第5章『殴られ屋のアレックス 5』

 俺は、まだ生きているのだろうか。

 大破したソリッドのコックピットの暗がりの中で、意識の戻ったグレゴール=ノイマンはそのようなことを思っていた。

 生きている、と確信する。そうでなければ、脇腹から流れる血のドロっとした生っぽい感触や、ズタズタに傷ついた右腕の神経を刺すような痛みの説明がつかないからだ。左腕に関しては麻酔を打ったときのようにまるで感覚がなく、使い物になりそうではなかった。

 グレゴールは手元のコンソールを手際よく、しかも怪我の痛みがまだ引いていない右手だけで操作して、基地や部隊との交信を試みた。が、駄目。どうやら先ほどのギム・デュバルとの交戦により、無線機能はおろか、殆どのシステムがダウンしてしまったようだ。


(モニターも駆動系も生きてはいないか。このポンコツめ、頑丈さだけが取り柄じゃなかったのか)


 もはや鉄の塊ほどの存在価値しかなくなったソリッドに、このまま佇んでいる理由もあるまい。そう判断したグレゴールは、周囲の状況を確認する意味も含めて、コックピットの外へと出ることにした。幸いにも、ハッチの開閉装置は生きていた。

 外に出たグレゴールはまず、自分の目線が、15メートルほどの全長をもつソリッドの胸部ハッチの上に立っていることを踏まえても、やや高いことに気づいた。すぐに足元を確認すると、腹部に大穴の開いたソリッドの下に、運転席を潰されたトレーラーがあった。椅子に座るような姿勢となっているソリッドの臀部に、トレーラーの運転手のものらしき血痕が付着していたが、それを見てもグレゴールは特に感想を持たなかった。

 次に視界に飛び込んできた光景に、グレゴールは思わず目を疑った。トレーラーより僅か数メートルほどの距離に、自分たちの防衛目標であるDSW・ピージオンが、右手に銃剣の付いたライフルを持ったまま、無防備に立ち尽くしているのだ。意識を失う前のグレゴールの記憶が確かなら、あれは基地の格納庫に置かれていたはずだ。現場にいた者が独断で基地から運び出したのだろうか。あるいは敵か、第三者に持ち出された後なのだろうか。その横には、被弾して胴体部が蜂の巣となったギム・デュバルが倒れている。さらに、ピージオンの足元には、民間人と思わしきまだ若年の少年少女達が、何やら会話を交わしていた。ピージオンはどうやら今は無人のようで、周りにU3Fの士官がいる気配もない。


(まさか、彼らがピージオンを動かして、敵DSWを撃退したというのか?)


 ひどく奇妙で信憑性に欠ける供述だったが、それ以外にこの状況を説明できるだけの具体的な解答は思い浮かばなかった。

 何がともあれ、どのような判断を下そうにも、情報があまりにも不足し過ぎているのが現状である。


(まずは、話を聞かねばな)


 そう結論づけると、グレゴールは腰のホルスターに収めていた拳銃を抜いた。



「動くな」


 これからどうするかについて話し合っていたアレックス達だったが、拳銃を向けた男の声を聞き、途端に黙り込んだ。


「全員、手を後ろに回して、ゆっくりとこちらを向け」


 アレックスらはそれに従い、声の主の方へと振り向く。拳銃を向けていたのは、U3Fの軍服を着た将校だった。さらに、彼の襟元に光る階級章を注意深く観察していたミドに限っては、それが“中佐”を意味するものだということもわかっていた。肩幅が広く、肉体も入念に鍛えられているということは、灰色の軍服の上からでも明らかだった。彫りが深い小麦色の顔は老いて萎びている。歳は50歳前後といったところだろうか。しかし眼光は老いを知らぬが如く鋭く、いかにも老当益壮であることをうかがわせている。そのような男である。


