第12章『君臨せしはフリーズ 3』
「交渉は決裂した! お前たちをこれより、独房へと連行するッ!!」
それまで応接室で監視をしていたムサシ=マリーンが、二人の人質に対してライフルの銃口を向けた。民間人のミリアには危険が及ぶ可能性があるため、先ほど自室に戻るように言っておいた。
「……はァ!? ちょっとあんた、まさか私たちを殺す気!?」
「そのつもりはないが、言うことを聞かないのであればそれも止むを得ないな! ほら、はやく歩け!」
口答えするサクラに対して、ムサシは彼女の背中に銃口を突きつけた。
「貴様は」
「誰が喋ってもいいと言ったッ!?」
突然喋りだしたチャーリーに対して、ムサシは銃口の先を移す。銃口を向けられてもなお、手錠をかけられている少年は、全く動じることなく話し続ける。
「貴様は、言うことを聞かなければ殺すと、そう言っていたな」
「そうだよ! だからなんだ!?」
ムサシが言葉を言い終える前に、チャーリーの手錠が突如として外された。
否、既に外されていたのだ。
ムサシは一瞬、目の前で起こったことが理解できなかった。その一瞬の隙にチャーリーは慣れた動作でムサシを床へと叩き伏せ、さらにライフルを奪った。
「殺せるものなら、殺してみろ。ということだ」
「お前ッ、抵抗をォォォォォォォォォォァァァァアアッ!!?」
必死に抗議するムサシの後頭部を、チャーリーの奪ったライフルがフルオート連射で撃ち抜いた。チャーリーは返り血を浴びた顔を豪快に拭うと、サクラの後ろ手に付けられた手錠を破壊した。
「……ふぅ、チャーリー。あ、ありがと……って、何してるの?」
チャーリーはうつ伏せのまま動かなくなったムサシの体をひっくり返すと、手際よくボディチェックを行っていく。すぐに胸ポケットの中からDSWのパスコードキーを見つけると、それをサクラに投げ渡した。
「礼は後でいい、まずはこの艦から脱出をする」
「……そ、そうだね。行こう! チャーリー!」
ライフルを持って艦の廊下へと飛び出したチャーリーの背中を、サクラは後から追いかけた。
*
「あんだって……! ムサシが人質に殺られた!? そりゃ本当なのかよッ!?」
格納庫に待機するソリッドのコックピットの中で、ヒューイ=M=ジャクソンはブリッジからの連絡を聞き、驚愕していた。
《人質二人は現在、ムサシさんから奪ったライフルを持って格納庫へと移動していまッス! “バロム3”は格納庫で待ち伏せして、二人を発見次第確保、最悪の場合は射殺してくださいッス!》
(それはつまり、敵討ちをしてもいいってことだよなァ……!)
ヒューイは唾液のふんだんにのった舌で唇を舐めまわしつつ、トリガーの感触を確かめる。
すると、待つ間もなく、格納庫の入り口に二人の人質が現れた。ライフルを持った男は、自分を捉えているヒューイのソリッドの気配に気づくなり、すぐにその機体の足元を目掛けて動き出した。
「野郎!? DSW相手に生身でやろうってのか! ヒャッハッハーッ!! クレイジー過ぎる! こいつぁ最高の大馬鹿野郎だぜェッ!」
ヒューイはわざわざ外部スピーカーの電源をオンにし、敵を挑発するように言った。男は動じることなく、こちらに近づいて来ていた。
「逃げずに向かってくるたぁ上等だッ! そんじゃあよぉ、左右のキンタマに一発ずつ、この銀の銃弾をお見舞いしてやるぜェッ!!」
品のない宣言を格納庫中に響かせると共に、ヒューイは眼前の男に照準を合わせ、躊躇なくトリガーを引いた。
しかし、男はパイロットスーツの背中に付いた空気の推進装置を巧みに操り、銃撃を擦るか擦らないかの際どい距離でこれを回避し、減速せずにソリッドの胸部へと張り付いた。
男が外部の開閉スイッチを操作したのか、ソリッドのコックピットハッチが操縦者であるヒューイの意思とは関係なしに開かれていく。
