エピローグ 夢見る子どもたち
東アジアのとある密林を、テオは歩いていた。
その足取りは軽く、まるで散歩にでも行くようである。彼は道など無い鬱蒼と生い茂った木々の間を軽快に歩いていく。顔面に貼り付けられた笑顔はニコニコと変わることなく、まるで笑顔の仮面でもかぶっているかのようだった。
彼はやがて、密林を抜けて小さな集落にたどり着く。
そこは未開の地というわけではないようで、自動車や重機のようなものがちらほらとある。停められた軽トラックの荷台には、何やら物騒な重火器が積まれているのが見えた。
「ん?」
集落に足を踏み入れたテオは、わずかに不思議そうな顔をする。
人の気配らしいものがしないのが気がかりだった。怪訝に思いながらも、テオは変わらぬ足取りで歩を進める。
そして、集落の中心に足を踏み入れたところで、彼は立ち止まることになる。
「…………」
大量に積み重ねられた人の死体。
そして、消滅する霊子生体の残滓。
赤いペンキでもぶちまけたようなおびただしい血液が広場を彩っている。それらに囲まれながら、死体の上に腰を掛ける巨漢の男の姿があった。
「よぅ。遅かったじゃねぇか」
薄汚れた白衣は、血で真っ赤に染まっていて元の色がわからないくらいだ。手に握られたメイスには肉片がこびりついて居て直視に耐えない。
そんな猟奇的な出で立ちで立ち上がったのは、数週間前に一度だけ共闘をした男。フォウ・レイウォンだった。
「待ってたぜ、テオ。いや、それとも『趙公明』とでも言ったほうが良いか?」
「僕の原始は確かにそれだけど、テオの方が馴染むから、そっちは止めてほしいかな」
挑発的なレイウォンの言葉をさらりと返しながら、テオは冷めた目で虐殺の後を見る。
「あらら。こりゃひどい。大量殺戮じゃないか」
「俺がやらなきゃ、隣の市街が同じ目にあってただろうよ」
わざとらしく言うテオに、レイウォンはそっけなく言う。
彼は死体を足蹴にして地面に降りる。
積み上げられた死体はまるでゴミのように転がっていく。それらを気にも止めず、レイウォンはテオからわずかに距離を取って立つ。
「こいつらは、お前の同胞ってことで良いんだよな?」
「んー、同胞と言われると、否定するしか無いかな。肯定しちゃうと嘘になっちゃうからね」
「なるほどな。それが、お前さんなりの秩序ってわけか」
この集落は、とある武装勢力の基地だった。
近年の戦争はファントムや魔法士が介入することも多く、互いの力が抑止力となって膠着状態が生まれやすい。しかしそれは、あくまで敵対する双方に同等の武力がある場合に限る話で、そういった戦力を持たない勢力は、よりゲリラ戦に特化していっている。
もしこの集落の武力勢力を野放しにしていたら、そう遠くない未来にこの国の首都に立て続けにテロが発生することとなっただろう。
もっとも、その火種はこの集落だけでなく、複数の場所に蒔かれていると考えるべきだろうが。
「それにしても、よくここが分かったね」
テオは感心したようにそう言うと、芝居がかった仕草で大げさに手を広げた。
「いや、確かに僕はこの集落に用があったよ。でもちゃんと隠密行動をしていたつもりなんだけど、どうやって見つけたんだい?」
「企業秘密だ。てめぇがファントムとしての能力を持つように、こっちにもそれなりに隠し玉がある。言っておくが、逃げられると思うなよ。また見つけてやるからな」
レイウォンは油断なく身構えながらテオを見据える。
その剣呑な目と相対しながら、テオはヘラヘラと笑ってみせる。
「あはは、すごい執着だ。なんだってこんな木っ端なファントムにつきまとうんだい」
「確認しなきゃいけないことがあるからだよ」
日本を離れてすでに一週間。
テオを補足するまで時間はかかったが、なんとか捕まえることが出来た。それは、レイウォンのもつ『秩序』の因子のスキルで、『義務と制約』というパッシブスキルの力である。
交わした約束を果たすまで、その対象と魔力的なつながりを持ち続けるというパッシブスキル。レイウォンはカラミティ・ジェイルの火雷天神を倒す時に、テオとの間に一つの約束を交わしている。
テオが蚩尤の相手をする、というその約束は、テオが最後に逃げ出したことで不成立になっている。
言い様によっては屁理屈になりかねない制約だが、ペナルティが弱いことでここまでなんとか魔力のつながりを保つことが出来た。
