第三話 秋の遠足 貴晴達は鳴門へ 三姉妹は徳島県外へ
翌朝、七時半頃。目覚まし時計の音で目を覚ました貴晴は、とりあえず布団の中を確かめてみた。
(よかったぁ。今日は何もいないや)
普段と変わりない様子に、貴晴はホッと一安心。
「ん?」
次の瞬間、伸ばした右腕に妙な違和感を覚えた。
むにゅっとしていた。突起物もあった。
「これって、ひょっとして……」
貴晴はすぐに手を離し、焦りの表情を浮かべる。
恐る恐る、視線を横に向けた。
「うわっ!」
咄嗟に視線を元の位置に戻す。
真輝が上着パジャマとブラジャーを脱ぎ捨て、おっぱい丸出しで横臥姿勢になって眠っていたのだ。
「ねっ、姉ちゃん、なんて格好を……お腹冷えるぞ」
貴晴は、ずれていた羽毛布団を素早く被せてあげた。
「……んにゃっ、おはよう、貴晴ぅ」
すると、真輝は目を覚ましてしまった。寝起き、とても機嫌良さそうだった。むくりと上体を起こすと、また布団がずれて、真輝の裸の上半身が露に。
「姉ちゃん、なんで、服脱げてるんだよ?」
「貴晴、何焦ってるのぉー?」
真輝はぼけーっとした表情。まだ寝惚けているようだ。
「その……」
貴晴はさっきから視線を床に向けたままだった。
「あっ! うち、おっぱい丸出しにしてたんやね」
真輝はついに今の状況に気付いたが、特に取り乱すことなく冷静に自分の腕を貴晴から離した。布団から出て、ゆっくりと起き上がる。
「ねっ、姉ちゃん、どうしてパンツ一丁になってるんだよ?」
ちらりと見てしまった貴晴、咄嗟に壁の方を向いた。
「今朝はちょっと暑かったから、無意識のうちに脱いじゃったみたい。男の子が水泳する時の格好になってたね。おかげですごく気持ちよく眠れたわ」
真輝は照れ笑いしながら言う。
「とっ、とにかく、早く服着ろ」
貴晴は壁の方を向いたまま命令する。
「貴晴ったら、そんなに慌てんでも。うちの胸なんて昔から見慣れとるやん」
真輝はにこにこ微笑む。そこへ、
「おっはよう! 真輝お姉ちゃん、貴晴お兄ちゃん」
「おはようございます。今朝は昨日よりは暖かいですね」
「おはよう貴晴ちゃん、真輝ちゃん。よく眠れた?」
三姉妹がこのお部屋へやって来た。
「まっ、真輝お姉さん! なっ、なんてはしたない格好を――」
「真輝ちゃん、貴晴ちゃん、ひょっとして……しちゃったの?」
大里と純美子は目を大きく開く。頬もちょっぴり赤らんだ。
「二人でお相撲さんごっこしてたんでしょう? それとも内科検診ごっこ?」
千花は興味深そうに質問する。
「いや、これは……」
貴晴はかなり焦りの表情。
「千花ちゃん、正解よ。うち、貴晴とお相撲さんごっこしてたねん」
真輝は冷静に説明すると、貴晴の右腕をガシッと掴んだ。
「こーんな風に。えいっ!」
そして担ぎ上げるようにして貴晴を投げ飛ばす。
「いってぇぇぇ!」
貴晴は抵抗する間もなく畳の上にびたーんと叩き付けられた。
「真輝お姉ちゃん、力すごーい。一五センチくらい背の高い貴晴お兄ちゃんがくるんって回転したぁーっ」
「美しいです!」
「見事な投げ技ね。さっきの決まり手は、一本背負いね。わたくしも中学の頃、体育の授業で習ったわ。実技テストはさっぱりだったけど」
三姉妹は納得してくれたようだ。お部屋へと戻っていく。
「姉ちゃん、いきなり何するんだよ。いたたたたぁ」
貴晴は痛そうに腰をさすりながら、ゆっくりと立ち上がった。
「貴晴も相変わらず弱いわね。うちもあんなに軽々と投げれるとは思わなかったよ。それじゃ、うち、もう一眠りするから」
真輝は散らばったブラジャーとシャツとパジャマ上下を着込むと、布団に潜り込む。
「姉ちゃん、今夜からは自分の部屋に戻ってくれよ」
貴晴は速やかに制服に着替え一階へ。
「おはよう貴晴くん、遠足楽しみだね」