「3秒以内に、パスコードキーを抜かずにこの機体から降りろ。3、2、1……」
「へ、へへっ……わーったよ、降りりゃいいんだろ……」
*
《サクラ、お前はそっちのソリッドに乗れ》
「りょ、了解!」
奪ったソリッドの外部スピーカー越しにチャーリーの指示を聞き、サクラは格納庫の奥に佇むもう一機のソリッドのほうへ向かった。床を思い切り蹴り、コックピットのある胸部の辺りまで一直線に無重力の空間を飛ぶ。すぐさまコックピットハッチを開き、搭乗席に乗り込むと、先ほどチャーリーから受け取ったパスコードキーを挿入する。ソリッドが起動するのとほぼ同時に、チャーリーから通信が入った。
《乗り込んだな。では、お前は先に帰還しろ》
「先に……って、チャーリーはどうするの!?」
《戦闘部隊と合流する》
チャーリー機が格納庫の隔壁に向かって左腕部の
「戦うんだったら、私も一緒に……」
《お前に来られても足手まといだ。大人しく帰還していろ》
「……!」
サクラは必死に何かを言い返そうとするが、結局何も言えないまま、チャーリー機と共にコスモフリートを後にした。
*
一ヶ月ほどDSWの操縦訓練を受けた甲斐があり、アレックスの機体制御技術は見違えるほどに向上していた。しかし、
「……くそっ! また指がいうことを聞かなくなっているなんて……ッ!!」
照準が捉えた敵機に対して銃弾を撃ち出そうとしても、身体がまた拒否反応を示すようになっていた。
「シミュレーターでは問題なく撃てていたのに……くッ!」
敵艦からの対空砲火を寸前でかわしつつ、戦況をモニタリングしたホログラフィックに目を移す。
(ルビゴンゾーラ級は損傷しているとはいえ、他6隻は未だ健在。敵DSWは30機も出撃している。こっちの戦力はピージオン、クレイヴン、そしてソリッドが4機。どうすれば……!)
《アレックス! そっちに向かったヒューイ機は敵だ! ヒューイのソリッドが人質に奪われた!》
「えっ……!?」
唐突なKTの通信を聞き、アレックスは左—厳密にいえば、宇宙空間に方角は存在しないが、自機正面からみて—を振り向く。味方の識別信号を出す、黒いソリッドが近づいて来ていた。ピージオンはすぐさまベイオネットライフルをソリッドに向け、撃つ、が、
「……撃てない!? 今度は確かに、引き金は引いたはずなのに……ッ!」
この原因は、接近しているソリッドが味方として識別されていたため、フレンドリーファイアを防ぐためのセーフティが自動的に作動したことにあるのだが、死の恐怖を感じ混乱していたアレックスは、それに気づくことはなかった。
(終わるのか……僕は……こんなところで……ッ!?)
*
その時、チャーリー=ベフロワは勝利を確信していた。
それが決して戦略的な意味での勝利を意味するわけではなかったが、一体のDSWを撃墜したのであれば、それは自分が、その敵機の搭乗者に勝った、といえるだろう。それが世界の摂理であり、現実なのだ。
人は生きている限り、争い続ける生き物である。殺し合いに限った話ではない。チャーリーは、生き続けるためには、争いに勝ち続けるしかないことを知っていた。世界も、場所も、人も、食事も、金も、すべては有限であり、奪い合って勝ち取るしかないのだ。だからこそ、こうして生き抜くための肉体と、技術を身につけてきたのだ。
眼前にいるピージオンの胸部が照準と重なり、引き金に指を添える。もちろん、すでにフレンドリーファイア防止用のセーフティは解除してある。
幾多の戦場を生き抜いてきた経験が語る。
(勝ったのは……、俺だ……!)
勝者となるべく、引き金を引いた。
だが、
(……?)
解除したはずのセーフティが、作動していた。
(……何故だ? こちらの操作を……受け付けないだと……?)
