第17話 休日デートと結果発表
休日デート。
改まった風にそんなことを言っていたが、実態はいつもの通りの買い物である。
今日は繁華街の方まで行こうと言うことになった。
駅の周りから広がる繁華街には、大型ショッピングモールや、娯楽施設がゴマンと並んでいる。
電車を降りて、まず向かったのは電子ショップだった。
ノキアの言う用事とは、メインデバイスの新調だった。
魔法士の持つデバイスには、多種多様のメーカーが存在する。それらの整備や販売は、それぞれの量販店で行っている。基本的には、電器店で一緒に売られている場合が多いが、特注品や専門的なデバイスになると、個人系列の店に行く必要が出てくる。
彼女は普段、日常で使っているモバイル型のデバイスを、そのまま魔法行使用として使っていたのだが、そろそろ容量が心もとなくなってきたらしい。
「授業で使う分には良いんだけどね。試合をしていると、どうも『
「……むしろ、今まで雑務用のデバイスで競技してたのかよ、お前」
魔法競技用のデバイスには、その形態ごとに特色があり、それぞれに競技しやすいようなアドバンテージが存在する。
例えば、シオンが好んで使うロッド型のデバイスには、ロッドを起点とした座標の演算機能や、魔力の収束機能が付いている。
他には、バングル型のような肌に密着するタイプには、霊子体への感応性が高くなるような機能がついていたりと、それぞれ機能に差があるのだ。
競技規定内で定められた特徴を見定め、自分にあったデバイスを身につけるのも、ゲームにおいてプレイヤーが取れる重要な要素であった。
「しかし、実家がデバイス会社なのに、他のメーカーを買っても良いのか?」
「いいのいいの。そもそもうちの実家、サブデバイスが主流だし」
ノキアの実家は、草上エレクトロニクスという会社を経営している。
魔法デバイスに関する大手であり、主にサブデバイスについての研究や開発を行っている企業だ。学校でも、基礎デバイスの一つとして配布される程度には有名なブランドである。
「他社商品もいいのあるし、使い分けないとね」
そんな大手メーカーの社長令嬢は、気になるデバイスを一つ一つ手に取って、楽しげに見ている。彼女の言うとおり、草上エレクトロニクスの主流はサブデバイスなので、確かにメインデバイスを買うならば別のメーカーが良いのだろうが、少々複雑な問題である。
そこでふと、ノキアに話しておきたいことを思い出した。
「そういえば、試作のサブデバイスだけど。かなり使い心地いいぞ」
シオンは腕にはめたリストバンド型のデバイスをかざしながら言う。
草上エレクトロニクス製のサブデバイス。身体能力の補助を目的としたもので、試作段階にあるものを、シオンはテストモニターとして使用していた。
「魔力出力路が小さい代わりに、持続力が長いのがいいな。メモリ容量が少ないから大きな魔法式は組み込めないけど、常時発動が容易いのは助かる。デフォルトで入っている式も、読みやすい割に汎用性が高い」
詳しい使用感はあとでレポートにまとめるつもりだったが、これが実用化されるだけでも、かなり戦略の幅が広がるだろう。
シオンの感想を聞いて、ノキアは嬉しそうにはにかんで見せる。
「それは良かった。君のように魔力出力に難がある魔法士でも使えるように、ってことで設計されたらしいからね。その報告を聞けば、お父様も喜ぶと思うよ」
シオンの言葉に、どことなく嬉しそうな顔をするノキア。なんだかんだいいつつも、実家が褒められて悪い気はしないらしい。
それから十分ほど商品を物色したあと、彼女は一つのデバイスを手に取る。
「うん、これに決めた」
今回、ノキアが選んだのは、同じくモバイル型――レミル・アルカ社製競技デバイス。日常でも競技でも活用できる、現代版魔導書という触れ込みの一品だった。
「競技用にもなるし、何より持ち運びしやすいからね」
そう言いながら、ノキアは会計を済ませる。
