Vol.03[Crossing Betrayer]

Vol.03 プロローグ『月の病室にて』

「さあ、包帯をとって、目を開けてごらん」


 促されるがままに、銀髪の少女は目を覆う白い包帯を後ろ手に解き、ゆっくりと瞼を持ち上げようとする。しかし、長い間動かしてなかった瞼は思うように動かず、それでもぷるぷると震わせながらこじ開けた。

 数年ぶりに差し込んでくる日差しはとても眩しく、少女はつい目を細めてしまった。


(……光?)


 そう、光だ。

 かつて不慮の事故により視力を奪われ、その後ずっと暗い闇に覆われていた少女の世界に、ようやく光が差し込んだのだ。

 カメラのピントを合わせるように、ぼやけていた視界が次第にはっきりとしてくる。最初に映ったのは、見知らぬ長身の男性だった。白いスーツを着こなし、アッシュ・ブロンドの髪は肩口まで伸ばしている。顔は想像していたよりもえらくハンサムだった。


「私が誰だかわかるかい?」


 男は柔和な──あるいは、まるで試しているような──笑みを浮かべて問いかけてくる。その言葉に少女はひどく呆れるのと同時に、『こいつは以前からそういう口振りをする男であった』ということを再認識していた。


「はいはい、ルーカス=ツェッペリンJr.さんでしょ。あの誰もが知る大企業『LOCASルーカス.T.C.』の御曹司おんぞーし。見るのは初めてだけど、その常に自信たっぷりそうな声は聞き飽きたわよ」

「ははは、その様子だと君も相変わらずなようだな。安心したよ」


 笑い声をあげるルーカスを横目に、少女はついムッとした表情を浮かべつつ窓の方へ目をやる。この病室から見える景色など人工芝の生えた中庭くらいしかなかったが、それでも少女にとっては何もかもが輝いてみえた。世界はこんなにも美しいものなのだと、思うことができた。


「ん、もしかして泣いているのかい?」

「……っ!」


 ルーカスに言われ、少女はようやく自分が大粒の雫をシーツに零していることに気づき、慌ててそっぽを向いた。親しい仲とはいえ、こういう顔を見せるのにはやはり抵抗があった。


「ち、ちょっと目が疲れただけ! まだ完全に馴染んでないし、別に泣いてるわけじゃないんだから……!」

「なんだと、本当に大丈夫か? きつそうならドクターを呼ぶが……」

「呼ばなくていいから! ……そういえば、パパとママは来てないのね」


 少女は誤魔化すように問い返す。これには話題を変えようとする目論見があったものの、少女はすぐにこの話題を上げてしまったことを後悔した。この問いに対する答えなど、容易に想像できてしまうからだ。


「君のお母様の方はもうじきここに到着するそうだ。は……残念だが、しばらく地球圏には戻ってこれないらしい」

「……そう」


 『やっぱり』と言わんばかりに、少女は落胆のため息をつく。


「ほんと、呆れるわ。平和のためとか言っておいて、結局パパは戦うことが好きなんだわ。私もママも放ったらかしにしておいて、仕送りさえちゃんとしていれば父親をやれていると思い込んでいるんだもの。馬鹿ばっかみたい」

「言うなよ。コロニーの紛争を鎮火させるというのはそれだけ激務なのだ。そんな中で、君のお父様は本当に頑張っていらっしゃるよ。中佐への昇進も近いと聞いている」


 そんなことは、彼女とてわかっているつもりだ。

 だが、のだ。

 その意図を察してくれたのか、少しの沈黙の後、ルーカスは言葉を切り出した。


「結局のところ、父親とはそういう生き物なのだろうな。子供から理解はされていても、納得はされない。親子など、そんなものさ」

「あなたも?」

「フフッ。いい大人が、情けないな」


 ルーカスはどこか寂しそうに笑う。どこか遠くを見るような眼差しの彼の瞳には、きっと彼の父親の姿が映っていることだろう。この少女──フリージア=ノイマンは、それ以上を詮索することはなかった。


 この男、ルーカス=ツェッペリンJr.が、『マスター・ピース・プロジェクト』を企てるよりも少し前の出来事である。

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