第3章『殴られ屋のアレックス 3』

《『ミスト・ガーデン』にお住いの、全ての民間人の方々に勧告致します。我々は“インデペンデンス・ステイト”です。御周知の通り、我々の目的はコロニーに住む全ての住民の自由を勝ち取ることにあります。ですので、我々は民間人の方々に危害を加えるつもりは一切ありません。U3Fとの戦闘行為が終わるまでの間、住民の方々はシェルターに退避していて下さい。繰り返します……》


「連中はふざけているのか!!」


 ドンッ、というデスクを叩く音と共に、司令官の怒鳴り声が室中に鳴り響いた。


「出撃した防衛部隊は何をやっているッ!?」

「はッ! 防衛に当たった第一陣は既に殆どが壊滅! 敵陣は基地司令部に迫りつつあります!」

「全く、テロリスト風情相手に何を手こずっているのだ……ッ!」

「お言葉ですがビームス司令、インデペンデンス・ステイトの装備水準は、最早テロリストのそれとは……」

「誰が苦言を許した! えぇ!?」

「し、失礼しました、司令官殿ッ!」


 U3Fのミスト・ガーデン駐留基地司令官、ビームスという中年の大佐は、実に愚かな男であった。宇宙港を占拠し、物資搬入口からコロニー内部へDSWを送る準備を完了させ、民間人を人質に取ったインデペンデンス・ステイトに対し、ビームスは防衛部隊たちに徹底抗戦を言い渡したのだった。“テロには屈しない”という方針は国連政府所属のU3Fの軍人としてはスタンダートな考え方ではあったが、それは人質、つまり『ミスト・ガーデン』の住民全員を見殺しにすることを意味していた。


(いいや、断じて見殺しではないさ。我々の軍備がテロリスト共に劣るはずなどないのだから、争いの火種はより大きい火で掻き消してしまえばよいのだ!)

「!? 司令ッ! 敵の第一波が、こちらに接近しつつあります!」

「何ぃッ!? はやく迎撃するんだよ! はやくッ!」


 数分後、この基地司令部がインデペンデンス・ステイトDSW部隊の襲撃を受けて陥落してしまうということを、この時のビームスには知る由もなかった。



 つい先ほどまで何気なく流れていた“平和”という時間が、今ではとても愛おしく、遠い思い出のように感じられた。それ程までに、デフ=ハーレイとって、目の前で友人が瓦礫に押し潰されていくという光景は、受け入れ難い現実であった。


「シーザー! おい、返事をしてくれよぉ!」


 倒壊した建物の跡に向かって友人の名を必死に呼び続けるデフの腕を、ミド=シャウネルは強く掴んだ。ミドは小柄だが頭の回転がはやく、気さくで非常に口が上手い、サングラスがトレードマークの少年である。デフとは悪友と呼べる関係だ。


「もうよせよ、デフ! コンクリートを滝みたいに被っちまったんだ、お前だって見ただろう!?」

「だってよ…あのシーザーだぜ。これじゃ呆気なさすぎるだろ…!?」


 口論する二人の背後で、また大きな爆煙が上がった。必死に耳を塞いでも、銃声と、誰かの悲鳴と聞こえてきた。


「チクショウ……。 何だよ……何だってんだよ……」

「おい、デフ……?」


 それまで立ちすくんでいたデフはようやく立ち上がると、拳を強く握りながら空を見上げた。


「何がインデペンデンス・ステイトだよッ! 何が“民間人に危害は加えない”だよッ! お前たちが来なけりゃ、シーザーが死んじまう事なんてなかったんだ!」


 デフは上空で依然として戦闘を続けているDSW達に向かって叫んだ。


「何がU3Fだよッ! 防衛隊なら、ちゃんと俺たちを守れよォッ!!」


 何を叫んだところで、事態は何も変わらない。デフにもそれはわかっていた。だからこそ、やりようのない苛立ちを、虚しさを、ただ叫ぶしかなかったのだ。


「何が戦争だよッ! そんなの……他所でやれよォッ!!」

「おいデフ! 伏せろ!」


 ミドがデフを突き倒した直後、衝撃音と共に、むせ返るほどの強い爆風が押し寄せた。


(ここは、地獄だ……!)


