第一話 巨大なすだち、かと思ったら

「ちょうどコスモスが満開だね。きれーい」

 典恵は中庭花壇に植えられてあるそのお花の前で足を止め、中腰でうっとり眺める。

「ワタシはキンモクセイの香りもすっごい好きじゃ」

 紬はそのお花に鼻を近づけて匂いを嗅いでみる。

「今日は水遣りした方がいいよな」

 貴晴は花壇近くの水道蛇口を捻り、ジョウロに水を浸した。

「貴晴くん、任せたよ。私は草引きをしておくね」

「ワタシもそうするよ。いつの間にかたくさん生えとるね。時間かかりそうじゃ」

 典恵と紬はそう伝えると自前の軍手をはめて、草引き開始。

中庭花壇には他にもノジギク、リンドウ、ダリア、ツワブキなどなど色とりどりの秋のお花がたくさん咲き乱れていた。

(ん?)

 貴晴がそれらに水遣りをしている最中、ある異変に気が付く。

(なんか、すだち? っぽかったような……)

 ふと空を見上げたら、ほんの一瞬だが、見慣れぬ飛行物体が彼の目に映ったのだ。

典恵と紬はさっきのことに全く気付いていない様子だった。しゃがみ姿勢で黙々と草引きに取り組んでいた。

(……まあ、バレーボールだろ。いや、緑色のバレーボールなんてあったかな?)

貴晴は気にはなったが特に深くは考えず、引き続き水遣り作業を進める。

今日の活動のメインは、トマトの収穫。中庭花壇の水遣りと草引きを終えた貴晴達三人は校舎裏の畑へと移動し、

「トマトさん、立派に育ってくれたねー」

「枯れずに済んでめっちゃ嬉しいじょ。感無量じゃ」

「俺は正直トマト好きじゃないけど、これなら食えそうだ」

 秋の柔らかい日差しを浴びて真っ赤に輝くいろんな大きさのトマトを、手で一つ一つもぎ取っていく。

その最中に、

「とっても美味しそうに育ったわね」

一年一組クラス担任の美馬先生が見回りにやって来た。彼女は園芸部の顧問でもあるのだ。二〇代後半の若々しい女性国語教師。背丈は一五〇センチをほんのちょっと超えるくらい。ぱっちりとしたつぶらな瞳に卵型のお顔。色白のお肌。濡れ羽色の髪の毛はサラサラとしており、花柄の簪で束ねている。いわば小柄和風美人だ。山ノ内先生はそんな美馬先生のことを傾城と呼んでいる。美馬先生自身は嫌がっているがお構いなく。

「美馬先生、約三〇分振りですね。これどうぞ」

 典恵は親切に、とれたてのトマトをいくつか譲ってあげた。

「ありがとう桑内さん。甘くてとっても美味しそう。今夜の夕飯はトマトスープでも作ろうかしら。それじゃ皆さん、また明日ね」

 美馬先生は受け取ると嬉しそうにこう告げて、文楽部の活動場所へと向かった。そちらをメインで受け持っている。園芸部にはたまーに見回りに来る程度で、基本的にこの三人にお任せしているのだ。

「タッパー満タンになったし、残りの分は自由に取ってもらうことにするか?」

「そうだね。私達は何日分もありそうなくらい充分たくさん取ったから。帰ったら、お母さんにトマトコロッケ作ってもらおうっと」

「ワタシもそれ、ママにお願いするじょ。トマトジャムにしてパンに塗っても美味しいよね。梨もそろそろ収穫出来る頃じゃと思うけん、見に行ってみよう」

 三人はトマトの収穫作業を切り上げると、校庭の、梨の木が植えられてある場所へと移動していく。

校舎の角を曲がった途端、

「あああーっ、あそこ見てっ、梨泥棒じゃ! 籠まで用意して堂々と盗みよるじょ。こらぁぁぁっ、待てぇぇぇ!」

 紬は大声で叫んだ。彼女の二十数メートル先に、

「見つかっちゃった。早く、逃げなきゃ。パパとママ、徳島は気候が穏やかだから温厚な人が多いって言ってたのに、あのおかっぱ頭のお姉ちゃんは怖いよぅ」

「持ち主さんがいらっしゃったのね。これは逃げた方が良さそうね」

「わたしは逃げるより、きちんと謝った方が良いと思うのですが、足が勝手に……そういえばあの女の子、阿波弁ですね。生粋の地元民っぽいです」

カラフルな髪の色をした三人の少女の姿があったのだ。

背の高い方から順に緑色、浅紫色、紅色。

目算で一七〇センチ、一五五センチ、一三五センチくらい。

「紬ちゃーん、そんなに必死に追わなくても。譲ってあげたら?」

 典恵は全速力で走る紬を呼び止めようとする。

「ノリエちゃんは心優し過ぎるよ。あの子達、ワタシ達の先輩の代から育てて来た梨を奪ったんよ。厳しく罰しないと。そりゃぁっ!」

けれども紬は容赦なし。あっという間にあの三人に追いつき、

「きゃぁんっ!」

 紅色の髪の子の背中をぽんっと押してびたーんとつんのめらせ、

「ひゃんっ」

 浅紫の髪の子の足を引っ掛けて同じように転ばせ、

「あらら」

 緑色の髪の子の腰を背後から掴み、投げ飛ばし地面にごろーんと転がした。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさぁぁぁい」

 紅色の髪の子はえんえん泣いてびくびく震えながら、

「もっ、申し訳ないです」

 浅紫の髪の子は今にも泣き出しそうな表情を浮かべながら、

「ごめんね、お嬢ちゃん。自然に生えているものだと思って、持ち主さんがいるとは思わなくって。全部返すから、許して欲しいな♪」

 緑色の髪の子はてへりと笑って謝罪し、奪った梨がいくつか詰められた籠を紬に差し出した。

「あなた達がさっきやったことは、立派な窃盗罪なんじょ。あなた達外国人っぽいけど、知らんかったでは済まされんのよ」

「まあまあ紬ちゃん、そんなに怒らなくても。この子達、悪気は無かったみたいだし」

 典恵は、むすっとふくれている紬の肩をポンポン叩いて落ち着かせようとする。

「ほなけど……」

 紬は許したくないといった様子だ。

「あの、わたし達はつい先ほど、サワヒ王国からやって参りました者でして……」

浅紫の髪の子が慌て気味に伝える。その子は藍染めの浴衣を身に纏い、黒縁の丸眼鏡をかけ、髪型は三つ編みにしていた。

「サワヒ王国? ふざけたこと言わないで。そんな国、聞いたことないじょ。サモアならあるけど」

 紬が呆れ顔で突っ込むと、

「だって地球には無いもん」

 ようやく泣き止んだ紅色の髪の子が突っ込み返した。

「地球には無いって……あなた達、異星人とか、言うんじゃ?」

 紬が怪訝な表情で問うと、

「はい、地球人側の立場からすればその通りです。このたび、わたし達は祖父母と両親からの勧めで学校の長期休暇を利用し、トルナ星からこの地球の、日本にある徳島という名の街へ観光目的で訪れました。地球への訪問は十数回目ですが、わたし達三人だけで訪れたのも、徳島の街へ降り立ったのも今回が初めですよ」

 浅紫の髪の子がきりっとした表情で説明する。

「異星人なの!? トルナ星!?」

 典恵は目を大きく見開き強い興味を示したが、

「全く信じられんじょ。あなた達どうせヨーロッパ辺りから来た外人さんなんじゃろ?」

 紬はさらに呆れ返った。

「トルナ星は地球から数万、数億光年離れた太陽系外の遥か彼方にあるとか?」

 貴晴は微笑み顔でこんなことを尋ねてみるが、彼もこの浅紫の髪の子の言ったことは全く信じていなかった。

「いいえ、地球の方達にはまだ認識されておりませんが、太陽系にありますよ。遠いことは遠いですが、宇宙規模で考えれば地球からとても近い場所です。地球から火星寄りに七〇万キロメートルくらい離れた位置にあり、水金地火木土天海と同じく太陽の周りを一定の周期でくるくると回っていますよ」

 浅紫の髪の子は詳らかに説明するも、

「それなら地球でとっくに発見されてると思うんやけんど……」

「そうだよな。地球から月までの距離の倍もないし、肉眼で見えてもおかしくないよな」

 紬と貴晴は腑に落ちない様子だ。

「そうなんだ。水金地ト火木土天海になるね」

 典恵だけは熱心に耳を傾けていた。

「トルナ星の赤道半径は凡そ三五キロメートル、月はおろか地球の学問上、準惑星に格下げされた冥王星よりも遥かに小さいですから、未発見でもおかしくはないと思いますよ」

 浅紫の髪の子はきっぱりと主張する。

「いやぁ、肉眼じゃ見えんっぽいけど望遠鏡なら見えるじゃろう」

 紬がまた突っ込むと、

「地球の日本には、灯台下暗しってことわざがあるでしょう? あまりに近過ぎて発見出来ないと思うの」

 今度は緑色の髪の子がにこやかな表情で主張し返した。面長でつぶらな鳶色の瞳、胸の辺りまで伸びたセミロングウェーブ、エメラルドグリーンのチュニックにレモン色のスカート、白のニーソックスに黒のウェスタンブーツを身につけていた。

「あるけどねぇ。どうも納得いかんじょ。あと、あなた達異星人とか言っとるけど、ワタシ達と同じような外見じゃん。服装も含めて。髪の色はアニメ美少女っぽいけど」

 紬がさらに突っ込むと、

「ひょっとしてお嬢ちゃん、異星人はグレイやタコみたいな形をした生命体だとイメージしてた? 古臭っ」

 緑色の髪の子にくすっと笑われてしまった。

「トルナ星は、自転周期も公転周期も大気成分も大気圧も地軸の傾きも地球とほぼ同じなんだよ。海と陸の比率はほぼ半々。重力は一割ちょっと少ないけど。ようするに環境も似てるから、地球のヒト達と同じような外見でも全然不思議じゃないとあたしは思うなぁ」

 紅色の髪の子は笑顔で主張する。黄色のサロペットを身に纏い、髪の毛はお団子二つ結びにしていた。日焼けしたほんのり小麦色の肌、四角っこいお顔で、まっすぐに伸びた一文字眉、子ネコのようにくりっとした青い瞳もチャーミングだった。

「地球と同じような環境の星が地球のすぐ近くにあるなんて、信じがたいじょ」

「俺も同じく。もしあったらNASAとかがとっくに発見してるはずだろ」

 紬と貴晴はまだ信じられないといった様子。

「紬ちゃん、貴晴くん、この子達がそう説明してるんだから、納得してあげようよ。疑ったらかわいそうだよ。宇宙にはまだまだ解明されていない謎だらけ、既存の事実を疑うことも大事やって山ノ内先生も言ってたでしょ。ところで、あなた達のお名前はなぁに?」