いつもより少し遅め八時一〇分頃に典恵が迎えに来て、貴晴は家を出発。今日は学校行事の一つ、全校秋の遠足の日。一年生は学校正門前が集合場所だ。そこから貸し切りバスを利用して鳴門公園へ向かうことになっている。一組のクラスメート達は一号車へ。
「ノリエちゃん、バス酔いは大丈夫そう?」
「うん、たぶん。特有のにおいがあまりしないし」
紬と典恵は前の方の席に隣り合うように並んで座った。典恵が窓際だ。
「貴晴殿、オレ、バス内での暇潰しにアニメ雑誌とSw●tchとラノベも持って来たぜ」
「おい光司、不要物だろ。美馬に見つかったらまた没収されるぞ。それにしても光司、一シート分でよく足りたな」
「ハハハッ、当たり前ではないかぁ。座席けっこう横幅あるし。力士でも巡業とか本場所が始まる前、新幹線で移動しとるけど一人一席分でちゃんと座れとるやろ」
「そういやそうだな」
光司と貴晴も後ろの方の席で隣り合わせだ。通路側の席で案外ゆったり座れている光司を横目に見て、貴晴は思わず笑ってしまう。
同じ頃。川真田宅では、
「それではおば様、行って来ますね」
「おばちゃん、行って来まーす♪」
「今日も大金頂いて申し訳ないわ」
三姉妹が川真田宅を出ようとしているところだった。昨日とほぼ同じ時刻だ。今日は徳島県外へ出て、お隣香川県の琴平を巡る計画を立てているらしい。そのため旅費は昨日よりも少し多めに頂いた。もちろん真輝にはナイショで。ちなみに真輝は今日は講義が午後からのためまだ就寝中。
貴晴達の通う学校。集合時刻の八時五〇分頃、
「皆さん、おはようございます。全員揃ってますか?」
担任の美馬先生が一号車に乗車してくる。出欠確認をしている最中に、
「ぃよう、おまえさんら。グッドモーニンハワイユー?」
もう一人、引率教師が乗り込んで来た。編み笠&法被&袴&足袋+下駄履きの格好。
言うまでもなく、山ノ内先生だった。
「最悪」「なんでジャマノウチーなんよ?」「鬱陶しい」「帰れー」
クラスメートの女子達から口々に愚痴を言われてしまうが、
「そりゃぁ一年で物理の授業があるのはこの理系特進コースの一組だけやさかい、必然的にそうなるわけや」
山ノ内先生は爽やかな表情で堂々と言い張り、運転席真後ろ、最前列客席にどかっと腰掛ける。ともあれバスは、しおり記載の予定時刻通りに出発。それからほどなく、
「このバスに乗っとる選ばれしおまえさんらにわしから特別に、お得な情報をお教えします。アインシュタイン君の特殊相対性理論によりますと、このバスに乗っとるおまえさんらやわしは、外で静止しとる人間よりも時間の流れがゆっくりやねんで。そのバスの速さは今、凡そ一五メートル毎秒やから静止しとる人間にとっての一秒が、バスの中の人間にとってはローレンツ変換によると0.999999999999979秒、短く言いますと一マイナス千兆分の二秒くらいになるわけや。おまえさんら、ほんのちょっと得した気分になれたやろ?」
山ノ内先生は立ち上がってクラスメート達のいる方を向き、車内設置カラオケ用マイクを用いて熱く長々と語り始める。けれども特に熱心に聞いているクラスメート達は誰一人としていなかった。むしろ迷惑していた。
「山ノ内先生、非常にうるさいので静かにしましょうね。それから立ってると危ないから座りなさい」
「はっ、はい」
すぐ隣窓際に座る美馬先生に迷惑顔で注意されると、山ノ内先生は途端に大人しくなる。
城陵高一年生と引率の先生方を乗せた貸し切りバスは、九時半頃に大塚国際美術館前に続々到着。
「午後四時四〇分の集合時刻まで、各自自由行動。遅れたら置いて行っちゃうからね」
一号車。降りる前に、美馬先生は笑顔でこうおっしゃった。
典恵と紬は一緒に行動をとる。まずは目の前に佇む大塚国際美術館から巡ることに。
