第6章『殴られ屋のアレックス 6』

 ナナキたちトグリル小隊が宇宙港へと繋がるリニアトレイン駅に向かう途中で、作戦目標であるピージオンを発見できたのは、ただの偶然であった。


「レーダーも通信機能も死んでいる……? ええい、これでは他の部隊に報告ができないではないかッ!」


 原因は、おそらくピージオンの背部に備え付けられた円板状のレドームだろう。あれから発せられる強力なECMの影響で、あらゆるセンサーは殆ど無力化されており、ピージオンを探知できなかったのだ。現に今も、ピージオンはすでに目視で確認できる距離にいるにもかかわらず、センサーは未だにピージオンを捉えていない。

 ナナキの乗るギム・デュバルが、同小隊のギム・デュバルのうちの一機に向けて、ワイヤーを射出した。DSWには無線通信が無力化された場合を想定して、有線通信を行うためのワイヤー射出機構が、マニュピレーターの先にあらかじめ装備されているのだ。


「こちら“トグリル1”より“トグリル4”へ! 諸君もすでに察していると思うが、ジャミングの影響で無線通信機能が死んでいる! よって、君には他部隊に敵機を発見したと伝える伝達係をやってもらいたい!」

《しかし、隊長! 自分もU3Fに家族を殺された身の上……! 戦士として、戦いに参加したいであります!》

「このっ、大うつけ者がァッ!!」


 ナナキが血相を変えて怒鳴りつける。


「戦士とはなァ! 直接戦闘を行う者を指すだけの言葉じゃあないッ!! それを支援する者がいて、伝える者がいて、はじめて“戦い”というものは成立するのだ! 貴様も一人前の戦士を自称したいのなら、与えられた持ち場で、全力をもって“戦え”ッ!!」

《わ……、わかりましたッ! こちら“トグリル4”! これより情報伝達へと赴くでありますッ!!》

「フッ……、よい返事だ。貴様は出世するぞ」


 通信を終えると、隊列を組んでいたギム・デュバルのうちの一機が離れていき、他の部隊のいる方角へと飛翔していった。



 上空から向かってくるギム・デュバルのうち、1機はなぜか編隊を離れていくのが見えたが、残りの3機は依然としてこちらに接近しつつあった。3機はそれぞれ別の方向に散開すると、大地の上に立つピージオンを目掛けて発砲してきた。次々に放たれる弾丸が、市街地の商店街やビルディングを掠めていく。


「撃ってきた……!? コロニーは戦争ができるほど、頑丈に出来ちゃいないんですよ!?」


 回避運動を取りつつ、ピージオンはすかさず敵機に向かってベイオネットライフルの銃口を向ける。が、


(駄目だ、撃てない……ッ!)


 引き金を引こうとする度に、先ほどの血生臭い光景が頭の中でリフレインしてしまっていた。どんなに強い決意をもってトリガーを引こうとしても、体や本能がそれを拒絶してしまう。アレックスはどこかの雑誌で読んだ、戦場から帰還した兵士がPTSDを発症させていることが多いという記事を思い出し、自身の現状と重ねていた。


《メンタルコンディションの著しい低下が見られます。火器管制をこちらで承りましょうか?》

(それじゃ、処刑人に仕事を言い渡す裁判官みたいじゃないか。そんな真似、僕には……、ッ!?)


 3機のギム・デュバルのうち、もっとも俊敏な1機が“ヘッジホッグ”を構えてこちらへ突進してきた。


「噛みつかれたら、やられる……ッ!!」


 そう判断したアレックスは、すぐにライフルの銃口の先をその敵機へと移す。しかし、


「僕の人差し指、いうことを聞けッ! 撃たなきゃ、みんな死んじゃうんだぞ!?」


 引き金に触れたまま、力なく震える自身の指に対して必死に叱咤するも、とうとう引き金が引かれることはなかった。敵機は、もう眼前にまで迫っている。


(誰か助け……ッ!!)