 すっかり信じ切っている典恵はついでに尋ねてみる。

「わたし、伊月大里(いつき だいり)と申します。中学二年生、一四歳です」

 浅紫の髪の子はやや緊張気味に、

「あたしの名前は千花(ちか)だよ。十歳、小学四年生」

 紅色の髪の子は恐る恐る、

「純美子(すみこ)、一七歳、高校二年生よ。初めまして。わたくし達は姉妹よ」

 緑色の髪の子は楽しそうに自己紹介した。

「みんな日本人みたいな名前なんだね」

「異星人って感じが全くしない」

 典恵と貴晴はすかさず突っ込む。

「もろに日本人名じゃん。異星人なのに日本語ペラペラじゃし。どうやって習得したん?」

 紬がこんな疑問を浮かべると、

「わたし達が日本語を話せることについて、やはり不思議に思われたようですね。じつはわたし達の祖父母は、トルナ星から初めて個人で地球旅行をされたお方なんです。今から五〇年ほど前に地球を訪れた時、リゾート地として発展しつつあったハワイを訪れようとしたのですが、宇宙船の軌道が大きくずれてしまい、たまたま日本へ着陸したそうです。その場所が徳島市という街でして、とりあえず観光してみると日本の伝統芸能、阿波おどりと人形浄瑠璃が楽しめ、ほどほどの都会でとても気に入ったようです。ちなみにわたしが今着ている藍染めの浴衣は、この時に現地の人から戴いた物だそうですよ。祖父母は徳島市とその周辺の町や村に併せて三週間ほど滞在し、トルナ星へ帰星後、サワヒ王国の人々に習得した日本語を伝えました。わたし達の住む星はとても小さく国はサワヒ王国一国のみで、人口も少ないので日本語が僅か数ヶ月で星全体に広まり、以来トルナ星の公用語となったそうです。そういうわけでトルナ星の人々は、日本語をごく自然に話すことが出来ているのです。年配の方々ももはやサワヒ王国独自の言葉は日常会話では使いませんよ。わたし達姉妹の祖父母ももうとっくの昔に忘れたとおっしゃっています」

 大里はゆったりとした口調で事情を長々と説明してくれた。

「ほうなんじゃ。ラノベやマンガとかでは異星人なのになんで日本語を話せるのかっていう理由がスルーされてる場合が多いんやけんど、ちゃんとした理由があったんじゃね。あなた達が日本人名なんも納得出来たよ」

「元々の言葉捨てるのに抵抗なかったのか気になるな」

 貴晴が呟くと、

「当時のトルナ星人全員、全く未練がなかったそうですよ。なんといっても日本語は文字の種類が無数あり、豊かな表現が出来ますからね」

 大里は微笑み顔で説明する。

「確かに日本語は日本人でも知らん漢字や語句の方が遥かに多いっていうけんね。それにしてもあなた達、失礼なこと言って悪いんやけんど……汗臭いね」

 紬は否応無く漂ってくる三姉妹の体臭に、顔をしかめた。 

「わたし達はトルナ星を旅立ってから一週間、お風呂に一切入ってないものですから」

「だってあたし達が乗って来た宇宙船、ちょっと昔のだからお風呂付いてないんだもん」

「下着は毎日換えたんだけれどもね、きれい好き民族な日本人にはやっぱり臭いって思われちゃったかぁ」

 三姉妹は苦笑顔で申し訳なさそうに伝える。

「それじゃ、これからみんなでスパ銭へ行こう! お遍路さんも良く利用するお勧めの所があるんだ。この学校からけっこう近いよ」

 典恵が誘うと、

「スパ銭とは、スーパー銭湯のことですね。お気遣い、ありがとうございます」

 大里はぺこりと頭を下げた。

「大里お姉ちゃん、純美子お姉ちゃん、スパ銭だって!」

 千花はやや興奮気味になる。

「スパ銭って、大阪のスパワールド世界の大温泉みたいな感じの所なんでしょ? 昔、家族旅行で行ったことあるけどけっこう楽しかったわ」

 純美子は目をきらきら輝かせる。

「そこと比べたら徳島のはかなりしょぼいけど、きっと気に入ると思うじょ」

 紬は自信を持って言う。

そういうわけで貴晴達三人は今日の活動をここで打ち切り、三姉妹を近くのスーパー銭湯へ案内することにした。 

「あのう、わたし、あなた達に先ほどトルナ星のことをついいろいろお伝えしちゃいましたが、今考え直してみると、正直ちょっとまずかったと思います。トルナ星と住人の存在が地球で公にされると、地球人にトルナ星を詳しく調査され、トルナ星の人々の平穏な生活が侵害される可能性も無きにしも非ずなので、わたし達がトルナ星人であることは、他の人達にはナイショにして下さいね」

 大里は決まりの悪そうな表情を浮かべて、お願いしてくる。

「大丈夫だよ。私、このことは私達三人以外の人にはナイショにしておくから」

「俺も絶対秘密にするよ」

「ワタシももちろんじゃ!」

 典恵達三人は固く誓ってあげた。

「ありがとうございます」

「ありがとね。あなた達なら絶対そう言ってくれると思ったわ」

 大里と純美子はホッとした様子で礼を言う。

「貴晴お兄ちゃん達、信頼出来るからトルナ星のこと他にもいろいろ教えてあげる♪」

 千花は嬉しそうにそう伝えたその時、

「あら、こちらの方達は?」

 再び美馬先生が姿を現した。

「「「!!」」」

 三姉妹と、

(美馬先生、何で今日に限って二度も見回りを?)

(さっきの千花ちゃんの声、聞かれたか? まあ、美馬先生なら、そうだとしても黙ってくれそうだけど……)

紬と貴晴はびくっと反応する。

「この子達は外国人観光客だそうです。眉山麓の阿波おどり会館を訪れようとしたら、道に迷ってここに来てしまったようでして、私達が、そこへ案内しようと思いまして」

 典恵は爽やかな表情で冷静に答えた。

「そっか。桑内さん達はとっても親切ね。それじゃ」

 美馬先生は信用し切った様子で財布から一万円札一枚と五千円札一枚を取り出し、典恵に渡してくれた。

「あの、いいです。そんな大金」

 典恵は断ろうとしたが、

「いいから、受け取って。海外からのお客様に最高のおもてなしをしてあげなさい。お釣りも返さなくてけっこうよ」

 美馬先生は渡して来て、文楽部の活動場所へと戻っていった。

「さっきのきれいなお方は、貴晴さん達の担任の先生ですか?」

「ほうじゃ。城陵高一の美人教師なんじょ」

「確かにそんな感じのおばちゃんだったね」

「阿波美人って感じね」

 千花と純美子も美馬先生のことを魅力的に感じたようだ。

「きれいなだけじゃなく、生徒思いで優しくて素敵な先生だよ」

 典恵は笑顔で伝える。

「テストの採点や提出物にはけっこう厳しいけど」

 貴晴は苦笑いで加えて伝えた。

 みんなでお目当てのスパ銭へと向かっていく途中、学校裏の池の前を通りかかった。

「あれが、わたし達の乗って来た宇宙船ですよ」

 大里は手で指し示す。

「この形、すだちじゃ」

「本当だ。そっくりー。巨大すだちだー」

 紬と典恵は思わず笑ってしまった。

「ユニークな形だな」

 貴晴はこう呟いて、

(空を飛んでた物体、これだったのか)

 さっきの出来事が気のせいではなかったことを確信した。

 船体は緑色に塗られていて、球型だった。

地面と接するように池に浮かんでおり、高さは二メートルくらいあった。

「トルナ星の理工系の技術者さんが徳島名物の一つ、すだちをモチーフにして造ったそうですよ。当初、藍場浜公園に着陸する予定だったのですが、けっこうずれてしまい、この学校裏の池にぼっちゃーんと着陸してしまいました。あの宇宙船はスペースデブリや隕石に衝突されても無傷なくらいすこぶる頑丈なのですが、なぜか水にはめっぽう弱いらしく、エンジンと電気系統が完全に壊れてしまいました」

 大里はてへっと笑う。 

「人目につかない場所へ着陸させるための補正機能が働いたみたいだね。藍場浜公園だと徳島駅のすぐ近くだから人いっぱいいそうだし。修理してくれる宇宙船整備士さんは緊急ボタンを押してもう呼んだよ。あたし達が地球を飛び立つ予定日には到着間に合いそうだからよかったよ」

 千花は加えて事情を伝えた。

「すだちの香りがするぅ」

「そのもののいい香りじゃね。かぶりつきたくなっちゃったじょ」

「ここまで再現されてるとは……」

 典恵達三人は、宇宙船のすぐ側まで近づいてみる。

「本物のすだちから採取した香料も使われてるからね。みんな、中もご覧になってみて」

 純美子はそう言うと、外壁のとある箇所に右手五本の指を掛け、みかんの皮を剥くような動作をした。すると船内の様子が露になった。どうやら出入口扉らしい。

三姉妹に続いて、貴晴達三人も船内へ入ってみた。

 内部もすだちの仄かな香りが充満していた。

船内を見渡してみると、冷蔵庫に電子レンジに炊飯器にトースター、洗濯機、薄型テレビ、HDDレコーダーが設置されてあり、マンガやラノベ、アニメ雑誌やアニメブルーレイソフト、ゲーム機、ゲームソフト、トランプ、ウノ、人生ゲームなどの娯楽品も揃えられてあることが分かった。

「これらの家電って、地球の製品そのものだよな。シャー○とか東○とかパ○ソニックとかって書かれてあるし」

「ほんまじゃ。電○文庫とかM○文庫とかアニ○ディアもある」

「タ○ラトミーやバン○イのおもちゃもあるね。私もこれ持ってる。トルナ星でも売られてるんだね」

「地球の、特に日本で流通されているコミックスや雑誌、小説、その他書籍、玩具、ゲームソフト、CD、アニメやドラマのDVD・ブルーレイ、食料品、衣類、家電製品、その他日用雑貨といった生活必需品がトルナ星でも入手出来るのは、トルナ星の国家公務員の方達が頻繁に日本へ出向かい大量購入し、トルナ星へ持ち帰って転売しているからなのです。また、個人旅行するさいに現地で購入してくる場合も多いですよ。トルナ星の人々は外見が髪の自然色以外は地球人と同じなので、皆様の気付かないうちに遭遇しているかもしれませんよ」

 大里の説明に、

「そういうことか」

「地球人が知らず知らずのうちに惑星間交流しとるんじゃね」

「SFチックだね」

 貴晴達三人は興味深そうに耳を傾けた。

「トルナ星側からは、地球へ何も与えていないのですがね。トルナ星でも地球の日本の衛星放送と、横浜市付近で放送されている地上波なら受信することが出来るので、日本のテレビアニメもたくさん見れますよ」

「それって、電波泥棒じゃ」

 紬がすかさず突っ込んだら、

「勝手に入ってくるのを拾っているだけなので、泥棒ではないと思いますよ」

 大里は素の表情できっぱりとこう主張する。

「黄砂みたいなものだよ」

 千花は爽やかな笑顔で言う。

(徳島でも関西のテレビ電波が拾えるから、あの子の言うことも間違いではないかな?)

