第15章『赤い朱いミルカ 5』

(DSW同士の戦闘つったって、基本は喧嘩と同じ筈なんだ。俺とキメラ・デュバルにだって、タイマンくらい張れるさ……ッ!)


 心中で自らを奮い立たせると同時に、キメラ・デュバルの左腕“アイアンシザー”が前方のアリゲーターを目掛けて繰り出される。空気を巻き込み回転するブレイクスルードリルが虚空を突き進み、確実に敵機との間合いを詰めてゆく。

しかし、アリゲーターは最小限の動きでこれを回避してしまった。勢い余ったキメラ・デュバルが、そのままアリゲーターの真横を通り過ぎてゆく。


「……なぁんてな、ドリルはただの牽制だぜ! “バックアンカー”、こいつは予想出来なかったろ!」


 キメラ・デュバル胴体部背面のハッチが開け放たれ、2本のアンカーが射出される。ワイヤー先端の錨がアリゲーターの肩部に命中したのを目視で確認したデフは、すかさずワイヤーを巻き戻す。


(あとはこいつにブレイクスルードリルをぶち込んでやるだけ……ッ! さっきと同じように……、ッ!?)


 しかし、デフの意に反してキメラ・デュバルは逆にアリゲーターの元へと引き寄せられてしまっていた。

 慌ててモニター前方を確認する。すると、この現象の原因はすぐに判明した。

アリゲーターは踵部に備え付けられた姿勢固定用パイルバンカーを地中に打ち込むことで、その場に踏み止まろうとしていたのだ。


《ンフフ〜ゥ、“こいつは予想出来なかったろ!”ってね》

「テメェ……ッ!」


 アリゲーターは超大型チェーンソーの刃を高速回転させ、まるで球を待ち構えるバッターのようにキメラ・デュバルの接近に備える。

 その手には乗るか。とデフは瞬時にアンカーの巻き取りを中止させ、錨をこちら側に呼び戻そうと試みた。


《おうっとぉ! その手は使わせないよんん!》


 がしかし、アリゲーターの胸部から放たれたアンカーがキメラ・デュバルを捕らえる。設計者が同じというだけあって、同型の装備を搭載していたのだ。

 どうにかしてアンカーを振り解こうとするキメラ・デュバル。しかしデフの抵抗も虚しく、キメラ・デュバルとアリゲーターの間合いは刻一刻と狭まりつつあった。


(いっそ自分から近付いて、ブレイクスルードリルをぶち込んでやるか……?)


 それは賭けであった。

 キメラ・デュバルのブレイクスルードリルとアリゲーターの超大型チェーンソーの力比べ。果たして、どちらが強いのか。

 だが、もし負けた場合は……。


(ええい、クソッ!仲間の命がかかってるってのに、んな危険な賭けが出来るかよ!)


 一か八かの勝負に挑むよりは、一度この勝負を降りて次の機会を待つほうがずっと得策のように思えた。そう判断したデフは、アリゲーター胸部のアンカー射出口を目掛けてハンドキャノンを撃ち込む。グレネード弾が炸裂し、両機の間を爆煙が包み込む。衝撃によってキメラ・デュバルは後方に吹き飛ばされてしまった。

 全長約13メートルものDSWが倒れた際のコックピットへの衝撃は想像よりも遥かに強く、デフも一瞬のみではあるが視界が真っ暗になってしまった。それでも彼が何とか意識を保てているのは、長年の研究によって旧世紀より目覚ましい発展を遂げた“慣性制御・衝撃吸収機構”のおかげであった。


《ふぅん。チミ、喧嘩好きだろう? それも日々明け暮れていたくらいには》


 フロッグマンからの通信が入る。爆煙に包まれているためアリゲーターの姿は目視出来ないが、どうやら健在のようだ。あれだけの至近距離から放たれたグレネードの直撃に耐えたということは、アルテッラの語っていた“重装甲”という機体コンセプトが所謂カタログスペックだけの謳い文句ではないということが証明されたということでもある。最も、今は敵であるため手放しには喜べないのではあるが。


《チミが操るDSWの一つ一つの挙動には、ガキ共が行う喧嘩に通ずるものがあると見たね。ただ頭悪そうに殴りかかるんじゃあない。牽制して一定の間合いを保ちつつ、隙を見つけて瞬時に刺す。喧嘩慣れしている証拠だ》

