第2話 取り戻させていただきます
「俺が依頼人だ!」
昨日のパニックに陥った姿など想像もできないほど拓海は目をむいてきつい口調で告げた。子ども相手に真吾が半歩下がってたじろぐ。
「なんやこいつ、えらい偉そうに。キャラ変わっとるやないか」
「いや、これが元々の性格なんだろ」
白けたように淡々と言うと柳はポケットから鍵を取り出しドアノブを握る。その背を拓海がカッと赤面してにらむ。
「はあ? 早く中に入れろよ」
「どうぞ、お客様」
柳は扉を開けて恭しく頭を下げ拓海を中に入るよう促した。いい大人のあられもない姿に真吾がドン引きする。
「え、柳。まじかよ、子どもだぞ?」
「子どもだろうが誰だろうが支払いをしてくれるなら俺にとっちゃ依頼者だ。なんでも承ります」
老若男女問わず、契約を結べばそれは柳にとってはやるべき仕事なのだ。拓海はにっと口角を上げて入室するとソファーに陣取った。
「そうこなくっちゃ」
掃除道具を棚に片づけると柳は真吾に視線を向け簡易キッチンを指さした。
「真吾。飲み物を用意しろ」
「まじかよ!」
いまだに腑に落ちていない真吾は目をむく。そんな彼の姿を拓海が鼻で笑う。
「うるさいな。まじかよ、まじかよって。ボキャブラリー少ないな」
「なんやて! くそ生意気な!」
「真吾」
「ちくしょー」
柳に諭されて歯ぎしりしつつも真吾は客人用のグラスに手をかける。
「さすがおっさんは物分かりいいな」
ソファーでふんぞり返っている拓海におっさんと言われ、思わず柳が立場を忘れ舌打ちする。
「やかましいわ。それで? 依頼は昨日のことだろう?」
「そうだ。警察はどうも何もつかめそうになくて。俺は二十万を取り戻したい」
拓海の瞳に熱がこもった。ぐっと手のひらを握っている。力を込めすぎてうっ血しつつある指を柳は流し見る。視線を窓の外に向け思案するようにゆっくりと瞬きした。
簡易キッチンからグラスを握りしめやってきた真吾は拓海の横に腰かけた。そしてグラスを差し出す。
「はいよ、オレンジジュースや」
「オレンジかよ。しけてるな」
グラスを掲げ濃い橙色の液体を眺めると拓海は不服そうに息を吐き出した。真吾のこめかみが痙攣している。
「せっかく淹れたったのに文句言うなや」
視線を拓海に戻した柳は真吾を無視して、話を前へ進めた。その口調はどことなく冷たく淡々としたものだった。
「拓海。依頼を受けるのはいいが、支払いをきっちりできるんだろうな。これはビジネスだ。大人だろうが子どもだろうが、契約したからには料金は支払ってもらうぞ」
柳の瞳が獲物を狙う鷹のように鋭く拓海を射抜く。齢十二歳の拓海にとってそれは心臓が飛び跳ねるような威圧で、思わずたじろぎ視線を外しそうになるものだった。
「――二十万取り返してくれたらその中から払うよ。それで文句ないだろう」
柳の圧力に負けじと拓海は前のめりになって憮然と答えた。くくっと柳は喉を鳴らして笑う。横に座ってオレンジジュースを啜っていた真吾はグラスを置いて腕を組む。
「そうきたか。ずるがしこい子どもやなー。そんでも、もし俺らが二十万の支払いで足り辺くらい調査に時間がかかったらどうするん? 警察ですら足取りつかめるか微妙なんやろ?」
「見つけろよ。それがあんたたちの仕事だろ?」
拓海は真吾のことを侮っている節がある。
「いちいちムカつくな」
小学校を卒業したばかりの子どもに翻弄されている。ぶつくさと文句を垂れている真吾に柳は嘆息した。
「二十万の支払いで足りないくらいなら、もう完全に見つからないだろう。そうなったら俺たちもタダ働きでいいさ。依頼を遂行できなかったんだからな」
「当たり前だろ」
ふふんと得意げに拓海は鼻を鳴らす。
「それで、依頼受けるのはいいとしてもどうやって犯人見つけるねん」
「犯人はたぶん若い女だからな。そういうのはチャラ男のお前が探しやすいだろう」
タダ働きを懸念している真吾に柳がにっこり微笑む。その笑顔に青ざめると真吾は慌てて顔の前で手を振った。
「いやいや俺、めっちゃ真面目やし一途やから」
「見た目がチャラい」
「ぐっ、そこはなんとも言えんけど」
「大学とか街で最近そういうことに手を出してる奴を聞きこんで探せ」
「そんなことで見つかるのかよ」
拓海が疑いの眼差しを向けるが柳と真吾は口をそろえた。
「こいつ意外と顔広いからな」
「俺、わりと友達多いからな」
「自分で言うなよ」
呆れたような拓海の態度に真吾が諭すように視線を合わせ、目を細めた。
「拓海、お前もうすぐ中学入学するんやろ? そんなツンツンしとったら友達できへんぞ」
「うるさいなー」
「ええか、そんなツンツンしとったら柳みたいになるねんぞ。モテへん柳みたいになるねんぞ」
「失礼なことを言うな」
顔をしかめるモテない男を無視して真吾は話を続ける。
「彼女できても長続きせんとすぐ別れて結婚もできへん。今の時代、経済力だけやなくて男にも女子力と愛嬌が求められてるねん。せやからまずは笑顔、そして細かな気配り、少しのユーモア。リピートアフターミー、なんでやねん! どないやねん! それなんですの!」
横でツッコミの素振りを始めた真吾の腕を拓海は体をのけ反らせて避ける。
「やらないから」
「はい、ノリ悪い。それじゃあかん、あかん。関西人になられへんぞ。やり直し」
「やらないってば。そもそも俺モテたいとか言ってないし。関西人になりたいとか話変わってるし」
「お前みたいにペラペラ喋りすぎるのもモテないぞ」
柳は頬杖をつき半眼で告げた。だが真吾は部屋の片隅に置いてある大きな紙袋を指さし熱弁を振るう。
「そんなことない。バレンタインチョコもいっぱいもろたし。見てみ、あそこのホワイトデーにするお返しの数を。明日あちこちに配り歩くねん」
「どうせ義理ばっかりでしょ?」
拓海は真吾から距離を取ってソファーに座り直す。
「ちゃうわ!」
ツッコミが入ったところで柳がにやりと口角を上げた。
「ちょうどいいな」
「なにが?」
「人は物をもらったとき気分がよくなって口も動きやすいからな。聞き込みするにはうってつけじゃないか」
「そんなことのために買うたんちゃうけどな!」
前のめりでテーブルに両手を叩きつけるが、斜め後ろからオレンジジュースを飲んでいる拓海が興味なさそうにつぶやく。
「一石二鳥で嬉しいでしょ?」
「あほか。嬉しないわ! ドヤ顔で四字熟語使いよって」
軽口を叩いているが相手をするのは犯罪者だ。柳は厳しい口調で二人に指示した。
「俺も独自に調査を進める。真吾は踏み込みすぎない程度で広く浅く調査しろ。拓海はまた狙われる可能性がないわけではないから、なるべく一人にならないようしておけ」
「めんどうだなー」
「お前があんな大金持ってうかつに歩いとったのもあかんねんぞ。危機感持てよ」
真吾がまともなことを言って拓海を諫める。意外そうに眉をひそめると拓海は素直にうなずいた。
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