 今、貴晴はこう思っていた。

「そういや、操縦する場所が見当たらんね」

 紬は周囲をきょろきょろ見渡してみる。

「この宇宙船は、地球上の行きたい場所の緯度・経度を入力して、スイッチを押せば自動運転してくれるんだよ。地球上の任意の場所から任意の場所への移動も可能なんだ」

 千花が自慢げに伝えると、

「へぇー。ものすごく便利な機能だね」

「トルナ星も科学が相当発達してるみたいだな」

「というか、地球以上と思うんやけんど……地球に来れてる時点で」

 典恵達三人は舌を巻いた。

「トルナ星の人々は、地球人のマイカーみたいな感覚で宇宙船を所有しており、地球人が国内旅行をするような感覚で星間旅行をしているのです。もっとも、トルナ星の今の科学技術力ではまだ地球か月にしか辿り着けませんが」

 大里は淡々と説明する。

「宇宙飛行士にならんでも宇宙空間を自由に行き来出来るっていうのは羨まし過ぎるじょ。宇宙空間移動しとる時は、船内は無重力になるんじゃろう?」

「違うわ。外の環境がどう変化しても、中の環境は一定に保たれるようになってるの」

 純美子はこう答えると、

「ほうなんじゃ。地球で開発された宇宙船よりも進んどるね。無重力が楽しめるのも宇宙旅行の魅力じゃと思うけど」

 紬はほとほと感心する。

「食事とおトイレが大変じゃないですか」

「無重力はすごく楽しそうだけど、特殊な訓練を受けてないと体が適応出来ないもんね」

 大里と千花は微笑み顔で主張した。

「燃料を見たらもーっと驚くと思うわ」

 純美子は得意げな表情で言い、船内隅の方にあったタンクの蓋を開けた。

 中は、真紅色の液体が浸されていた。

「この香り、色、もしかして……紅茶?」

 貴晴が尋ねると、

「正解っ! 正真正銘本物の紅茶だよ。飲んでも美味しいよ。一リットルで二〇万キロメートルくらい走行出来るのーっ! 地球およそ五周分だよ」

 千花は自慢げに答えた。

「紅茶の燃料でそんなに長距離飛べるなんて、凄いねー」

「液体水素や液体酸素じゃなく、ごく普通の紅茶とは……」

「超未来的じゃ」

 貴晴達三人は改めて驚かされたようだ。 

 みんな宇宙船から外に出ると、

「ここに置いておくと邪魔になるだろうから、一旦コンパクトにしよう」

 千花はそう伝えて、宇宙船上部に飛び出ていた葉っぱ的な部分をよじ登って手で押した。

 すると、シューッという音と共に宇宙船は見る見るうちにしぼんでいき、手のひらサイズまでになったのだ。

「これ、空気でふくらませてるだけなん?」

 紬は驚き顔で尋ねる。

「その通り。ビーチボールや浮き輪と同じだよ」

 千花は得意げな表情で答えた。

「これが宇宙空間を飛べるなんて――」

「ド○えもんのひみつ道具にあってもおかしくないよね。中にあった物は、どうなっちゃったのかな?」

 貴晴と典恵もあっと驚いていた。

「同じように縮小されてるよ。質量もね」

 千花はこう説明すると、高さ三センチ横幅一センチほどの大きさにまで縮小された出入り口扉を人差し指で剥いて開け、中を紬達三人に見せてあげた。

「本当に、地球の文明以上じゃね」

「既存の物理法則では説明出来ないよな」

「まるで魔法だね」

 覗いてみた三人はまたしても驚く。

「トルナ星でここ二〇年以内くらいに開発された宇宙船は全部、コンパクトに出来る機能を持ってるんだよ。地球の大人気娯楽作品、ド○ゴンボールに出て来たアイテムを参考にして開発したらしいよ」

 千花は自慢げに説明し、圧縮された宇宙船をリュックにしまった。

 再び足を進めたみんなは、徳島市内中心部にあるお目当てのスパ銭へ。

「日本に来たって感じだね」

 建物の外観を眺め、千花はこんな感想を抱く。

「和の風情があるわね」

「とても落ち着きますね。写真を撮らないとです」

 純美子と大里はスマホを肩に掛けていた鞄から取り出し、カメラ機能で撮影をする。

「スマホも同じ形なんじゃね。ワタシのスマホからもそっちへかけれるんかな?」

「申し訳ないですが、これはトルナ星製なので、地球で作られたスマホからは不可能なのです。わたし達のスマホからそちらへかけることも。メールももちろん。優れた人格者の紬さん達には大変申し訳ないのですが、凶悪犯罪人も多くいるといわれる地球人と不用意に接触しないようにするための安全策なのです」

「ほうか、そりゃ残念じゃね」

 紬はそう思いながらも、トルナ星人の意図には同情出来た。

「俺はどうしようかな?」

「貴晴くんもお風呂入ってきなよ、収穫作業でけっこう土埃ついたでしょ?」

「そうだな。スパ銭もかなり久し振りに来たことだし」

「大人五枚、子ども一枚」

 典恵が入湯料金とバスタオル代を全員分支払い、いよいよ入館。

当然のように貴晴は男湯、他のみんなは女湯へ。

 女湯脱衣場。

「一週間振りのお風呂、楽しみ、楽しみ♪」

サロペットと下着を脱ぎ捨てて、千花は真っ先に浴室へ駆けて行った。

「千花、脱いだ服はきちんと片付けましょうね。あの、典恵ちゃん、貴晴ちゃんっていう男の子は、あなたの彼氏さんかな?」

 純美子は床に散らばった千花の服を籠に移しながら、唐突にこんな質問をしてくる。

「何度か訊かれたことがあるけど、貴晴くんは彼氏じゃなくて、幼馴染だよ」

 典恵は制服のスカートを下ろしつつ、照れ笑いしながら小声で答えた。

「やっぱり。思った通りだわ」

 純美子はくすっと微笑む。

「でも、将来的に……十年後くらいに、私の旦那さんにしたいなって思ってる。結婚相手は昔から知ってる人の方が安心出来るし」

 典恵の頬はカァーッと赤くなった。

「そっか。典恵ちゃんは計画的な子ね」

「ほうじゃったんかぁ。今もそう思っとるってことは、幼稚園の頃の発言は冗談やなかったんじゃね。タカハルくん心優しいし真面目な男の子やけん、ノリエちゃん彼氏風に振舞ってないと他の女の子に取られちゃうかもよ」

 紬はにやけた表情で会話に割り込んだ。

「でもそれは、恥ずかしいかな。キスはまだ出来ないよ」

 典恵はますます俯く。

「焦らず少しずつ、大人な関係になっていけばいいと思うわ」

 純美子はにこにこ微笑みながら、優しく助言する。

「サワヒ王国では狭い世界ゆえ、幼馴染同士での結婚はごく普通のことですが、日本では滅多に無いようですね。典恵さん、貴晴さんとの幼馴染婚が実現出来るよう、頑張って下さいね」

 大里はきらきらした眼差しでエールを送った。

「うっ、うん。あの、さっきのことは、貴晴くんには絶対言っちゃダメだよ」

 典恵は俯いたままお願いする。

「分かってるわ典恵ちゃん」

「もちろん言いませんよ」

「ワタシも絶対言わへんって。タカハルくんも絶対戸惑っちゃうじゃろうけんね」

 純美子達三人は事情を理解し、にこっと微笑む。

「ありがとう」

 典恵の頬はまだ、ちょっぴり赤らんでいた。

そんな時、

「みんな早くぅーっ!」

 千花が出入口引き戸を開け、叫びかけて来た。 

「こらこら千花、走ったら危ないわよ」

 すっぽんぽんでスキップしながらはしゃぐ千花を、純美子は優しく注意し浴室へ。

「体の仕組みも地球人と同じなんじゃね」

「大里ちゃん、お肌白くて羨ましいよ」

 紬と典恵は、すっぽんぽんになった大里の姿をじーっと眺める。

「そんなにじっくり見られると、いと恥ずかしいです」

 大里は頬をぽっと赤らめ、ふくらみかけの胸を手で覆う。

「月一のアノ日とかも来てる?」

「はい、もちろんですよ。その仕組みは地球人女性と同じです。けっこう辛いですよね。特に体育の授業がある日に重なっちゃうと」

紬の質問に大里は照れ笑いしながら伝えて、眼鏡を外して浴室へ。

「ダイリちゃん、思春期真っ只中じゃね」

「そうみたいだね。お体のことについては深く触れないようにしてあげなくちゃ。さっきは私も悪いことしちゃったよ」

 紬と典恵も最後にショーツを脱いで後に続く。

平日で空いているとはいえ、他のお客さんも何名かいた浴室内。

「千花、湯加減はどうかな?」

「ちょうどいいよ、純美子お姉ちゃん」

 千花は純美子に髪の毛を洗ってもらっていた。

「仲良いねー」

「姉妹というより、親子みたいじゃ」

「純美子お姉さんと千花は、お風呂に入る時いつもこんな感じですよ」

 他の三人もシャワー手前の風呂椅子に腰掛け、髪の毛を洗い始めた。

 千花はこのあと、お腹と腕と下半身は自分でゴシゴシ洗って、

「それーっ!」 

 シャワーで洗い流し終えると湯船の方へ駆け寄り、はしゃぎ声を上げながら湯船に足から勢いよく飛び込んだ。ザブーッンと飛沫も高く上がる。

「見てーっ。ホイヘンスの原理で波紋が円状に広がっていくよ」

そう伝えてさらに犬掻きのような泳ぎをし始めた。

「千花、はしゃぎ過ぎですよ」 

「千花ったら、四年生にもなってそんなことして。小学校低学年の子みたいね」

「チカちゃんの気持ちは良く分かるよ。ワタシもチカちゃんくらいの年の頃はしょっちゅうやってたけん」

「千花ちゃん、よっぽど嬉しいんだね」

 四人は湯船の方を振り向き、微笑ましく眺める。

 それから数分後、この四人はお行儀良く足から静かに湯船に浸かった。

「ちょうどいい湯加減やけん、広くて最高じゃわ」

「一日の疲れが一気に吹き飛ぶよね」

「一週間振りのお風呂、とっても気持ちいいです」

 紬、典恵、大里の三人は湯船に足を伸ばして首の辺りまで浸かりゆったりくつろぐ。ほっこりした表情を浮かべた。

「わたくしには、ちょっと熱く感じるわ。わたくしは熱いお風呂苦手なの。いつも三五℃くらいで入ってるし」

 純美子が下半身だけ浸かって苦笑顔で言ったその時、

「それぇーっ!」

 この四人の背後からバシャーッと湯飛沫が。

「こら千花、熱いじゃない」

 思いっきり被せられた純美子はぷくっとふくれた。

「千花、ダメですよ、そんなことしちゃ。他のお客様にも迷惑になりますからね」

 大里は優しく注意して、千花の頭を軽くペチッと叩いておく。

「はーい」

 千花はちょっぴり反省。

「ダイリちゃん達が住んどる所も、湯船に浸かる習慣があるん?」

「はい、その点は日本と同じですよ。というより、日本を真似たようです」

「わたくしは、夏はシャワーだけで済ませることも多いけどね。あ~、火照って来ちゃった。もう出るね。あつい、あつい」

 純美子はゆっくりとした動作で湯船から出て、脱衣場へ向かっていった。

(今何キロあるかしら?)