「何が……言いたい……ッ」


 機体を起き上がらせながらデフが問う。


《つまり何が言いたいかというとねぇ……》


 刹那、爆煙の中から超大型チェーンソーの刀身が飛び出して来るのが見えたため、デフはすかさずキメラ・デュバルに回避運動をとらせる。

 しかし、こちらに接近してくるのはチェーンソーのみであり、アリゲーターの姿はそこになかった。


「いない……ッ!? どこへ消えた……ッ!」


 瞬時に左右を確認するデフであったが、やはりアリゲーターは確認できない。そして、“左右を確認してしまったこと”それ自体が判断ミスであったということに、デフは数瞬遅れてようやく気付くことができた。


《こういうのは、喧嘩にはなかったダロォォォォォォウ!!》

「……ッ! 上だと!?」


 デフは上方を仰ぎ見る。スラスターから炎を噴かすアリゲーターが、今まさにキメラ・デュバルの頭上を通り過ぎてゆく瞬間だった。

 人間同士の喧嘩とDSW同士の戦闘。両者の相違点は、前者が地上、後者が立体戦闘ということである。重力下での飛行能力を有するDSWの戦闘において、死角を取られるということは、それだけで勝敗を決するだけの意味を持っているのだ。デフは本能でようやくそれを理解した。

 キメラ・デュバルの背中越しに、アリゲーターの重厚なボディが着地する。背中にマウントした、立方体の鉄塊に柄が付いたような形状の“質量破砕バスターハンマー”を構え、背後からキメラ・デュバルに襲いかかろうとしていた。


「クソ……ッ!!」


 咄嗟に前方へ回避しようとしたキメラ・デュバルであったが、完全に避けきることはできず、振り下ろされたハンマーが背部のブースターユニットをえぐるように砕く。


「ぐぁぁぁぁぁッ!!」


 キメラ・デュバルが前のめりに倒れ、コックピット内のデフにまたも衝撃が迫る。もし回避が更に一歩遅ければ、ハンマーは搭乗席に到達していたかもしれない。そのような考えが脳裏を過ぎり、デフは気持ちの悪い悪寒にさらされた。


《ホラホラぁ、10秒以内に立ちなよォ〜。テェェン、ナァイィィン……》

(こいつ……、弄んでやがるってのか……!? こっちは手一杯だってのに……!)


 フロッグマンの挑発は決してハッタリではない。デフの動物的な闘争本能が、相手との決定的な力量の差を感じ取り、萎縮していた。

 操縦桿を握った手が震えている。無理もない。これほどの敵を相手にすれば、誰だって逃げたいと思うだろう。

 しかし、デフはそうしなかった。


(コイツに勝てなくたっていい……。あいつらが無事に宇宙港まで辿り着いて、管理局を落としてさえくれれば、俺たちの勝利なんだ……!)


 決心の固まったデフは再びキメラ・デュバルを起き上がらせる。機体はすでにかなり消耗しており、各所から煙や火花まで漏れてしまっている。搭乗者のデフにしても同様で、身体から汗が滝のように流れていた。


《ほほうほう! まだ立ち上がってくるとは、若いってのはイイねェ! 持続力があって!》


 アリゲーターは先ほど投げ捨てたチェーンソーを、左前腕部から射出したアンカーを用いて器用に拾い上げると、片手でそれを構える。右手に質量破砕ハンマーを、左手に超大型チェーンソーを持って立ち塞がるアリゲーターは、まさしく脅威であった。


「へへ……ほざいてろよ、悪党。最後に勝つのは俺だぜ……ッ!」


 デフが足元のペダルを踏み込み、キメラ・デュバルがブースターから青い炎を噴かせながらアリゲーターを目掛けて一直線に飛行する。先ほどのハンマーによる背部への一撃によりブースターユニットの一部を損傷してしまっていたキメラ・デュバルではあったが、だからこそ不安定な飛行がかえってフロッグマンを多少なれど戸惑わせることに成功していた。

 接近するタイミングを見計らって、横薙ぎにハンマーを振るうアリゲーター。しかしキメラ・デュバルは身を屈めてアリゲーターの足元に着地すると、仰ぎ見るようにコックピットのある胸部を睨んだ。


(これで……一矢報いてやる……ッ!!)


