第11章『君臨せしはフリーズ 2』
ルビゴンゾーラ級戦艦までたどり着くと、多くのインデペンデンス・ステイトの兵士が迎え入れてくれた。迎えらる、といっても銃口を向けられたなどという物騒な意味ではなく、銃は携帯こそしていたものの、それを構えようとする様子はない。兵士の一人がこちらに会釈すると、アレックスたちをすぐに応接間へと案内してくれた。
(ここが、本当にインデペンデンス・ステイトの戦艦だっていうのか……?)
艦内の兵士達は、U3Fのグレゴール中佐のような、いかにも職業軍人といった堅物そうな人物は殆どおらず、どちらかというとコスモフリートの乗組員のノリに近いように見受けられた。
「U3Fと互角に戦える戦力を持っているとはいえ、こいつらは性質的にいえば、正規軍というよりは義勇軍に近いからな」
アレックスが怪訝な様子で艦内を見回していることに気づき、シンディが補足をしてくれた。
「義勇軍に近いって、どういうことです?」
「義勇軍は、かなり乱暴な表現をすると、大規模なレジスタンスみたいなもんだよ。こいつらの場合、階級制度だって存在しない」
「軍なのに階級がないなんて、それだと、組織としてうまく機能しないんじゃ……」
「実際そうでもないみたいなんだよな、これが。オミクロンの手腕がそれだけ凄いってことだろう。おかげでこの軍の士気は、U3Fよりも圧倒的に高いとまできたもんだ」
階級制度を設けるということは、すなわち複数の管理職の人間がいて、はじめて成り立つ組織となることである。管理体制を分割しているため、安定こそするものの、命令系統の複雑化を招いてしまうといったデメリットがある。それに対してインデペンデンス・ステイトは、オミクロンという唯一無二の指揮者を設けることで、非常に簡略的な組織図を実現している。もちろんこれは、指揮者が杜撰であればすぐに組織として倒壊していってしまうというリスクの高さを意味するが、オミクロン一人の有能さが、それをカバーしているのだ。出鱈目な話ではあるが、それが事実である。腐敗した民主政治よりも、優秀な人物による独裁政治のほうが、組織としてはうまく機能するのだ。
そのようなことを考えてるうちに、アレックスたちは応接間に到着した。その部屋は、宇宙船内特有の窮屈さをまるで感じさせないほどに広大な空間で、重力もあった。部屋の中央にはテーブルを挟んで二つのソファが置いてあり、片方にはすでに仮面の男が座していた。
「コスモフリート代表者、キャプテン=バハムート他4名。失礼させて頂く」
「お会いできて光栄だよ、艦長。とりあえず、座ってくれたまえ」
オミクロンが促すと、コスモフリートの一同はそれぞれが緊張した面持ちで、ゆっくりとソファへと歩みだした。アレックスには自分達が、まるでサッカーグラウンドに立つアウェイチームのように思えた。部屋の外には何人ものインデペンデンス・ステイトの兵士が銃を持って待機しており、部屋の中にもオミクロンのすぐ側に側近の兵士が……、
「……って、もしかしてドリィさん!? 『ミスト・ガーデン』の街角で、胡散臭い商売をしていた……!」
オミクロンのすぐ後ろにいた女性を見るなり、アレックスは思わず口走ってしまっていた。その女性は黒いドレスに身を包んでおり、雪のような白い肌が印象的だった。髪は以前見たときのようにボサボサではなく、綺麗に流れるようなストレートだった。
「おや、知り合いかい?ドロレス」
「……?いえ、あのような少年は存じておりませんが」
オミクロンにドロレスと呼ばれたその女性は、本当に心当たりがないといった様子でアレックスを見た。やはりただの人違いだったのだろうか。
「……いえ、人違いでした。気にしないでください」
言葉の上では弁明したが、雰囲気こそ大きな違いはあれど、その顔立ちはドリィと瓜二つで、アレックスにはとても別人だとは思えなかった。
「ってか、本当にお面かぶったまま話し合いするつもりかよ……」
「軽率だぞ! ポニータ」
ソファに座るなり、開口一番にポニータが呟き、KTがそれを制した。
「でもよKT、こんな得体の知れない男と腹を割って話せっていうほうが無茶だぜ……?」
「そ、それは……」