 そしてすっぽんぽんのまんま、体重計にぴょこんと飛び乗ってみる。

「……えええええっ!? 一週間前より、八キロも増えてるぅ。なっ、なんでぇ!? 適度に運動もしたのに?」

 目盛を眺めた途端、純美子は目を見開き大きな叫び声を上げた。

「純美子お姉ちゃん、これは重力のせいだよ。ここの方が大きいもん。あたしも五キロ増えてたよ」

 千花も駆け寄って来て、慰めの言葉をかけてあげる。

「やっぱりそうよね、よかった」

「体重気にした時の純美子お姉ちゃんの表情、タヌキっぽくってかわいかったよ」

「もう、ひどいよ千花。罰としてくすぐり攻撃しちゃおう」

「あーん、やだぁ。あたしくすぐられるの苦手ぇー」

 すっぽんぽんの純美子に追われ、千花もすっぽんぽんで逃げ惑う。

「仲いいねー」

「私、ジャックと豆の木のお話、思い出しちゃった」

 紬と典恵も脱衣場へ上がって来て、にこにこ微笑みながら眺めていた。

「皆さん、貴晴さんはおそらくもう上がってると思いますので、なるべく速やかに行動しましょう」

 大里は体を拭きながら注意を促す。

五人は服を着込むと出入口近くの休憩所へ。

「貴晴くん、やっぱり先に出てたね」

「まあ、一〇分ちょっとで上がったから」

「タカハルくんはやっ。男の子でも三〇分くらいは楽しまなきゃ損じょ」

「一週間分の汚れが落ちて、さっぱりしましたよ」

「お湯が熱過ぎること以外は、最高だったわ」

「貴晴お兄ちゃん、約三〇分振りーっ!」

(なんか、女の子特有の匂いがぷんぷん……)

 先に待っていた貴晴はけっこう緊張してしまう。女の子五人の体から漂ってくる、桃やラベンダーの石鹸の香りが彼の鼻腔をくすぐっていた。 

「あら、さすが徳島の銭湯ね。すだちジュースが置いてあるわ。わたくし、これにしようっと」

 純美子は冷蔵ショーケースを開け、すだちジュースの缶を取り出す。

「あたしもそれにするぅ! 美味しそう♪」

「わたしもそれにします。せっかくなので」

「私は銭湯上がりの定番のカフェオレにするよ」

「俺は、烏龍茶で」

「ワタシはいちごオーレにしよっと」

 他のみんなもお目当ての飲料水のガラス瓶や缶をショーケースから取り出した。

「私がみんなの分まとめて払ってくるよ」

風呂上りの一杯を楽しんでスパ銭をあとにしたみんなは、続いて市民憩いの場として親しまれている新町川水際公園を訪れ、休憩所にあるベンチに腰掛けた。

「そういえばあなた達、学校の長期休暇で来たって言っとったね。トルナ星の学校はもう冬休みなん?」

「いえ、わたし達の住む街の冬の寒さは徳島市よりもずっと厳しいですが、違いますよ。トルナ星の学校では、日本が十一月三日の文化の日を迎える辺りに、文化ふれあい休暇というものが三週間ほどありまして。その他の長期休暇は日本と同じく夏休み、冬休み、春休みです。ただ、夏休みは四週間、冬休みは十日間、春休みは一週間ほどで、祝祭日もほとんどないため、日本の学校よりも休日は若干少なめですよ」

「ほうなんじゃ。その点は日本の方がいいかも。トルナ星人が初めて宇宙に出たのってどれくらい昔なん?」

「有人宇宙飛行は地球の西暦で一九六二年の二月二〇日です。そちらにつきましては地球人に後れを取っていますよ」

「ほうか。意外じゃ。今の状況から考えて百年以上前には実現してたんかと思ったよ」

「私も」

「ガガーリンよりも後なんだな」

 大里から伝えられた事実に、紬達三人はけっこう衝撃を受けたようだ。

「トルナ星人初の地球到達がそれから約二ヵ月後、月面到達につきましてはその翌日です。地球のアポロ11号乗組員さんよりも早いですよ。個人が自由に手軽に宇宙旅行を楽しめるようになるまでは、それからさらに一年ちょっとかかりました」

「発展が早過ぎる。地球なんてガガーリンさんが行ってから五〇年以上経っとるけど、未だ宇宙飛行士か超高額払った選ばれし人しか宇宙に行けんのじょ。それにしても、トルナ星人が地球に行き来してるってことは、宇宙船も地球のどこかにけっこう頻繁に降り立ってるってことじゃろ? 絶対見つかると思うんやけんど」

「トルナ星の宇宙船は、地球のステルス機を遥かに上回るレーダー回避能力を持ってるからよ。さらに対流圏に突入してからはわずか数秒で地上へ着陸してるし。超高速だから普通の人の目には見えないわよ」

 純美子が自慢げにこう伝えると、

(俺、見えちゃったんだけど……)

 貴晴はなぜか罪悪感に駆られた。

「それに、わたくし達が乗って来た宇宙船も、一見宇宙船には見えなかったでしょ?」

「確かに。ワタシ、巨大なすだちのオブジェに見えたよ」

「私も宇宙船とは思えなかった」

「俺もだ」

「トルナ星で造られた宇宙船は、野菜・果物型やお菓子型、民芸品型がほとんどだよ」

 千花が伝える。

「トルナ星の中の風景も、見せてあげるね」

 純美子は自分の持っていたデジカメに保存されている画像の数々を見せてあげた。

「日本の街並みと似たような感じじゃね。看板も日本語じゃし」

「本当だ。他の星って感じが全然しないよ」

「この写真の月のすぐ横にある水色のでかい星は、地球だよな?」

 貴晴が問いかけると、

「その通り! 満地球の時に撮ったのーっ。地球から見える満月よりも大きく見えるよ。自転周期が同じだから、満地球はあたし達が住んでるおウチからは、いつも日本が真ん中くらいに見える表側しか見えないけどね。地球と比べて、満月の見え方が一番違ってるよ。トルナ星から月までの距離は、一番近い時は三二万キロ、遠い時は一一〇万キロくらい離れるの。だから大きく見える時と小さく見える時とで3.5倍くらい違うんだ」

「最接近時には地球の満月で、しかもスーパームーンと呼ばれる時よりも少し大きく見えますよ」

 千花と大里は生き生きとした表情で嬉しそうに伝える。

「生で見てみたいものじゃ」

「ロマンを感じるよ。神戸の北野の風見鶏の館っぽいものあるね」

 紬と典恵はにこにこ顔で呟く。

「風見鶏の館をモデルに造られた物だから、似ていて当然かも。それは、わたくし達のおウチよ」

 純美子が説明すると、

「すごーい。とっても立派なおウチに住んでるんだね。ひょっとして、純美子ちゃん達は、サワヒ王国のお姫様とか?」

 典恵は羨ましがり、逆にこんな質問をする。

「近いです。わたし達姉妹は、国王の娘ですから」

 大里がさらっと答えると、

「おううう、高貴なお方なんじゃね」

「私達、凄い良家のお方をおもてなししてたんだね」

「俺らとは格が違うな」

 紬達三人は途端に恐縮してしまった。

「いえいえ、全くそんなことないです。トルナ星では国民皆平等の観点から、個人の努力次第でどうにでもなる学歴以外の身分の差は無いに等しいので。国王といっても、他のサワヒ王国民と生活水準はほとんど同じですよ。地球のように職業の違いによる時給の差もありませんから。家族構成や労働時間の違い、勤続年数・年齢を得る毎に国民労働者一律に時給が上がっていくこともあり、世帯所得の差はどうしても出てしまいますが、世帯年収二千万円未満のご家庭には年度末毎に不足分が補われますので、地球のしかも所得格差の少ないといわれる日本と比べても、差は遥かに少ないですよ」

 大里は謙遜気味に説明する。

「理想的な社会が築かれてるんだな」

「小さな星だからこそ実現出来たことだと思うけど、日本、さらには諸外国もトルナ星の社会制度を見習わなきゃいけないね」

「ワタシもノリエちゃんの意見に同意じゃ。トルナ星は平和な星みたいじゃね。険しそうな山はあるようやけんど」

「そちらの写真に写っているのはトルナ星の最高峰、標高一五九五メートルのギルツ山(さん)です。日本の最高峰、富士山の半分にも満たないですね。トルナ星は地球に比べるととても小さいので仕方の無いことですが、大自然の織り成す造形美は地球のそれと比べるとかなり見劣りします。そのためかトルナ星の人々の間近に見える地球に対する憧れは強く、辿り着きたい星の一番候補として古くから親しまれていました。百年ほど前に地球の自然環境と詳しい地形、地球人の存在が分かって来てからは、より一層強くなりましたよ」

「ほうなんじゃ。トルナ星もけっこう面白そうに思うんやけんどね。あっ、次の写真は撮影日が二月三〇日じゃっ!」

「トルナ星って、太陰暦なのかなぁ?」

「一年の長さが違うのか?」

 紬達三人はちょっぴり驚く。

「貴晴お兄ちゃんが正しいよ。トルナ星の一年は二月を三〇日までとした三六七日あるんだよ。十年に一回、八月が三二日までの三六八日あるんだ」

 千花が自慢げに説明した。

「地球よりほんのちょっとだけ公転周期が長いんじゃね。次の写真に写ってる三日地球も新鮮じゃわ。ところで、あなた達は徳島には何泊する予定なん?」

「三泊四日の滞在予定よ」

「けっこう長い間おるつもりなんじゃ。ほな徳島市以外の街もいろいろ観光して来たら? 徳島市だけやと明日一日だけでもほとんどの観光名所回れるくらいよ」

 紬はこう勧めてみる。

「それじゃ、そうしましょっか」

「そうですね、予定を変更して徳島市外へも出てみましょう」

「あたしも賛成っ! 徳島の観光ガイドブック見たら、徳島市以外にも面白そうなスポットけっこうあったもん」

 三姉妹は行く気満々になったようだ。

「都道府県別の年間観光客数最下位争いしとる徳島県に、異国どころか異星からはるばる観光に訪れてくれて嬉しいわ~。ホテルや旅館はもう予約しとるでぇ?」

 紬はにっこり微笑みながら質問する。

「まだ予約はしてないけど、徳島市内のホテルか旅館に泊まろうと計画してるわ」

 純美子が答えた。

「お父さんとお母さんは、わたし達に旅の資金をたくさん与えてくれましたよ。トルナ星も三五年ほど前から日本円と同じ通貨が使われているのです。日本円が流通する以前は、通貨単位はダモカでしたよ。ただ当時は、産業がほとんど発達していなかったため、使われる機会はさほどなかったようです。ご覧下さい、皆様が使われいるお金と同じですよ」

 大里はリュックの中から財布を取り出し、札束をいくつか出した。

「これ、明らかに偽札じゃ」

 紬は呆気に取られた表情で突っ込む。一万円札の肖像が松尾芭蕉、五千円札が与謝蕪村、千円札が小林一茶だったのだ。

「飾るのにはいいけど、使ったら犯罪だな」

「これは使ったらお巡りさんに逮捕されちゃうよ」

 貴晴と典恵も苦笑いを浮かべながら警告する。

「偽札だったのですか! 普通に使えると思ったのですが」

「あたしが持ってるお札も小林一茶さんの千円札だよ」

「わたくしのも同じ肖像よ。それじゃ、銀行で外貨両替しなきゃね」

 腑に落ちない様子の三姉妹に、

「地球ではどこも使われてない紙幣だから、換金は無理だろ」

「今日本で一般的に使われてる肖像は、一万円札が福沢諭吉さん、五千円札が新渡戸稲造さんか樋口一葉さん、千円札が夏目漱石さんか野口英世さんだよ」

 貴晴と典恵が教えてあげた。

「そのお方が肖像の紙幣もトルナ星でたくさん使われていますよ。他に一万円札に宮沢賢治さんや瀬戸内寂聴さん、五千円札に正岡子規さんや太宰治さん、千円札に斉藤茂吉さんや芥川龍之介さんも。日本の学校の国語の教科書や国語便覧でお馴染みの方々ですね。トルナ星で日本円が流通するようになったきっかけは、ある旅行者が日本でたまたま拾ったお金を持ち帰り、模作したことだとされています。たくさん製造されていくうちに、いろんなバリエーションが出来てしまったようですね。よく考えますと、日本のお金で本物と認識されるのは日本の造幣局や印刷局で製造されたもの。つまりトルナ星で製造されたものは、全て偽札であるともいえますね。例え日本の紙幣と同じ肖像のものでも」

