第18話 きっとそれは、よくある青春
その後は、繁華街を遊び歩いた。
空気を読んでくれたファントムたちがデバイス内で休眠に入った中、シオンとノキアは、普通の学生たちがするようにデートを楽しんだ。
ブティックに入って冬物を試着したり、雑貨屋でおそろいのアクセサリーを買ったり、映画館で流行りの映画を見たり、本屋で好きな本を紹介し合ったり。
楽しげに手を引いてくるノキアに、シオンも最初は戸惑いつつも、いつしか自然と笑みを浮かべて、手を握り返していた。異性の手のぬくもりを感じるとともに、これまで経験したことのなかった高揚感に胸が踊っていた。
楽しかった。
何も考えずに、ただ気を許した相手といるだけの時間が楽しいだなんて、シオンは知らなかった。
かつて、久我アヤネと過ごした日々は楽しくはあったが、彼女との関係は家族のそれに近かった。確かに異性としての関係もありはしたが、今のノキアと共にあるような、初々しいものではなかった。
ノキアが笑うたびにシオンも笑っていたし、彼女が何かを提案するたびに、彼もそれをやってみたくなった。
それはどこか、無理やりテンションを上げるような強引さがあったものの、一度そういう空気ができてしまえば、居心地の悪さなど覚える暇もなかった。
ノキアはよく笑った。
「あはは、シオンくん、ほっぺたにクリームついてる」
露店のクレープを食べながら歩いているときだった。
シオンが頬にクリームを付けているのを見つけたノキアは、自然な動作でそれを指ですくって舐め取った。
「お、おい。草上」
「ふふ、良いじゃないか。そういう関係なんだしさ」
そう言って、ノキアは大胆にシオンの腕を取って、ギュッと体を近づけてみせる。そのまま、彼女は腕を組んで歩き出した。
その強引さに、シオンは苦笑しつつ、どこか申し訳無さそうな表情を浮かべる。
草上ノキアとの関係は、なし崩し的に始まってしまったものだ。
彼女の実家で起きた婚約騒ぎを解消させるために出来た、偽りの関係。
その後、互いに交際の意思を確認し合ったものの、どこかでこの関係を偽りのように感じてしまっている。
だからだろうか。
ノキアは時々、こうして大胆なアピールをしてくる。
自分たちが付き合っているという事実を確認するように。私は君が好きだと、伝えてくるように。
おそらく、心配しているのだ。
自分たちの関係が偽りの関係になってしまうことが、ノキアは不安で仕方ないのだ。
そんなノキアの真意がわかってしまうからこそ、そんなことをさせてしまう自分に、シオンは負い目のようなものを感じてしまう。
シオンは、ノキアのことを好ましく思っている。
それが恋心であるかと言われれば、即答はできない。
けれど、交際に応えた気持ちに嘘はないし、ノキアとの関係を有耶無耶にするつもりはない。草上家との関係もあるが、それ以上に、草上ノキアという個人を大切に思っていることを、誤魔化そうとは思わない。
それをうまく伝えられない自分が、もどかしかった。
「なあ、草上」
「……なんだい、シオンくん」
シオンの問いかけに、何か言いたげに、ノキアは問い返す。
なんてことのない会話の中で、ノキアは何か言いたげな目を返してくる。
ノキアは明確に、何かを求めている。
けれど、シオンはその要求を察することができない。根が朴念仁であるシオンには、ノキアのようなさっぱりした少女が、乙女心からの期待を持っていることに気づくことができなかった。
ノキアもまた、そんな彼に、自分の要望を伝えることができない。
元が嘘の関係から始まったものであるだけに、ノキアは今の関係を維持することで精一杯だった。
ノキアの願いは簡単なものだ。
しかし、それすらも伝えるのに躊躇する。
ただ、呼び方を変えて欲しいだなんて言う、子供じみた簡単な願いすらも、伝えられないでいた。
互いの気持ちを隠して、二人は楽しい休日を過ごす。
本物であるはずの関係を偽りのように感じながら、二人はこれまで経験したことのない、男女交際の楽しさを満喫するのだった。
※ ※ ※
「んー! 遊んだ遊んだ! こんなに遊んだの、久しぶりだよ」
日が落ち、辺りが暗くなった中。
ノキアは伸びをしながら快活な声を発する。
時刻は六時。
時間を忘れて街を練り歩くのなんて、本当に久しぶりだった。
「お前はもっとインドアだと思ってたが、意外だった。こんなに外での遊びに詳しいなんて」
「中学時代は、家に隠れて遊び歩いてたからね。家に帰ると自由なんて殆どなかったから、息抜きと言ったら外での活動だったんだよ」
基本面倒くさがりなノキアであるが、別に出不精というわけではない。他者から強要されるのが嫌いなだけで、人並みに行動的なのだった。
