第2章『密会のフリージア 2』

「U3Fが水面下で推し進めている、火星圏への大規模侵攻作戦。そこに投入される予定の新型大量破壊兵器。それを破壊し、火星にもたらされるであろう被害を少しでも減らすことが、俺達『宇宙義賊コスモフリート』の次のミッションだ」


 キャプテン=バハムートはそう前置きした後、照明の落とされているブリーフィングルームの壁面モニターに航海図や幾つかのデータを表示させる。アレックスやデフ、そしてバロム小隊のメンバーらは、手元に配られた書類とモニターの情報を各々が照らし合わせつつ、慎重に作戦内容を把握していった。

 アレックスは一瞬、なぜ隊員向けに配られる資料がタブレット端末などではなく紙媒体なのかと疑問に思ったが、隣に座るナットに問い質したところ『紙のほうが処理しやすく漏洩防止にも成り得るから』とのことだった。

 まるで一つの家族のような雰囲気すら持っているコスモフリートが“漏洩”を危惧したセキュリティ対策を行っていることに対してアレックスは少しばかり違和感を覚えたが、『紙媒体の資料の方がデータで読む時よりも記憶しやすい』という雑学を思い出し、無理やり納得することにした。


「目標の新型兵器は現在、準惑星ケレスにて開発が進められている。コスモフリート、及びバロム小隊の各機はここに奇襲を仕掛け、例の新型兵器を奪取……ないし破壊する。とにかく、最終的にU3Fの手にさえ渡らなければいい」


 準惑星ケレスとは、火星よりも外縁、もしくは木星よりも内縁の軌道を周る準惑星のことだ。アステロイド・ベルトでも最大の天体とされるこの小惑星は、人の手によって何十年も前に要塞化が成されており、現在はU3Fの重要な拠点の一つとして数えられている。また、LOCAS.T.C.の兵器開発基地なども設けられているようだった。


「本来ならばU3Fの管轄宙域は避けて航海したいところだが……、時間がない。そこで、航路はなるべく最短に近いルートを取ることとなった。道中での戦闘も避けては通れないだろう」


 バハムートの口頭による説明に耳を傾けつつ、アレックスは他のクルーと同様に、手元の資料に目を通していく。だが、読み進めていくうちにアレックスの表情は次第に困惑へと変わっていった。

 そして、どうやらそれは他のクルー達においても同様だったらしい。


「おいおい、キャプテン。新型の大量破壊兵器がターゲットってのはわかったけどよォ、その肝心の“新兵器のデータ”が資料に書いてねぇのはなんでだよ?」


 パンパン、と紙面を叩きながらモヒカン頭のヒューイ=M=ジャクソンが問う。


「注意深く読み直せ、データはちゃんと資料に記されているはずだ」

「あァ? でも、資料に載ってんのは……」


 ヒューイと同じように、一同ももう一度手元の資料に目を落とす。数十ページをめくると、そこにはDSWの図面やデータ等が記載されていた。


「……まさか。この新型DSWが、例の大量破壊兵器ってワケじゃあ……ねェよなぁ?」


 冗談半分に、もう半分は真偽を問いただすようにヒューイが問うと、バハムートはあくまで神妙な面持ちで答える。


「そうだ。俺達の今回の目標でもある新兵器とは、このDSWのことだ」

「どういうことだよ? 新型とはいえ、たかがDSWだろ。それが“大量破壊兵器”なんて大袈裟な……」


 デフが率直な疑問を口にする。アレックスも同感だった。

 紙媒体の資料に記されている“LDP-93 FANTMAILファントマイル”という機体名のDSWは、図面を見た限りでは少し細身なシルエットの人型兵器にみえる。少なくとも、“大量破壊兵器”と揶揄されるほどの火力を持ち合わせているとは思えなかった。


(“FANTMAIL”って……。幻想って意味なら“PHANTOMILE”じゃないのか? いや、それよりも……)


 “LDP-93”という型式番号。

 LOCAS.T.C. DSWを意味する頭文字におそらく『試作機プロトタイプ』を意味するであろう“P”を付け加えたこの型式番号は、ピージオンの型式番号である“LDP-91”と同系列ということでもある。憶測と言われればそれまでではあるが、アレックスはこれに対して妙な胸騒ぎを覚えていた。

