第14章『赤い朱いミルカ 4』

 その光景を見るなり、フロッグマンは可笑しさのあまりこみ上げてくる笑いを抑えることが出来なかった。前方で停止しているトレーラー。そのコンテナの天井から、一機のDSWが現れたのだ。

 パールホワイトの装甲で覆われ、各所に金色の装飾があしらわれたその機体は、まるで骨董品のティーカップのような印象を受けた。ともすればとてもDSWには見えないであろう外見ではあったが、修復作業中なのか骨のような無骨でか細いフレームが露わになっていることから、それが兵器であるということは辛うじて判った。

 しかし、フロッグマンが思わず笑ってしまったのは白いDSWに対してではなく、その機体の肩部に立っていた一人の男の姿を見てしまったからだ。

 その男は、自信に満ちた笑みを浮かべてこちらを見据えている。彼の名はキャプテン=バハムート。宇宙義賊コスモフリートを率いる船長である。


《聞け! 『ダーク・ガーデン』に住まう全ての人々に告ぐ。私は宇宙義賊コスモフリートの艦長、キャプテン=バハムートだ。この場を借りて、我々の主張に耳を貸してもらいたい!》


 白いDSWの肩に立つバハムートは、自分たちを取り囲む大衆に対して、声を張り上げて呼びかけ始める。見方によっては何か神聖なシンボルにも見えるそのDSWは、人々の注目を集めるには十分すぎる程に存在感を放っており、『ダーク・ガーデン』のブリッジの上は瞬く間に小さな演説の舞台と化していたのだった。

 そこでフロッグマンは、とある違和に気づく。

 観衆に対して言葉を投げかけるバハムートは丸腰であり、拡声器の類は一切持ち合わせていない。にも関わらず、コロニー中の街灯等に取り付けられたスピーカーからは、彼の声が発せられているのだ。


「ンッンー? スピーカーが乗っ取られているのかぁ? しかし、如何にして……?」


 無意識のうちにフロッグマンの黒い瞳が白いDSWを捉える。彼の直感が、答えはその機体にあるということを告げていた。つまり、少なくともフロッグマンにとってはそれが正解であるといえた。


「……ほーん。タネも仕掛けもあの機体にあるってことねぇ……」


 過程をすっ飛ばして結論へと至ったフロッグマンは、口元を下品に綻ばさせた。



「エラーズ。お前の持つその電子兵装と演算機能を用いて、コロニー中のスピーカーを掌握することは出来るか?」


 バハムートはトレーラーのコンテナ内に横たわる形で固定されているピージオンのコックピットハッチを開くなり、内部のコンソール部分に対してそんなことを訊ねた。すると、若く落ち着いた女性の合成音はすぐに応答する。


《“技術的に可能であるか否か”という意味の質問であれば、“可能”だとお答えします。おそらくプロテクトすら掛かっていないであろうスピーカーに信号を一方的に送信するだけですので、作業的には敵の通信を傍受するよりも簡単なことだと言えるでしょう》

「それは頼もしい限りだな」

《ですが、実行するには幾つかの手順を踏んで頂く必要があります》


 手順とは何だ? とバハムートが返すと、エラーズは極めて事務的な口調で応える。


《警告メッセージ。貴官は当機のパイロットとして登録されている『アレックス=マイヤーズ』ではありませんね》

「そうでなければ、使用は認められないと?」

《はい。操縦権限保有者の許可がない限り、兵装の使用を容認することは出来ません》


 理由ありきでバハムートを否定するエラーズであったが、そこへエリーが歩み寄る。


「お願いよ、エラーズ。私たちに力を貸して欲しいの」

《再度通告しますが、操縦権限保有者の許可がない限り、兵装の使用は……》

「このままではそのアレックスだって……ううん、もっと多くの人が死んでしまうかもしれないのよ」

《………………》


 押し黙るエラーズに、エリーは優しく、そして確固たる意志に基づく凜とした声音で語りかける。


「エラーズ。私はあなたを優しい心の持ち主だと思ってる。だって、『ミスト・ガーデン』でECSを作動させてくれていたのも、あなたの判断なんでしょう?」

《発言の意図不明。“優しい”、とは》

他人ひとの為に尽くせる、ということよ」

他人ひとの為に……》


 それは、機械であり、兵器であるエラーズにとっての存在意義そのものでもあった。搭乗者を守る義務が、にはある。エラーズはそう判断することにした。


《了解。現状況を緊急事態レベルB++と判断。限定的にですが、当機体の電子兵装使用権限をあなた方に委ねます》

「ありがとう、エラーズ……本当に」


 礼を言うエリーに応えるように、ピージオンのツインアイが赤く発光する。その姿はまるで、巨大な守り神のようにもみえた。


(全く。この高性能AIときたら、言葉のあやを利用することまで覚えているのか……末恐ろしいな)