ちなみにそのデバイスの値札を見たところ、六桁のお値段だった。それをカードの一括払いで精算した彼女の涼しい顔を見て、シオンは顔が引きつるのを隠せなかった。
買い物を済ませた後、モール内のカフェテリアに入り、早速新型デバイスを起動させる。
そして、旧デバイスで休ませていたファントムを、新デバイスへと移動させた。
「これでトゥルクも、居心地いいでしょ」
「はい。ありがとうございます、ノキアお嬢様」
ノキアの言葉に、デバイスから慇懃な返答がなされた。
彼女のバディ、デイム・トゥルクのものだ。
普段は二十歳前後の外見をしたスーツ姿の女性であるのだが、現在液晶に映る姿は、ウサミミフードをかぶった十歳程度の少女のものだった。
「……トゥルクさん、なんでその姿なんです?」
「そ、その。別に他意は無いんですよ。ただ、この姿だと容量が節約できるから、電子化のときはこの姿でいるようにと、お嬢様が」
恥ずかしそうに手を振るトゥルクの言葉に、ノキアは素知らぬ顔をする。一ヶ月半前の出来事以来、二人の力関係も微妙に変わっているようだった。
三人の会話に、シオンのデバイスからも声が上がる。
「トゥーちゃんいいなぁ。ねえ、シオン。わたしもちょっと窮屈なんだけど、新しいデバイスとか考えないの?」
「進級したら、クラス用に新しいのが配られるから、それまで我慢しろ」
無碍なその返答に、ミラは「ぶーぶー」と不満を口にする。
しかし仕方ないのだ。学費の大部分を自分で支払っているシオンには、無計画な散財をするほどの余裕はないのだから。
余裕がない――と言えば。
シオンはおずおずと尋ねる。
「……ちなみに、一つ聞きたいんだけど」
「うん? どうしたんだい、改まって」
カフェラテに息を吹きかけて冷ましていたノキアは、キョトンとした目を返す。
「僕の口座に、草上エレクトロニクスから特許料って名目で、かなりの金額が振り込まれていたんだけど……なんか知ってるか?」
「ああ。それは間違いじゃないと思うよ」
あっけらかんと、ノキアは答える。
「ほら、先月契約した魔法式の特許についてだよ。契約料が振り込まれるって言ってただろう?」
「にしても、かなりの額だったぞ。前の企業じゃ、ここまでの価値じゃなかった」
「それは前の契約が悪いんだよ。お父様が言ってたけど、君の魔法式は、まともに商品転用しようと思ったら、アレくらいの利益は見込めるそうだよ」
シオンは神童時代、いくつか魔法式の特許を取得している。
その特許だが、一ヶ月半前にあった草上家のお家騒動の際に、過半数を草上エレクトロニクスと契約することになったのだ。
全面的に譲渡も覚悟していたシオンとしては、こうして利益を分けてもらえるのは、学費の面で非常にありがたい話だった。
しかし、いざ契約金が振り込まれてみると、予想以上に大きな額だったため、動揺していたのだ。
「やっぱりテンプレート化された魔法式は貴重だからね。サブデバイス用としても、かなり旨味があるんだと思うよ」
「それはわかるんだが、これ、契約の前金だろ? お前の会社大丈夫なのか?」
「そりゃあ、天下の草上エレクトロニクスだからね。さしあたって特許の使用料ってことらしいから、あとは利益に応じて別途支払いあるって言ってたよ。ま、せいぜい期待していればいいんじゃない?」
「四年も前の魔法式を、そこまで評価されるとなんだか落ち着かないんだがな」
「はは、何を言ってるんだい、神童。そんな賞賛、今に始まったことじゃないだろう」
ノキアの茶化す言葉に、シオンは困ったような表情を浮かべるのだった。
そういう評価は、過剰に感じて、いつになっても慣れない。
四年前ですらそうだったのだから、実力を無くした今なんて、もっとだ。
自分では大したことがないと思っていることを、皆が大げさに褒めそやす。そのたびに、彼は居心地が悪くなる。
本当の天才を知っているからこそ、久能シオンは、自分が天才と呼ばれるのが心苦しい。
「神童と言えば……」
シオンのそんな胸中を知ってか知らずか、ノキアは雑談の一環として話を振ってくる。