そうまでしてテオを探しだしたのは、彼の目的を暴くためである。
「お前のことは、緋槭からも聞いている。『趙公明』を原始とするファントムたぁ、また大物が居たもんだ。しかし、そんな奴がなぜ、極東の霊子災害なんかを倒そうとしてやがったのか」
テオがどこで発生したファントムなのか、バディは誰なのか、まったく判明していない。
だが、テオの最後の行動を見れば、彼の目的だけははっきりする。
「趙公明は今じゃあ財神としての神格の方が有名だが、元々は道教の古い神だ。その時の神格は、『
「なんだ、バレちゃってたか」
レイウォンの言葉に、テオはあっさりと降参する。
「いかにも。僕こそは疫病神、
大仰に身振りをして、テオは胸に手を当てる。
そして、まるでもったいぶったように間を取ると、決定的な事実を口にした。
「そこまで分かっているのなら、もう知っているんだろう? 逢沢あきほが持っていた『疱瘡』の因子は、僕から奪ったものだってことを」
○テオ
原始『
因子『疫病』『災害』『鬼』『道教』『仙術』『鉄』『渡来神』『財神』『宝貝』『悪霊』
因子10 ハイエストランク
つい先日までは持たなかった『疫病』の因子。
それを取り戻したテオは、いわば完全体となってこの場に立っている。
「やっぱり、てめぇだったんだな。逢沢が子供の頃に会ったファントムってのは」
「はは! 僕の方はあの子のことを認識してはいなかったけどね」
ヘラヘラと笑いながらテオは昔を思い出すように言う。
「まさか無差別に襲った民衆の中に、そんなジョーカーがいるなんて思わなかったからさ。アレには僕の召喚者もびっくりしてたっけね。おかげで計画が十年単位でずれたとか文句を言われたけど、ひどい八つ当たりだよ。まあ、ムカついたからぶち殺してやったんだけどね」
あっさりと、自身の召喚者を殺したことを口にするテオ。てっきりその召喚者にずっと使役されているものだと思っていたのだが、違うようだった。
では、テオは何のために活動をしているのか。
「お前がカラミティ・ジェイルを倒したがっていたのは、自分の因子を取り戻すためだってことまでは分かった。だが、なぜこのタイミングだ? 二十五年、機会なんていくらでもあったはずだろう」
「うわ、それを聞くかい? 君だって今まで、あのデカブツを倒せずに手をこまねいていたわけじゃないか」
どこまで本気なのか、テオはおどけたように言う。
レイウォンは怪訝な顔をしながらも確認するように訪ねた。
「じゃあ、お前も決定打がないから手を出せなかったって言うわけか?」
「そんなところかな。手出しするきっかけになったのは、ちょうど神童っていう使い勝手の良い駒が見つかったからだしね。出来ることなら仲間にしたかったんだけど、あの子たちは思った以上に警戒心が強かったからね。協力だけにとどめたって感じさ」
思う通りには行かないね、と肩をすくめてみせるテオ。
そんな彼の言葉を聞いて、レイウォンは目を鋭く細める。今の言葉は聴き逃がせない。
「仲間に――と言ったな。テオ」
「うん、言ったね」
「ならば答えろ。それは『
本来ならば、そのような直球の質問に答える必要はないだろう。
だが、レイウォンには確信があった。このテオという神霊は、おそらく『ウソを付くこと』を禁止されている。
もしそうだとしたら、仮にどんな質問をしたとしても、必ず求める答えを得ることが出来る。
「ああ、そうだよ」
パチパチパチ、と、
テオは愉快そうに拍手をしてみせる。
「国栖蜘蛛。それが、今の僕が所属する場所だ」
「……なら、この集落は国栖蜘蛛とは関係ないのか?」
「こんな場所はただの駒さ。使い勝手の良い『反乱分子』ってだけで、僕らの思想じゃない。そいつらにしたって、同じにされたくはないはずさ」
言いながら、テオは大鋏を手に召喚する。
片手で取っ手を持ち、刃を開いて構えて見せながら、彼は変わらぬ調子で続ける。
「さて、僕の所属を知られたからには、僕もやることをやらなきゃいけないね」
「やるつもりか? 悪いが、俺はまだ余力を残してる」
メイスを構えながらレイウォンは言う。
一触即発の空気が張り詰める。
互いに距離は取っているが、ファントムの身体能力を持ってすれば一足で詰められる程度の距離だ。
