第4話 化かし合い

 柳たちが次に向かった場所は事務所から歩いて十分ほどの距離にあるファミリーレストランだ。如月から律子がここで北島樹とコンタクトをとると連絡が入ったのだ。昼時のため店内は混雑している。ウエイトレスはせわしなく料理を運んでおり案内に現れる者すらいない。店内を見渡していると入り口近くの席から如月が顔を出し、手を挙げた。

「柳さん。こっちです」

 出勤前なのか、はたまた仕事中なのか黒のネクタイに黒のベストというパチンコ屋の制服姿で如月はソファーに座っていた。

「もう律子さんは彼氏と合流してるんですか」

 同席に座り込むと真吾は引き続き店内を見渡し尋ねる。如月はドリンクバーのすぐ前に座っている律子の横顔を指さした。

「うん。昨日律子が北島に出したメールにランチなら一緒にできるって返事がきたらしくて、律子も俺も昼休み合わせてとってきたんだよ」

「あの男が北島樹か」

 律子の正面に座っている男を一同は目を凝らして観察する。

「めちゃくちゃ男前ってわけちゃうけど、あか抜けた雰囲気の兄ちゃんやな」

「スタイルいいよね」

「ありゃ浮かれて頭に花畑咲くのも分からんでもないわ」

 真吾と拓海が口々に感想を述べる。二人の言う通り北島は身長百八十センチほどでほどよく引き締まった体つきをしている。至って平凡な大きすぎも小さすぎもしない目鼻立ちで、印象には残りにくい薄い顔だが、そのスタイルのおかげで総合して男前の部類に入るだろう。服装はこれまた記憶に残りそうもない無地の黒のTシャツにジーンズ。しかしこれまたスタイルのおかげでオシャレに見えなくもない。

 それよりも柳が気になったのは装飾品だ。身に着けている貴金属は有名ブランドの腕時計に指輪にネックレス。持っているショルダーバッグも高級ブランドのものだ。

「それで、あの男にどうやって探りを入れるかだが」

 柳が切り出すとすぐさま拓海が反応した。

「俺が行くよ」

「え?」

 如月がこの子どももなんでも屋の一員だったのかと言いたげに目を見開く。

「俺が律子さんの知り合いってふりして近づいて聞き込みする。子どもだから警戒心持たれないだろ」

 得意げに拓海が口角を上げる。こめかみに指を当て、苛立ったように柳が貧乏ゆすりを始める。

「馬鹿野郎。勝手に決めるな」

「じゃ、行ってきます」

 柳の話など一切聞きもせず拓海が立ち去っていく。

「あ、こら! 拓海!」

 真吾と柳が捕まえようと腰を浮かせて腕を伸ばしたが時すでに遅し。拓海は意気揚々と律子の席に向かって行った。柳が舌打ちすると同時にスマートフォンが振動し、拓海からの着信を表示している。

「電話で音声拾わせるつもりか」

 そういうことは悪知恵が回る。致し方なく柳は通話をつなぎ真吾と如月にも聞こえるようハンズフリー設定にした。

 拓海はあたかも近くのドリンクバーにジュースを選びにきたかのように律子の傍に近づき、一旦通り過ぎかけて足を止め振り返った。律子は見知った顔の子どもと対面して驚いたように目を見開いている。

「あれ、律子お姉ちゃん? 偶然だね」

 突然の拓海の登場と何やら演技が始まっている様子なのを察して律子は口ごもりながらも対応する。

「あ、れ? 偶然ね」

 引きつった笑顔を浮かべる律子とは対照的に拓海はとてつもなく自然体で子どもらしい無邪気な笑顔を造り上げている。拓海は律子の前に腰かけている北島を見て大げさに「わぁ」と声を出した。

「もしかして律子お姉ちゃんの彼氏?」

「うん、そうなの」

「えっと、知り合い?」

 戸惑う北島が説明を求めて律子と拓海に交互に視線を送った。律子が口を開く前に拓海が素早く且つ強引に彼女の横に座り込み、嘘八百な言葉を繰り出していく。

「俺、律子お姉ちゃん家の近所に住んでるんだ。それで時々勉強教えてもらってるの」

「そうなんだ」

 ちゃっかり席に座った拓海に顔を引きつらせつつも、北島は作り笑顔で返事を返す。

「お兄さんは何のお仕事してる人?」

「お医者さんよ」

 強引な拓海に圧倒されていた律子が復活し、北島の顔色をうかがいながら代わりに答えた。北島に答えさせたかった拓海は内心、律子に舌打ちしている。もちろんそれは表には出さずに、あくまで無邪気な子どもを演じる。