 昨日まで、暴力で人を支配することで小さな征服感に溺れていた少年は、はじめて自分の無力さを思い知った。



「お願いします! せめて小さい子供を二人だけでも!」

「一杯なもんは一杯なんだよ! 気の毒だけどねぇ」


 エリーは説得を試みたが、老婆は聞く耳を持たないといった様子でシェルターの扉を閉めきってしまった。退避シェルターを追い出されるのは、これで6度目となる。目の前に広がる市街地も、今は空きのシェルターを探して彷徨う避難民たちで溢れ返っていた。エリーもそのうちの一人であり、ミリアやテオドア、そしてアレックスを無事に避難させなければいけないという責任感に駆られていた。その焦燥は次第に、だが着実に、彼女の精神を蝕んでいった。


(私がしっかりしなきゃ。あの子達の命がかかってるんだもの)


 自分たちの保護者である“父さん”が居るはずの入港管理局とは未だに連絡がつかない。となれば、施設内では一番の年上であるエリーが彼らを守るしかないのだ。一応、アレックスとは同い年ではあるが、誕生日は少しだけエリーの方が早かった。それに、アレックスは決して優柔不断や軟弱者というわけではないが、優しいけれど不器用で、単身痩躯で喧嘩は弱いのにも関わらず、怪我をしてばかりいる彼は、どこか頼りなく思えた。


(でも、戦闘が起きてからのアレックス。いつもより行動力があるように見えたかも)


 事実、異常をすぐに察知して荷物を纏めて避難するよう促したのも、走って空きのシェルターを探しはじめたのも、アレックスであった。芯が強いだけあって、土壇場になると以外と頼りになるタイプなのかもしれない。

 そのようしてエリーはアレックスの認識を改めていると、


「先輩?」


 背後から慣れ親しんだ、その筈なのにずっと聞いていなかったような、後輩の呼ぶ声が聞こえた。


「ミランダ……! 良かった、無事だったのね!」


 すぐさまエリーは振り返ると、そこに立っていたミランダ=ミラーと強く抱擁を交わした。小柄であどけない顔立ちだが、ふわりとしたショートボブの髪型やチャームポイントである泣きぼくろも手伝ってか、いつもクールで大人びた雰囲気を漂わせている、普段のミランダはそういう16歳の少女だったが、エリーに抱きしめられている今の彼女は、小動物のように小さく震えていた。


「おーい、エリー! あれ、そこにいる子は…確か、ミランダさん?」


 声の方へ振り向くと、少し離れた場所で空きのシェルターを探していたアレックスと子供達が駆け寄ってきていた。


「アレックス先輩! 怪我してるじゃないですか、大丈夫なんですか!?」

「えっ? いや、これは昼間デフに殴られた時の傷…。そんなことより、大変なんだ!二人とも着いて来てくれ!」

「どうしたのアレックス、そんなに慌てて…?」


 何やら慌てふためいたアレックスにエリーが問うと、彼はここから少し遠くの、倒壊したビルディンングを指差した。


「あそこでデフが、瓦礫の下敷きになって動けなくなってるんだ!」



「何ぃッ!? 新型は既に基地から運び出されていただとッ!? それは確かなんだなッ!?」


 コックピットの中で部下からの通信を聞いたインデペンデンス・ステイトの兵士ナナキ=バランガは、怒りで握り拳を震わせていた。新型機の奪取を命じられたにもかかわらず、結果的に目標の確保に至らなかった部下達を責めているのではない。その部下を率いてる隊長である自分の失態を恥じているわけでもない。小賢しい真似をする、U3Fに対して怒りを燃やしているのだ。ナナキはそういう男だった。


「そういう賢しさがあるのなら、その頭を少しでも、宇宙の難民達のために使ってやったらどうなのだッ! 国連の犬どもはッ!!」


 怒鳴り散らしていると、敵機の接近を示すアラートが鳴った。敵味方の位置座標を表示するレーダーを確認すると、背後から一機の敵DSWがこちらに近づきつつあった。ナナキはすぐに手元の操縦桿を強く引き、空中で静止していた機体を翻す。

 “ギム・デュバル”。ナナキらインデペンデンス・ステイトの兵士が乗るその機体は、同軍の主力DSWである。

 頭部はガスマスクのような形状で、防塵用のゴーグルの奥で、赤い双眸にもみえる二つのカメラアイをそれぞれ輝かせている。赤土色の装甲で身を包み、そのフォルムは中世の鎧騎士を彷彿とさせた。

 武装も取り回しのよいものが採用されており、右手には猟銃のような長身のライフル、右肩には煙幕を発生させるスモークディスチャージャー、左肩には連射性の高い機関砲、そして左前腕を覆う、巻き貝にタコの吸盤が随所にくっ付いたような形状のエネルギースピア発生装置、通称“ヘッジホッグ”が装備されている。