「全員、左から順に名前を言え」


 男は構えた拳銃を下ろさないまま問いかけると、男から見て一番左端にいたミドが口を開いた。


「ミ、ミド=シャウネル……」


 それに続いて、ミドの右にいたデフ達も順番に答えていく。


「デフ=ハーレイだ」

「ミリア、ミリア=マイヤーズ……です」

「テオドア……」

「ミランダ=ミラー」

「エ、エリー=キュル=ペッパー」


 そこのお前は? というように、男が右端のアレックスに拳銃を向ける。アレックスの喉元には汗が伝っていたが、それでも彼は男を睨むことをやめなかった。


「アレックス……、マイヤーズ」


 全員が名乗り終えても、男の詰問は続いた。


「ピージオンを操縦していたのは誰だ?」


 数瞬の沈黙が流れた後、アレックスがそれを破った。


「操縦していたのは、僕です」

「一歩、前へ出ろ」


 男の指示に従いアレックスは、慎重に一歩分進んだ。拳銃に付いたレーザー照準器の赤い光が、彼の額を射止める。


「あれをどこから持ち出した? なぜ動かした? 答えろ」

「あなたは! 拳銃がないと、ろくに会話もできないんですか!?」


 答えたのは質問されていたアレックスではなく、割って入ったエリーだった。男は依然として銃口の先をアレックスに向けたまま、表情を全く変えずにエリーを見据える。


「立場を弁えろ。それに、必要があるからそうしているだけだ」


 男は弁明したが、エリーは引き下がらずに抗議を続けた。


「この行為は尋問です! 私たちに、なんの非があって?」

「軍用の兵器に勝手に触れれば、貴様達も立派な罪人だ。私は軍人としての職務を全うしているに過ぎない」

「軍人の仕事は、民間人を守ることでしょう……!?」


 エリーが吐き捨てると、デフとミドもそれに便乗するようにして、男に不当な扱いに対する不満をぶち撒ける。


「立場を弁えろだぁ? へっ、欠伸が出るぜ」

「そうだよ! こんな真似、人道に反してーー!」


 ミドが言いかけたところで、重い金属的な衝撃音が鳴り響いた。男が真上に向かって銃を発砲した音だった。


「言葉は慎重に選ぶことだな。どれが遺言になるかわからんぞ」


 もはや、男の釈明に異を唱える者などいなかった。仕切り直しと言わんばかりに、男は無言のまま再度アレックスに銃口を向けた。この男に嘘をついたところで、何かメリットがあるはずもないし、仲間たちの安全が保証されるわけでもないだろう。アレックスはありのままに事実だけを述べることにした。


「シェルターを捜している途中に、デフとミドが瓦礫の下敷きになって、動けなくなっていたんです。それで瓦礫を退かそうとしていたら、偶然、このDSWを積んだトレーラーが突っ込んできて。DSWなら、あの重い瓦礫も持ち上げられるかもと思い、あれに乗りました」

「ほう」


 男は半信半疑といった面持ちで、しかし真剣に話を聞いていた。


「そのトレーラーの運転手は?」

「わかりません。突っ込んできた時には、既に運転席はDSWの下敷きになっていたので」

「そうか」


 やや曖昧な回答になってしまったが、男はこの議題に関しては、これ以上深く追求してくることはなかった。そもそも、トレーラーを潰していたDSWに乗っていたのがこの男である為、彼自身もそれは察していたのだろう。


「あのギム・デュバルは、あれもお前がやったのか」


 そう言って男は顎をしゃくり、倒れているインデペンデンス・ステイトのDSWを示した。


「ええ。急に攻撃を仕掛けてきて、応戦するしかなかったんです」

「なるほど、な。概ね理解した」


 経緯を聞き、納得のいった様子で、男は拳銃を腰に戻した。


「申し遅れたが、俺はU3F駐留基地第1防衛部隊所属のグレゴール=ノイマン中佐だ」


 アレックス達としては、言葉の後に“手荒な真似をして済まなかったな”などと付け加えて欲しかったが、彼はそういった謝罪の意を表すことはなかった。


「これから貴様達には、俺の指示に従ってもらおう。異論は一切認めん」

(さっきから、ずっとそうじゃんか)


 最年少のテオドアですら、そんな反感を抱いた。


「まず当面の目的は、このコロニーからの脱出だ。その為には、宇宙港へ向かわなければならない。よって……」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」


 ミドが慌てて会話を止めた。グレゴールが彼をきつく睨む。


「異論は認めんと言ったはずだが?」

「こ、これは異論じゃなくて疑問! なんでわざわざ宇宙港なんだよ。安全な場所に行きたいんなら、駐留基地にでも隠れればいいじゃないか」

「基地は既に陥落した。安全な場所など、もはやこのコロニーにはない」


 あっさりと告げられた真実に、全員は思わず耳を疑った。グレゴールも表情こそ動かさないものの、屈辱を押し殺すようなその声音は、実に無念であるといった様子だった。


「言い訳をするつもりはないが、状況は一刻を争う。今は、話を聞いて欲しい」


 グレゴールが言うと、少年少女達は無言で頷いた。


「先述したように、我々は宇宙港……つまり、コロニーの中心部分へと移動したい」


 『ミスト・ガーデン』のようなトーラス型のコロニーは、トーラスと呼ばれる直径1.8キロメートルほどの巨大なドーナツ状の建造物を回転させることによって、遠心力による擬似重力を外円のトーラス内部に作り出している。そのため、自転軸となる中央部の構造体ハブはほぼ無重力に近い状態であり、ドッキングや貨物の搬入作業などを行う場所として利用されているのだ。コロニーに住む人々は、便宜的にこれを宇宙港と呼ぶ。トーラスとハブを多数のスポークによって繋いだ構造のため、宇宙港で搬入された物資をコロニー内の各地に送りやすいというのが利点で、運搬業者の出入りが多い木星のコロニーとしては、最適な形状であるといえた。