 大里は苦笑顔で呟く。

「ほうじゃろうね。ダイリちゃん達が持っとるお金は、使ったら絶対いかんよ」

 紬は念を押して警告。

「困ったわ。乗って来た宇宙船に泊まるしかないわね。でもくつろぎにくいし、電気系統も壊れてるから不便だし。あのう、どなたか、わたくし達をしばらくの間泊めて」

「ワタシんちは狭いけん、十中八九ママに断られると思うんよ。ごめんね」

 純美子が言い切る前に、紬は申し訳無さそうに断る。

「私んちも、大変申し訳ないんだけど、狭いからたぶん無理だと思う。ねえ貴晴くん、貴晴くんち元民宿だから広いでしょう。この子達を泊めてあげて」

 典恵からこう頼まれると、

「うーん、いきなり言われてもなぁ」

 貴晴は当然のように困惑してしまう。

「貴晴さん、お願いです。わたし達をホームステイさせて下さい。一宿一飯の恩義は必ずしますので」

「貴晴お兄ちゃん、お願ぁい」

「貴晴ちゃん、頼むわ。ほんの三泊だけ。ねっ♪」

 三姉妹からきらきらとした瞳で見つめられると、

「一応、頼んでみるけど……」

 貴晴は断り切れなかった。

「サンキュー、貴晴ちゃん」

「ありがとう貴晴お兄ちゃん」

「ありがとうございます。あの、貴晴さん、ご家族の方々にも、わたし達は海外からの旅行者であるとお伝え下さい。トルナ星サワヒ王国からやって来たと伝えると、不審なお顔をされると思いますので」

 大里からのお願いを聞き、

「もちろんそうするつもりだったよ」

 貴晴は苦笑いした。

「ありがとうございます。そういえば、地球人との友好の証に、トルナ星のお土産も持って来ていたのでした。トルナ星の数少ない名産品、ウオイカ入りのマシュマロです。ぜひお召し上がり下さい」

 大里はリュックから可愛く包装された四角い箱を取り出し、三人に一箱ずつ手渡す。

「ウオイカって、半分魚で半分がイカの、トルナ星固有の生物なのかな?」

「魚の尻尾の部分がイカの十本足になってるのかなぁ? 気になるぅ」

 紬と典恵は想像してみる。

「あのう、日本語でイメージされているようですが、トルナ星で元々使われていた言語が語源になっているので紬さんと典恵さんの想像とは全く違うものです。ウオイカは木の実ですよ。地球のいちごに近い食べ物です」

「ほうなんじゃ」

「どんな味なのかな?」

「俺も気になるな」

 三人はさっそく試食してみた。

「甘くて美味しいじょ。確かにいちごに近いね。併せてメロンみたいな味もするし」

 紬は満面の笑みで美味しそうに頬張る。

「とっても美味しいね。これの木の種を地球で植えたら育つかな?」

 典恵はこんな疑問も浮かんだ。

「地球ではおそらく育たないと思います。気候は北海道の旭川くらいであれば問題ないですが、重力が大き過ぎて」

 大里にこう説明されると、

「そっか。残念。貴重品だから、次はもう少し味わって食べよっと」

 典恵は別れ惜しそうな面持ちでこう呟いて、もう一つ手に取る。

「トルナ星には人間以外の生物も、やっぱ生息してるのかな?」

 貴晴はふと気になった。

「はい、もちろんです。トルナ星で現在生息が確認されている動物は約二千五百種、植物は三百種くらいですよ。地球上の生物種数と比較すれば相当少ないですね。ちなみにトルナ星の地球の昆虫に近い形状の生き物は、八本足ですよ」

「これが現生してるトルナ星最大の野生動物、ジュイダの写真だよ。トルナ星の水族館で撮ったの」

 千花はそう伝えて、スマホに収められている画像を見せる。

「魚か。頭のところ、すごい瘤だな」

「ナポレオンフィッシュとピラニアとホオジロザメと合体させたような風貌だね。恐ろしいよ」

「めっちゃ恐ろしいじょ。ト○コに出て来そうじゃね」

 貴晴達三人は興味深そうに眺める。

「体長は十メートルを超えるものが多いです。こんななりですが、刺身はかなり美味ですよ」

 大里がさらっと伝えると、

「ワタシは食べる気は起こらんじょ」

「私もー。呪われそう」

「俺も、食べようとは思わない」

 紬達三人は表情がやや引き攣る。

「あたしは大好物だけど、トルナ星人でも嫌いな人は多いよ。他にも写真いっぱいあるから見てね」

 千花はそう言うと、リュックからアルバム冊子を一冊取り出した。

「おう! オレンジ色の、クマ的な動物や」

「カブトムシとモンシロチョウを合体させた様な虫さんもいるね。確かに八本足だ」

「なんだこれ? アザラシっぽい生き物が亀の甲羅? 背負って直立歩行してる。まあでも、どれも地球にいたとしてもそれほど不思議ではない形状だな」

三人はまたしても興味深そうにページを捲っていく。

「なにしろ地球と環境がよく似ていますから。地球と生物と比較してあまりにも奇抜な形状のものはいないですよ」

 大里は爽やかな表情で言った。

「むしろ地球の熱帯の昆虫や深海魚の方が地球外生命体っぽいじょ」

 紬はにっこり笑いながら意見する。

 このあとみんなで寄った近くの土産物屋さんで、

「パパとママにお土産たくさん買って帰ろう。中に壱億円札が入ってる、ぶどう饅頭は徳島土産の定番だね。川田まんじゅうと金露梅も美味しそうだなぁ」

「鳴門金時パイとすだち饅頭と滝の焼餅も美味しそう。民芸品も売られてるのね」

「阿波おどりのお人形さん、いと可愛らしいです。こちらのすだちにお顔が描かれたキャラクターのお人形さんも。でもわたし達今、本物の日本のお金が無いので」

「大里ちゃん、それなら大丈夫だよ。美馬先生から頂いた分がまだいっぱい余ってるから。欲しい物があったら私に言ってね」

 三姉妹は楽しそうに名産品を物色したのであった。


「――というわけで、この子達を、三泊ホームステイさせてやってくれないか?」

 午後六時ちょっと前、貴晴は三姉妹を連れて帰宅後、茶の間にいたお互い五〇歳くらいの両親に理由をそのままではなく、ハンガリーから旅行しに来て、ホテルや旅館に泊まる所持金が足りなくて困っているからと、出身地以外のことは正直に伝えた。日本語が流暢に話せることもついでに。ちなみになぜ三姉妹をハンガリー出身ということにしたのかというと、ハンガリーにトルナ星と同じ名のトルナ県という地域があるからという単純な理由だ。

「もちろんOK、大歓迎よ」

「おれももちろん大歓迎だ。民宿時代を思い出すなぁ」

 両親は即、快く承諾してくれた。

 しかし、

「うちは嫌や。こんな無計画な子達。それに、貴晴と同い年くらいの女の子達じゃない。貴晴に良くないわっ!」

 貴晴の大学一年生の姉、真輝は困惑顔を浮かべ強く反対。丸っこいお顔でぱっちりとした瞳、痩せても太ってもなく標準的な体つき。ほんのり茶色みがかった黒髪をポニーテールに束ねているのがいつものヘアスタイル。背丈は一五二、三センチで大里よりも小柄だ。まだ女子高生としてもじゅうぶん通用するちょっぴりあどけない顔つきをしている。

「「「……」」」

 三姉妹はそんな真輝に申し訳なく思ったのか、気まずそうな面持ちを浮かべていた。

「まあまあ真輝、そんなこと言わずに。遠い所からお越し下さったお客様なんだから」

「真輝、天才科学者の国ハンガリー出身らしく才媛っぽさが漂ってて、気品の良さそうな子達じゃないか」

 両親に爽やかな表情で説得され、

「……しょうがないなぁ。うちは何も世話せんよ」

 真輝は数秒悩んだ後しぶしぶ承諾。

「わたし達を受け入れて下さり、誠にありがとうございます。この度はお世話になります」

「みんなありがとう」

「やっぱりとってもいい人達ね」

 三姉妹はホッとした面持ちになる。

「ところで、あなた達のお名前はなんていうのかしら?」

「長女の純美子よ」

「次女の大里と申します」

「三女の千花だよ」

「日本人みたいね」

 母に笑顔で突っ込まれると、

「両親が日本をこよなく愛しているものですから、わたし達三人は日本人名なのですよ」

 大里が冷静に理由をご説明。

「そっか。みんな良いお名前ね。長女から順に純美子、大里、千花か。頭文字を取って、すだち三姉妹ね。晩御飯、何か食べたい物はあるかな?」

 すぐに納得してくれた母からの次の質問に、

「あたし、徳島名物ってこの間社会科の授業で先生から聞いた、金時豆入りのお好み焼きが食べたぁーっい!」

 千花が最初に希望を伝える。

「わたしもです。他にも徳島の郷土料理がいろいろ食べたいです」

「わたくしも同じく」

「了解。腕によりをかけて作ってくるわっ!」

 母はうきうきした気分で台所へ。

「お母さん、手抜きで良いと思うわ」

 真輝もお手伝い。夕食準備時、家にいる時はいつもそうしているのだ。

 夕食準備中、三姉妹は茶の間で座布団に腰掛け、

「これは徳島の地元記事ですね」

「サワヒ王国の地元情報誌、サワ日和みたいだね」

「ニュースも今、徳島県内の話題やってるわね」

テレビ番組や徳島のタウン情報誌『あわわfree』を見ながら待機。

 父は足りない材料を近所のスーパーへ快く買い出しに行ってくれた。

貴晴は自室へ向かい、私服に着替えて机に向かい、授業の復習、予習、宿題を進めていく。彼の自室は和室になっていて、八畳ほどの広さがある。

出入口扉側から見て左の一番奥、窓際に設置されてある学習机の上は教科書・参考書類やノート、筆記用具、プリント類、CDラジカセ、携帯型ゲーム機やそれ対応のソフトなどが乱雑に散りばめられてはおらず、きちんと整理されている。彼の几帳面さが窺えた。机備え付けの本立てには今学校で使用している教科書類の他、地球儀や、動物・昆虫・恐竜・乗り物・天体・植物などの図鑑といった、貴晴の幼少期に母が買い与えてくれた物も並べられてあった。机の一メートルほど手前には、幅七〇センチ奥行き三〇センチ高さ一.五メートルほどのサイズの本棚が配置されている。そこには三大週刊少年誌連載のコミックスが合わせて百冊くらい並べられていた。