 対する敵機はDSW“ソリッド”。武力による統治を行うU3Fの象徴たる機体であり、そのペットネームに恥じぬ強固な重装甲に覆われている。さらに高出力のブースターが機体背部等に装備されており、防御力と機動性の両立を目指すという大胆なコンセプトから開発されていた。しかし、これらはカタログスペックからの謳い文句に過ぎず、実際は旋回性能が劣悪で小回りが利かない欠陥機である。強いて優れた点を挙げるとするならば、無骨でシンプルな構造のおかげで整備性が高く、多少の無茶な操縦にも耐えられることくらいだろうか。

 ナナキの乗るギム・デュバルは、迫り来る眼前のソリッドに臆することなく、左腕の“ヘッジホッグ”を構え、


「実に脇が甘いッ!」


 そしてソリッドの腹部を目掛け、思い切り突き出した。“ヘッジホッグ”が敵機の胴体部装甲を貫いたことを確認するまでもなく、ナナキは左腕部のエネルギー出力を最大限まで上げる。刹那、“ヘッジホッグ”の随所に設置された銃口から、バーナーの炎にも見える高出力のエネルギーが放出され、ソリッドを内側から焼き切った。


「格が違うのだよ。このギム・デュバルと、貴様とではなッ!」


 威風堂々とした態度でそう告げると共に、ナナキのギム・デュバルは動かなくなった敵機からヘッジホッグを引き抜くと、次の目標を仕留めるべく飛び上がった。腹部を貫かれ亡骸と化したソリッドが、コロニーの大地へと落下していった。



 輸送用トレーラーの運転席に座るバッフ大尉は、宇宙港へと向かっていた。荷台のコンテナには、戦闘の発端となった機体“ピージオン”が収納されている。


(今思えば、最初から何もかも不自然だったのだ)


 ハンドルを操作しながら、バッフはそんなことを考えていた。

 いくら軍の最新鋭DSWだからといって、インデペンデンス・ステイトが、コロニー住民を人質にするというリスクの高い戦法をとってまで奪おうとするほど、この機体に価値があるとは到底思えなかった。あるいは、テストパイロットを担当したバッフでさえ知らない“何か”が、あの機体に秘められているというのだろうか。

 そう仮定した場合、インデペンデンス・ステイトはどのようにしてその情報を手に入れたのだろうか。いや、木星という辺境の地で秘密裏に造られていた機体だ。敵はおろか、U3F内ですら限られた人間にしか知らされていなかったこの機体の情報が、連中に漏洩するとは考え難い。

 バッフは運転席に備え付けられた、コンテナ内部の様子を映すカメラをモニタリングした小型ディスプレイに視線を向ける。

 “LDP-091 ピージオン”。電子戦に主眼を置かれ開発されたとされるその機体は、宝石のパールを連想させる純白の装甲や、頭部に付けられた女神像を筆頭とした過度な装飾が目を引き、とても兵器らしからぬ印象と存在感を放っている。


(戦場に立つには派手すぎる機体だが、キョウマ=ナルカミは意図的にデザインしたような事を言っていた。あえて、戦場で目立たせる為の機体……?)


 ピージオン開発プロジェクトの主任設計者であるキョウマ=ナルカミと、責任者のルーカス=ツェッペリン=Jr.の事を思い出す。二人とも軍属ではなく、LOCAS.T.C.の社員だ。彼らの指導のもと、U3Fの軍人であるバッフ達がテストパイロットや整備士として参加し、ピージオン開発計画は進められていった。


 もしも、U3Fに兵器の提供を行っているLOCAS.T.C.が、インデペンデンス・ステイトとの間に、癒着があるのだとしたら。


 もしも、U3Fの基地で開発されていたピージオンの情報を、LOCAS.T.C.がインデペンデンス・ステイトに水面下で提供していたとしたら。


 もしそうならば、それは“強奪”を装った“譲渡”である。


(まさか俺達は、初めから“盗まれる”為にこいつを造ったのか!?)