「アヤネ・フィジィ――久我アヤネさん。彼女、すごいね」
「…………」
ノキアの言葉に、シオンは無言を返す。
その姿をちらりと見たノキアは、小さく息を吐いた後、言葉を続けた。
「予選のレーティング戦に参加してから、一週間。それで、まさかランキング十五位以内に入るだなんて、誰が思うかって話だよ」
「僕も、ここまでやれるとは思ってなかったよ」
金曜日の時点で、久我アヤネの校内ランキングは、十一位。
木曜の明星タイガとの試合のお陰で、無事に十五位以内に入っていた。今日リーグ戦の発表があるが、出場は確実だろう。
「レーティング戦の一番の肝は、一日に何戦でも出来るってところだよね。もちろん、競技場の予約や、自分の魔力残量っていう限界はあるけど、それも、クラスぐるみで協力してくれるんなら、ある程度は融通が聞く」
アヤネの場合、立ち回りがうまかったといえるだろう。
復学初日に、クラスメイトを助けるために叢雲ツルギと勝負して勝ったことが大きい。
そこで一気にクラスの信頼を得た彼女は、無謀な挑戦に対するクラスからの強力を得た。
もちろん、レーティング戦をするからには本気で勝負したはずだが、アヤネが順位を上げやすいように試合を組んだことは確実だろう。
そして、その次に行ったことがまた、効果的だった。
「まさか、前年のユースカップ出場者を引っ張り出すなんて、思いもしなかったからね」
「ああ。そればっかりは、僕も考えが及ばなかった」
シオンとノキアは、神妙に頷き合う。
ユースカップは、初出場以外での参加が出来ない大会である。故に、前年度出場した十名のうち、在学中の者には出場資格がない。
だがここで、テクノ学園における学内予選の要項が肝になってくる。
予選の要項をよく読んでみると、『校内における学生バディによるマギクスアーツの結果を、レーティングに反映する』とある。
これは、参加資格のない前年出場者を相手にした試合であっても、結果はレーティングに反映されるということだ。
「前年出場者のうち、在学中は三年が二人、二年が一人。彼らを相手に戦えば、アヤの場合は負けても大きく順位が下がることはないし、逆に勝てば、かなり評価される」
よく考えたものだと、シオンは言いながら思う。
もっとも、下層順位からのし上がるだけだったアヤネだからこそ出来たことで、他のプレイヤーが真似したとしても、負けて順位を大きく落とすだけの結果になっただろう。
この三人の先輩の内、二人とレーティング戦の約束を取り付け、それにアヤネは勝ったという。
その試合結果はギリギリでの勝利であり、相手も手加減をしていたらしいという話だが、勝ち星を上げたことは事実であり、それで一気に順位を上げてきた。
「もうすぐ結果発表だけど、彼女なら多分、レーティング予選は突破するだろうね」
飲み干したカップを弄びながら、ノキアは言う。
「君たちの逸話は十分に聞き及んでいたし、神童と呼ばれた二人がどれだけ規格外だったのかは十分に把握していたつもりだったけど――まさか、再起不能になった後でも、ここまでやれるとは、思ってなかった」
「アヤと僕を並べないでくれ。あいつに比べたら、僕なんて本当に大したことない」
「そんなことはないさ」
シオンの謙遜とも取れる自己評価を、ノキアはあっさりと否定する。
「確かに、久我さんはすごいと思うよ。ステータスを見ても、あれで上位陣と渡り合っているだなんて信じられない。けれどそれは、君にも全く同じことが言えるよ、シオンくん」
「アヤと同じことなんて、僕には出来ないよ」
過ぎた評価に、シオンは思わず大げさに否定する。
「こっちは、騙し騙しやって、なんとか虚勢を張っているだけだ。こんなの、いつ崩れるかわかったものじゃない」
「でも、君だって結果を出してる」
真剣な表情で、ノキアはシオンの目を見つめてくる。そのあまりにまっすぐな瞳に、シオンは思わず目をそらしてしまう。