 次の瞬間、ピージオンと敵機の間を、真横からの銃撃が遮った。接近してきていたギム・デュバルも、すかさず距離をとる。


「はぁはぁ……。一体、なにが……?」


 荒い呼吸を繰り返すうちに、ようやく冷静さを取り戻したアレックスは、すぐに銃撃の飛んできたほうへと振り向いた。そこにいたのは、黒い塗装が施された、頭頂部のトサカが特徴的な、二挺のサブマシンガンを構えたDSWだった。さらにその後方から、計5機の黒く塗られたソリッドが向かってきていた。ソリッドとトサカ付きのDSWはそれぞれのギム・デュバルに近づくと、目紛しい銃撃戦を繰り広げはじめた。


「あいつら……味方なのか……?」


 疑問を抱いたアレックスは、コンソール上に表示されたレーダーを確認する。ピージオンは一応、U3F所属ということになっているので、同じU3Fの正式採用機であるソリッドならば、友軍を示すマーカーとして表示されるはずだ。しかし、アレックスの予想に反してソリッド達は、レーダーに友軍として認識されていなかった。それだけではない。


「レーダーが、トサカ付きを探知できていないのか……?」


 ピージオンに装備されたレドームは、電波妨害などのジャミングだけでなく、敵の察知に関しても、恐るべき能力を発揮する。にもかかわらず、ピージオンの探知機能は、トサカ付きのDSWを捉えきれていなかった。



「一体何なのだ、こいつらはッ! いきなり現れて……! はッ!?」


 爆散する味方のギム・デュバルを目撃し、ナナキは怒りで握り拳を太ももに叩きつけた。


「カール=ザンス……! 密封空間の宇宙船でも、臭い屁を平気でこくような奴だったが、いい戦士だった……。どうか、安らかに眠ってくれ……ッ!!」


 ナナキの瞼からは涙が流れていた。その悲しみを怒りに変え、叫ぶ。


「黒い塗装のソリッドに、青い魚の骨のエンブレム……! 間違いない。貴様達は宇宙海賊の……ッ!!」



「宇宙“義”賊コスモフリート、あ、ここに見参……ッ!」


 撃破したギム・デュバルが爆発するのを見ながら、ナットは高らかに言い放った。


「……っとと、今は無線が死んでるんだっけか」


 いつもなら、ここで仲間たちから『名乗っている場合か!』だの『真面目にやれ!』だの罵倒が飛んでくるが、今回はピージオンの放つ強いECMの影響下にあるため、それを聞くことはできなかった。


「まあ、隠密性だけはこっちも負けてないんだけどねん」


 ナットの駆るDSW・クレイヴンは、ステルス性能に特化した機体である。クレイヴンはピージオンのように妨害電波を放っているのではなく、インビジブルコーティングと呼ばれる特殊装甲と、多彩な光学迷彩システムを用いて、隠密性の高さを実現している。必要とあらば機体を透過することもできるが、バリアと同様に消費エネルギーが激しいため、戦闘中に使うのはあまり望ましくないとされている。


「ピージオンとやらのせいで、俺達やインデペンデンス・ステイトは有視界戦闘を強いられている。なら、それを逆手にとればさ……ッ!」


 こちらへ急接近してくるギム・デュバルから距離を離しつつ、ナットは片手ですばやくコンソールを操作する。


「モードC、起動……ッ!」


 光学迷彩システム・モードC。カメレオンを意味するアルファベットのついたそれは、プロジェクションマッピングの要領で、機体の表面に映像を投影することで、擬似的に透過をするモードだ。本来であれば、周囲の背景を投影することで、自機を透明化させるのだが、この時のナットはそうはしなかった。

 ナットはモードCを応用し、立体的なクレイヴンのホログラフィックを、自機の左右に映し出した。はたから見れば、クレイヴンが3機並んでいるように思えるだろう。


「忍法・分身の術……なんてな」


 “3機”のクレイヴンは、複雑に蛇行しながら後退しつつ、正面のギム・デュバルに銃弾の雨を浴びせるべく、構えたサブマシンガンを連射させる。隊長機だと思われる敵機も、クレイヴンの分身に翻弄されているせいか、咄嗟の回避運動が間に合わずに、左腕部を被弾していた。敵機は左腕部の爆発寸前でそれをパージしたため、惜しくも致命傷には至らなかった。その直後、自軍の敗北色が濃いことを悟ったのか、ギム・デュバル2機は戦闘領域外へと飛び立っていった。