 バッフの頭の中である一つの答えが導き出された刹那、頭上から大破したソリッドの残骸らしき物体が、こちらのトレーラー目掛けて落下してきている事に気付いた。


「うわあああああッ!!」


 彼は即座にハンドルを回したが間に合わず、ソリッドはコロニー居住区を走行中だったトレーラーの運転席に直撃した。



「もう俺達のことは置いてさっさと逃げろよ! ここにいたらお前らだって、いつ流れ弾に当たるかわからないんだぞ!?」

「今のコロニーの現状なら、どこに逃げたってその可能性はあるよ!」


 崩れた建物の柱の下敷きになってしまったデフとミドの二人を助けるために、アレックスやエリー、施設の子供達、そしてミランダは必死にコンクリートの塊を退かそうとしていた。しかし、彼らがどんなに気合や根性を燃やそうと、それが物量という名の摂理を塗り替えられる筈もなく、10分ほど経過した今でも、瓦礫は一向に動かかなかった。

 普段はお喋り好きなはずのミドは途方に暮れるあまり、先ほどから言葉を失っていたが、デフはアレックスの行動に納得できないのか、彼に対してひたすら抗議を続けていた。


「なんで助けようとするんだよ! お前、バカか!? 俺はお前を殴ってた男なんだぞ!? 恨んでるんだろ!? だったら俺なんか見殺しにしちまえよ!  因果応報ってヤツだ、化けて出たりなんてしねぇよ!」

「お前を恨むことなんて、後でいくらでも出来るよ! でも助けるのは、今しか出来ないだろ!」

「チッ、こんな時まで“減らず口のアレックス”かよ! カッコよくねぇな! チビのくせに……ッ!」

「死にたくないよお……じにだぐないよお、ママァ……!」

「お前はさっきから耳元でうるせェよ! ミド!」


 緊急事態だというのに、男達の交わす罵詈雑言の嵐に若干呆れていたミランダが何となく辺りを見渡していると、“それ”は視界に飛び込んできた。


「ねぇ、先輩」

「ん、なあに? ミランダ」

「アレ、なんでしょうか……?」


 ミランダが指差した方向へ、エリーも顔を向ける。

 500メートル程先に、大破したDSWらしきものが見えた。直角的なデザインからして、U3Fのものだろうか。心なしか、そのDSWは次第に大きくなっているように見えた。


(って、違う、そうじゃない……!?)


 よく見ると、トレーラーが大破したDSWの下敷きとなっていた。運転席を潰されてもなお走り続けるトレーラーは、減速することなくこちらへ近づいていた。


「いやっーー」

「伏せてッ!!」


 絶句するミランダに構わず、咄嗟の判断でエリーは彼女を抱えて、倒れこむように床に伏せた。視界の端で、アレックスも同様にミリアとテオドアを抱えているのが見えた。 直後、ドンッ、という鈍い衝撃音と共に、エリーの視界が真っ暗になった。

 自分は生きているのだろうか。それとも死んでしまったのだろうか。


「先輩、重いです」


 胸の中で窮屈そうにしているミランダの声を聞いて、エリーは自分がまだ生きているのだと、ようやく実感することができた。暴走していたトレーラーは、どうやら数メートル横の瓦礫の山に衝突して、ようやく静止した様子だった。


「エリー、ミランダ、大丈夫!?」


 ミリアとテオドアの安全を確認したアレックスはすぐこちらに近づいてくると、迷うことなく手を差し出してきた。


「えっ」

「えっ?」


 驚嘆のあまり、思わずエリーは声を出してしまっていた。アレックスとの施設での生活は長いが、エリーが喧嘩などに負けて立てないアレックスに対して手を差し伸べることはあっても、その逆は一度もなかった。無意識のうちに、エリーはアレックスからそっと視線を逸らしていた。その顔はほんのり赤い。


「夫婦漫才、ご馳走様でしたっ。先輩方」


 胸元から不意に聞こえた声にびっくりして振り返ると、ミランダが小悪魔っぽいにやにやとした表情でこちらを凝視していた。周囲を見回すと、ミリアやテオドア、デフやミドも同様にエリーらを眺めていた。


「めおっ……!? なに言ってるのよミランダ! ひ、一人で立てるわよ!」

「そ、そう……?」


 エリーに言われ、アレックスは申し訳なさそうな顔で手を引っ込めた。明らかに動揺しているエリーがよろめきながら立ち上がり、ミランダもそれに続いて身体を起こした。いつの間にか、先ほどまで張り詰めていた緊張の糸も、少しだけ解けているような気がした。


「もしかして後悔してます? 先輩の手を取らなかったこと……」

「ミランダ! 茶化さないで!」

「……あのトレーラー、LOCAS.T.C.のだよな?」


 思慮深い様子でミドが呟くと、その場にいた全員が少し先で瓦礫の山に突っ込んだトレーラーを見た。荷台のコンテナには確かに“LOCAS.T.C.”というロゴがプリントされていた。