 そして直後のバハムートの言葉により、その憶測が当たらずとも遠からずであったことが明らかとなる。


「デフ。DSWの主な動力源については知っているな」

「そりゃ、核融合炉だろ。軍人やミリオタじゃなくたって、木星圏に住んでいた人間ならそれくらい常識として知ってるぜ」

「その通りだ。だがこの機体には、従来の核融合炉とは一線を画す新型エンジンが積まれている。それが……これだ」


 モニターの表示が切り替わる。動力系の知識について全く持ち合わせていないアレックスやデフでも、表示された図面が核融合炉のそれとは異なるということはわかった。


「“ホロウ・リアクタ”という開発コードで呼ばれているらしい。情報屋に提供された運用試験時のデータから推測するに、出力は従来機の約四倍……あるいはそれ以上とのことだ」

「待ってください、キャプテン。そんな話をされても、正直鵜呑みにはできない」


 バハムートの話を遮ったシンディは眼鏡を押し上げ、真剣な眼差しで続ける。


「これは技術師として言わせてもらいますが、いくら核融合炉は年々技術の向上と共に性能も上がってきているとはいえ、そんなデタラメな数値を叩き出せるとは思えません。四倍なんて……、それこそ核融合炉の推定限界値すら軽く超えている……」


 クルーのうち何人かが頷く。それを一瞥しつつ、バハムートは答える。


「ああ、その通りだ。こんな数字は、今ある核融合炉の技術が百年分の進歩をしようと、決して到達できないようなものだ。もしあるとすれば……」

「……! まさか! いや、でも……そんなことは……」


 何かに気付いた様子のシンディだったが、その表情は途端に雲っていく。如何にも半信半疑といった面持ちだった。


「そう。この新型エンジンは、核融合炉とは原理も製造法もまるで異なる、いわば次世代型動力源といってもいい代物と見ていいだろう」

「つまり……性能以外は全く未知数の動力源を搭載したこのDSWが、今回のターゲット……“大量破壊兵器”であると」


 KTの問いに、バハムートは頷いた。ブリーフィングルームにどよめきが起こる。

 全くの未知数。得体が知れない故の恐怖に、アレックスは息を呑んだ。彼が戦慄を覚えたのは、それだけが理由ではない。


(この違和感はなんだろう。もし仮に、こんなとんでもないモノが実在しているとして……だったら何故、こんなが漏洩したんだろう……)


 そして、そのようなケースに前例があったということも、アレックスは知っている。


(似ている。『ミスト・ガーデン』の時と……)


 全貌のわからない新型兵器を巡って起こる戦闘。今のアレックスの乗機であるピージオンに関しても、かつて同様の事態が発生した。


(ピージオンの時は、ルーカス=ツェッペリンが意図的にインデペンデンス・ステイトに対して情報を流していたようだけど……)


 もし今回も同様なら、このDSW……“ファントマイル”は、ピージオンのように何か恐ろしい秘密を抱えているのかもしれない。

 “空白の動力炉ホロウ・リアクタ”という開発コードが、余計にアレックスの不安を煽った。


「信頼できる情報屋から頂いたデータだ。デマという事はないと信じたいが、という可能性を否定しきれないのもまた事実だ」


 むしろ、罠にしてはあまりにも大きすぎる釣り針でさえある。これではハッタリにすらなっていない。これに喰らい付くものは、ともすれば無謀な愚か者だとさえ言えるだろう。

 しかし、大魚の怪物バハムートを名乗る海賊の長は強い意志を持って言葉を紡ぐ。


「だが、真偽については現場に立ち会ってから判別すればいい。今の俺達に必要なのは、立ち向かう意志だ。これまで以上に荒い波を進むことになりそうだが、どうか協力を頼む」


 バハムートの言葉に、それぞれの覚悟を決めたクルーたちは無言で頷く。


「というわけだ。お前ら、今すぐ準備に取り掛かれ!」



 2281年の月。そこは既に、2世紀以上も前から人類の住まう大地であった。

 月の表面にあるクレーターを覆うように建てられた巨大ドームと、その内部に建造された人口の街。半恒久的な環境管理設備を備えたそれらは、“月面都市”と呼ばれている。

 当初は、21世紀に提唱された『宇宙移民化計画』に伴い、あくまでスペースコロニー建設の拠点として設けられたに過ぎなかった月面都市ではあったが、コロニー建設計画自体が難航により長期化してしまったことによって、想定よりも遥かに多くの人間が行き交うようになり、結果として月面都市は目覚ましい成長と繁栄を遂げることとなる。採掘される資源も豊富であり、また地球との距離も近いために木星とは違って経済的にも豊かで、住民の多くは富裕層であった。


