Vol.02 エピローグ『取捨選択の復讐者』

「よっ。お疲れ、デフ」


 出港準備で慌ただしい様子の格納庫内で、ミドは中破したキメラ・デュバルの前に座り込んでいるデフに声をかけた。


「あん? ……なんだ、ミドかよ」

「てめっ……! 悪かったなぁ、女じゃなくってよ!」


 言葉の上では不貞腐れつつも、ミドは持ってきたドリンクのボトルと濡れたタオルをデフに渡してやった。受け取ったデフはどこか疲れ切った表情をしており、ただぼんやりとキメラ・デュバルの補修作業を眺めている。たった1日会わなかっただけで人はこんなにも印象が変わってしまうものなのかと、ミドは率直な感想を抱いた。


「……いいのかよ、こんなところで油売ってて。生存者の捜索を手伝わされてたんだろ?」


 密閉型のボトル容器に備え付けられたストローに口をつけながらデフが訊ねると、ミドは笑って応える。笑顔といっても、その表情はあからさまに作り笑いであった。


「ああ、それならもう大丈夫だ。随分と早く終わっちまったからな」

「……そうか」


 デフがそれ以上を問い詰めることはなかった。コロニーの惨状を見てしまえば、捜索の結果など容易に想像がついてしまうことだろう。事後の現場を見ただけのミドでさえ精神的に参ってしまっているのだ。当事者であるデフの疲労は、それ以上のものであるに違いない。


「アレックスの野郎が言ってた事、ようやくわかった気がするぜ」


 デフが、自分の握り拳を見つめながら語り出す。


「俺が今まで振るっていたのは、他でもない暴力だった。ただ自分の慢心の為だけに他人を傷つけちまってたんだよ。でも、キメラ・デュバルに乗って、力の意味を……価値を知った。俺でも守れるんだ、って思えたさ」


 デフの握るボトルが握りつぶされる。その拳には、彼の確固たる意志が宿っていた。


「だから俺、戦うぜ。このコスモフリートで。それが多分、一番いいんだ」

「……プッフフフゥッ!!」


 先ほどから我慢していたものの、ついに耐えきれなくなったミドが、口に含んだドリンクを盛大に吹き出した。


「な、テメェ……ッ! 何が可笑しいんだよ!?」

「アッハッハッハ! ……はぁ、そりゃおかしくもなるさ。こちとら『ダーク・ガーデン』への移住の話がお流れになって落胆してたっつーのに、デフときたら、別人みたいに変わっちまってるからさぁ」

「変わった? 俺がか……?」

「ああ。もちろん、良い意味でな」


 ミドにあやされ、デフは再度座り込む。彼の視線の先には、今は光を灯していないキメラ・デュバルの赤いカメラアイがあった。


「そっか。変われたんだな……俺も」

「オイオイ、そんな真面目に照れ臭そうな表情すんなよデフ。俺がデレさせるのは女の子だけって決めてるんだからよ……」

「へへっ、お前は相変わらずみてぇだけどな。ミド」


 デフは冗談を言って笑って見せたが、何故かミドは顔をそっぽに向ける。されど、デフがそれに気づくことはない。


「まっ、変わらないのもそれはそれで安心だけどな。お前はそのまんまでいいぜ」

「……ああ、そうだな」


 ミドは視線を格納庫の出入り口の方へと向ける。すると、偶然にもエリーやミリア達が何やら慌てた様子でこちらに向かってきているのが見えた。



 『ダーク・ガーデン』が光に包まれていた。


 Destruction of Evidence Bomb《証拠隠滅爆弾》。通称、DOEボム。条約において使用が非常に厳しく取り締まられているその爆弾は、宇宙義賊コスモフリートも非合法的に一発だけ所有していた。その一発が、バハムートの判断により静止した『ダーク・ガーデン』に打ち込まれたのである。コロニーサイレントという災厄が起こってしまったこの知られざるコロニーを、歴史の闇から葬り去る為に。