土曜の朝の時点で、久能シオンの校内順位は、十三位だった。
よっぽどの番狂わせが無い限りは、十五位以内でのレーティング戦通過はできるだろうと考えていた。
結果だけを見れば、十分過ぎる成果であるといえるだろう。
「前から思っていたけれど。君は自分を、過小評価しすぎだよ、シオンくん」
「そんなこと……」
「だって、君みたいな状態で結果を出すなんて、誰にもできることじゃない」
久能シオンは、事故の後遺症で魔法をまともに扱えない。
更には、バディである七塚ミラは、因子が一つのローランクファントムだ。
そんな最弱といってもいい組み合わせでありながら、彼らはランキングの高順位に上りつめた。このまま行けば、ユースカップ初年度出場も夢ではない。
「久我さんは確かにすごいけど、それに負けないくらい、君だってすごいって、私は思うよ」
「…………」
違うのだ、と言いたかった。
言いたかったが、それ以上の言葉は、何を言っても意味のない音にしかならないだろう。彼がそれを認めず、そして彼女がそれを受け入れない限り、この対話に意味など無い。
だからシオンは、その忸怩たる思いを飲み込んだ。
その時だった。
「……ほら、結果が出た」
二人が持つデバイスに、学園からメールが送られてきた。
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ユースカップ校内予選
リーグ戦出場者最終通知
一位・白銀ミナト(三年実技A科) ファントム:黄金郷イラ
二位・音無ユミネ(三年実技A科) ファントム:若武トウタ
三位・七隈ザクロ(二年実技A科) ファントム:七天サラサ
四位・明星タイガ(一年実技A科) ファントム:千頭和ナギニ
五位・久我アヤネ(一年研究科) ファントム:飛燕
六位・叢雲ツルギ(二年実技A科) ファントム:叢雲ユエ
七位・三尋アキラ(三年実技B科) ファントム:村神天刃
八位・杠モミジ(二年実技A科) ファントム:スカーレット・フラム
九位・伏義イズナ(二年実技B科) ファントム:羽場スサノオ
十位・本城寺ユキヒロ(三年研究科) ファントム:アリステイディアス
十一位・久能シオン(一年技術科) ファントム:七塚ミラ
十二位・雲仙フユキ(二年実技B科) ファントム:凍刃ツララ
十三位・布施オトハ(二年研究科) ファントム:三子山スズネ
十四位・仁々木ヤヒロ(三年実技A科) ファントム:バード・オルフェ
十五位・神呂木マコ(三年実技B科) ファントム: 不夜
以上、十五名をリーグ戦の出場者とする。
上記を三つのグループに分けてリーグ戦を行い、それぞれのグループで上位二名を選出し、合計六名をユースカップ校内代表として決定する。
グループ分けは校内掲示板で発表を行う。
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その結果を見ながら、ノキアは悔しげにそっと息を吐く。
「……やっぱり、駄目だったか」
表情に対して、言葉は随分とあっさりしたものだった。ある程度、結果は予測していたのだろう。ただ、それを直に見ると、どうしても感情が漏れてしまう。
「今回は頑張ったつもりだったんだけどね。けど、届かなかった。私の最終結果は、二十一位か。ま、普段サボってる人間の頑張りなんて、そんなものだよね」
「草上……」
「おめでとう、シオンくん。ユースカップ出場まで、あと一歩だ」
すかさず返されたノキアの言葉に、シオンは思わず黙り込む。
校内予選レーティング戦を勝ち抜いた十五人。
一部の例外を除いて、これはそのまま校内での強さランキングであると言っていいだろう。全員が強者で、実力者だ。この中で、自分の実力が一番劣っているといえるだろう。
その中で、第十一位。
不相応な評価に、自分の無力感を噛み締めながら、シオンは目を伏せるのだった。
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