 様子を傍観していたキムは、心中でそんなことを呟いていた。



《中には知っている者も居るかとは思うが、我々コスモフリートはかつて、当時ゲノメノン社の人体実験用コロニーであったこの場所を襲撃し、悲劇の連鎖を食い止めた実績のある集団だ。その事実が忘れ去られてしまったというのであれば別にそれでいい。我々は恩義を返してもらう為に行動しているわけでもなければ、歴史の教科書に載る為に戦っているわけでもない。所詮は過去の栄光、そう思ってくれて一向に構わない》


 依然としてコロニーを覆う雨音を遮るように、街灯などに備え付けられたスピーカーからバハムートの力強い言葉が観衆達に降り注ぐ。その声には、フロッグマンのような威圧感や道化くささはない、志からくる極めて真摯なものであった。


《だが、現状はどうだ。このコロニーは再び、悪意のある者たちの手によって、住民を脅かす危機に瀕している。その原因が我々にある……という方便は、あくまでテロリストの詭弁である、と断言する。諸君らの安住が掛かっているのだから無理強いこそしない。しかし、これだけは言わせてもらおう》


 スゥ……、とバハムートは一拍ほど間をおいて息継ぎをすると、再び彼の若々しいとも老成しているともとれる瞳が足元にいる『ダーク・ガーデン』の住民達を見据える。


《“逃げるな”……ッ!》


 子を崖から落とす獅子のような彼の黄金色の瞳は、住民一人一人を捉えては、決して目を逸らすことを許さない。そのような力強さがあった。


《目的を見失うな。判断を見誤るな。敵は姿こそ大きく見せているが、実態は姑息な手段ばかりを使う小悪党に過ぎないのだから》


 自分たちの敵、フロッグマンは遣り口こそ非道なれど、決して壮大な大義などを掲げているわけではない。あくまで自身のエゴのために、関係のない民間人までも巻き込んでいるだけなのだ。民衆達にその事実を改めて突きつけておく必要がある。バハムートはそう判断した。


《躍らされるな……とまでは言わない。君達にも思うところがあって、自身の生活や守るべき者のために、仕方なく奴らに加担しているのだということは、無論こちらも承知しているつもりだ。しかし、今君たちが手にしている武器の使い道を、もう一度しっかりと考えて欲しい。良心や罪悪感を押し殺して放つ弾丸など、悪意にしかなり得ない。それは逃避だ、甘えなのだ。それではテロリスト供のやっている事と同じになってしまうぞ。君達は本当にそれでいいのか。もしそれでも構わないというのであれば、私は君たちに大いに失望する》


 言われ、フロッグマンに協力している民間人たちは俯く。今まさに、各々が葛藤という名の戦いを心中で繰り広げているのだろう。バハムートの役目は、その背中を押してやることである。


《武器とは悪意に立ち向かう為に、勇敢さと覚悟を持って振るうものだ。少なくとも我々はそう思っており、そう使うようにしている。そして、我々はこのコロニーを脅かす悪魔を追い払う為に、武器を手にとって立ち向かおうとしている。もし諸君らの中に我々と志を同じにする者がいるのであれば、是非とも手を貸して貰いたい。人としての善意と正義に従い、共に悪魔退治と洒落込もうではないか》


 すると、民衆のうち何人かは叫び声をあげ、こちらへの加勢を表明し始めた。しかし彼らは所謂少数派であり、大半は未だに判断を決めかねている様子だった。


《強制はしない。選択を決めるのはあくまで君たち自身なのだから、決定権は各々にある。己と向き合い、慎重に考えて欲しい。正義の為に武器を手に取り、誇りをもって勇敢に立ち向かうか、悪魔と契約して罪悪と背徳に苛まれながら自らの手を血で汚すのか。君たちが、一つしかない命をかけるに値するのは果たしてどちらか。各々の賢明な判断に期待したい》