「るーかす、てぃーしー?」


 聞き慣れない単語に、ミリアが首を傾げた。ミドは次いで説明をする。


「軍用の兵器とか造ってるでっかい会社だよ。U3Fが使ってる戦車とか戦闘機、それにDSWの大半はLOCAS.T.C.製だと言っても過言じゃない」

「……お前、ミリオタだったっけ?」


 兵器や戦車などと、物騒な単語を淡々と羅列するミドを見て、デフは呆れた様子で言った。


「ン……そんなところかな。 後、スプーンとか、洗剤とかだって造ってる」

「ああ! あの食器洗い用の!」


 洗剤と聞いてどうやら疑問が解消された様子の13歳の少女のミリアに対して、デフはすかさずつっこみを入れようとしたが、唐突にトレーラーに向かって走り出したアレックスが見えて、自然と口からは別の言葉が出ていた。


「アレックス! どうした!?」

「コンテナの中に、何か役立つものがあるかもしれないだろ!?」


 遠くなっていくアレックスは声を貼って叫ぶと、荷台の後ろに回った。コンテナの扉には鍵などは特に掛かっておらず、少し握力を加えれば容易に開くことができた。


「これは……、ダイバーシティ・ウォーカー?」


 コンテナの中には、巨大な、目測で10メートル強はある人型のロボットが仰向けに寝かされていた。これ程のサイズで人型の機械など、DSWか、作業用のマシン・ワーカーくらいしか思い浮かばない。コンテナの暗がりの中でも、宝石のように白く艶のある装甲は僅かな光を反射して上品な輝きを放っており、頭部の翼が生えた黄金の女神像の装飾は、昔見ていたアニメに出てきた角のあるロボットを彷彿とさせた。


(いや、あんなに生々しい羽みたいなのは生えてなかったよな。流石に)


 目の前のDSWを見て、アレックスがすぐに架空の戦士を思い出すのも無理はなかった。それ程までに、このDSWの外見はどこか現実離れしており、アレックスが見ていたニュースやネットの記事に掲載されていた“いかにも兵器”といった風貌の他のDSWとは全く異なり、率直な表現をすると“金持ちが趣味で造ったおもちゃ”のような印象を受けた。


「こいつを動かせれば、瓦礫だって退けられるんじゃないか……?」


 その思い付きが無茶だということは、アレックスにだってわかっている。しかし、他に打開策が思い浮かばない以上、そうするしかあるまい。

 善は急げと言わんばかりにアレックスはコンテナ内に入り込むと、窪みに足を引っ掛けるなどして、何とかDSWの胴体部にまでよじ登る。わけも分からないまま手元にあるコックピットの開閉スイッチを捻ると、人間でいう胸の辺りでハッチが開き、操縦席があらわになった。


「運転席……きっとあれだよな」


 アレックスはすかさずコックピットの中へ入り込む。操縦席のシートは意外にも心地よく、アレックスの華奢な身体を優しく包み込んでくれているようだった。手前のコンソールには光が灯っていることから、少なくともこのDSWが壊れていないことは確かなようだ。


《パイロットの搭乗を確認。コンディションチェック中……》


 不意に、コンソールから若い女性のような声が発せられた。


《エラー。警告メッセージ。貴官は当機の正規パイロット、『ミスト・ガーデン』第3防衛部隊所属のバッフ=クランク大尉ではありませんね?》

「お前は…? この機体のAIか?」

《はい。私は搭乗者支援型AIユニット、“エラーズ”》


 エラーズと名乗ったAIの口調は、とても流暢なものだった。先ほど名前が挙がっていた“バッフ=クランク大尉”というのは、トレーラーを潰していたDSWに乗っていた人物のことだろうか、あるいはトレーラーの運転席に座っていた人物のことだろうか。


「大尉は……、多分、もういない。 いないと動かせないのか?」

《了解。基地司令部との通信途絶など計31の理由により、現状況を緊急事態レベルA+と判断。条例に基づき、貴官に操縦権限を委ねます》


 基地司令部との通信が途絶? アレックスは何やら重要な意味を持っていそうな言葉に引っ掛かりを感じたが、エラーズはそんなことも御構い無しといったような事務的な口調で問いかける。


《確認メッセージ。貴官の妙名と階級、所属、識別コードを》

「あ、アレックス=マイヤーズ、軍人じゃない。 でも、助けて欲しい人がいる」


 アレックスは階級の代わりに、着飾らない想いを告げた。


《Hello world You have control “PEAXIONピージオン” システムモード4に移行します》


 エラーズが言うと共に、白いDSWの頭部に人と同じバランスで配置されている、血のように赤いツインアイが光り輝いた。

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