「連中は行ってくれたか。さて、あとは……」


 クレイヴンの頭部に搭載されたメインカメラでピージオンを捉える。少し離れた場所で、ピージオンは相変わらず立ち尽くしていた。僅かながら動いているため、無人というわけではなさそうだが、まるで覇気を感じられなかった。


「ピージオンを鹵獲ないし破壊、か。作戦を聞いたときは、おやっさんも無茶を言ってくれるなと思ったが、こいつぁ案外楽勝かもな」


 舌なめずりをして、ナットは引き金を引いた。



「撃ってきたッ!?」


 所属不明の黒いDSW達は、突然現れてインデペンデンス・ステイトを撃退したかと思えば、次はこちらに向けて銃撃を放ってきた。すぐに回避に徹するも、銃弾が僅かにピージオンの装甲をかすめる。


《聞こえるか、アレックス! 奴らは軍事基地を襲っては、DSWを掻っさらっていく宇宙海賊、コスモフリートだ!》

「海賊……っ!?」


 グレゴールからの通信に、アレックスも耳を疑った。

 宇宙海賊。その名の通り、宇宙という大海原を縄張りに、貨物宇宙船や旅客機を襲って荒稼ぎをする無法者達のことだ。コスモフリートという名前には聞き覚えはなかったが、軍事基地を襲撃できるほどの武装と腕の立つパイロットを従えた海賊たちだ。きっと相当に卑劣な行為を行っているのだろう。そして今、連中はこの機体、ピージオンを狙っている。


《連中にだけはピージオンを渡してはならん! 何としても死守しろ!》

「そんなこと言われたって、できるかどうかわかりませんよ…!?」


 先ほどのギム・デュバルの編隊もそうだったが。この6機の黒いDSWたちも、練度の高さを感じさせる連携を取っていた。奴らからすれば、無線のやり取りができないなかで、あれだけの連携をとっているのだ。その域に達するまでに、彼らは一体どれ程の実戦をくぐり抜けてきたのだろうか。


(そういえば……。ピージオンのECMの影響下なのに、なんでグレゴールさんの通信機とは連絡がとれるんだろう……?)


 不意にそのような疑問がアレックスの脳裏に浮かび上がったが、眼前でライフルを構えるソリッドを見て、すぐにそれは消し飛んだ。


「……ッ! まずい、この位置は……!」


 背後には、仲間たちの入ったコンテナがあった。銃撃をかわせば、弾丸がコンテナに当たってしまう。

 刹那、ソリッドの持つライフルの銃口が火を噴いた。ピージオンは両腕を目の前で交差させると、回避行動をとらずに銃撃を浴びた。



「こいつ、わざと被弾したのか……? 回避する余地はあったはずだ」


 目の前で防御の姿勢をとるピージオンを見て、ソリッドを駆るKTは無意識のうちに、感じた不自然さをありのまま口にしていた。

 ピージオンの背後を見ると、華やかな雰囲気の市街地にはとても場違いな、無骨なコンテナが鎮座しているのがわかった。さらに目を凝らして見ると、コンテナのすぐ側に民間人の子供が6人と、U3Fの軍服を着た負傷兵らしき男がいた。


(理由はわからないが、ピージオンは彼らを守りながら戦っているのか?)


 すると、KTの乗るソリッドのすぐそばで、クレイヴンがピージオンに向かって二挺のサブマシンガンを連射した。ピージオンは少しだけ横にずれ、射線上にあったコンテナを庇うように被弾していた。


(……間違いないようだな)


 疑惑が確信に変わると、KTのソリッドはすぐにクレイヴンの肩を掴み、攻撃をやめるように促した。クレイヴンが銃を下ろすのを確認すると、KTは部隊員全員に光信号を試みた。



「“背後のコンテナは人質に使える、合わせろ”……?」


 KT機の頭部から発せられた光信号を読み取ったナットだったが、すぐにはその意図を理解することができなかった。言われた通りにピージオンの背後をみると、確かにコンテナがあり、その周囲には民間人と思わしき少年少女たちまでいた。つまり、経緯が不明ではあるが、ピージオンは彼らを守っていて、彼らを人質にとることで、ピージオンの搭乗者に対して機体を明け渡すよう交渉を持ち掛けよう、ということだろうか。