 最後に……とでも言うように、バハムートは如何にも指導者らしい自信に満ちた笑みを浮かべる。


《繰り返しになるが、我々は宇宙義賊コスモフリート。宇宙に住まう全ての善良な人々と善意の味方だ……ッ!》


 言い終えると、バハムートは右の握りこぶしを頭上に突き上げる。それに呼応するかのように民衆たちも銃を天に掲げ、瞬く間にブリッジ上は拍手喝采に包まれていった。



「手を貸すぜ! 宇宙義賊コスモフリートのキャプテン=バハムート!」

「そうだよな……! やっぱり、悪党に屈するのは誰だって真っ平さ……!」

「どっちにしろ戦いになる可能性があるってんなら、俺は妻や娘に対して、堂々と胸を張って死んでいける方を選ぶぞ!」

「テロリストどもは、俺たちの街から出て行けェーッ!!」


 『ダ—ク・ガーデン』の各地で、そのような賞賛と奮起の声が挙がっていた。最早、雨音すらも掻き消す勢いで、人々の善意はバハムートのもとへ集約しつつあったのだ。これこそが宇宙船一隻を率いる男の本領だといっても過言ではなかった。


「いやはや、美しい限りだねぇ……ホント。人の英知はなんだって乗り越えられる! そんな気すらしてしまうよぉ……」


 アリゲーターのコックピット内でバハムートの演説を聴衆していたフロッグマンは、鼻水を垂らしてすすり泣きながら、目の前の光景に対して心の底から感動していた。しかも外部スピーカーがオンになっていたため、彼の間の抜けた声は周囲に漏れてしまってさえいた。


「まさに此処は今! 人々の善意と希望に満ち溢れているというわけだ! そしてぇぇぇっ!」


 アリゲーターが両手で構える超大型チェーンソーが、頭上へと突き上げられる。チェーンソーの刃部分が高速で回転を始め、そこから発せられる高周波が空気を震わせ、周りを取り囲む民間人達に苦悶の呻きをあげさせた。


「何を隠そう、ワタシはそういった人の希望の芽を摘み取るのがだぁぁぁい好きなのよねぇぇぇぇぇぇッ!!」


 フロッグマンの眼下には、銃を向ける民間人達が群れを成してこちらに発砲をしている。しかし、歩兵用のライフルがDSWの……その中でもかなりの重装甲を誇るアリゲーターを傷つけられるはずもなく、それを察した民間人達の表情も次第に色を失っていった。それを見てフロッグマンの形相が満面の笑みへと変貌すると共に、アリゲーターのチェーンソーが足元の群衆を目掛けて振り下ろされる。


《させるかよぉぉぉぉぉぉッ!!》


 刹那、フロッグマンのモニター越しの視界にダークグレーの機体が飛び込んできたかと思えば、その機体はすぐさまこちらに左腕の巨大なクローを突き出してきた。フロッグマンは咄嗟にアリゲーターを一歩退かせつつ、構えたチェーンソーでクローの一撃を受け止める。


「ほおう、逃げずに立ち向かってくるのねぇ。褒めてつかわそう!」


 フロッグマンがわざとらしく挑発すると、若々しくそれでいて覇気のある男の声が返ってきた。


《ほざいてろよ! テメェは俺がぶん殴ってやる……ッ!!》

「そりゃ楽しみだなぁ! チェリーボーイ君!!」


 チェーンソーとクローでつば迫り合いを繰り広げた両機は、しばらくして互いに機体を退かせ距離を置くと、睨み合うように視線を交錯させた。



 ピージオンを介したバハムートの声明は、宇宙港にいるコスモフリートの面々や、彼らを監視していたリリーの耳にも届いていた。


(今のタイミングで、この声明……まさか!?)


