第8話 復活の神童
「いやあ、参った」
両手を上げながら、清々しそうにイズナは言った。
それに、シオンは苦笑いをしながら謙遜で返す。
「運もかなりありました。あの空間切断で即死していた可能性もありますし、何より最後に、ミラの方を攻撃せず、僕にトドメを刺されてたら、負けでしたから」
「いやいや、身体を張ったブラフだったよ。完全に騙された」
レーティング戦を終え、二人に注がれた拍手は大きなものだった。
観戦していた者達の声に答えながら、二人は休憩スペースへと移り、そのまま感想戦を始めていた。疲労困憊で二人共今にも倒れそうであるが、何より刺激が強い戦いで、興奮していた。
互いに、試合において気になった点を確認しあう。
「その刀剣型のデバイスは、サブデバイスだったんですね。すっかり騙されました」
「でしょ? 魔力の斬撃を飛ばすだけのデバイスなんだけど、大きさとモデリングの精密さのお陰で、案外みんな騙されてくれるのよね。ちなみに、同じ形のメインデバイスも持ってるから、どちらを使うかは毎回秘密ね」
イズナはそう言いながらウインクをして、茶目っ気を見せる。
ウィザードリィ・ゲームにおいて、持ち込めるデバイスには、メインデバイスが一つと、サブデバイスが二つまでという縛りがある。
イズナの場合、今回は刀剣型のサブデバイス以外には、足首にアンクルバンド型のサブデバイスをつけていた。これにより、衝撃を累乗させたり、空気を固めて蹴ったりすることができる。
加えて、手首に付けたバングル型のメインデバイスにより、多用な魔法を組めるように構成を整えていた。スサノオによる擬似ファントム化と合わせると、かなり厄介な戦闘スタイルである。
イズナも相当特殊なパターンではあるが、対するシオンも、かなり特殊だ。
シオンの場合、メインはロッド型で、それ自体は大して珍しくない。問題は、今回の試合ではサブデバイスを一つも持ち込んでいないところだ。
代わりに、彼は呪符を持ち込んでいた。
「呪符とは、また珍しいものを持ってきたね」
物珍しそうな目で見てくるイズナに、シオンはポケットから呪符の束を取り出す。火行符、木行符、土行符の三種類が、十枚ほど。それらは、一枚一枚時間をかけて作成したものだ
陰陽道の呪符術式。
古来、日本において主流だった呪術体系。自身の魔力で一から現象を起こすのではなく、自身の魔力をきっかけとして、自然の力を借りるのが呪法である。
デバイスを用いた
「苦肉の策だったんですけどね。ただ、まともな魔法の行使に難がある僕なら、むしろ使い捨てのこいつの方が、効率的だったりします」
ウィザードリィ・ゲームの規定では、魔法デバイスに組み込める術式の容量に限度がある。逆に言えば、一定以内であれば何を持ち込んでも構わない。サブデバイスの代わりに、呪符を持ち込むのも可能というわけだ。
もっとも、呪符は使い捨てな上に、試合で持ち込めるのは数枚が限度なので、好んで持ち込むプレイヤーは少ないのだが。
シオンにしても、小憎らしい年下の少年が使っているのを見なければ、試合で使用するなんて発想は生まれなかっただろう。
「でも、最後のヘロヘロの魔力弾でやられちゃうのは、我ながら情けなかったなぁ。やっぱり、力の配分を考えないと。勝負を急ぐあまり、少し大雑把になりすぎだったかな」
「そうですね。逆に、そうなるように狙って攻めたところはあります。常に僕らの姿が見えていれば、どちらも攻撃せざるを得ないですから」
どちらが本物かわからない以上、イズナは二人共まとめて攻撃をしなければいけなかった。
そこでふと、イズナはずっと疑問に思っていたことを口にする。
「そういえば、途中、君は完全に消えていたと思うんだけど、あれはどういうこと?」
二度目の『一騎刀千』を使用した時、彼女は目に見える範囲全てを斬り尽くしたはずだった。にも関わらず、シオンを斬ることができなかった。
それに対して、シオンはあっさりとネタバラシをする。
「簡単ですよ。鏡の中に閉じこもっていました」
ああ、なるほど。と、イズナが膝を打つ。
フィールド中を、ミラが創りだした鏡が何枚も浮遊していた。最初に複製したものはほとんど破壊したが、ミラが持つ最初の七枚は、出し入れ自由である。
ミラのアクティブスキル、『合わせ鏡・無限回廊』は、二枚以上の鏡を合わせることで、写した存在を鏡の中に閉じ込めるスキルである。
その中に入ることで、イズナの『一騎刀千』の斬撃を回避し、最後に攻めに出たという形だった。
以前は生体を閉じ込めることができなかったのだが、ミラの成長によって、短時間ではあるが、人間なども鏡の中に閉じ込められるようになったのだ。
「最後に生身で勝負に出たからこそ、私の隙を作ることができた、か」
納得したように、イズナは一つ頷いてみせる。
「うん、やっぱり君の戦い方はかなり好きだ。リターンのために負うべきリスクをわかってる。その辺りは見習わないといけないね」
「伏義先輩の方こそ、あそこまで集中力が途切れないのは、本当にすごかったです。正直、最後の一撃も対応されたらどうしようかと、ヒヤヒヤしてました」