「ワタシ、この美術館はもう十回以上は来たじょ。ママに連れて来られてるけん」
「紬ちゃんのお母さんって、中学の美術の先生だから絵が大好きだもんね」
「ほうなんよ。ワタシは正直ここ飽きたけど、ママは同じ絵でも来る度に新しい発見がある言うてる」
正面入口から館内に入るとすぐに見えるエスカレータで地下三階エントランスへ。順路に従い、館内を回っていく。他のほとんどの生徒達も同じようにしていた。
「はわわわ……」
「これは、かなり刺激的じゃわね」
地下二階のとある絵画の前で、典恵と紬はポッと頬を赤らめた。
「紬ちゃん、この絵、なんか、すごく恥ずかしいポーズとってるよね?」
「ほうじゃね。直視してられんじょ。この左手を添えて恥ずかしい部分を隠しとるとこがますますエロいじょ。ティツィアーノさんは神絵師じゃね。マネは真似して『オランピア』も描いてるけど、ワタシはその絵見て萎えたじょ」
「紬ちゃん、芸術作品をそんな風に鑑賞しちゃダメ。ヌードは芸術なんだよ」
典恵は俯き加減で注意しておいた。
その頃、貴晴と光司は、
「オレ、鳴門なんかよりも名古屋へ行きたかったぜ。S○Eには微塵も興味はないが、名古屋のオタク街にはまだ行ったことがないし、味噌カツとかきしめんとか、ひつまぶしとか天むすとか名物も美味いからな。ここには何回か家族で来たことがあるし、つまらん」
「まあそう言うなよ光司、鳴門もそのうち萌えアニメの聖地になるかもしれないだろ。それに、叶ったとしても娯楽施設への立ち寄りは禁止されてるだろ」
美術館内のカフェで軽食を取りつつだべっていた。
典恵と紬の二人はさらにどんどん歩き進んで地下一階へ。
「ここ、途中でばてちゃうよ」
「ワタシも歩き疲れたじょ」
「あまりに広過ぎるよ」
「何度も訪れないと、その全貌を知ることが出来ないとも言われてるけんね」
「ムンクの『叫び』はまだかな? 私の一番見たい絵なのに」
「前来た時の記憶によれば、ムンクの絵は同じフロアもう少し進めばあると思うんじょ」
紬の言った通り、まもなく典恵お目当ての絵画が現れた。
「ムンク、ムンクーッ」
この絵を目にした途端、典恵ははしゃぎ出し、絵に近づく。
「この絵には不思議な魅力があるよね。思わず真似したくなるじょ」
紬は両手のひらをほっぺたに引っ付けて真似してみる。
「紬ちゃん、けっこう似てる」
典恵はくすくす笑う。
「ノリエちゃんもやってみなよ」
「私は恥ずかしいからやめとく」
それから十数分のち、この二人はお昼ごはんを食べるため館内のレストランへ。
「あっ、貴晴くんに光ちゃんだ」
「おう、偶然じゃね。ねえ、タカハルくん、コウちゃん、一緒に食べよう!」
ちょうどお目当ての店内に入ろうとした貴晴と光司を見かけ、呼びかける。
「俺は、かまわないけど」
貴晴は快く承諾した。
「オレも、べつに、いいぜ」
光司も承諾してくれた。若干緊張している様子だったが。
店内に入ると四人掛けのテーブル席に貴晴と典恵、光司と紬が向かい合う形で腰掛けた。
「せっかく鳴門に来たことだし、鳴門鯛茶漬けにしようかな」
典恵はメニュー表を手に取る。
「ワタシもそれにするじょ」
「俺もそれ食うつもりだったよ」
「オレは、それプラス若鶏のオーブン焼きと『最後の晩餐』も頼むぜ」
光司はにこやかな表情で伝えた。『最後の晩餐』はこのレストラン特有のメニュー名でライ麦パン、鯛、羊肉などが並べられていて、見た目は質素。しかしお値段は高めだ。
「食い過ぎだ光司。内臓に悪いぞ。さっきもカフェでホットドッグ食ってただろ」
貴晴はやや呆れ顔。
「光ちゃん、やっぱりそれくらいは食べるんだね」
「コウちゃんのお腹はブラックホールじゃね。けどいつものお弁当よりは少なめじゃない? ついでにデザートのチョコレートパフェも頼んじゃいなよ」
典恵と紬はにこっと微笑む。