 夜七時頃から一階、一二畳ほどある応接間にて七人での夕食会が始まる。

 周囲に座布団が敷かれた長机の上に金時豆入りお好み焼き他、鳴門鯛の塩焼き、フィッシュカツ、阿波尾鶏の唐揚げ&照り焼き、松茸&すだち、刺身の数々、栗金団なども並べられていた。貴晴が今日収穫して来たトマトが和えられたサラダも。

「わー、すっごぉい。とっても豪華。脳を活性化させるDHAもたっぷり含まれてるね」

「どれもすこぶる美味しそうです」

「突然押しかけたのに、こんなに贅沢なお料理を用意して下さって本当にありがたいわ」

 三姉妹は並べられている料理の数々に目を輝かせながら、座布団に腰掛けた。

「千花、あぐらはかかない方がいいですよ。パンツが丸見えですから」

 大里は向かいに座る千花に優しく注意する。彼女は行儀良く正座姿勢だった。

「はーい」

 千花は素直に従い、お膝を伸ばした。

 貴晴も真輝も両親も、正座ではないが膝を伸ばしてくつろいでいた。

「ウニのお刺身、美味しそうだぁーっ」

 千花が一切れお箸でつまみ、醤油をつけてお口に運ぼうとしたところ、

「もーらった」

純美子が横からぱくりと齧り付いて来た。

「あああああああーっ! ちょっと、純美子お姉ちゃん、何するのっ!」

 千花は大声を張り上げて、純美子をキッと睨み付ける。

「えへへ」

 純美子はとても美味しそうに頬張りながらあっかんべーのポーズをとった。

「ひっどーい」

 千花は純美子の両方の頬っぺたをぎゅーっとつねる。

「いったぁーい」

 純美子は、千花の髪の毛を引っ張って対抗した。

「うるさい」

 真輝は大好物の栗金団を頬張りながらも不機嫌そうに呟く。真輝のすぐお隣に千花、その隣に純美子が座っているのだ。

(……まあ、ある意味仲が良い姉妹だな)

 真輝の向かいに座る貴晴はこう思いながら、気まずそうに食事を進めていた。

「純美子お姉ちゃん、いきなり取るなんてひどいよぅ。そんなに卑しいことしてたら、ぶくぶく太って豚さんになっちゃうよ」

 千花は今にも泣き出しそうになる。

「わたくしはいっぱい食べても太らない体質なの」

 純美子は得意顔。

「嘘だぁーっ! 増えてたくせにぃ。こうなったら」

 今度は千花、わさびの塊を指で摘み、一瞬の隙を突いて純美子の口に押し込んだ。

「んっ! ごっ、ごめんね、千花。お姉ちゃんのを分けてあげるから」

 純美子、これにて降参。苦手なのか涙目になっていた。

「ありがとう、心優しい純美子お姉ちゃん♪」

 千花は瞬く間に満面の笑みへ。純美子のお皿からついでに松茸も奪取。

「あーん、わたくしも松茸好きなのに」

 純美子、目がさらに潤んだ。

「姉妹ゲンカ、妹の千花ちゃんの知恵勝ちね」

「見ものだったぞ」

 その一部始終を微笑ましく観察していた両親は満足げな表情。

「純美子お姉さんと千花の食事の取り合いは、よくあることですよ。鳴門鯛の塩焼きも、いと美味しいです」

 そんな理由からか大里は特に気にも留めず食事を進めていた。鯛の身をお箸でほぐしてつまみ、お口へ運んで頬張る。

「三人とも、ハンガリー人だけどお箸の使い方も知ってるのね」

 母は感心していた。

「はい、わたし達は、幼い頃から日本食中心の生活をして来ましたから」

 大里は嬉しそうに伝える。

      ☆

「ここが、あなた達のお部屋よ。民宿時代は一番高いお部屋だったの」

 夕食後、母は三姉妹を二階の一室へ案内してあげた。

「純和風で素晴らしいです」

「広くて素敵っ!」

「とても落ち着けそうね」

一五畳ほどの広さがあった。大満足な様子の三姉妹に、

「おトイレと洗面所、お部屋には付いて無くて共同なのよ。ご不便だと思うけど、ごめんなさいね」

 母は申し訳なさそうにその事実を伝えたが、

「いえいえ。寝泊り出来るだけでじゅうぶんありがたいですよ」

「あたしんちの自分のお部屋にもおトイレは無いから大丈夫だよ」

「わたくしも、不満は全くないわ」

 三姉妹は快く納得してくれた。

「ありがとう。お風呂ももう沸いてるわよ。一階の一番奥ね。お着替えも用意してあるから、よかったら使ってね」

 母から次にこう伝えられ、

「夕方にスパ銭に入ったけど、もう一風呂浴びましょう」

「二度風呂もいいですね」

「あたしもお風呂大好きだから、もう一回入るぅーっ!」

三姉妹は楽しげな気分で風呂場へと向かっていく。

脱衣場へ入り服を脱ぎ、脱いだ服は母が用意してくれていた籠に入れて浴室へ。

千花を先頭に入った瞬間、

「ひゃっ!」

 中からこんな叫び声。

 真輝だった。ちょうど風呂椅子に腰掛け、髪の毛を洗っている最中だった。

「あっ、関西弁の真輝お姉ちゃん、入ってたんだね」

 千花はにこっと微笑みかけた。

「どうもー、真輝ちゃん」

 純美子は真輝に向かって手を振りかける。

「真輝お姉さん、お背中流しましょうか?」

 大里の親切心にも、 

「いいわよ。早く出て行って!」

 真輝は不機嫌な様子だ。

「まあまあ真輝お姉ちゃん、お風呂はみんなで入る方が楽しいよ。それに、一人だと広過ぎるでしょう?」

千花はお構い無しにもう一つあった風呂椅子に腰掛ける。

川真田宅には、自慢ではないが大人でも十人近くは一度に入れる広い檜風呂が備え付けられてあるのだ。ちなみに風呂掃除や湯沸しは基本的に母が担当している。

「ちょっ、ちょっと」

「おっぱいの大きさは、わたくしの勝ちね」

 純美子は眺めてみて、嬉しそうににっこり微笑む。

「大きけりゃいいってもんでもないやろう」

 真輝はむすっとふくれた。

「真輝お姉さんは、彼氏さんはいらっしゃいますか?」

「おらへんわっ! いきなり何訊いてくるんよこの子」

 大里の質問にも、不機嫌そうにこう即答した。

「意外だなぁ。真輝ちゃんとってもかわいいのに。真輝ちゃんのおっぱい、触り心地良さそう」

「ひゃぁんっ、んっ」

 純美子に鷲掴みされ、真輝はびっくんとなる。

「真輝お姉ちゃん、気持ち良さそう」

 千花はにこにこ笑う。

「真輝ちゃん、わたくしのも触ってみて。触りっこよ」

 純美子は真輝のおっぱい揉み揉みをやめると、両手を上にぴっと伸ばした。

「いいって」

「おっぱいを触り合うのが、日本風のスキンシップだって紬ちゃんは言ってたわよ」

「そんな下品な日本文化は無いから」

真輝は頬を赤らめたままそう伝えて、風呂場から逃げていく。

「貴晴ぁぁぁっ、あの子達、淫乱よ。気を付けてっ!」

 そのまままっすぐ貴晴の自室へ駆けた。必死の形相で彼の両肩をつかんでゆさゆさ揺さぶり、注意を促す。

「ねっ、姉ちゃん、全裸でしかも濡れたまま出てくるなよ」

 その時数学の宿題を進めていた貴晴は、反射的に目を覆った。

「あっ、ごめんね貴晴」

 真輝は照れ笑いを浮かべながら、お部屋から出て行く。

(姉ちゃんには、もっと恥じらいを持って欲しいよ)

 貴晴は呆れた表情を浮かべた。

 真輝が脱衣場へ戻った時には、

「おかえり真輝ちゃん、かわいらしいパンティー穿いてるのね」

純美子がすでにいた。 

「こらぁ、純美子ちゃん、それのうちのやー、勝手に穿かんといてっ!」

「きゃぁん」

「うちのお気に入りやねんっ!」

 真輝は純美子を睨みつけたのち押し倒し、穿かれた自分のパンツをずるりと引き摺り下ろす。

「ごめんね、真輝ちゃん。ちょっと穿き心地試してみたかったの」

 すっぽんぽんのM字開脚、あられもない姿にされた純美子はてへっと笑う。若干怯えていた。

「二度としちゃダメよ。今度やったら……」

 真輝はむすーっとしながら奪った水玉模様のパンティーを穿くと、体を洗面台に向け、

「これであんたのアンダーヘアー、全部剃っちゃうからね。本気で」

 剃刀を手に取り、刃先を純美子の眼前にかざして脅す。

「わっ、分かったわ真輝ちゃん。もう絶対しないって」

 純美子はM字開脚状態のまま、びくびくしながら誓った。

「分かればよろしい。さっきはごめんね、怖がらせちゃって」

真輝は剃刀を元の位置に戻すとブラをつけ、テキパキとパジャマを着込み、脱衣場から出て茶の間へ。風呂上りの麦茶を一杯飲み、ドライヤーで髪の毛を乾かしていたら、

「やっほー真輝ちゃん、約四分振り」

「貴晴さんちのお風呂も、スパ銭と変わらず、いいお湯でした」

「真輝お姉ちゃん、逃げなくてもいいじゃん」

 三姉妹も後を追うようにやって来た。

 純美子と大里は浴衣、千花は暗闇で光るフォトプリントパジャマを身に着けていた。

「純美子ちゃんだけじゃなく、大里ちゃんも千花ちゃんもうちが昔着てたの着てるし。母さんが用意したのね」

 真輝はハァッとため息をつく。

「べつにいいじゃない。仕舞ったままにしておくのは勿体無いし」

 その時座布団に腰掛け、バラエティ番組を眺めていた母はにこっと微笑む。

 三姉妹は、下着だけは自前のものを身に着けていた。

「あのう、真輝お姉さんのお部屋、見せていただけないでしょうか?」

 大里は恐る恐る頼んでみる。

「ダメよ」

 真輝はきっぱりと断った。

「真輝お姉ちゃんのお部屋って、どうなってるのかな?」

 けれども千花は聞く耳持たず、駆け寄ってしまう。

「あーっ、ちょっ、ちょっと、待ちなさぁーい!」

 真輝は慌てて後を追うが、追いつけず。

結局、千花は真輝のお部屋へ。扉が開かれた瞬間、

「すっごーい、あたしのお部屋よりずーっと豪華! お店みたーい。自分のお部屋にテレビがあるなんていいなぁ。アニメ見放題じゃん」

 千花は目の前に広がる光景に大興奮する。

窓際に観葉植物、学習机の周りにビーズアクセサリーやオルゴール、クマやウサギ、リスといった可愛らしい動物のぬいぐるみがいくつか飾られてあり、普通の女の子らしいお部屋の様相も見受けられたが、それ以外の場所に目を移すと、オタク趣味を思わせるものがたくさん。本棚には四百冊くらいのマンガやラノベ、アニメ・声優系雑誌に加え、一八歳未満は読んではいけない同人誌まで。木製のラックに載せられたDVD/BDレコーダーと二四インチ薄型テレビ、学習机の上にはノートパソコンもあった。本棚の上と、本棚のすぐ横扉寄りにある衣装ケースの上には、萌え系のガチャポンやフィギュア、ぬいぐるみが合わせて二十数体、まるで雛人形のように飾られてあり、さらに壁にも、瞳の大きな可愛らしい女の子達のアニメ風イラストが描かれたポスターが何枚か貼られてあったのだ。貴晴の自室と同じ広さの和室だが、家具や飾りが多い分こちらの方が狭く感じられた。