 ソリッドのコックピット内で思考を張り巡らせていたリリーは、やがて自分が想定する中で最も望ましくない、恐るべき結論にたどり着いてしまっていた。

 一時間ほど前、弟のリリアンは管理局に接近しつつあるコスモフリートのトレーラーを足止めするべく、宇宙港を離れコロニー内へと向かっていった。手筈通りなら、今頃リリアンはバハムートらの身柄を捕らえているはずなのだ。にも関わらず、先ほどバハムートはコロニー市民に向けて演説を行った。言い換えれば、コスモフリートのメンバー……少なくともバハムートは健在であり、リリアンが任務に失敗したことと同意義でもある。

 任務の失敗。これはつまり……、


「……ッ! そんな……ッ!!」


 咄嗟に、無意識のうちに、ソリッドを翻させて宇宙港の出口に向かおうとしている自分がいた。しかし、数秒遅れてやってきた理性が、感情的に行動してしまったリリーにすぐさまブレーキをかける。

 直後、ソリッドのコックピット内に被ロックオンを意味する警告音が鳴り響いた。


「しま……っ!」


 戦場に置いて、一瞬の気の迷いが命取りになる。その言葉が脳裏に浮かぶ頃には、すでにリリーの乗るソリッドはコスモフリートの副砲の直撃を喰らってしまっていた。

 爆煙と電流と鉄の破片がリリーの視界を覆い尽くし、今まで味わったことのないような痛みが身体中を駆け抜ける。肉体が焼け、張り裂けていくのだ。


「ああっ、リリアン……ッ!!」


 最期に彼女が発したのは、弟の名前だった。

 かつて仲間と共に捨てる決心をした、しかし自分にはどうしても忘れることのできなかった、大切な思い出の詰まった、たった四文字の名前。こうして実際に口にするのは、実に何年振りだっただろうか。

 言い終えると同時に、リリーの意識もまた途切れた。



 大いなる力には、大いなる責任が伴う。

 実際にデフは、先ほどの戦闘によりキメラ・デュバルの力の大きさに、そしてひと一人の命を奪ったことによる責任感の重圧に押し潰されそうになってしまった。

 しかしバハムートは演説にて、力をただ闇雲に振るうことは逃げであると、そして武器を正しく使うことで道は拓けるのだと説いていた。

 つまり、デフが今やるべきことは、このキメラ・デュバルと共に、悪に屈せず勇敢に立ち向かうことなのだ。それが人の命を奪ってしまった者の、せめてもの責任でもあるのだから。


(シンプルな考えかもしれねぇが、それでいいんだ……! くよくよと悩んでるのは俺のキャラじゃねぇしなァ……ッ!)


 命の重さや力の使い方など、今はどうでもいい。ただ目の前のテロリストを倒すことだけを考えていればよいのだ。

 そう思い至ったデフは、無線通信を通して味方達に呼びかける。


「こいつは俺が食い止める! お前らはさっさと宇宙港に急げッ!!」


 すると、すぐにアルテッラが応答する。


《なっ……! 無茶はよさないか、貴様! さっきは相手がソリッド一機だったからよかったものの、相手はあーしのアリゲーターなんだぞ!》

「文句言う暇があったらさっさともう一台のトレーラーに乗り移ってくれよ! あんたの言う通り、いつまで粘ってられるか、こっちだってわかんねェんだからよ!」

《……すまない。だが、キメラ・デュバルを壊したら承知しないからな!》

「壊しゃしねぇよ! 今は俺の身体も同然なんだからな!」


 言って、デフは通信を切り上げる。モニターの視界の端で、アルテッラやミランダらがキムの運転するトレーラーの方に乗り移り始めているのを確認すると、デフは再び正面のアリゲーターを捉えた。


《仲間の為に自分の身を捨てる……。燃える展開だよねェ。まさに王道が王道たる所以を思い知らされたよォ……》


 アリゲーターに乗る男……フロッグマンからの音声がスピーカーから発せられる。この男の掴み所のなさはデフにとっても気色の悪いものに感じられたが、だからこそ、一切の躊躇いなく武器を向けることができると思うことができた。


「その理屈なら悪役はテメェだな! 大人しくここで朽ち果ててもらうぜェ……ッ!!」

《いいねェ……いいよぉ……その心意気! よぉーし……》


 アリゲーターは超大型チェーンソーを両手に構えると、再び刃を振動させる。応じるようにキメラ・デュバルもまた、アイアンシザーの掌からブレイクスルードリルを出現させ、螺旋状に回転させた。


《気合、必中、不屈、ひらめき、順応、魂ィィィィィッ!! 準備は完了。さあ、遊ぼうぜ! 夜はまだまだ長いんだからァーッ!!》

「吠え面かいてられるのも今のうちだぜ、このカエル野郎……ッ!!」


 交錯する二機のDSWを後にするように、乗り移りの完了したキムの運転するトレーラーは宇宙港に向けて発車した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る