「だが知っての通り、制空権はインデペンデンス・ステイトに握られている。こちらの戦力がDSW一機しかない以上、直接の戦闘は避けるべきだろう」


 先ほどのギム・デュバル一機を相手にしたときでさえ、あれほどに精神をすり減らされたのだ。今こうしてアレックスがここにいるのも、殆どまぐれだと言っても過言ではなかった。正面からぶつかれば、こちらの勝機はまず無いとみていいだろう。


「しかし、不幸中の幸いというべきか、このピージオンは電子戦に特化した機体だ。ECMが働いてくれているおかげで、直接姿を見られでもしない限り、こちらの位置がバレることはない」


 Electronic Counter Measures (電子対抗手段)。要するにレーダーの妨害装置がピージオンには備わっているため、敵に探知されにくいということだ。今もこうして敵に見つかっていないのは、ピージオンがジャミングを行っているおかげであり、それをアレックスが知るのは、もう少し後の話である。


「そこで、だ。君、ここから一番近いリニアトレインの駅はどこだ?」


 指名されたミリアは、口元に指を当てながら答える。


「ええっと……、8番街の中央ストリート駅……?」


 リニアトレインといっても、その性質はエレベーターのそれに近い。コロニー内側の外円からスポークにかけて伸びるシャフトの中を、ケーブルを伝って人を乗せた車両が移動するのだ。そのためリニアトレイン駅の外観は、天空まで伸びたタワーのように見える。


「トレインなら俺やお前たちを宇宙港まで運ぶことが出来るし、物資搬入用のラインを使えばピージオンも通すことができるだろう。敵の連中が、そうやってDSWをコロニー内に送り込んだようにな」

「それだと、柱の中や宇宙港で敵と出会す可能性があるんじゃないですか?敵はこの機体の奪取が目的なら、少なくとも港に“タクシー”くらい停めているでしょうし。もしそうなったら、戦闘は避けられませんよ」


 ミランダが口を挟んだ。グレゴールは間髪を容れずに釈明する。


「最低限の戦闘は免れん。それが嫌というなら、コロニーの壁に穴を開けて脱出でもするか?」

「だ……! だったら、ピージオンを連中に明け渡しちゃえば、戦闘自体回避できるじゃないですか! 基地だってもうやられてるんだから、今更、身を呈してまで守る必要もないでしょう!?」

「軍の機密を明け渡したいというならば、勝手にすればいい。そうした場合、俺はお前たち全員をここで処刑することになるがな」

「そんなの、軍人の理屈じゃない……!」


 舌打ちしかねない険悪な雰囲気のミランダに気を配りつつ、エリーが続いて問う。


「それと、あのDSW……ピージオンは、一体誰が操縦するんですか?」


 エリーがそう思うのも当然であった。グレゴールが左腕を負傷している以上、ピージオンを操縦できるのは民間人である子供達だけである。だが、エリーの疑念は、デフの発言によってすぐにかき消される。


「俺が操縦するぜ」


 そう宣言したデフの表情は至って真剣なものだった。


「アレックスだって、戦う覚悟を決めてあいつに乗ってみせたんだ。なら、次は俺様の番……」

「駄目だ、デフ。ピージオンには僕が乗る」


 気合を入れるためか、胸の前で拳と拳を付き合わせてみせるデフだったが、アレックスに引き止められた。もちろんデフもこれに反論する。


「なんでだよ!自分には操縦出来て、俺には動かせねぇってか!?」

「違うんだよ、デフ。そんな覚悟、君がする必要はないんだ……」


 デフを見るアレックスの目は、どこか悲しそうだった。望まずとも、すでに命のやり取りを経験してしまった彼には、どこか思うところがあるのだろう。彼の曇り切ったサファイア色の瞳には、そのような説得力があった。


「それで構いませんよね。グレゴール中佐」


 アレックスの問いに、グレゴールは無言で頷いた。



「新型はッ! まァだ見つからないのかッ!?」


 ギム・デュバルのコックピットの中で、ナナキは通信機に向かって怒鳴りつけつつ、しかし周囲の警戒は怠ることなく、手元を見ずに左右の手でそれぞれ別のコンソールを操作し、目線のみで、あらゆる種類のレーダーを隈なくチェックする。このような芸当ができるのはインデペンデンス・ステイトの中でも、“火星解放戦線時代の英雄”と讃えられた、彼ぐらいであろう。