「もろに見られちゃったぁ」

 真輝はやや落胆する。

「真輝ちゃんのお部屋って、こんな様相になってたのね。これは人に見せたくない気持ち分かるわ」

「失礼致します、真輝お姉さん」

 純美子と大里もいつの間にか入り込んでいた。部屋全体をきょろきょろ見渡す。

「アキバやポンバシにいそうな男の子のお部屋みたいやろ?」

真輝は苦笑顔で問いかけてみた。

「いえいえ、わたしも日本のマンガやラノベやアニメが大好きですから、真輝お姉さんのお部屋と似たような感じですよ。真輝お姉さんって、マンガも描かれてるんですね?」

 大里は学習机の上に、描きかけの漫画原稿用紙が置かれてあるのを発見した。

「うん。中学の頃に漫画の創作に目覚めてん。それで高校時代は文芸部に入って、大学も漫研サークルに入ったんよ。うちが描くマンガはかわいい女の子がいっぱい出る百合系が多いかな。うち、BLは苦手やねん」

「わたしも同じですよ。日本でアキバ系と呼ばれている男の子が好みそうな、萌え系アニメの方が好きです。あの、真輝お姉さんの描いてるマンガ、見せてくれませんか?」

「もちろんいいわよ。好きなだけ見てね」

 真輝は仲間意識が芽生えたのか、快く承諾してくれた。

「ありがとうございます!」

 大里は嬉しそうに礼を言うと、さっそく原稿用紙の束をパラパラッと捲ってみる。

「エッチな絵が多いですけど、上手過ぎます! わたしも趣味でマンガ描いてますけどとても敵いません」

「そっ、そう?」

 大いに褒められて、真輝はちょっぴり照れた。

「真輝お姉ちゃんなら将来絶対漫画家さんになれるよ。あたし、応援してる」

 千花からもエールが送られ、

「あっ、ありがとう」

 真輝はますます照れてしまった。

「これは大人向けの絵柄だから、千花は見ちゃダメよ」

 純美子は背後から千花の目を覆う。

「ごめんなさーい。あたし、貴晴お兄ちゃんのお部屋も見たいなぁ」

「わたしも見たいです」

「わたくしと同い年くらいの日本人の男の子のお部屋、わたくしも非常に気になるわ」

 三姉妹はそう呟くや、真輝のお部屋から出て行き貴晴の自室へと駆けて行った。

「こらぁ、うちの許可なく勝手に。待ちなさぁい!」

 真輝も慌てて後を追う。

「どうしたの? みんな」

貴晴はちょうど机に向かって宿題に取り組んでいるところだった。

「貴晴さんのお部屋を拝見しに来ました」

 大里は笑顔で説明する。

「日本の男子中高生は大半が持ってるって保健の授業で教わった、エッチな本は貴晴ちゃんは一冊も持って無さそうね」

 純美子は本棚を調べてみる。 

「当たり前でしょ! うちがおるのに貴晴がエロ本なんて持ってるわけないでしょ!」

 真輝は険しい表情で強く主張する。

「あの、みんな、俺、勉強に集中出来ないから……」

 貴晴は当然のごとく、迷惑そうにしていた。

「貴晴お兄ちゃん数学の宿題やってるのかぁ。あたし、これくらいならすぐに出来るよ。ちょっと貸してね」

 千花はそう伝えると、プリントを奪い取ってシャープペンシルを手に持ち、全部で十問あるうち貴晴がまだ解いていない四問目以降の答を記述し始めた。

「本当に解けるの? 高校の数学だよ」

 貴晴は当然のように疑う。

「うん! もちろんだよ」

 千花は高速で記述しながら自信満々に伝えた。

「そんなんあり得へんやろ。まあ、一応お手並み拝見したるわ」

 真輝はくすっと笑って、こう呟いた。

 千花以外の四人は静かに見守る。

 それから三分半ほどのち、

「はい、出来たよ貴晴お兄ちゃん」

 千花は残っていた分を全て解き終え、手渡して来た。

「早過ぎる。問い4だけでも標準解答時間五分なのに。しかも全部、当たってるっぽい」

 貴晴は驚き顔だ。

「凄いやん、この子。まだ小学生やのに高校の数学の問題解いちゃうなんて。うちなんて大学生になった今でも中学レベルでもさっぱりやねんよ」

 真輝も唖然としていた。

「千花の数学力は、すでに日本の大学の最高峰、東大京大理系学部二次試験にも対応出来るくらいありますから。わたしは真輝お姉さんと同じく、数学は大の苦手です」

 大里は苦笑顔で伝える。

「わたくしも文系脳だから、数学は日本の中学レベルもちんぷんかんぷんよ。わたくしと真輝ちゃん、似てるところがあるわね」

 純美子は握手を求めて来た。

「なんであなたと握手なんかせんとあかんのや」

 真輝は俯き加減で拒否し、純美子の手の甲をパシッとはたく。

「もう、照れちゃって」

 純美子はにこっと笑った。

「貴晴お兄ちゃん、明日も数学の宿題出たら、あたしが全部やってあげるね」

「あの、千花ちゃん、気持ちはありがたいんだけど、筆跡で他の人がやったってバレるから。今後は、俺一人の力でやるから」

 貴晴は申し訳なさそうに伝える。

「ごめんなさい、貴晴お兄ちゃん。あたし、数学の問題を見るとついつい解きたくなっちゃうの。宿題は自分の力でやらないと、学力が身に付かないもんね」

 千花は深く反省。しょんぼりしてしまった。

「まあ、気にしないで。あの、千花ちゃん。宿題じゃないことで、協力して欲しいことがあるんだ。教科担当の先生が解答例配ってくれなかったから、復習するのに困ってて」

 貴晴はそう伝えながら、二学期中間テスト物理の問題用紙を机の引出から取り出した。

「これは解けそうかな?」

 千花にかざして、こう尋ねると、

「うーん」

 千花は真剣な眼差しで問題文を凝視する。十秒ほどのち、

「力学的エネルギーと熱分野かぁ。大丈夫。全部解けるよ」

 笑顔で自信たっぷりにこう答えた。

「それじゃ、答を書いてくれないかな。出来れば、詳しい解説付きで」

「分かった! 任せてっ!」

 千花は椅子に腰掛け、シャープペンシルを手に取ると嬉しそうに問題を解いていく。

「千花は理科も大の得意なんです」

「高校生のわたくしよりもずっと知識は上よ。シクロアワオドリンの構造式も何も見ずに書けるみたいだし」

 大里と純美子は決まり悪そうに伝えた。やはり妹に敵わないのは情けないと感じているらしい。

「出来たよ、貴晴お兄ちゃん。まあまあのレベルだったね」

四五分で行われたテストだが、千花は一五分程度で全て解けてしまったようだ。詳しい解説もしっかり付けてくれていた。

「ありがとう、助かるよ」

 貴晴がお礼を言うと、

「どういたしまして」

 千花は満面の笑みを浮かべた。貴晴から感謝されたことのみならず、達成感が得られたことにも大きな喜びを感じているようだった。

 三姉妹は割り当てられたお部屋へ戻ると、

「テレビ見ようっと」

 千花はさっそくリモコンを手に取り、テレビをつけてみた。

「今やってるドラマ、殺人事件が出てくるだろうから他のチャンネルに変えるわね」

 純美子はそう言ってすぐにチャンネルボタンの3を押した。

「これって、徳島のローカルCMかなぁ?」

「いや、兵庫のサ○テレビでしょ。淡路島のホテルだし。こういうのが見れるのも、旅行の醍醐味ね」

「あっ、今度は変な太陽のおじちゃんが出て来たよ」

「何こいつ? 正直ちょっと気味悪いわ。マ○オのゲームに出てくるあいつのパクリ? お母さんが昔遊んでたボン○ーマンのゲームにもこんな感じのやつがいたような……」

 切り替わった画面に、千花と純美子は釘付けになる。

「あのう、千花に純美子お姉さん、テレビばかり見てないで、お勉強もしなきゃダメですよ。わたしも宿題を片付けていかないと」

 大里は文房具と数学の問題集とノートをリュックから取り出すと、漆塗りのローテーブル上に置いた。

「それもそうね、どっさり出されてるし。千花も、宿題早めに片付けないと後で地獄を見るわよ」

 純美子は英語と国語のワークをリュックから取り出しながら警告する。

「はーい」

 千花はしぶしぶリュックから文房具と漢字練習帳を取り出し、テーブル上に置いた。

「あたし、漢字苦手だよぅ。全然覚えられなーい」

 そしてため息交じりに呟く。

「漢字は、最低十回は繰り返し書かなきゃダメですよ」

 優しく忠告した大里に、

「大里お姉ちゃんも、数学の問題は何度も繰り返し解かなきゃダメだよ。答の丸写しもダメだよ」

 千花は得意顔で言い返す。

「分かってはいますけど……」

 大里が苦笑顔で言ったその時、

「あの、これ、徳島銘菓の金長まんじゅう。母さんが差し入れしてあげてって」

 貴晴がお部屋へ入って来た。テーブル上にそれとすだち茶が乗せられたお盆を置く。

「ありがとうございます、貴晴さん」

「勉強が捗りそう」

「サンキュー、貴晴ちゃん」

 三姉妹はさっそく口にした。サクサク音を立てて美味しそうに味わう。

「三人とも、勉強してたのか。旅行中なのに真面目だね」

 貴晴が褒めてあげると、

「だって、日本でいう夏休み冬休みの宿題的なものがどっさり出されてるもん」

「問題難しいのが多くって、計画通りに終わる気がしないわ。特に物理と化学と数学」

 千花と純美子はうんざりとした様子で伝えて来た。

「トルナ星の学校制度も、日本と同じく満六歳を迎えた次の四月に小学校へ入学し、小中高大六、三、三、四制で進級していきますよ。ちなみに高校まで義務教育なので、高校入試はありません。純美子お姉さんはトルナ星に八つある大学のうち最難関の、サワヒ王立大学を目指しているのですが、そこへ入学するためには全学部学科、国語、英語、第二星外語、数学、物理、化学、生物、地学、地球公民、日本史、地球世界史、地球地理、保健体育、家庭科、美術、音楽の筆記試験を突破しなければなりません。純美子お姉さんは今のところ、国語と英語と第二星外語の配点が高い文学部志望みたいですよ」

 大里はにこにこ微笑みながら、楽しそうに説明した。

「科目数多過ぎ。理科・社会は選択じゃなくて全分野かよ。さらに実技系まであるのか。日本よりずっと大変なんだな。俺なんか日本の多くの国公立大入試で課される五教科七科目でも多過ぎると思ってるのに。トルナ星人が地球人より高度な文明を持ってる理由が頷けるよ」

 貴晴は憐憫の気持ちを示す。

「科目数がすこぶる多く負担は大きいですが、日本の学校と比べて特段高度な内容を学習しているわけではないですよ」

 大里は謙遜気味に伝える。

「貴晴ちゃんの通う高校も、机に貼られてた時間割表から察するにけっこう濃密な教育が行われてるみたいじゃない。水曜が六時限目までなの以外、七時限目までびっしり埋まってたし、使ってる教材もレベル高そうだったし」