 艦内の展望室でその光景を眺めていたナットにはそれが、まるで鎮魂を祈り死者の魂を浄化させる炎のようにもみえた。そしてその燃え盛る炎は、文字通りナットの黄緑色の瞳に、鮮明に焼きついていく。


(ミルカ……)


 光の中に、車椅子に乗った少女の姿を見出す。

 守りたかった、しかし守れなかった、その笑顔を。

 ナットは瞬きもせず、決して目を逸らさなかった。


(俺はもう。だからそっちへ行くのも、もっと後になる)


 もう二度と、選択を間違わないと決めた。

 殺すべき人間は殺さなければならない。そうしなければ、殺されずに済んだ者の命まで、奪われてしまうのだから。

 もう、一切も躊躇などしてはいけない。ナットはそう固く誓った。


(だから、これが最後だ)


 ナットの頬を熱い涙が伝う。

 それは彼が人間ひととして、他人ひとを想って流す、最後の涙だった。特別な意味を持つその涙を、少年は少女のために流した。

 上着の袖で乱暴に涙を拭う。その瞳には、もはやこれまでの迷いのいろは一切なかった。


「おーい、ナット!」


 自分の名前を呼ぶデフの声に振り返る。通路の奥からデフ、ミド、エリー、ミランダ、ミリア、テオドアの六人が向かってきているのが見えた。


「やけに賑やかだな。何かあったのか?」

「へへへっ、聞いて驚け。アレックスの意識が回復したんだってよ!」

「おっ、そりゃ本当か……!?」

「ああ! それで今から見舞いにいこうってワケさ! ナットも来るだろ?」

「……そうだな。俺も行くぜ」


 快く返事をすると、デフ達はすぐに医務室の方へと向かっていく。無理もない。同郷の数少ない仲間が回復したのだから、彼らの喜びは想像に難くない。


(仲間、か……)


 ナットは、六人の少年少女の姿を想起させる。

 彼らと過ごした時間は、決して平和なものではなかったかもしれないが、それでも確かに平穏なものではあった。

 だが、それももう必要ない。

 願ったところで失ってしまったそれは戻らないし、今更欲しいとも思わなかった。


(俺にはもう、平穏なんていらない)


 それが、今目の前にいる少年少女たちの“平穏”を、守るためでもあるのだから。


(殺してやるさ。葬られるべき悪魔は、一人残らず)


 光が消え去り、闇に飲み込まれつつある『ダーク・ガーデン』が見える展望室を、少年は後にした。


 それは彼が過去に、一人の少女に、そして自らの幸福に、決別した瞬間でもあった。



 気がつくと、男は暗い部屋の壁に寄りかかっていた。

 身体中の神経が悲鳴を上げ、視界もぼやけてはっきりとしない。こうして意識を保てているのが自分でも不思議なくらいだった。


「お目覚めの気分は?」


 暗がりから飛んできた声は、少年のものだった。


「吐き気がする。頭痛が酷い。身体中もあちこち痛ェ」

「そうですか。元気そうでなによりです」


 少年はわざとらしく笑ってみせるが、自分はそれに対して眉をひそめる。一つだけ、はっきりとしないことがあったからだ。


「……何故オレを助けた。見殺しにして、そのまま姿を消しちまえばよかったものを」

「駄目ですよ」


 男の言葉を、少年が遮る。


「俺はあんたの所有物なんだ。物は自分で物事を考えても、判断してもいけない。俺の運命を決められるのは、あんただけだ」

「……てめぇも大概、頭のおかしい奴だな」

「あんたにだけは言われたくない」


 嫌味を嫌味で返され、男は思わず高笑いをあげた。やがて笑い声が収まると、男はその闇すらも吸い込んでしまいそうな黒い瞳で、少年を見据える。


「そうだよなァ。一度しかない人生、もっと盛大に楽しまなきゃあなァ……ッ!」


 男は、やはり歪んだ笑みを浮かべた。


Vol.02[Alternative Avenger] 完

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