 インデペンデンス・ステイトはすでにコロニー内のU3Fの戦力の6割強を削いでいる。にもかかわらず、敵兵達の士気は一向に下がる気配がなく、もはや捨て身に近い抗戦をしていた。


「敗北するとわかっていながら、何故やつらは投降しないのだッ!? いくら戦い好きな彼らとて、負け戦を好むほど、下劣な連中ではあるまい……!」


 あるいは、自分たちが狙い、相手が特攻覚悟で守っているピージオンという名の機体に、それほどの価値があるのだろうか。


「オミクロン総帥も人が悪い。賭けるものがなければ、戦いなど愚行に等しいというのに……」


 実のところ、ナナキらインデペンデンス・ステイトの兵士達には、目標であるピージオンの情報について、殆ど知らされていなかった。


「いいや、オミクロン総帥のことだ、きっと何か考えがあるに違いない……!そう、“言わない”のではなく“言えない”のだろうッ!」


 それほどまでにナナキはオミクロンに対して絶大な信頼を寄せていた。ナナキだけではない、インデペンデンス・ステイトに参加する殆どの兵士がそうだった。素性不明、経歴不明のオミクロンという仮面の男はある日突然、風のように姿を現し、類稀な戦術眼をもって幾度となく勝利という名の奇跡を起こしていった。だからこそ、オミクロンという存在自体が、インデペンデンス・ステイトが士気を高いレベル保持できている要因であり、U3Fに物量で劣るインデペンデンス・ステイトが互角以上に戦果を上げられている理由でもあった。


「まったく、一瞬とはいえ、オミクロン総帥を疑ってしまうとはな。おセンチが過ぎるな、私も……。むッ!?」


 緊急通信の受信を表すコールサインが点灯した。コード番号を確認すると、宇宙港に待機させてある味方の輸送船からだった。


「こちら“トグリル1”ッ! 何があった? 状況を報告せよッ!」

《こ……ちら………送船……! し……ッ!》

「耳が馬鹿になっているのかッ!?ええい、よく聞こえんぞッ!」


 通信機から発せられる音声は、ひどくノイズ混じりだった。


《所属……明の…………! ……Wが……………攻撃……うわぁッ!?》

「おい、どうしたッ!? 応答しろ……ッ、おい……ッ!」


 雑音をかき消すような絶叫が響いた直後、それきり通信は途絶えてしまった。ナナキは即座に、頭の中で状況を整理する。


(断片的なワードを組み合わせると……“所属不明のDSWが攻撃を仕掛けてきた”……とでもいうのかッ!?)


 何がともあれ、宇宙港で何か良からぬ事態が発生しているのは間違いないだろう。ナナキは部隊員との交信機能をオンにすると、すぐさまギム・デュバルを最寄りのリニアトレイン駅“8番街中央ストリート駅”へと飛翔させた。


「こちら“トグリル1”より各機へ! “タクシー”がやられた! トグリル小隊はこれより、宇宙港へと向かうッ!!」



「こちら“バロム6”! インデペンデンス・ステイトの船を撃破! 港は制圧したッ!」


 コックピットの中、焦げ茶色の髪をもち、首にゴーグルをさげている少年は、得意げな笑みを浮かべてそう告げた。顔立ち自体はあどけなく、遠くから見れば女性と見紛うほど中性的だが、全身からまるでアドレナリンを放っているかのような雄々しさが、それを忘れさせた。彼は親から貰うはずの名前を持っていなかったが、彼の恩師に与えられた“ナット=ローソン”という名前を気に入り、現在は名前を聞かれればそれを名乗ることにしている。


《ナット! てめェは一機仕留めるのに、一体何発使う気なんだ!?》


 “バロム3”ことヒューイ=M=ジャクソンが、コールサインを介さずに名指しで文句をぶつけてきた。彼の指摘は至極もっともで、ナットはすでに弾薬の殆どを使い果たしており、予備弾倉も残り少ない。