「まあ、毎年東大京大現役合格者が出て、市内の公立じゃ二番手くらいの進学校ではあるけど、俺は大したことないから」 

 貴晴が謙遜気味にそう言ったその時、

「ねえ、あなた達、ハンガリー人なんでしょ? ならドイツ語も当然話せるよね。ハンガリーの公用語なんだし。ちょっと明日までに提出の課題、手伝ってくれんかな? うち、ドイツ語の単位後期も落としそうでやばいねん。あなた達、タダで泊まってる立場なんやからそれくらいしてくれて当然でしょう?」

 真輝が部屋に入って来て、お願いしてくる。

「姉ちゃん、ずうずうしいぞ。それに、ハンガリーの公用語はドイツ語じゃなくてハンガリー語だろ」

 貴晴は呆れるものの、

「もちろん喜んで♪」

 純美子は快く承諾してくれた。第二星外語、ドイツ語を選んでよかった。と心の中で思っていた。

「やったぁ! これの問い1から8までなんやけど」

 真輝はドイツ語のテキスト該当ページを真輝にかざすと、

「真輝お姉ちゃん、宿題は自分の力でやらなきゃダメだよ」

 千花が肩をポンポンッと叩いて注意してくる。

「俺もそう思う」

 貴晴も同意見だ。

「それは高校までの勉強であって、大学では友人同士で協力し合うことが大切なんよ」

 真輝がにこやかな表情で反論すると、

「ということは、真輝ちゃんはわたくしの友人ってわけね」

 純美子は嬉しそうににこっと微笑む。

「そんなわけないでしょ。なんでそうなるんよ? やっぱりいい、自分でやるわっ!」

 真輝はむすっとした表情でそう言って、自室へ戻っていく。

「あーん、せっかくわたくしのドイツ語能力が試せる機会だったのに」

 純美子はそう呟いて、悔しそうに唇を噛み締める。

「姉ちゃんは意地っ張りだからな。それじゃみんな、宿題頑張って」

 貴晴も自室へ戻っていった。

「お外に出てみよう」

 千花は今日の目標分を済ませるとベランダに通じる窓の鍵を開け、外に出る。純美子と大里も後に続いた。

「地球から見る久し振りの夜空、素敵♪ でも徳島市から夜空を眺めても、トルナ星はやっぱり全く見えないわね」

「あまりに小さ過ぎますし、なによりトルナ星をすっぽり覆う正体不明の大気の影響で今の地球の科学技術ではおそらく発見不可能ですから。トルナ星からの地球は、地球から見える満月の二倍くらい大きくはっきりと見えますが」

「これを使ったら、地球からでもトルナ星がはっきりと見えるよ」

 千花がトルナ星製の小型天体望遠鏡で観察し始めたそんな時、向かいの家の二階の窓ががらりと開かれた。中から人が現れる。

「千花ちゃん、大里ちゃん、純美子ちゃん、そのお部屋に泊まることになったんだね」

 典恵だった。

「あーっ、典恵お姉ちゃんだぁーっ。やっほー」

 千花は嬉しそうに手を振る。

「典恵ちゃんのお部屋、そこだったのね」

「親しい幼馴染がお隣同士。ラブコメの定番ですね」

 純美子と大里も典恵に微笑みかけた。

「私、昔は貴晴くんとよくベランダ越しに糸電話で遊んでたよ。みんなは、明日はどう過ごす予定なの?」

「徳島市以外の街を観光するつもりよ」

「そっか。徳島県には徳島市以外にも、むしろ徳島市以外の方が楽しい観光スポットがたくさんあるから、ぜひ楽しんでね。それじゃ、おやすみなさーい」

 典恵はこう告げてベランダから中に入り、窓を閉めた。ほどなく三姉妹も中へ戻る。

「今日撮った写真、父さんと母さんに送っておこうっと」

 純美子は自分のスマホから画像をいくつか添付し、両親のスマホアドレスに送信した。

「大里お姉ちゃん、純美子お姉ちゃん、夕方に寄った新町川水際公園では夜になると青色LEDの明かりがすごくきれいみたいだよ。今から見に行こうよぅ」

「ダメですよ、千花。徳島はわりと治安の良い街らしいですが、わたし達だけで夜出歩くのは大変危険だと思います。徳島だけにおどろおどろしい妖怪や、落人の亡霊が出るかもしれませんよ」

「じゃあ貴晴お兄ちゃん達も誘おう」

「今お勉強中でしょ。邪魔するのは良くないわ。それにね、徳島県では一八歳未満は深夜の外出は青少年健全育成条例で禁止されてるの。お巡りさんに叱られるわよ」

 純美子も反対の意見をする。

「あーん、残念だなぁ。でも、条例なら仕方ないかぁ」

 千花はため息混じりに嘆いた。

「まもなく午後十一時ですね。千花、もう寝る時間とっくに過ぎてますよ。早く寝ましょうね」

 大里が優しく伝えると、

「はーい」

 千花は素直におトイレを済ませて来て、お布団に潜った。

大里と純美子は引き続き勉学に励む。

 同じ頃、トルナ星サワヒ王国首都チウゴナサ。三姉妹の自宅リビング。

 この街はお昼時だった。

「お嬢様達がトルナ星を旅立ってから今日でちょうど一週間、地球の目的地へは無事辿り着けたようですが、今後の行動がとても心配です。地球には貞操や人命を脅かす犯罪人もうろうろしていると聞きますし。お嬢様達が向かった日本の徳島という地域では、マチ★ゾンビと呼ばれる身の毛がよだつたいそう恐ろしいお祭りが行われていて、化け狸や児啼爺などの妖怪や落人の亡霊と遭遇しやすいと国語の授業で平家物語を習った時に聞きましたし。国王様、ワタクシ達が同行しなくても、本当に良かったのですか? お嬢様達だけで地球旅行をさせるのは、まだ早過ぎだと思いますよ」

 三姉妹の護衛の一人が、心配そうに問いかけた。

「三人ともまだ大人ではないが、もう幼い子どもでもない。かわいい子には旅をさせよという諺も日本にはあるし、全く問題はないだろう。写メールも送って来てくれたし、楽しんでいるみたいだぞ。徳島の街も移りにけりな。ボクが昔徳島を訪れた時は、こんなのはまだ出来て無かったな」

 サワヒ王国国王である三姉妹の父は、機嫌良さそうに微笑みながらこうおっしゃる。

 再び川真田宅。午後十一時半を少し過ぎた頃。貴晴は休憩のため布団に寝転がり、コミック単行本を読んでいた。その最中、スマホの着信音が鳴り響く。

「光司か」

 貴晴はこう呟いて、通話アイコンをタップした。彼の小学一年生時代から九年来の親友で、今クラスも同じの久次米光司(くじめ こうじ)からの連絡であった。

『貴晴殿ぉー、数学の宿題プリント出来たか?』

 いきなりこんなことを質問してくる。

「まあ、一応な」

『さすが貴晴殿、明日の朝、写させてくれ。オレ、全く分からんからまだ白紙やねん』

「分かった、分かった」

 貴晴は呆れ顔でこう伝えて電話を切る。ほぼ毎日のことなのだ。

 それからほどなく、

(ちょっとトイレ)

貴晴はお部屋から出て、二階廊下を一番奥まで突き進む。『便所』とネームプレートの貼られた扉をガチャッと開けた。

「きゃっ!」

「うわっ、ごめん」

 タイミング悪く、大里がちょうど洋式便座に腰掛けて用を足している最中だった。目もばっちり合ってしまった。

「あっ、あの、わたし、目下排便中なので後五分くらい待ってから再びお越し下さい」

 大里は頬をカーッと赤らめながら早口調で伝える。

「だっ、大里ちゃん、鍵は掛けようね」

 貴晴はくるっと体を逆に向け、慌てて扉を閉めた。

(どうしよう。わざとじゃないとはいえ、嫌われちゃったかな?)

 自室に戻った後、後悔の念がよぎる。

 四分ほど後、コンコンッと扉がノックされる音が聞こえて来た。

「貴晴さん、出ました。どうぞ」

 大里が入って来て伝える。

「あの、べつに、報告して来なくても、いいから」

 貴晴は気まずい面持ち。

「わたし、さっきのことは全く気にしてないので。むしろわたしの不用心を注意して下さって嬉しかったです。トルナ星には鍵を掛ける生活習慣がないので」

 大里はにこっと微笑んだ。

「あっ、どうも」

「貴晴さんのおウチのおトイレ、家の構造を見る限り和式かと思ったのですが、洋式だったので意外でしたよ。ウォシュレットまで付いてさらに驚きました」

「民宿時代は和式みたいだったけど、俺が物心ついた頃には既に洋式だったよ。変えるつもりはなかったけど、姉ちゃんが和式なんて今時あり得ないとかってごねたらしい。まあ最近じゃ和式トイレなんてほとんど見かけないからな」

「日本でも和式トイレは年々減っているみたいですね。トルナ星では、逆に洋式が減って和式トイレが昔より増えていますよ。地球の重たい重力にも耐え得る体力と強い足腰作りが必要だという国の政策によって。わたしのおウチも今は和式ですよ」

「そうなんだ」

 貴晴は思わず笑ってしまった。彼は再びトイレへ向かい、出入口扉を開ける。

 すると、

「あら、貴晴ちゃん」

 今度は純美子が用を足している最中に出くわしてしまった。

「ごっ、ごめん」

 貴晴はまたも慌てて扉を閉める。

(またやっちゃった)

 鍵を掛けなかった純美子ちゃんの方が悪いだろと貴晴は思ったのだが、罪悪感に駆られてしまう。自分の部屋に戻ろうとしたら、水を流す音が聞こえて来て、

「こちらこそごめんね、貴晴ちゃん。鍵掛け忘れてて。次から気をつけるわ。消臭スプレー振り掛けといたから、すぐに入っていいわよ」

純美子が中から出て来た。てへっと笑い、お部屋へ戻っていく。

(本当に大らかだな、トルナ星人って)

 三度目で、ようやく用を足せた貴晴はほとほと感心した。

 日付が変わって少し過ぎた頃、貴晴は光司から借りていたラノベを読み終えると鞄に仕舞い、電気を消して布団に潜り込む。それから一分ほどして、

「貴晴、一緒に寝てあげるわ」

 真輝が部屋に足を踏み入れて来た。しかも両手に布団一式を抱え持って。

「姉ちゃん、自分の部屋で寝ろよ」

「スペースじゅうぶんあるからいいじゃない。貴晴があの子達に襲われないためでもあるのよ。貴晴の貞操が心配なの」

「そんな心配ないって」

 貴晴はかなり嫌がるも、

「貴晴の身に何かあったら、姉ちゃんが助けてあげるから」

真輝は聞く耳持たず布団を並べ、掛け布団に包まる。

「しょうがないな。でも俺の布団に潜り込んで来たら、蹴り飛ばすぞ」

 貴晴はしぶしぶ了承。

「貴晴ったら、女の子みたいに警戒心強いわね。心配しなくても何もせんって。それじゃ貴晴、おやすみなさい」

 真輝が長い紐を引いて電気を消した。

それから三〇分ほどのち、

「……眠れない」

 貴晴は天井を見つめながら、硬い表情で呟く。

 真輝はもう、すやすや寝息を立ててぐっすり眠っていた。

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