Vol.01[Nonviolence Thinker]

Vol.01 プロローグ『To:A.D.2281』

 人を殴ったことは一度もなかった。

 

 だからといって、決して人を恨んだことがないというわけではない。学校の不良達はおろか、木星の労働者であった両親でさえ、ストレスの捌け口として僕や妹に対し、理不尽な暴力を振るっていた。

 勿論。そんな彼らに対し、復讐をしてやろうかと思うことだって当然ながらあった。しかし、『こちらも暴力を振るってしまえば不良達や両親と同じになってしまう』ことに気付き、それだけは御免だと思ったため、実際に復讐や仕返しを実行することはなかった。


 そこからは、ひたすらに自分の理性と“闇”との闘いだった。

 たとえ不当な暴力を受けようとも、その相手を快く思えなくても、僕は必死に負の感情を押さえ込んで、彼らを“許す”ことにのみ尽力した。

 これは旧世紀のとある偉人が残した『許すことこそ強さの証だ』という格言の受け売りに過ぎなかったが、それでも僕はその考えを貫くことで、『僕は暴力でモノを言う奴らなんかよりもずっと強い』と思うことができた。

 いつしか、それは僕の心の支えとなり、信念へと変わっていた。


 それを自覚するようになってからは、僕はその信念をさらに徹底していくようになる。どんなに殴られても抵抗しない僕はいつしか『殴られ屋』なんていう不名誉なあだ名で呼ばれることになって、それを面白がった不良達はまた僕を殴った。


 それでも、僕は構わないとさえ思えた。この考え方は明らかに普通ではないだろうということは、勿論僕だって自覚している。

 しかし、両親への不信や不良達からのイジメなど、様々な事象が積み重なった結果として今の僕が出来上がってしまったのだから仕方がない。


 殴られて、惨めな気分になって、『それでも僕は強い』『暴力は愚か者のする行為』だとひたすら自分に言い聞かせて、より一層その信念を強固なものへとしていく……その無限ループ。


 今さら神なんて存在は信じることも出来ないけれど──彼の言葉を借りるならば、きっと僕ははじめからこうなる運命だったのだろう、と思う。運命の歯車が複雑に絡み合い、『平和主義の狂人』は生まれ出でてしまったのだ。


 そんな僕ではあったけど、結局のところこれらの葛藤は所詮『一個人の心情』に過ぎないのであって、それ自体が現実に何らかの影響を及ぼすことなどなかった。


 しかし、不幸にも偶然が重なり……いや、運命の歯車が複雑に噛み合い、そうして僕は出逢ってしまった。


 世界すらも塗り替えてしまうチカラ。

 乗り手次第で、“神”にも“悪魔”にも成り得てしまう偶像。

 頭部に女神像を従えた、白亜の装甲に身を包んだ巨神の名は──『PEAXIONピージオン』。


 今から語られるのは、数年前の僕──アレックス=マイヤーズがそんな奇妙な人型兵器と出逢ってしまったある日の記憶。


 そして、人類が有史以前から抱えるに対して真っ向から挑む物語の、その序章プロローグである。

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