正直なところ、それはポニータだけではなく、コスモフリート側の代表者全員の本心であり、総意であった。そのやり取りを見るなり、ドロレスが口を挟んだ。
「あなた達の艦長だって、名前を偽っているでしょう? バハムートなんて物騒な本名の人間がいるはずないものね。はっきり言って、この場において、名前や姿が本物か偽りであるかなんて、どうでもいい問題なのよ。議論するだけ時間の無駄だわ」
言い方こそ辛辣なものであったが、彼女の指摘は間違っていなかった。しかし、ポニータは納得できていない様子で、血相を変えて抗議する。
「礼儀ってもんがあるでしょうが! あんたは映画館で騒いでる人間を見過ごせっていうのか! その仮面が不愉快だって言ってんだよ!」
「へえ、海賊風情がマナーを語るのね」
「てっめェ……ッ!」
「はっはっはっはっはっ! 愉快だな、君たちは」
ドロレスに軽くあしらわれてしまったポニータはつい手が出かかっていたが、オミクロンの高笑いを聞いて、寸前のところで我に返っていた。
「たしかに、君たちが思うように、このような公的な席で仮面を付けるのはいただけないな。しかし、そのような恥を忍んででも、私には仮面を外せない理由があるのだ。すまないが、了承してもらいたい」
オミクロンの手が、仮面の顎の部分に触れる。
「それに、私がインデペンデンス・ステイトの創始者であるという事実は、揺るぎない真実なのだ。バハムート艦長、君とてそれは同様だろう。君たちには、真実に向かう意志があると思っている。だから、このような席を用意したのだ」
「オミクロン、あんたが真実を示すものだというのなら、言いたいことははっきりと言ってくれ。俺達への要求は、なんだ」
バハムートが問いただすと、オミクロンは実直な真実だけを告げる。
「我々インデペンデンス・ステイトは、君たちコスモフリートと、同盟関係を結びたいと思っている」
「同盟……だと……?」
インデペンデンス・ステイトはコスモフリートの抱えるピージオンを求めているのだから、いっその事、身内として受け入れてしまおう、といったとこだろう。オミクロンの提案の直後、最初に口を開いたのはポニータだった。
「本気でそんな話に乗ると思ってんのか? 私たちは火消し屋なんだ。そして、あんたらは戦争の火種そのものでしょうが」
「ならば問おう。君たちの行いは、本当に争いをなくすことができるのか?」
『争いをなくす』という言葉に、アレックスは思わず耳を疑ってしまった。U3Fに正面から挑むような男から、そのようなことを口にするとは思ってもみなかったからだ。オミクロンの問いに、シンディが問い返す。
「争いをなくす……とは、どの程度の意味でしょうか? 戦争行為の沈静化という意味であれば、それは我々の目的でもありますし、事実、達成できているといっていいでしょう。大量破壊兵器を我々が破壊して回っていなければ、地球は今頃……」
「そうではない。『戦争そのもの』を無くすことができるのかと聞いているのだ」
アレックスは目の前にいる仮面の男が何を言っているのかがわからなかった。この場にいるコスモフリートのメンバー全員もきっとそうだろう。
「ちょっと待ってくれ、それは、インデペンデンス・ステイトの目的が宇宙居住者の独立ではなく、戦いそのものを無くすことだって言いたいのか!?」
KTが問いただすと、オミクロンは首を横に振った。
「これは私個人の願いに過ぎないよ。インデペンデンス・ステイトという組織の目的は、君が言ったように、宇宙居住者の自治権の獲得にある」
「では、仮にあんたが、本当に『争いをなくすことを願っている』としよう。そのような男がなぜ、戦争という手段を選んで、U3Fのような大きな組織に戦いを挑んでいるんだ? これでは、明らかに矛盾が生じていると思うのだが」
「矛盾などないよ、バハムート艦長。私は戦いをもって戦いを制そうとしている。それだけだ」
「あんたの主張は支離滅裂だ……! 戦争という手段をとる者が、戦争を撤廃させることなど出来やしない……!」
「……では、ピージオンがその鍵を担っているとしたら?」