一方シオンの方は、見た目通りのインドア派なため、丸一日外で遊ぶなんてことはあまりしない。
神童時代は遠征と称した外での活動も多かったが、普段はもっぱら室内での研究ばかりしていた。だからこそ、今日の体験は新鮮だった。
「さて、と。ちょっと早いけど、そろそろご飯にする?」
「そうだな。お前の門限を考えたら、確かに早めに食べたほうが良いか」
ノキアの問いに、シオンは時間を確認しつつ言う。
時間的には少し早いが、これから何かをするとなると、今度は門限の問題が出てくる。シオンの方は問題ないが、ノキアが入っている女子寮は、八時くらいが門限だったはずだ。
そのことを言うと、ノキアはひらひらと手を振りながら返す。
「門限って言っても、管理人が常駐しているわけじゃないから、形だけのものだけどね。だから、多少はオーバーしても構わないよ」
「それなら良いけど、どっか目当ての店とかあるか?」
「んー、それなんだよね。日曜日で混んでるから、ちょっと並ばないといけないかもしれない。適当にブラブラしてみよっか」
そう言って二人はあてもなく歩き出したが、ほとんどの店が満席か、一時間待ちといった有様だった。
駅周辺ということで人も集まっているため、同じように夕食を取って帰ろうという人が多いのだろう。こんなことなら予約でもしておくべきだったと後悔する。
三十分ほど歩き回って、ファミレスすらも満席なのを確認して、二人は駅まで戻ってきた。
「参ったな。混んでるって言っても、ここまでとは思わなかった」
「私も、ちょっと認識が甘かったよ。仕方ない。帰り道で何か探そうか」
「そうだな……ん、あ、そうだ」
ノキアの提案にうなずきかけたシオンだったが、そこで何気なく思いついたことを口にする。
「なんなら、うちに来るか?」
「へ?」
シオンの何気ない一言に、思わずと言った様子でノキアが立ち止まる。
そんな彼女の様子に構わず、シオンは至って平静な様子で、当たり前のように言う。
「このまま外をうろつくのも大変だろ。作り置きのカレーくらいならあるけど、どうだ?」
そのシオンの平然とした態度に、ノキアは曖昧な表情を浮かべた。
はて、今のは自分の聞き間違いだっただろうかと、窺い見るような目で、彼女はシオンの方へと視線を向ける。
「うちって、それはシオンくんの家ってことかい?」
「まだうちに入れたことはないから、いい機会だと思うんだけど」
「……それは」
僅かに高鳴る心臓の音を抑えながら、ノキアは尋ねる。
「期待しても、いいってことかな?」
「カレーの味なら、ミラには好評だったから、悪くない出来だと思うぞ」
神妙な様子のノキアに対して、すっとぼけたようにシオンが言い返す。
期待と不安で前のめりになっていたノキアは、その返答に思わずつんのめりそうになった。
どこまで分かって言っているのか、あまりに平然とした態度からは真意を測りかねる。
もどかしさと気恥ずかしさで顔を赤くするノキアだったが、ふとシオンを見ると、どこか落ち着きなくデバイスを手で弄んでいるのに気づく。
まさか。
怪訝な顔で、ノキアは探るように言う。
「君、実は分かって言ってるんじゃないかい?」
「……断っておくが、変なことをする気はないからな」
等のシオンはというと、さすがにはぐらかすのは無理だと悟り、そっぽを向きながらそう答える。必死に隠そうとしているのか、らしくもなく、彼の頬は紅潮していた。
心臓の鼓動が早くなる。
胸の音がうるさくて、まるで相手の鼓動まで聞こえそうだった。
ノキアは自然と笑いだしてしまった。
「く、ふふ。はは」
気分良さそうに笑ったノキアは、シオンの腕を取って再び自分の腕と絡める。
「お、おい、草上」
「うん、いいよ。連れてってよ、君の家!」
外気は肌寒いくらいなのに、身体はなぜだか暖かかった。血管を流れる血液が嫌でも意識される。
その熱を、ノキアは受け入れる。
もっとこの時間が続けばいいのに。
シオンはどうかわからないが、ノキアははっきりとそう思った。彼に誘われた。ただそれだけが、こんなにも嬉しいとは思わなかった。
腕を組み、身体をギュッと近寄せる。戸惑うシオンの顔が可笑しくて仕方がない。互いに顔を真赤にしたまま歩きだす。
その姿は、誰が見てもカップルに見えることだろう。ノキアの心臓は張り裂けそうだったが、それ以上に幸福感でいっぱいだった。
ああ、今なら。
そう思って、ノキアは口を開く。
「ねえ。シオンくん。一つ、提案があるんだけど――」
そう、提案という名のお願いを口にしようとした、その時だった。
「ようやく見つけたな。手間を取らせてくれる」
シオンとノキアの目の前に、突然一人の男が現れた。
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