 キメラ・デュバルは構えたブレイクスルードリルを回転させ、左腕を構える。いくらグレネード弾の直撃に耐えうる装甲だろうと、このドリルの一撃には流石に耐えられないはずである。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 キメラ・デュバルは左腕を大きく振り、そして勢いよく上方に見えるアリゲーターの胸部を目掛けて思い切り突き上げようとした。

 その時だった。

 キメラ・デュバルのコックピット内で警告音が鳴り響くとともにモニターの端から一瞬、白い影が真横から飛び込んでくるのが見えた。ピージオンの真珠のような美しい白とは違う、人骨のように少し黄ばんだような、空虚さを感じさせるような白。そんな装甲色に包まれたそのDSWは右手に持った対装甲ナイフを、キメラ・デュバルの脇腹に突きつけてきた。


「……ッ!? なんなんだよ、こいつァ……!」


 予想外の妨害を受けたことにより、デフはアリゲーターにとどめを刺すことに失敗したばかりか、キメラ・デュバルにさらなる深手を負わせてしまった。

 反射的にアイアンシザーを振り下ろすキメラ・デュバルだったが、白濁色のDSWは後方に跳躍しそれをかわす。デフもまたアリゲーターの反撃を回避するべく、2機のDSWから即座に距離をとった。


「ハァ……ハァ……。あの機体もどこかで……、まさか……ッ」


 デフはようやく、眼前に立つ白濁色のDSWに見覚えがあることに気づく。


(間違いない。あれも工房にあったDSWのうちの1機……!)


 骸骨のような極端に細いシルエットのその機体は、キメラ・デュバルと同様にギム・デュバルをベースとした機体であることが外見からも伺える。しかし、ソリッドの装甲を流用することによって防御性能の向上を図ったキメラ・デュバルとは対照的に、その機体は可能な限り装甲を廃し、機動性を重視した極端な機体コンセプトに基づいて設計されている。武装もどうやら右手に握っているナイフ一本だけのようだった。

 機体名は確か、“ボーン・デュバル”と呼ばれていただろうか。


(アリゲーター1機でさえ手一杯だってのに、2機も相手にする余裕はねぇぞ……!?)


 立ちはだかる、巨大な絶望。それでもデフは守るべきもののため、もはや勇敢に立ち向かうことしかできなかった。

 このまま何もかも投げ出して逃げることができたら、どんなに幸せだっただろうか。デフはそのような甘い考えを、すぐに頭の片隅に追いやった。



《おお、天パ君。遅かったじゃあないの! マシンの調子はどうだい?》

「問題ありません。やれます」


 ボーン・デュバルのコックピット内で、アフマドはフロッグマンの問いかけに対し、律儀に返事をした。

 アルテッラの工房から盗み出したこのDSWは、どうやら装甲を極限まで廃することによって、軽量化による驚異的な運動性を追求した機体らしい。


(全く、実に馬鹿らしいDSWだ。おまけに操縦性もかなりピーキーときている)


 というのが、アフマドの実直な感想であった。それでも、敵であるたった一機のDSWを倒すのには十分な戦力であることに変わりはない。


《そこの白いDSWに乗ってるパイロット! テメェがナットの言っていたモルモットチルドレンってやつか……?》


 スピーカーから、キメラ・デュバルのパイロットと思わしき者の声が発せられる。言葉の内容から察するに、こちらの素性もある程度はナットの口により知らされてしまっているようだ。

 とはいえ、フロッグマンの所有物であるアフマドのやるべきことは変わらない。


「だとしたら……どうする?」

《決まってるぜ。ぶん殴る……ッ! テメェも、お前の親玉もな……ッ!!》

「ほう……。お前はシンプルでいいな」


 どこかの誰かと違って……。そう続けようとしたが、アフマドはあえてそれを口には出さなかった。私情を挟むのは、モノとして望ましくない。そう判断したからだ。


「ならば有言実行してみろ。もっとも、貴様程度が2機を相手にできるとは思えんがな」

《流石かませ台詞は、悪役のお家芸だな……!》

「悪役……? フン、まあいい」


 次の瞬間、ボーン・デュバルが思い切り跳躍し、瞬時にキメラ・デュバルとの距離を詰める。あまりにも早いスピードに翻弄されているキメラ・デュバルに対し、ボーン・デュバルはすかさず蹴りの一撃を入れる。その反動を利用しボーン・デュバルは一度敵機から離れると、今度はナイフを構えて真上からの強襲を試みる。


「障害は排除する。それが今の俺の責務だ……ッ!!」


 それが、今の自分を肯定するために必要なことであるのなら。

 ナットの差し伸べた手を振り払った自分には、もはやこの道しか残されていないのだから。

 所有物でありたいと願い続ける少年の葛藤は、皮肉にも人間的であった。



「キムさん、ここだ。ここで降ろしてくれ」


 宇宙港に向かうべく走行中のトレーラーの中で、ナットは管理局へと繋がるエレベーターを発見するなり、すぐに運転するキムに停止を求めた。停車したトレーラーのコンテナから降り立つと、ナットは片手にサブマシンガンを構え、周囲を警戒しつつエレベーターの停車場へと近づいてゆく。