「そうなの? 俺の母さん看護師なんだ。一緒にお仕事してたりしないよね?」

「どうかなぁ? 病院もたくさんあるからね」

 北島は笑顔のまま穏やかな声で曖昧な返事を返してきた。負けてたまるかと拓海は無邪気な笑顔を浮かべたまま真髄を探ろうと突っ込む。

「お兄さんはどこの病院で働いてるの?」

 笑顔を張り付けたまま北島がゆっくりと答える。

「……漆総合病院だよ」

 薄気味悪い笑顔浮かべてよくも平然と嘘を吐ける。スピーカーから聞こえてきたその答えで柳は真吾と顔を見合わせた。冷たい笑顔を浮かべた柳と失望したように瞳を閉ざした真吾を見て、如月はこれが偽りの答えだったのだと悟った。

「そうなんだ! じゃあ、俺の母さんとは違うね」

 怒りを悟られないようにあくまでも笑顔で拓海は言葉を紡ぐ。見ず知らずの子どもが痛いところを突き始め動揺したのか北島はそわそわと視線を動かし、立ち上がる。

「あ、そうなんだ。ちょっと失礼。お手洗いに行ってくるね」

 ブランドのショルダーバッグを手に立ち去ろうとするが急に真顔になった拓海に制止をかけられる。

「あれ? 男なのにわざわざカバン持っていくの?」

「し、失礼よ」

 慌てた律子が拓海をたしなめると、拓海は再び無邪気な笑顔を浮かべて北島の顔を見つめた。

「いや……そうだね。荷物になるし置いていくよ」

 妙なプレッシャーを感じたのか、置いていかなけれれば不信感が増すと判断したのか北島は作り笑いを浮かべバッグをソファーの上に置いたまま入り口近くのトイレへ向かう。

 どっと気の抜けた律子に肩をつかまれ説明を求められるが、拓海はそれを完全に無視してスマートフォンを胸ポケットから取り出し耳に押し当てる。

「入った?」

 入り口近くには柳たちが座っている。トイレに北島が入ったのかどうか拓海が問いただすが、すぐに返答はない。傍を通っていく北島に殴りかかろうと、いきりたっている如月を抑え込んでいる柳と真吾の小声が聞こえてくるだけだ。

「ちょっと?」

 呆れたように拓海が呼びかけると、ガタガタという物音と共に二人の声が流れ込んでくる。

「入った!」

「身分証明書を探せ」

「財布、財布!」

 拓海はすぐさま律子の横から対面のソファーに移動し、北島が置いていったショルダーバッグを開ける。その中に入っている、バッグと同様の高級ブランドの長財布を取り出す。

「律子さん、写メ撮って!」

 財布を開けながら返事のないことを不審に思い拓海が顔を上げると、律子は自身の手のひらで両目を覆っていた。

「なにしてるの!」

「見たくない!」

「もう!」

 拓海が憤慨すると目をふさいだまま律子はスマートフォンを差し出してくる。それをひったくるように手に取り、高速で指を動かしカメラアプリを起動して財布からカードを取り出していく。

「運転免許書と保険証、あと念のためクレジットカードも」

 並べて写真を撮ると、拓海のスマートフォンの方から慌てた声が流れてくる。

「出てきたで!」

「拓海、急げ」

「分かってるよ!」

 写真を保存し機種をテーブルの上でスライドさせて律子に返還する。そして拓海はすぐさま免許書などをもとの向きで財布に入れ直し、バッグに押し込む。北島がトイレに行く前と同じようにバッグを整えて置き、回転するように律子の隣に戻って着席した。

「どうしたの?」

 やけに荒い呼吸をしている拓海を不思議そうに帰ってきた北島が眺めた。テンションの下がった声色で律子が迎える。

「あ、おかえりなさい」

 北島が着席し、特にショルダーバッグに違和感を感じていないことを確認すると拓海は立ち上がった。

「ごめんね、邪魔して。そろそろ戻るね」

「ああ、またね」

「また宿題教えてね」

 もっともらしい挨拶を律子と交わし、手を振るとドリンクバーへジュースを淹れに行く。その姿を振り返ってしばらく眺めていた北島だったが、拓海へ不審感を抱かずに済んだのか嘆息して立ち上がった。

「律子、俺もそろそろ仕事に行くよ」

「ええ、私も戻らないと」

「診療所と新居のこと考えておいて。それじゃ、また連絡する」

 そう言って律子の髪を撫でると北島は領収書を手にして足早にレジへと進んだ。何も知らずに柳たちと如月がいる席の前を通過していく。北島が会計を済ましている間に柳は声をひそめて真吾に指示を出した。

「俺はこのままあの男を尾行する。真吾は拓海の撮った写真を確認して、調査を進めてくれ」

「分かった。ここの支払いは領収書もろとくからな」

「お前は本当そんなことばっかり」

「大事なことやで!」

 どうせついでに、ちゃっかり昼ご飯も食べる気だろう。お見通しではあったが、北島を見失わないよう小言は言わずに柳は急いでファミリーレストランをあとにした。

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