「いや、腹七分目に抑えたいから、今回はこのくらいで」
光司は照れくさそうに言う。
「あれだけ頼んでも腹七分目なのかよ」
さらに呆れた貴晴が代表して注文してからしばらく後、四皿分のメニューがお盆に載せられ同時に運ばれて来た。それから三〇秒も経たないうちに光司の頼んだ他の二つのメニューも運ばれて来る。こうして四人のランチタイムが始まった。
「貴晴くん、はい、あーん」
典恵は貴晴側の鯛の一片をお箸で掴み、貴晴の口元へ近づけた。
「いや、いいよ。自分で食べるから」
貴晴は左手を振りかざし、拒否した。彼は照れ隠しをするように、おまけで付いて来た冷水に口を付けた。
「貴晴くん、かわいい」
典恵はにっこり微笑みながら、その様子を眺める。
「傍から見ると、本当のカップルみたいじゃね。コウちゃんも、はいあーん」
紬も典恵の真似をしてみたが、
「けっこうです」
光司は紬のお顔よりも大きいくらいの手のひらを紬の眼前にかざし、拒否。
「コウちゃんは相変わらずタカハルくん以上の照れ屋さんじゃね」
紬はにこりと微笑む。
「……」
光司は照れ隠しをするように若鶏をがつがつ食らい付いていた。
「貴晴くん、光ちゃん、私と紬ちゃん、このあとは渦の道へ行くけど、これからは一緒に動かない?」
典恵は誘ってみるが、
「やめとくよ。俺達、美術館もまだ全然見れてないし」
貴晴はすぐさま申し訳なさそうに断った。
「そっか。それじゃ、集合時刻にバスで会おう」
「二人とも、ちゃんと観光楽しまんと損じょ」
典恵と紬は、昼食後は美術館から外に出て、予定通り渦の道へ向かっていく。
光司と貴晴は、
「貴晴殿ぉー、オレ、もう歩き疲れた。ちょっと休もうぜ」
「体力無さ過ぎだろ」
ようやく展示室をうろうろし始めた。
「ぃよう、狸。これ、傾城から取り戻してやったでー。ほれっ」
システィーナ礼拝堂の再現絵画を眺めている最中に、山ノ内先生に遭遇。
狸とは、山ノ内先生が光司に初対面で付けたあだ名である。
「ぅおう、山ノ内さん神や。誠にありがとうございます」
べつにそう呼ばれてもそれほど嫌には感じていない光司は受け取ると、満面の笑みを浮かべながら礼を言った。数週間前、学校内で美馬先生に没収されたエロゲだったのだ。ちなみにこれはJR徳島駅前ポッポ街商店街の南海ブックス2号店で、母に買ってもらったらしい。
「なあに、例には及ばん。傾城の目ぇ盗んでこっそり奪い返すのは、スリルがあってめっちゃ楽しかったからな。じゃぁおまえさんら、シーユーアゲイン」
山ノ内先生はとても機嫌良さそうにそう伝えて、どこかへと走り去って行った。
「この場所で山ノ内神に出会うなんて、縁起が良いな」
光司の呟きを聞き、
「この場所にエロゲなんて淫らなものを持ち込むなんて、罰当たりだな。絵の中の人達きっと怒ってるぞ」
貴晴は呆れ顔で反論する。
「いやいや、エロい裸体画がいっぱい描かれてるからむしろ相応しいではないか」
光司は満足げな表情で主張し返した。
それから二〇分ほど後、典恵と紬が渦の道に辿り着き、
「いい眺めだねー」
「うん、天気も良いし最高じゃわ。正直ちょっと怖いけど」
橋の上から楽しそうに渦潮の絶景を見渡している時。
「おう、きれいに巻いておるな。わしの神通力のおかげやな」
背後からこんな声が聞こえてくる。
「山ノ内、また現れたよ。ムードぶち壊しじゃ」
紬はハァーッとため息をつく。
「山ノ内先生、神出鬼没だね」
典恵はあはーっと笑った。
「おまえさんら、橋の上は地上よりも宇宙に近いさかい、異星人が見つかる可能性が高いぞ。暇なやつらはわしと一緒に探してくれ。異星人、異星人、いたら返事してくれー」
山ノ内先生は自前の小型天体望遠鏡で空を覗きながら、周囲にいる人達に向かって大声で叫ぶ。