「私も行くよ、ナット!」


 不意に背後から予期せぬ声が聞こえたため、ナットは慌てて振り返る。そこにいたのは、車椅子で傷んだアスファルトの地面を無理矢理進みながらこちらに近づくミルカだった。


「おま……っ、馬鹿か!? なんで付いて来た! さっさとトレーラーに戻れ!」

「やっぱりナット一人で管理局に向かうなんて無茶だよ! だから私もついて行く! バハムートさんの許可だってちゃんと貰ったんだから!」

「おやっさんが……? なんで……」


 トレーラーに居たコスモフリートメンバーの中で、戦闘の心得がある人間はナットとバハムートの二人だけである。となれば、管理局と宇宙港へ向かう際に、戦闘員である二人をそれぞれの場所に分配するのは当然の処置であるといえた。だからこそ、非戦闘員のミルカが付いてきたところで、当然ながら戦力になり得るとは思えないし、何より彼女を守りきれる保証などない。


「バハムートさんだって言ってたじゃない、“宇宙に住まう全ての善良な人々と善意の味方だ”って。私も、コロニーの人たちの為に、やれることをやりたいの」


 つまり、バハムートはミルカの勇敢さを認め、ナットとの同行を許したということだろう。確かにバハムートの演説の内容にはナットも感銘を受けはしたが、だからといってミルカを巻き込みたくはない、というのが本音であった。


「お前がやれることって……なんだよ」

「私だって、腐ってもモルモットの端くれだもの。……皮肉かもだけど。安心してよ、ナットは私が守るから、ね」


 自信ありげな表情のミルカに言われ、困惑したナットは思わず首後ろを掻いた。バハムートが許可してしまった以上、ナットの一存で彼女の同行を拒否するわけにはいかないだろう。不本意ではあるが、ナットは渋々ミルカの申し入れを許可することにした。


「なーにが“私が守るから、ね”……だ。お前を守るのは俺だっつーの」


 言いつつ、若干不貞腐れた様子のナットは手にしていたサブマシンガン一挺をスライド部分に持ち替えると、ミルカにグリップを向けつつ手渡した。


「えへへ、じゃあ宜しくね。ナット」


 ミルカに笑顔を向けられ、気恥ずかしくなったナットは目を逸らしつつ、エレベーター停車場へと歩み寄る。

 二人は停まっている展望型のエレベーターに乗り込み、手元のコンソールを操作する。すると、少しボロいエレベーターは何となく怪しげな駆動音を立てながらも上昇し始めた。


「ねぇ、ナット」


 ちょうど展望から『ダーク・ガーデン』の街並みが一望できるほどの高さにまで達したころ、ミルカはどこか弱々しく声をかけた。


「どうした?」

「昨日、私が作った料理のこと……なんだけどさ」

「ああ、あのパエリアか? 滅茶苦茶美味しかったぜ。俺なんてもう何杯おかわりしたかわかんねーし……」


「本当は私の料理、美味しくなかったでしょ」


 言われ、ナットは少し考え込むように黙ったが、すぐに心を決め、彼女に返答する。


「……ああ、そりゃもう不味かったよ。米は固ぇし野菜は苦ぇ、塩と砂糖は間違えてるわ乗ってるエビは生きてるわで、この世の地獄だと思ったぜ」

「……そっか。ゴメンね……私、あんな料理しか作れなくて……」


 ショックにより顔を俯かせるミルカだったが、ナットはそんな彼女の頭の上にポン、と手を置く。


「知ってるよ。ダメなんだろ、味覚」


 すると、ミルカは驚いた表情でナットの方を振り向く。


「知ってたの……? どうして……?」

「まあ、俺もお前も所謂同郷ってやつだからな。何かあったってことくらい、聞かなくてもわかるさ」

「……そっか」

「ああ、そうだ」

「………………」


「……ありがとね、ナット」

「……? なんか言ったか?」

「ううん、なんでもない」


 その後、二人は特に会話を交わすことなく、黙って『ダーク・ガーデン』の街並をただ眺めていた。これからテロリストの占領する管理局に赴くというのにも関わらず、不思議と心地の良い沈黙が支配していた。


 しばらくすると展望から見える景色がコンクリートの壁に遮られ、エレベーターはついに管理局へと到着した。

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