彼女が見ていた


 6限目の授業が終わり、担任が戻ってくるまでの間、私はまた一人、ぼんやりとする。



「スミちゃん、歴史のノート、見せてくれる?」



 隣の席のフミが、私にそう言って声を掛けて来るのは、これも毎週のことだ。私は机の下からノートを探して引き出すと、フミにそっと手渡す。



「ありがとう、スミちゃん。私、あの先生の板書に、いつになったら付いていけるのか、不安で」



 “フミ” こと津田沼文代が、まじめで繊細な人間だということは、初めて口をきいたときから、気付いている。でもその性質が、彼女の生活にとってどれだけ役に立っているかは、見ている限り、良いことばかりではないようだ。


 シャープペンシルの握り方、消しゴムの動かし方一つ、まるで生き物にふれるように触れる、彼女の手の、力み具合。


そのやさしい手が綴る文字の、罫線に沿って垂直に立ち上がる、教科書通りの素直な漢字と、伸び伸びとした平仮名の組み合わせは、書いた人間の性質を、そのままに表現している。


これだけ分かりやすい人間も、他にはいないと思う。彼女の、悪意や妬みからも自由な心も稀だ。こんな私にも興味を抱いて、付き合いを続けてくれる。



 終業の挨拶を終えて、クラスの人間が三々五々、教室を後にする間、支度を終えた私は、窓の外を見ながらフミを待つ。フミは、そんな私を知っていて、話をしながら宿題のノートを鞄にしまう。



「この前焼いたスコーンなんだけど、あの、スミちゃんに食べてもらったのね。今度は中身を工夫して、オリジナルっぽいの作ろうかなって、思ってるの」


 

 私は分かりやすく瞬きをして、関心があることを伝える。



「うん! でね、スミちゃんにも、家に来てもらって…今度の土曜日とか、いいかな?」



ようやく身支度を終えたフミの言葉に頷くと、2人で教室を出る。



「よかった! でも、忙しいとか、スミちゃんの用事があったらいいんだよ。無理はしないでね」



もとより、個人の用事なんてほとんどない。私は笑顔で頷いて見せる。



フミはいつも、私の顔をじっと見つめる。


言葉ではなく、私の表情と会話しているのだ。そこから読み取れる情報は、あまり多くあるようには思えないのに、彼女との関係は、それで十分保たれている。小学4年からずっと、中学に上がっても同じクラスのフミは、私の親友だと、感じている。



「それでね、家のお母さんが、スミちゃんに…」



フミの話に耳を傾けていると、ふいに前方から強い視線を感じて、私は立ち止まる。


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