「ジャマノウチー、盗撮魔みたい」「山ノ内ちゃん、SF漫画の見過ぎーっ」「異星人なんかおるわけないし」「小学生みたいや」
そんな彼の無邪気な姿を見た、城陵高の一年生達は嘲笑う。
「おまえさんら、わしのことバカにしとるみたいやけど、異星人の存在を信じんやつは、理系失格やっ! 異星人は必ずどこかにおるねん。徳島市内にはユーフォーテーブルっちゅうオタク向けアニメばっかり作っとる会社があるけど、リアルなUFOも絶対飛んどるで。わしは子どもの頃から異星人の存在を信じておってな、宇宙のことを深く学びたくなってかの湯川秀樹君の母校、京大理学部物理学科に入って、物理教師になったんや。うおぉっ、太陽じかに見てしもうた。目が、目がぁー」
山ノ内先生は好奇心旺盛な子どものように生き生きとした表情を浮かべながら、楽しそうに空を見渡していた。ちなみに彼は、宇宙人という表現は使わない。地球人も宇宙人の一種だからという信念があるからだ。
「異星人、いるんよね。ワタシも一昨日の夕方までじゃったら、いま山ノ内のやってること見てバカにしてたじょ」
「山ノ内先生には、あの子達の存在は絶対ばらしちゃいけないね」
紬と典恵は小声で話し合いながら、元の道を引き返していく。
同じ頃、
「貴晴お兄ちゃん達がいる鳴門公園は全然見えないよぅ」
「方角は合ってると思うけど、さすがに無理かぁ」
「残念です。建物や山々が邪魔をしていますから仕方ありませんね」
三姉妹はこんぴらさんの愛称で親しまれる金刀比羅宮を散策中。三人とも本宮がある場所から、トルナ星産の双眼鏡を使って西方向を眺めていた。
それからしばらく時間が経ち午後三時二〇分頃、金刀比羅宮の境内から出た三姉妹は表参道の土産物へ立ち寄る。
「灸まんは琴平土産の定番ね。あと醤油豆と讃岐うどんも買わなきゃ」
「あたし、あのオリーブのチョコレートが欲しいっ!」
「あの、あまり買い過ぎると真輝お姉さんに叱られますので、なるべく五千円以内に収めておきましょう」
土産物を物色している最中に、純美子所有のスマホの着信音が鳴り響いた。
「やっぱり護衛の子か。かかってくるの、一昨日徳島に着いてからでも十一回目ね。心配性なんだから」
番号を確認すると微笑み顔でこう呟いて、通話アイコンをタップする。
『お嬢様達、何かトラブルには巻き込まれていませんか? 地球人共や妖怪や落人の亡霊から危険な目には遭わされていませんか?』
するといきなり早口調で、深刻そうな様子で問いかけて来た。
「全く心配ないわ。いちいち電話してこなくても大丈夫だから」
『そうですか。今日も徳島市外へ足を伸ばされているのですね』
「うん、時間にゆとりがあるからね。今日は市外どころか県外へ出て香川県の琴平に来てるの。お昼に讃岐うどんを食べたわ。噂通りすごく美味しかった♪ お土産に持って帰るから楽しみにしててね」
『……ということは、やはり電車にも乗られたということですね?』
「ええ。今日は特急剣山と南風に乗ったわ」
『お嬢様達、昨日も言いましたようにお嬢様達だけで地球の電車に乗るのは危険ですよ。日本の電車にはスリは滅多にいないようですが、痴漢と呼ばれる危険人物は大勢いると聞きますし』
「もう、心配性ね。昨日も今日も危険は全く感じなかったわ。わたくし達に、もし何か困ったことがあったらこっちから電話するからね」
そう余裕の笑みで伝えて、純美子は電話を切った。
「あーん、心配してあげてるのにぃ」
トルナ星、三姉妹の自宅リビング。固定電話から先ほどかけた護衛の子はかなり残念そうにしていた。
「お節介を焼き過ぎるのも、娘の成長に良くないと思う。それに、地球へ頻繁に電話をかけると、電話料金が恐ろしい額請求されるから、これ以上は控えて欲しいのだが」
三姉妹の父は、苦笑いを浮かべながら要求した。