余力があると言ったものの、魔力燃費の悪いレイウォンでは長期戦は難しい。完全体となったテオを相手に短期決戦が出来るかどうか。それが鍵だった。
そう覚悟を決めたところで、テオが言った。
「さて、フォウ・レイウォン。殺し合う前に、一つだけ提案をしてもいいかい?」
「提案だぁ? 見逃せっていうんなら断るぜ」
「ううん、そんなつまらないことじゃないさ。そんなことじゃなくてね」
大鋏の刃を構え、臨戦態勢を崩そうとしないまま。
テオはまるで、散歩にでも刺そうかのような爽やかさで言った。
「僕らの仲間にならないかい?」
その後。
集落があった密林は、広範囲に渡って平地となった。
半径二キロ圏内は動植物が死に絶え、大地は荒廃して死の土地となった。それは二人のファントムの激闘の跡であり、その余波は数十キロ離れた市街にまで届いたほどだった。不毛の地となった大地は、それから十年以上に渡って情報圧汚染によって生命が根付かなかったと言う。
それだけの破壊を起こした戦いでありながら、それがどんなファントムに寄るものなのか、世界中探してもどの勢力も知ることがなかった。
※ ※ ※
カラミティ・ジェイルの火雷天神討伐から、二週間後。
タワーマンションの最上階の一室。
足の踏み場もないほどに散乱したコード類と、それに繋がれた精密機器がそこら中に散乱している。稼働させている機器が熱暴走を起こさないように冷房はフル稼働させられており、肌寒さすら感じる気温の部屋だった。
そんな室内で、二人の子供が気絶するように寝転がっていた。
カーテンから差し込む朝日の光に、二人は張り付いてしまったまぶたを強引にこする。ヨロヨロと起き上がって時計を見ると、朝の八時を示していた。
「あったま痛い……何時間くらい寝た?」
「……五時くらいまでは記憶ある。寝たって言うより、気を失ってた感じだ」
「同感。寝直す?」
「そうする。布団出してくるよ」
「じゃあ携帯食持ってくるわ。寝る前に補給しときましょ」
徹夜明けの朦朧とした意識で会話する二人は、のそのそと起き上がって行動を始める。
久能シオンと久我アヤネ。
先日、立ち入り禁止地帯に侵入したことで謹慎状態にある二人は、今日も今日とて、研究に没頭して昼夜逆転生活を送っていた。
あの日――カラミティ・ジェイルの火雷天神を討伐してから、二人は守衛戦艦『ひいらぎ』に拾われ、WMAの庇護下に置かれた。
その後で下位組織である日本の魔導連盟に引き渡されたのだが、すぐにアヤネの母親に見つかり、強制的に帰宅させられたのだった。
このタワマンの一室は、アヤネの母親である久我汐音の名義で借りられている。久我一家が住まう家は別にあり、どちらかと言えばアヤネを軟禁するための部屋である。行動力があるアヤネを監視するには、このくらいの施設が必要なのだった。
そんな軟禁部屋であるが、アヤネはシオンとともに気ままに生活をしている。好き勝手に機材を買い集め、魔法の研究をするためのラボにしてしまっていた。昨夜も一晩中、霊子庭園を展開し続けていろいろな魔法式を試していた。
「さすがにだるい……」
なにせ休むまもなく霊子庭園を展開していたので、魔力は完全に底をついている。下手をすると生命エネルギーまで消費している状態なので、軽い栄養失調を起こしているようなものだった。今にも床に寝転がりたいが、何かしら携帯食で補給をしないと危険である。
そんな不摂生極まりない生活も、彼らにとっては日常でしかない。
特に今はアヤネの母の監視がきついので、なおさら室内でこもりっきりになるしか無い。同年代の子供ならともかく、この神童二人にとってその時間は、自然と修練の時間になるのだった。
シオンはよろけながらも、寝室として使っている部屋の戸を開ける。
そこには、先客が居た。
「よう。おはよう、坊主」
「…………」
思わず扉を締めた。
はて。今しがた見えた巨大なゴリラは一体なんだろうか。ここは生活スペースであって動物園ではないし、シオンとアヤネ以外の人間がいるはずもないのだが。それにしても白衣を着たゴリラというのはまた新しい。
あまりの眠気に幻覚でも見たのかと悩んでいると、扉が乱暴に開けられた。
「おいこら、何締めてやがんだ」
「……なんでここにいるんだよ、レイウォン」
