第6話 パートナーとは言いたくない

 その翌日、別件の依頼を終えた柳は漆高校の校門前で例の要注意女子高生を待ち伏せていた。終礼のチャイムが鳴り響く校舎。赤レンガのオシャレな校舎がこの漆高校の特徴だ。元々は女子高で二年前に共学になったばかり。だから生徒はまだ八割が女生徒である。クラブで知り合った厚化粧女子高生二人組の情報によると、今日は五人のうち一人しか登校していないらしい。ガードレールに寄りかかり少しずつ校舎から出てくる生徒を警戒されないように観察した。

「その一人が部活に入ってたらもっと帰るの遅いんじゃないの?」

 柳の横で炭酸グレープを飲み干した拓海が、おっさんのようにぷはぁ! と吐息を漏らした。

 本当についてきてしまった。横目でじとりと柳がにらむ。

「柳、聞いてる?」

「聞いてない。呼び捨てにするな」

「聞いてるじゃん」

 不愉快そうに拓海が背伸びして柳の顔をのぞき込んできた。それを鬱陶しそうに押さえて視界を良好にする。

「邪魔するなら帰れ」

「そっちが俺の質問に答えてないからじゃん。俺は依頼人なんですけど」

 一丁前の口をきく拓海に柳はため息を吐いた。

「コンタクトをとる女子高生は帰宅部で、学校が終わるとすぐにバイトに向かう」

「ふーん。しかし本当にただ単にバイトしてるだけの普通の人だったらどうするのさ」

 その可能性もないわけではない。柳は空をにらむと唇をへの字に曲げて悪びれもなく告げた。

「そうでしたか、失礼しましたって言っておしまいだ」

「そんなに簡単にいくのかなぁ」

 拓海は呆れかえった。そんな無計画で不躾に質問してうまくことがまかり通るのか。

「不安なら帰れ」

「どうあっても帰らせたいわけ」

「ああ」

 柳がしっしっと虫を追い払うかのように手を振る。その彼の二の腕を拓海は殴る。

「帰り道に俺が襲われたら責任とれるのかよ」

「知るかよ」

 即答。拓海からすれば三十路前なんて大人の中の大人で、誰もが皆なんでもスマートにこなす男になっていると思っていた。だが現実はそうでもないらしい。

「まじ最悪」

「出てきたぞ」

 悪態を吐く拓海を引っ張り柳は校門の陰に隠れた。死角に入って校舎から出てきた女子高生を見つめる。手元のスマートフォンに保存している画像と実物を見比べ間違いがないことを確認した。

 顔を伏せ気味にして猫背の女子高生がこちらに向かって歩いてくる。あれが事件のあった日に欠席していたという五人のうちの一人だ。

 猫背の女子高生はかなり痩せており、骨ばった体形をしている。拓海ですら軽くぶつかっただけで骨を折ってしまいそうな気がした。顔にはニキビの後がたくさん残っており、骨格が華奢すぎるがゆえなのかすべての歯が前に出ているように見える。

「行くか」

 飛び出そうとする拓海の首根っこを柳は慌てて引っつかみ、近くに路上駐車している車の後ろの隠れた。

「馬鹿。いきなり話しかけるわけないだろう! 見つかるなよ!」

「え? そうなの?」

 引きずられて車の後ろで拓海は尻もちをついた。柳も目は校門に向けたまま腰を落として声を潜める。

「まずは尾行する。いきなりあんた俺の金盗りました? って聞いて誰が馬鹿正直に話すかよ」

「そうだけどさぁ」

 校門から猫背の女子高生が出てくる。柳たちが隠れている方とは反対の方向に曲がり、背を向けて去っていく。その歩き方に軽快さはなく、まるで足のある幽霊がするすると滑るように歩いているようだ。

 柳と拓海はその後ろを一定の距離を保って追い始めた。

「とにかくあの女子高生が本当に何かのっぴきならぬ理由で金を必要としているのかどうかを知る必要がある」

「地道だなぁ」

「仕事なんてそんなもんさ」

 柳は肩を竦めた。地道なその一つ一つが成果を成す。だが将来の展望に夢見ている小学生にはまだそれが理解しきれない。

「本当、柳っておもしろくないよねー」

「うるせー」

 つまらなさそうにぼやく拓海を後目に柳は一歩一歩、女子高生の足取りを慎重に追った。

 そして二人はカフェも併設しているケーキ屋で紅茶を味わうことになる。拓海は苺フェアに便乗して苺のミルフィーユを注文し、それを頬張った。

「普通のケーキ屋で普通のバイトしてるだけだね」

 猫背の女子高生は、正直に言うとあまり似合っていないメイド服に身を包み、忙しそうに注文をとってはケーキを箱に詰めている。彼女は持ち帰りのレジを担当しているのでショーウインドウの前から動かない。よって店内のカフェスペースでのんびりケーキを食している二人に観察されていることなどまったく気づいていない。

「お前そのケーキ代持ってるのか?」

 カップをゆっくりと置くと柳は片眉を上げて、ミルフィーユとミルクティーのセットに舌鼓を打っている拓海を見据えた。

 苺の生クリームで口をいっぱいにしながら、拓海はフォークで柳の方を指した。

「はあ? 大人が子どもに出させるわけ? ありえねぇー」

「関係ない」

 頬を痙攣させている柳を無視して、楽しそうに拓海が周囲を見渡す。

「このおじさん誘拐犯ですって騒いじゃおうかなぁー」

「てめぇ……」

 いけしゃあしゃあと。柳は殴りそうになる右手を自身の左手で抑え込んだ。

 それからもしばらく、長期間滞在している女子会グループに紛れてお茶していたのだが、さすがに二時間過ぎると怪しまれると思い。二人は店の外で、猫背の女子高生がバイトを終えるのを待っていた。

 店が閉店する午後七時。店内の電灯が薄暗くなり勝手口からようやく帰宅する従業員がちらほらと現れた。

「やっと終わったよ」

 拓海が大口を開けて欠伸する。腕時計を眺めて柳が言った。

「お前もう夜だし帰れば?」

 小学校を卒業したばかりの子どもをこれ以上連れまわすわけにはいかない。柳の意図に反して拓海は舌を出して得意げに言った。

「嫌だね。もう母さんにも柳のところに泊まるって言ってあるし」

「はあ? なに勝手なことしてるんだよ!」

 柳は青筋をたてて拓海の肩をつかんだ。だが拓海は勝手口から出てきた猫背の女子高生を指さし、柳の腕を引く。

「あ、出てきたよ! ほら、行くぜ! 柳、もたもたするなよ」

「……このクソガキが」

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