 そんな、総数にして27もの都市を有する月面の中でも、規模・人口共に最大とされているのが『コペルニクス・ドーム』と呼ばれる月面都市。今現在、ルーカス=ツェッペリンJr.が訪れている場所である。


「そう……。パパは戦死してしまったのね……」


 コペルニクス・ドームの一角にあるビルディング内のレストランで、真実を告げられたフリージア=ノイマンは、しばらく黙り込んだまま眼下の料理に視線を落としていた。長く美しい銀髪はシャンデリアの光に照らされ、他の客と比べても一際整った顔立ちをしているその女性は、このコペルニクスの街で暮らしている。歳は二十代前半といったところだ。

 丸いテーブルを挟んで向かい側に座るルーカスは、表情にこそ出さないものの、どこか物悲しそうに頷く。

 彼女の父親……グレゴール=ノイマン中佐がという事については、伝えないことにした。グレゴールの死も厳密には戦死ではなく、寧ろ彼は狂気に駆られて捕虜を逃がそうとした戦犯である。そのため、本来であれば遺族であるフリージアにもしわ寄せが及びかねないところではあるが、それについてはルーカスがU3Fに対して圧力をかけることによって防いだ。ピージオン自体が軍にとっては立派な軍事機密であるため、“グレゴールの死についての詳細”もまた機密として処理されるに至ったのだ。

 無論、ルーカスがその旨をフリージアに伝える気は全くない。


「君のお父様の最期には、私も居合わせていたよ。彼は最期まで立派な軍人だったと思う。彼の死を食い止められなかった、非力な私をどうか許してくれ」

「別にあなたが謝ることじゃないわ。戦時中だもの、軍人が戦死してしまうことくらい、珍しくも何ともないもの。それに、いいの。パパがいなくなったところで、私に何かあるわけじゃないし。ママが仕事好きの人間だから、生活費に困る事だってないし……」


 態度こそ強がってみせているフリージアであったが、その表情や声音はどこか弱々しい。幾ら関係が疎遠だったとはいえ、肉親を失ったのだから、無理もないだろう。いや、寧ろ疎遠だったからこそ、後悔の念に苛まれているのかもしれない。


「すまない。私が君に見せたかったのは、こんな混沌な世界ではなかったのに……」

「そう、何でもかんでも悲観的に捉えるのはあなたの悪い癖だわ。……それに、あなたが“眼”を与えてくれなければ、私はその世界を見ることすらできなかったもの」


 ルーカスが、かつて視力を失っていたフリージアに与えた“眼”。それはつまり、ルーカス自らが開発に大きく貢献した『義眼型生体カメラアイ』のことである。文字通り機械によって神経接続をし、カメラで捉えた光景を脳に伝達するこの生体補助装置は、まさしく人工の眼球であると言っても過言ではない。

 似たような機能を持つ義眼自体は2世紀以上も前から存在していたものの、生の眼球に限りなく近づけることが出来たのは紛れもなくルーカスの研究の成果であり、またフリージアは彼の開発した義眼の移植者、その第一号であった。


 まだ若かりし頃のルーカスが生体義眼の開発に着手した理由は他でもない、コロニーでの紛争に巻き込まれてしまったがために視力を失ってしまったとある少女を、不憫に思ったからである。

 これは、死の商人として莫大な利益を我が物とする父を持つルーカスにとっての償いであり、また彼から父親に対してのささやかな抵抗でもあった。


「心配しないで。私だってやわじゃないもの。どんなに不条理に満たされた世界とだって、向き合ってみせるわ」


 そう言って、フリージアは柔和な笑みを向ける。それに邪な感情は一切感じられない。まさしくそれは、ルーカスの理想とする“純粋な世界”を彷彿とさせるものでもあった。

 もっとも、理想はあくまで理想にしか過ぎないということも、ルーカスは承知しているのだが。言い換えれば、それは“妥協”であるとも言えた。


「……君は強い女性だな。敬意を表するよ」

「そうやっていちいち口説こうとするのも悪い癖ね」

「? 私は君を、最大の理解者の一人だと思って……」

「ハイハイ、そういうのはいいから。そんなことより、折角の料理が冷めてしまうわ。暖かいうちに食べましょう」

「ン……そうだな。では、いただくとしよう」


 言って、二人はそれぞれ柔らかい魚料理にナイフを落とし込む。食事を楽しんでいるフリージアとは対照的に、依然としてルーカスは心ここに在らずといった様子だった。


(フリージア。いつか君にも見せてみせるさ。世界が汚れているのなら、私がそれを創り変えてみせる……)