げんなりしたシオンの言葉に、白衣を着た巨漢の男――フォウ・レイウォンは、ニカッと愉快そうに笑った。
レイウォンとは二週間ぶりの再会になる。
事情聴取も個別にされたため、シオンとアヤネが彼と会うのは、カラミティ・ジェイルとの決戦以来である。その後話をしようにも連絡先もわからなかったので、こうして顔を出してくれたのはありがたかった。
だが、しかしである。
「どうやってこの部屋に入ったんだよ、あんた」
シオンとアヤネは並んで座って、正面のレイウォンを問い詰める。
このタワーマンションの一室は、アヤネが逃亡できないように幾重にも結界が張られているし、なおかつ生身の人間による警備もある。押し入るのならまだしも、こっそり入るなど難しいはずだ。
当のレイウォンはと言うと、豪快に「ガハハ」と笑いながら答える。
「そりゃ企業秘密ってもんだ。堂々と会いに来ても良かったんだが、なんか妙な結界があるから、こっそり来た方が良いかと思ったんだよ」
「……確かに、アンタと会ったこと、母さんにバレるのはまずいからありがたいけどね」
アヤネは苦虫を噛み潰すような表情で言う。いつも反抗的な態度を取るアヤネだが、母親に対しては若干の苦手意識を抱いているようだった。
渡された座布団に座ったレイウォンは、改めてアヤネとシオンの二人と向かい合う。二週間ぶりに会う彼は、感心したように言う。
「しっかしお前ら、あんだけ暴れたのによくピンピンしてるな。アヤネがやりあったっていう世界協定の若いやつは、全治二ヶ月の重症だって話だぜ」
「ふん。ただ弱かっただけの話じゃない。私のせいじゃないわ」
「アヤ。そんなこと言ってるけど、治療費は汐音さんが出したって聞いたぞ」
大人の間でどんなやり取りがあったのかは定かでないが、比良坂シドウや、戦艦『ひいらぎ』の乗組員の怪我は、示談という形で決着がついているらしいことをシオンは聞いていた。
そのことを突っ込むと、アヤネは不愉快そうにそっぽを向く。別に傷害行為について反省するような可愛い性格はしていないが、母親に弱みを作ってしまったことはバツが悪いらしい。
そんな彼女は、眉根を寄せたまま疑問をぶつける。
「それよりアンタ。世界協定に存在がバレたのに、よく無事でいるわね。確かトキノエ計画の関係者って、全員懲役食らってたでしょ」
トキノエ計画の主要人物であるフォウ・レイウォンは、本来であれば倫理規定違反による懲役が科せられる立場である。
シオンとアヤネが軽く見ただけでも、トキノエ計画によって行われた人体実験は数十件に登る。その上、カラミティ・ジェイルの火雷天神の誕生による被害は甚大であったため、トキノエ計画の関係者は例外なく捕縛されていた。
死亡していたとされたレイウォンにしても、生存が確認された時点で捕縛されるはずだった。
それに対して、レイウォンは「それなんだけどな」と気の抜けた様子で言う。
「今の法律じゃあ、発生したファントムと、その元となった存在は、あくまで別人として扱うらしくてな。俺の場合はちと例外だが、緋槭の奴が話を通してくれて、自然発生のファントムとして登録されることになったんだ」
そう言いながら、レイウォンは登録IDを見せてくる。
霊子戦争以後、自然発生することが増えてきたファントムには、行政機関が個別に管理ナンバーを発行するようになっている。これまでは身を隠して生活してきたレイウォンだったが、晴れて往来を闊歩することが出来るようになったのである。
「ま、おかげで日本政府に俺の情報を握られることにはなったが、こうして自由に行動することも出来るようになったよ。今は、カラミティ・ジェイルの関係の事後処理をしてるとこだ。シオンのおかげで逢沢の隠し事も分かったから、あと少しってところだな」
「事後処理、ねぇ。それって、テオのことよね」
言葉を濁そうとしていたレイウォンに対して、アヤネは問い詰めるように言う。
あの黒面のファントムは、最後まで得体のしれない存在だった。結局シオンとアヤネは、彼の原始すら知らずに終わっている。カラミティ・ジェイルを討伐するという目的は一致していたが、彼が一体何をするつもりだったのかは不明のままだ。
「あいつについて、レイウォンは今の時点でなにか知ってんの?」
「さあな。知ってるかどうかすらわからない、ってのが本音だ」