「申し訳ないです国王様。星間電話料金は現状、まだまだ高過ぎますもんね。確かに、ワタクシもお嬢様達のことを子ども扱いし過ぎているのかもしれません。これ以上のお嬢様達へのお節介はやめておきます」
護衛の子は深く反省。
再び地球、琴平。
「琴平もいい町でしたね」
「うん、門前町らしい独特の雰囲気があるし、日本人なら京都や奈良と同じく一度は訪れておかなきゃいけない町だと思うわ」
「あたしも登山気分で楽しかった。明日は高知へ行こう!」
「いいわね。わたくしも龍馬像がある桂浜行きたいし」
「わたしも本場のカツオのたたきが食べたいです。それじゃ、明日は朝早く出ないといけませんね。徳島市から片道三時間近くかかるみたいなので」
三姉妹は土産物屋をあとにし表参道を抜けると、まっすぐJR琴平駅へ戻っていく。
その途中、大宮橋に差し掛かったところ、予期せぬ事態が三姉妹の身に降り注いだ。
「あっ、あの、すいませーん」
誰かに背後から、ぼそぼそっとした低い声で話しかけられたのだ。
「何かしら?」「何でしょうか?」「なぁに?」
三姉妹は思わず立ち止まり、後ろを振り向く。
そこに立っていたのは、背丈が一六〇センチくらいで眼鏡をかけた、三〇代くらいに見える大きなリュックサックを背負った小太りの男性。服装はジーンズに赤いチェック柄の長袖ブラウス。白のスニーカー履き。
「写真、撮らせてもらっても、よろしいでしょうか? この鳥居を背景に」
高そうなカメラを手に抱え、にやにやした表情でこんなお願いをして来た。
「もちろんいいですよ」
「おじちゃん、かわいく撮ってね」
大里と千花は快く承諾し、ポーズを取ろうとしたが、
「千花、大里。このお方は危険人物よっ! 逃げるわよ」
純美子は若干表情を引き攣らせ、こう警告する。
「分かりました、純美子お姉さん」
「逃げた方がいいのかな?」
三姉妹は足早にその男性から遠ざかっていった。
「ありゃまっ、逃げられちゃったよ。巫女さんの衣装、着せようと思ったのに」
男性は苦笑い。諦めてすぐ近くの琴電琴平駅の方へ歩き進む。
「地球に来て、初めて怖い思いをしたわ。さっきのおじさんはきっと痴漢ね。見るからにそんな感じがしたわ」
「純美子お姉さん、外見で判断して即逃げるのは失礼だと思うのですが……」
「純美子お姉ちゃん、さっきのおじちゃんタヌキに似てて、面白そうだったでしょ?」
「でも、地球地理の授業で先生から、ああいう特徴の人物には女性は特に要注意って教わったから」
「その先生、視野が狭いですね。日本ではイケメンと呼ばれている容姿端麗な男性は性犯罪を起こさないと思い込んでいそうです。さっきのお方は、カメラ小僧と呼ばれる人だと思いますよ。わたし達が何かのコスプレをしているのだと思われたのでしょう。地球人、特に日本人からすればどう見てもわたし達、昨晩真輝お姉さんに疑われたように髪の毛を染めているようにしか思わないでしょうし」
「そうかしら? まあ万が一のために逃げておいて良かったと思うわ」
こうして三姉妹は無事、JR琴平駅構内へ入り阿波池田方面へ向かう特急電車に乗り込むことが出来た。
鳴門公園、大塚国際美術館前。
「全員揃ってるわね?」
集合時刻、バス内で美馬先生は点呼確認をとった。午後四時五〇分頃、城陵高一年生と先生方を乗せた貸し切りバスは、一号車から順に出発し学校前へと向かっていく。
「傾城、縄を外してくれ。自由権の侵害やがな」
「なりません!」
山ノ内先生は美馬先生に監視され、典恵他クラスメート達にちょっかいをかけることは出来なかった。
城陵高一年生と先生方を乗せた貸し切りバスは、午後五時半頃に学校正門前へ続々到着。解散後、花壇の水遣りなどをしたため貴晴が帰宅した時には午後六時半を過ぎていた。
「おかえり貴晴ちゃん、わたくし達もさっき帰ったところよ。今日はわたくし達、こんぴらさんを巡って来たわ」