その機体名が出ると同時に、全員が押し黙る。戦争を無くす為の鍵となる兵器だと? この男は何を知っていて、何を企んでいるんだ? そんな疑問が頭の中で渦巻いているアレックスは、オミクロンに尋ねられた。
「君が……ピージオンのパイロットの少年かい?」
「……いけませんか」
「いいや、君に聞きたいことがあってね。君は、人類が戦争という行為をやめることが、できると思うかい?」
オミクロンの表情は、アレックスには見えない。しかし、この男の目は、確実にこちらを捉えているのだと、アレックスは確信した。
「人が、戦争をやめること……」
それは、アレックスが日常的に抱えていた、切実な願いであり、祈りであった。人が、人を殺しあわない世界。それは、間違いなく幸福な世界だろう。
だが、そんな世界など実在しないのだということは、歴史が証明しているし、そもそも戦いとは、動物の根幹に根ざしたプログラムでもあるのだ。生物が、無性生殖と決別することによって自らに進化を促したその時から、動物たちにとって、生まれもった不平等さというものは当たり前となっているのだ。やがて時が流れ、人類が知性を手に入れると、人類は自分たちの不平等さを自覚し、優越感や嫉妬などという感情が生まれ、憎み、争い合うようになったのだ。
生物学において、争いとは決して愚かしい行為ではない。より優れた個体が生き残り、後世へと伝えていくための、選別の儀式に過ぎないのだ。つまり、人類同士の争いというのも、遺伝子が意図的に仕組んだプログラムなのであり、遺伝子という人類の支配者と決別しない限り、人類は永遠に戦いを捨てることはできない。つまり、不可能なのだ。
哲学において、戦争は人として愚かな行為だとされている。人には知性があるのだから、闘争を引き起こす本能に飲まれてしまうのは、恥じるべきことである、というのだ。本能に抗うことができる動物は人間だけであり、人類だけが、戦争という概念と決別できる可能性をもっているといえるだろう。
(でも、現実はどうだ?)
国連政府は平和な世界を謳いながらも、圧倒的な武力で支配・統治し、抑止力となって世界を恐怖に陥れている。抑止力による平和、それは矛盾した言葉である。抑止力とは、意図的に勝利者を設けることで、残った者たちが敗者として屈することだ。それは戦いが起こらない競争であり、真の平和であるとはいえない。事実、自分たちが敗者と決めつけられていることに不満を覚えた人々が、インデペンデンス・ステイトとなって武装蜂起をはじめている。
戦争だけが争いではない。入学試験だって、学力の劣るものを振るいにかけるための制度だし、恋愛だって、容姿や性格の良い人間、あるいは資産的余裕のある人間や相性のいい人間を選別するための通過儀礼に過ぎない。
人類はもしかしたら……いや、もしかしなくても、生まれた時から争うためだけに生まれてきた生き物なのだろう。
悲しいが、これが現実なのだ。
「人が争いを捨てることは、できません。僕たちが、人である限り」
それ以外の解答を、アレックスは導き出すことができなかった。
「ほう、良い答えだ。君は戦争という行為を、様々な視点で捉えることができている。その上での結論なのだろう?」
図星だった。しかし、アレックスが頷くことはなかった。
戦争を無くすことはできない。わかってはいても、心のどこかでそれを肯定できない自分がいた。
「話を脱線させすぎだ。それとも、あんたにとってはこの話が本命だったか?」
バハムートがオミクロンの仮面の瞳をきつく睨む。こういう時に、表情を読み取れないのが仮面の卑怯さだと思い、バハムートは内心苛立っていた。
「それもそうだな。では艦長、そろそろ決断してもらおう」
この場にいる全員が、バハムートの回答を待っていた。
もしこの交渉を承諾すれば、コスモフリートは戦力増強をはかれる上に、巨大勢力を味方につけたことで、より安全に行動をすることができるようになるだろう。
逆に拒否すれば、それはインデペンデンス・ステイトを正式に敵に回したことになり、少なくともこの場にいる7隻の艦隊と戦わなければならない。
「コスモフリートは……」
バハムートが口を開き、長く重い沈黙を破った。