 魚の身に切れ込みを入れながら、ルーカスはとある白亜の機体と、まだ出会ったことのない少年の像を思い浮かべた。

 世界は今、彼らに委ねられている。ならば、ルーカスはその導き手となればよい。


 彼の“挑戦”は、まだ終わってなどいなかった。




 バハムートは『今すぐ準備に取りかかれ』と言って、ブリーフィングを終えた。アレックスは字面通りにその言葉を『出航の準備』として受け取っていたが、どうやらその見解は違ったらしい。


「……ポニータさん。少し聞いてもいいですか」

「ン、なにさ」

「僕たちは今、“準備”をしなきゃいけない筈ですよね?」

「今もその“準備”をやっている最中でしょうに」

「じゃあ……いま僕たちの目の前にある大量のトマトは一体何なんです? それに、何で僕たちはそれを何個も切らされているんです……?」

「んなの、“宴”をやるからに決まってるでしょーが。わけわからないこと言ってる暇があるなら、手を動かしなよ」

「わけがわからないのは僕の方ですよ……」


 コスモフリート艦内にある調理室。その台所で、アレックスはまるで工場で稼働する機械のように、手に持った包丁をひたすら赤い果実に振り下ろしていた。隣では、相変わらず胸元を大胆にはだけさせたワイシャツを着ているポニータ=ブラウスが同じようにトマトを切っている。

 他にも調理室内では、エリーがオーブンレンジの中の様子を慎重に覗き込んでいたり、ミリアが強力粉やら薄力粉の入ったボウルを一生懸命にかき混ぜていた。

 いうまでもなく、これらは“宴”の料理を調理しているのである。


「これから大事な作戦があるんですよ。それなのに、呑気に宴だなんて」

「バッキャロー。大事な作戦があるからこその宴なのよ。“赤道祭”って知らないの? 船乗りが赤道を越える時に船上で開くヤツ」

「赤道って……ここ、宇宙ですよ……?」


 至極もっともな疑問を口にするが、ポニータは『細かいことは気にするな』とでも言わんばかりに笑いながら背中を叩いてきた。


「それに、今日の宴はあんたの快復祝いも兼ねてるんだからさ」

「快復祝い? 僕の……?」

「ナットの提案でね。ホントはあんたの意識が回復した日の晩にでもやりたかったんだけど、色々と忙しかったからねぇ……」


 ポニータはしみじみと、どこか悲しそうな眼差しで虚空を眺める。アレックスも当事者ではないとはいえ、おおよその事情についてはデフやエリーから聞かされていた。


 火星圏L4コロニー『ダーク・ガーデン』で起こった悲劇。無数の死者を出した、あまりにも悪質な災厄コロニー・サイレント


 話を聞いただけのアレックスでさえ、フロッグマンという男の所業には思わず吐き気を催したほどだ。当事者であるコスモフリートのクルー……特に、結果的にとはいえあまりにも大き過ぎる責任を背負う羽目になってしまったナットの心境は、思えば思うほど居た堪れなかった。

 アレックスはキッチンスペースを挟んで向こう側に目をやる。エリーもミリアも、口には出さないものの表情はどこか窶れているように見えた。宇宙空間という深淵の海で、それでも不安を忘れ去る為に、与えられた職務を全うしているようにさえ感じられる。


(そうだ……皆、本当は疲れている筈なんだ。ミリアも、エリーだって、本当は泣きたいのを我慢して仕事をしている。そして不安を吹き飛ばす為にも、やっぱり宴は必要なのかもしれない……)


 何かを守る為には、避けられぬ戦いがあるのだということを、アレックスは身をもって学んだつもりだ。しかし、だからといって戦うことで疲弊が生じてしまうことに変わりはない。それは人として当然の感傷であり、それ故にコスモフリートの乗組員たちも度重なる戦闘に疲れ切っているのだ。

 その疲労を拭い去るために行う宴。それはつまり、人の心に平穏をもたらすものであると言い換えてもいいだろう。であれば、アレックスは宴を成功させるために尽力するべきであろう。

 こうして、ようやくアレックスの決心は固まった。


「ポニータさん。僕、やります! 僕たちで、最高に美味しい料理を皆に振る舞ってやりましょう……!」

「お、おう? 急にやる気になったねぇ……」


 人々の心に平穏をもたらす為ならば、如何なる妥協もしない。それは、“マスター・ピース・プロジェクト”を否定した少年、アレックス=マイヤーズが模索する答えの、一つの解答の形なのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る