「五人百姓の加美代飴、硬いけどすごく美味しかった。あたしは一三六八段、上り切ったよ。純美子お姉ちゃんと大里お姉ちゃんは七八五段の本宮でばてたけど」
「明日には筋肉痛になりそうです。降りてはいませんが、秘境駅で有名な坪尻駅も見れて嬉しかったです」
昨日と同じく、三姉妹が満足げな様子で今日の出来事をいろいろ報告してくる。
このあと七時頃に真輝、七時一五分頃に父が帰宅。
七時半頃から、応接間にて全員揃っての夕食会が始まる。
「純美子お姉ちゃん、大トロとるなんてひどいよぅ」
「一昨日松茸とった仕返しよ」
今日も純美子と千花、ほのぼのとした争奪戦が繰り広げられた。
「二人とも、しょうもないことでケンカしないで」
真輝はやはり迷惑そう。
夕食後、今日も貴晴が入浴中に、
「やっほー、貴晴ちゃん」
「失礼します」
「貴晴お兄ちゃん、一緒に入ろう!」
三姉妹が割り込んで来た。
「またかよ。入って来ないでって言っただろ」
湯船に浸かってゆったりくつろいでいた貴晴は咄嗟に壁に視線を向ける。
「貴晴ちゃん、今日は水着を付けてるんだからいいでしょう?」
純美子にこう言われるも、
「そういう問題じゃ……」
貴晴は壁から視線を移そうとはしない。
千花は昨日と同じくすっぽんぽん、純美子と大里は日本の学校でお馴染みの紺色の女子用スク水を着けていた。純美子はきつそうだった。
「あんた達、また貴晴に乱暴を。それ、うちの中高時代の水着。勝手に着んといてよ」
ほどなく真輝がすっぽんぽんで乱入してくる。
「……」
貴晴は困惑顔を浮かべて湯船から上がり、足早に浴室から出て行った。今日は入浴時間がずれたためか典恵の訪問は無し。
夜九時頃、貴晴の自室。貴晴が机に向かって英語の復習に励んでいたところ、外から、
「おーい、貴晴くーん」
と典恵の声が聞こえてくる。
「典恵ちゃん、どうしたの?」
貴晴は窓を開け、問いかけると、
「明日、千花ちゃんと大里ちゃんと純美子ちゃんと紬ちゃん、皆で近くのショッピングセンターとかに遊びに行こう。都合が付けば真輝ちゃんも誘って。明日の夜にはお別れだし」
斜め向かいの部屋にいる典恵から、こう伝えられた。
「それはいい案だね。あの子達にとって、最後の思い出作りにもなるだろうから」
貴晴は快く賛成する。
「それじゃ、明日ね、貴晴くん」
「あっ、ちょっと待って典恵ちゃん、じつは俺、一昨日水遣りしてる時に、すだちっぽい飛行物体が降りていくのを見かけてたんだ」
「そうなんだ。あの子達の宇宙船、貴晴くんはその時にもう見てたんだね」
「典恵ちゃんと野々瀬さんに教えようと思ったけど、一瞬で見えなくなっちゃったし、見間違いかと思ったから」
「そっか。普段見慣れないものを見かけたら、我が目を疑っちゃうよね。気付いたのが冷静な貴晴くんだけみたいで良かったよ。私だったら興奮して叫び回って、不特定多数の人にあの子達がトルナ星人だってことがバレてたかもしれないから。それじゃ貴晴くん、おやすみなさーい」
典恵は満面の笑みを浮かべながら、就寝前の挨拶をして窓を閉めた。
そのあと貴晴は、風呂上りの三姉妹と真輝にさっきの連絡事項を伝える。
「行く、行くぅ!」
「わたくしももちろん行くわ。高知行く予定だったけど、そっちの方が楽しそうだし」
「わたし達のためにお別れ会のようなものを計画して下さり、誠にありがたいです」
三姉妹は参加意欲満々。とても嬉しそうだった。
「うちは行けんわ。レポート課題がけっこうあるし、原稿の〆切も近いし、皆で楽しんで来て」
真輝は残念そうに参加を拒否。ちなみに真輝は、今夜も貴晴のお部屋で寝泊りしたのであった。
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