チャーリーは即座に、作動していたセーフティの解除をしようとするが、ソリッドを司る制御コンピュータは操作を全く受け付けなかった。
さらに、不可解な現象は続く。
《了解、自爆シーケンスへの移行開始。搭乗者は120秒以内に脱出してください》
「…………ッ!?」
機体が自爆装置を作動させ、あと2分ほどで自爆しようとしていた。もちろん、チャーリーはそのような操作を一切行っていない。
(強制解除も、緊急脱出装置も駄目だと……ッ? 一体これは……)
《あと60秒》
(……ッ! やむをえん……ッ!)
チャーリーは操縦席の隅に置いてあったライフルを手に持つと、コックピットハッチに銃口を突きつけ、フルオートで接射を浴びせてながら、四角形を描いていく。
《あと20秒》
ハッチに四角形の溝ができると、チャーリーはその中心を目掛けて思いっきり蹴りを入れ、鋼鉄のハッチに人ひとり通れるだけの穴を開通させた。
《あと10秒、9、8……》
チャーリーはすぐに穴を通って、ソリッドのコックピットから間一髪で抜け出すことができた。直後、機体は背後で爆散した。
*
自分を撃とうとしていたソリッドが、突然動かなくなったと思えば、機体を自爆させて搭乗者は脱出してしまった。アレックスは、目の前で起こった事態に対して、何か引っかかりのような感触を覚えていた。
(あの人は何を思ってあんなことを……? いや……)
自発的にあのような行動をする理由があるとは思えなかった。ピージオンを道連れにするつもりでの自爆ならともかく、こんなにも離れた距離で爆発に巻き込めるはずがない。
《敵機確認》
エラーズが短く告げる。振り向くと、3機のギム・デュバルがライフルで牽制をしつつ、こちらに接近していた。すぐにアレックスは応戦しようとする、が、
「……えっ?」
ピージオンがベイオネットライフルを構えて射撃する前に、ギム・デュバルは胸部に銃弾を直撃して、3機とも爆散してしまった。撃ったのはピージオンでも、コスモフリートの味方機でもない。3機のギム・デュバルが三すくみとなって、互いを撃ちあっていたのだ。
「エ……、エラーズ! 敵機がいま、何をしようとしていたのかわかるか!?」
状況を飲み込めないアレックスはエラーズに説明を求めたが、応答はなかった。
「エラーズ? おい、どうした、エラーズ! なんで返事をしないんだ!?」
《………………》
「くそっ……」
アレックスは機体をコスモフリートの援護に向かわせようと、操縦桿をぐっと引いた。だが、ピージオンは何故かそれとは逆方向の、敵艦隊のいる方向へと進んでいく。
「こちらの操縦を受け付けていない……!? エラーズ、どういうことだ!?」
応答もないまま、リングブースターをつけたピージオンは敵陣へと乗り込んでいく。スピードは最高速度に到達しており、アレックスは過度なGが全身にかかったことによって、肺を押し潰されそうになる。こちらの接近に気付いた十数機のギム・デュバルが集中砲火を仕掛けてきた。ピージオンはこれを軽やかに躱しながら、的確な射撃を敵機のコックピットに浴びせていく。
(僕は……操縦桿に触れていないぞ……!)
フルスロットルの加速は中の搭乗者にはとても耐えられるようなものではなく、アレックスはもはや操縦桿を握ってもいられないような状態であった。にもかかわらず、ピージオンは依然として敵機の攻撃を回避し、隙あらばライフル先端部分の銃剣を、敵機の懐目掛けて突き込んでいく。気がつけば、敵のDSW部隊はあっという間に全滅してしまっていた。間違いない、今のピージオンは、操縦者の意思とは関係なしに動いているのだ。
「エラーズ。これは……お前がやっていることなのか……!?」
《………………》
「答えろ! お前は一体……誰なんだ……!?」
アレックスのサファイア色の瞳が、淡い紫色に光るコンソールをきつく睨む。すると、アレックスの問いに答えるように、スピーカーから肉声のように流暢な、それでいて冷気を帯びたような冷たい声音の合成音が発せられた。
《……ワタシは、“FREEZE”。『マスター・ピース・プログラム』を司るために、生み出された存在》
「フリーズ……? エラーズとは違うんだな……!? お前は一体、何をやろうとしているんだ……ッ!?」
《お前には知る権限がある。話そう、『マスターピース・プロジェクト』の、その全貌を……》
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