「細かいことは気にすんなよ、ヒューイ! 結果的に敵を倒せてるんだからいいじゃあねえか!」

《よくねぇよ! 弾薬費だってタダじゃねえんだ! 罰としてナット、今日お前飯抜きな!》

「なッ……!? なんでお前が勝手に決めつけてるんだよ!」

《ヘッヘッヘッ、忘れたか? なんたって、今日の食事当番は俺様だかんなッ!》

《お前たち、それくらいにしないか》


 間の抜けたやり取りを続ける二人に呆れた様子の“バロム1”ことKTの声が、会話を強制的に打ち切った。


《“バロム6”。クレイヴンのエネルギー残量はあとどれくらい保つ?》


 KTに言われ、ナットは自分の乗る機体のステータス表示画面を確認する。

 DSW“クレイヴン”。コーヒーのように吸い込まれるような黒で塗装されたその機体は、シャープで力強いフォルムが特徴的で、現行するDSWのどれよりも人間に近く、筋肉質なシルエットをしている。頭部には橙色のデュアルアイ・カメラが輝き、トサカ状の多機能アンテナが見る者の目を引いた。両手には二挺のサブマシンガンが握られ、両肩に備えられた円柱状の装備は“サイド・エネルギーバリア発生装置”と呼ばれるもので、名前の通り作動すると円形のエネルギー幕が展開され、機体を防御することができる。反面、消費エネルギーが激しいのが欠点だが、至近距離での射撃を行う戦法、所謂ガン=カタを好むナットにとっては、被弾を抑えるために必要不可欠な装備であるともいえた。


「全力で戦って2時間半、といったところかね。なあに、まだまだやれるさ!」

《了解だ。帰還するだけの燃料はちゃんと残しておくんだぞ》

「合点、承知……ッ!」


 ナットが不敵な笑みを浮かべるとともに、黒いDSW・クレイヴンはスラスターから蒼い炎を噴かし、コロニー内へと繋がるスポーク部分へと向かった。



《うわっ!? おいアレックス、今、凄い揺れたぞ! ちゃんと安全運転してくれよ!?》

「こっちだって慣れてないんだ! 悪いけど、我慢しててくれよ!」


 アレックスを乗せたピージオンは現在、宇宙港へと繋がる8番街中央ストリート駅を目指して、かなり速度を落とした低空飛行を続けていた。グレゴール含む他の7人はさすがにピージオンの両の掌には乗り切らないため、トレーラーから分離させたコンテナに入ってもらい、コンテナごとピージオンが両手で運んでいる。コンテナ内とはグレゴールの持っていた通信端末で連絡を取ることができるが、先ほどからミドの苦言ばかりがアレックスの耳に飛んできていた。


「こちら、アレックス。駅までの距離、あと100メートル。敵には依然発見されていな……」


 目的地点を目の前にして、アレックスが安堵した様子で報告をしている途中、突然に警報音が鳴った。


《敵機接近。8時の方向、DSW4機です》

「こんなタイミングで……!?」


 エラーズが示した方角に振り向くと、上空から4機のギム・デュバルがこちらへ向かって急降下してくるのが見えた。その4機は陣形を組んでいるのか、動きや速度が纏まっているということは、素人のアレックスでもわかった。


「なんで見つかったんだ……? ECMだって正常に作動してるハズなのに!」


 ピージオンの強力なジャミングが作動している限り、レーダーの類に嗅ぎ付けられることは、まずないと思ってくれてかまわない、とグレゴールは確かに言っていた。いくら兵器としては目立ちすぎる装甲色と装飾とはいえ、あれだけ地面に近い高度で、しかも建物の物陰に隠れるようにして移動していたピージオンを上空から目視してみせるなど、至難の業である。

 いずれにしても、コンテナを持っているままでは、両手が塞がっていてろくに戦闘もできない。


「敵に見つかった! 路地にコンテナを置くから、皆は衝撃に備えてくれ!」

《ちょっと待て、お前いま敵って言……どわぁッ!?》


 手近な場所にコンテナを置くと、すぐに腰にマウントしたベイオネットライフルを右手に持った。


《システムモードを6-Cに移行。戦闘を開始します》

(戦うしかないのか……!?)


 煮え切らない感情を抱えたまま、アレックスは操縦桿を握った。人差し指がトリガーに触れた刹那、先ほどの戦闘で引き金を引いた時の感触が浮かび上がった。数センチ押し込むだけで、人の命をいともたやすく奪えるその金具は、人の指によく馴染むように設計されているため触り心地はよく、それがかえってアレックスの警戒心を強めてしまっていた。もしまたこれを引けば、撃たれた敵兵は皮膚ごと血肉を破られ……。

 不意に、痛烈な悪寒や嘔吐感がアレックスを襲った。彼の動悸はより一層激しくなっていき、瞳孔は恐怖で開ききっている。


「い、嫌だ……ッ!! 僕は戦いたくない! 殺したくない……! 殺されたくないッ!!」


 悲鳴をあげる彼の心情とは裏腹に、非情かつ悲惨すぎる現実が襲いかかる。

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