はぐらかすような言い方だが、それ自体にウソはないようだ。
おそらくは、口止めされていることもあるのだろう。それでもレイウォンは、最低限の義理を果たすためにアヤネたちの前に来たのだった。
「あのテオって野郎は、おそらく逢沢が言っていた『クニスクモ』と関係がある。それが、緋槭と俺の間での共通認識だ。その組織経由で、おそらく『トキノエ計画』に関わりを持っていたんだろうよ。だから今は、その線を洗ってる」
「ふぅん。その根拠があるわけね」
「ああ」
「でも、それは言えない、と」
「ガハハ! アヤネは勘がいい。ま、そういうこった」
豪快に笑ってごまかすレイウォンに、アヤネは鼻を鳴らしてそっぽを向く。別に子供扱いされたわけではないと分かっていても、なんとなく不愉快だった。
へそを曲げてしまったアヤネを見て、レイウォンは苦笑いを浮かべながら言う。
「ま、俺がお前らの立場でも不愉快だと思うよ。だから、一つヒントを出してやる。あのファントムは、道教由来の神霊だ」
「道教……」
レイウォンから出されたヒントに、伝承関係に強いシオンが考え込む。しかし、中華系の知識はまだ浅く、瞬時に答えは出てこない。
考え込む神童二人を見て、レイウォンは小さく笑みをこぼす。
今この場ではわからずとも、彼らならいずれ答えにたどり着くだろう。その時にどんな行動を取るかは彼ら次第だ。そもそも、分かったからと言って何かをしなければいけないほど、シオンやアヤネにはテオに対する因縁は薄い。
逆に――レイウォンにとっては、テオは見逃すわけには行かない因縁が残っている。
「さて。お前らへの挨拶も済んだことだし、そろそろ俺は行くぜ」
レイウォンはそう言うと、あっさりと立ち上がる。
「何よ。本当に顔見せに来ただけなの?」
「何だ? もしかして冒険に誘ってもらえるとでも期待してたか?」
「まさか。無理難題ふっかけられたら面倒だって思ってただけよ」
まあ、でも。と。
アヤネはわずかに目線をそらしながら言った。
「なんか困ったら、手助けくらいはしてあげる。アンタみたいな燃費悪いファントムに、バディなんてできっこないでしょ。だから、遠慮なく頼りなさい」
「ガハハ! そりゃあ心強い。ま、お前らの実力に疑いはないから、機会があったら頼らせてもらうさ。アヤネにも、シオンにもな」
そう言って、下手くそなウインクをしてみせる。
そして、まばたき一つする間に、レイウォンは跡形もなく消え去った。
まるで最初からその場に何もなかったかのような消失に、シオンもアヤネも我が目を疑う。
「瞬間移動……じゃないわね。隠密系のスキルかしら」
「痕跡をたどって見るか? 外だと難しいけど、部屋の中だけならレイウォンの魔力反応残っているだろうし」
「いいわね。暇つぶしになりそう。じゃ、一眠りした後の課題ね」
ふわぁ、とあくびを一つして、アヤネは寝室に向かった。
シオンもまた、携帯食であるゼリーを飲みながらその後に続く。レイウォンの話も気になったが、はっきり言って今にも倒れそうなのだった。
二人の神童は布団を敷いて倒れ込む。
長いこと干していない布団は埃っぽいが、慣れ親しんだ感触はすぐに二人を眠りの世界に誘い込む。
「なあ、アヤ」
「なあに、シオン」
「次は何をする?」
「そうねぇ。また霊子災害でも倒しに行きたいわね」
「なら、昨日魔導連盟の高天原理事から、S級レイスの情報届いてたよ」
「へぇ。どんなの?」
「鏡のレイス。確か名前は『カール・セプトの鏡回廊』だった」
「良いわねそれ。じゃあ、レイウォンの追跡の後の課題はそれにしましょうか」
「後は……」
まどろみながら、二人は楽しそうに未来の話をする。
それは人が聞いたら荒唐無稽な夢物語だと笑い飛ばすような内容だが、二人にとっては決して不可能な話ではない。神童にとっては実現可能な夢を、延々と話し続ける。
そこにあるのは、無条件の信頼だった。
アヤと一緒なら出来るよと、シオンは言った。
シオンと一緒なら当然よと、アヤネは言った。
そうして二人は眠りに落ちる。
夢を見ながら、眠りにつく。
眠った二人の姿は、年相応の子供らしいあどけなさがあった。
カラミティ・ジェイルの火雷天神編 ――― END
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