「コスモフリートの行動理念は、戦いの火種を潰すことで、戦争の炎を沈静化させることにある。お前たちインデペンデンス・ステイトが争いを起こす松明となるのなら、その炎を消しに現れるのが俺たちの役目だ」
両者の間を、刺すような鋭い視線が飛び交う。
「つまり、交渉は決裂だと」
「そうだ」
交渉の決裂。それはつまり、争いの火蓋が切って落とされたことを意味している。
「もう一度言う、俺たちはあんたらの言いなりにはならない」
バハムートは、念を押すように決意を表し、そして吠えた。
「……聞こえただろ? ナットォォォォォォォォォォォォッ!!」
刹那、ドラムのように響く激しい連射音とともに、艦内を激しい揺れが襲った。オミクロンやドロレスが突然の事態に動揺しているのを尻目に、コスモフリートのメンバー達はすかさずスペーススーツのヘルメットを装着した。
その直後、応接間の壁を巨大な腕が粉砕する。空いた巨大な穴から頭部が少し覗いているのは、コスモフリートの所有するDSW・クレイヴンだ。
《おやっさん達! はやく、こっちに飛びうつれッ!!》
ナットの声がクレイヴンの外部スピーカーから発せられると、アレックス達は急いでクレイヴンのマニピュレーターにしがみついた。五人全員が掴まっていることを確認すると、ナットは機体をルビゴンゾーラから脱出させた。
*
「……くッ!」
突然に姿を現したコスモフリートの黒いDSWが艦の壁に大穴を開けたことによって、部屋中の空気ごとソファやテーブルが外へと流れ出し、生身だったドロレスも宇宙に放り出されそうになってしまった。地面と接していた足が浮き、身体が宇宙へと引っ張られ……
「ドロレスッ!!」
直前で、オミクロンに手を掴まれて、ドロレスは九死に一生を得ることができた。オミクロンの仮面の瞳が、手を掴まれたまま空中を漂っているドロレスを見つめる。
「お前はまだ死んではいけない! 私がそれを認めない!」
オミクロンから発せられる合成音のような声で紡がれる言葉は、飾り気のない本心のように聞こえた。
(ああ、やっぱりこの人“も”、私の知っているルーカスなんだ……)
ドロレスはこの瞬間、ようやく男の“仮面の裏側を理解する”ことができた。
*
バハムートが念のために、ナットのクレイヴンをルビゴンゾーラ級戦艦のすぐそばで待機させていたことは、結果的に得策であった。
インデペンデンス・ステイトがクレイヴンの存在を探知できなかったのは、クレイヴンが“インビジブル・コーティング モードS”を発動させていたためである。スケルトンを意味するそれは、クレイヴンの3つの光学迷彩システムのうちの1つで、機体周辺の光を透過、あるいは屈折させることによって、機体を不可視状態にすることができるものだ。実体をもつが視ることのできない、いわゆる透明人間にもっとも近いモードではあるが、機体側からも外の様子が見えなくなってしまうという明確な欠点を持っており、待機時くらいにしか用いられることはない。逆にいえば今回のような、極力戦闘を避け、気づかれないように近づく作戦には、非常に向いているともいえた。
「聞いたか野郎どもッ! インデペンデンス・ステイトとの交渉は決裂した! これよりコスモフリートは、全力をもってインデペンデンス・ステイトに応戦しつつ、この宙域から離脱するッ!!」
クレイヴンがコスモフリートに着艦すると、バハムートは通信機ごしに、艦内の全乗組員に対して、そう叫んだ。
「ナットはクレイヴンの補給を済ませ次第すぐに出撃! アレックス君も、ピージオンで出られるな!?」
アレックスは頷くと、格納庫の奥に鎮座するピージオンの方へと向かった。
(暴力は愚かだと言っておきながら、僕は、人は争いを捨てられない生き物だと、オミクロンに対して答えてしまった)
コックピットで身体を固定するためのベルトを締めながらも、アレックスは先ほどの会談が頭から離れずにいた。
(本当に愚かなのは、僕のほうなんじゃないか……?)
そんな疑念を押しつぶすように、全身に強烈なGがかかり、リングブースターを装備したピージオンはカタパルトから宇宙の暗闇へと放たれた。
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