「人質作戦っつうとあんまり気が乗らねぇが、まあ、本当に殺しちまうわけじゃないしな。やってやるよ!」


 ナットはKT機に“了解”を意味する光信号を送った。



 突然、攻撃を止めたかと思えば、またすぐに海賊のDSW達は動き出した。彼らはフォーメーションを変え、ピージオンを六方から包囲している。


「囲まれた……ッ!?」


 このままピージオンが撃たれてしまえば、流れ弾や跳弾がコンテナに当たってしまう。身構えるアレックスだったが、正面にいるソリッドが放ったのは銃弾ではなく、マニュピレーターから伸びたワイヤーだった。


《敵機からの有線通信です。繋ぎますか?》


 エラーズが確認メッセージを述べた。アレックスは渋々これを了承する。


「あ、ああ。繋いでくれ」


 すると、通信機から発せられたのは、意外にも爽やかな好青年といった風な男性の声だった。海賊部隊と聞いて無意識のうちに、髭を深く生やしたガタイのいい傷だらけの男の恐ろしくかすれた声を想像していたアレックスは、思わず面食らってしまった。


《こちらはコスモフリートの“バロム1”。貴様が守っている少年少女たちの命が惜しければ、おとなしく私達に従ってもらおう》


 案の定、通信の内容は人質を後ろ盾とした交渉だった。もしこれに逆らえば、エリー達は真っ先に殺されてしまうのだろうか。いや、相手は悪名高い海賊だ、きっとそうするに決まっているだろう。そうなった場合、6機のDSWを同時に相手しながら、仲間たちを守らねばならなくなってしまう。ただでさえ操縦が素人なうえに、ショックから引き金を引けないアレックスなど、盾くらいにしかなり得ないだろう。


「こちら、ピージオン。投降はする。でも、仲間たちには手を出さないでくれ……!」


 残虐非道な海賊集団だ。もしかしたら、投降しても彼らは仲間たちをその場で撃ち殺してしまうかもしれない。それでもアレックスには、仲間たちの救いを請うことしかできなかった。


《了解した。君の仲間には一切危害を加えないことを約束しよう》


 通信先の男はそう言うと、ついて来いと言わんばかりに機体を翻えさせた。アレックスは心配そうにこちらを見上げてくる少年少女達に心の中で別れを告げると、黒いソリッドの後を追った。



「嘘……? 海賊に連れて行かれてしまったの? アレックスが……」


 黒いDSWに連行されていくピージオンを見送りながら、途方に暮れたエリーは思わず足の力が抜けてしまい、膝をついてしまった。他の少年少女たちも、アレックスが居なくなってしまったという事実に、それぞれ驚愕していた。


「奴め……! ピージオンを、よりにもよって海賊どもに手渡してしまうなんて……ッ!!」


 ただ一人、グレゴールだけはアレックスに対してひどく憤慨していた。もちろん、この発言をデフが無視できるはずもなく、彼はグレゴールの胸ぐらを掴んだ。


「テメェ……ッ! あいつは、アレックスは、俺たちを守るために、機体を海賊どもに渡したんだ……! その勇気を、あんたは無下にして……ッ!」

「あれは我が軍の重要機密なのだ! それを賊に渡すなど、言語両断……ッ!」

「やめてよ! もう……!」


 ミリアの叫びで、二人は言い争うのをやめる。彼女の声は震えていて、涙を堪えきれない様子だった。無理もない。唯一の肉親であるアレックスを、目の前で海賊たちに連れて行かれてしまったのだから。


「やだよ、お兄ちゃん……。私だけひとりぼっちなのは、やだよぅ……」


 普段、ミリアはアレックスのことは呼び捨てにしている。しかし、彼がその場にいない時、ミリアはアレックスを指して“お兄ちゃん”と呼んでいることを、エリーは知っていた。施設にまだ入る前に、実の両親から虐待を受けていた彼女にとって、血の繋がった“家族”と呼べる存在は、もはやアレックス以外にいないのだ。

 彼女の心中を察したエリーは、ミリアをそっと抱き寄せた。母親が泣きじゃくる赤子を優しくあやしているようなその光景を、周囲にいた少年少女達は、ただ見守ることしかできなかった。

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