだけの力は残ってないだろ! だったら命まで奪う必要なんか……!》

「な……ふざけろッ! そんな戯言を言って……」


 今にも口論に発展しそうな二人の間で、さらなる警告音が鳴った。どうやら他の味方機が、敵のもう一機の新型に苦戦しているらしかった。


「……チッ、話は後だ。向かうぞ、アレックス」

《……ああ。急がないと》


 互いに蟠りを抱えたまま、二人はペダルを踏み込み、機体を飛び立たせる。推進剤の光を引いて加速する白と黒のDSWは、二本の直線ラインとなって同じ方向を突き進んでいく。

 彼らの目指す先は、少なくともこの瞬間においては同じであった。

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