「あはは。あそこは私も、してやられたと思ったよ。確実に仕留めたと思ってたからね」
確実にとどめを刺すまでは気を抜かない。
それこそが、スサノオを使用した全力戦闘において必要な要素だった。
しかし、今回イズナは、それができなかった。
通常は右半身を吹き飛ばすほどのダメージを与えれば、本来なら遠からず消滅するし、何より戦意を喪失する。だからこそ、イズナは試合は終わったものだと気を抜いてしまったのだ。
逆に言えば、意識が残っている限り霊子体は残るので、消滅までの猶予があるとも言える。シオンの勝因は、最後まで意識を保ち続けたことにあった。
「……でも、君の霊子体は随分タフだね。普通、半身をもがれたら、その瞬間気絶してもおかしくないでしょう。精神力Bは、伊達じゃないって感じかな」
霊子体を保てる能力は、ステータスの精神力で表される。ステータスが軒並み低いシオンが、唯一平均以上の数値を叩き出しているのが、精神力だった。
本来Dあれば十分で、Cもあれば一人前とされる精神力の項目で、Bという評価はずば抜けていると言える。
そんなイズナの言葉に、シオンは曖昧な表情で頬を掻く。
「まあ、往生際が悪いのも確かなんですけど、一応理由もあります」
そう言って、シオンは左手で右肩を叩いてみせる。
「右半身は、事故の後遺症で人工生体の比率が高いんで、魔力の流路がほとんど断絶しているんです。だから、破壊されても、魔力の漏出は左半身に比べて少ないんです」
「……なるほどね。確かに、霊子体の欠損ダメージは、如何に魔力の放出を防ぐかが消失の分かれ目だけど、そんな理由が……ってことは、もしかして」
そこでようやく思い当たったのか、イズナは気づいたことをシオンに尋ねる。
「最後、右手にデバイスを構えてきたのもわざと?」
「まあ、そうなります」
ほとんどが人工生体で構成されている右手では、左手以上に魔法の扱いは難しい。故に、あの場面では、因子崩しを使おうにも、使えない状態だったのだ。
その事実を知って、イズナは快活に笑いあげる。
「あっはっは。ねえ、スーさん。これは私らの完敗ですね」
「そうだな。そもそも、『剣坤一擲』まで使わされたんだ。その上で上回られたのなら、素直に敗北を認めるしかあるまい」
イズナの側に、半透明の人影が浮かび上がる。
羽場スサノオは、肩をすくめてイズナに答えた。傷の修復には時間がかかるのか、霊体のあちこちに黒ずんた穴がある。相手も、死力を尽くした戦いだったということだろう。
それに対して、ミラも具現化して、彼らに向き合う。
彼女にしても、かろうじて霊体を具象化しているが、満身創痍といった様子だった。しかし、やはり勝利は嬉しいのか、疲れた中でも笑顔を浮かべている。
ランキング六位に勝ったのだ。
おそらく、大きく順位が動くことだろう。
「さて、これで順位は大きく動いただろうね。ユースカップに出るためにも、ちょっと本気を出さなきゃいけなくなってきたかな。私に勝ったんだから、きみも頑張ってよね」
「……そう、ですね」
あまり実感はなかったが、これでシオンの順位は、大きく動いたはずだ。
まだランキング十五位以内は難しいにしても、十分狙えるだけの動きは見せたはずだ。
何より、伏義イズナを倒したという話は、すぐにでも広まるだろう。久能シオンを倒すということに、レーティング的な旨味が発生するということにも繋がる。
予選終了まであと一週間。かなり気合を入れて望まなければいけない。
「さて、もうこんな時間か」
ベンチから立ち上がりながら、イズナはシオンに尋ねる。
「私は一度教室に戻るつもりだけれど、久能君はどうするつもり?」
「僕はもう少し休んでいきます。流石に、今日はもう、試合はできませんが」
「そう。なら、また今度」
そう、ひらりと手を振った後。
僅かに横顔を向けたイズナは、静かな声色で、微笑みながら言った。
「次は負けないからね」
颯爽と、イズナはその場から去っていった。
後にはシオンとミラだけが残される。
途端、シオンは深く息をつく。
「……っ、ぁあ。疲れた」
研ぎ澄ませていた緊張を解くように、シオンはベンチにもたれかかった。
イズナの前では虚勢を張っていたが、魔力どころか気力も使い果たした上に、全身は霊子体が負った傷のフィードバックで重くなっている。しばらく、一歩も動けそうになかった。
「わたしも、かなり疲れたよ……」
そんな彼の隣で、ミラが肩をあずけるように倒れ掛かる。
二人は疲れきった表情で互いを見やる。
「ふ、ふふ」
「は、はは」
やがて、どちらからとも無く、くつくつと笑い声を上げ始めた。
それは大きなものではなかったが、止めることもできず、しばらく二人して笑いあった。
「とんでもなく雑な試合だった。正直、反省点だらけだ」
「うん。わたしも、『合わせ鏡』を開放するタイミング間違えて、シオンに怪我させちゃったし」
「運が良かった。どこで即死してもおかしくない、本当に綱渡りの試合だったよ。でも――」
ふぅ、と。また息をつく。
その吐息には、達成感が混じっている。
湧き上がる感情を抑えきれないのか、ミラがくすぐったそうな顔をして、意気込んで言う。
「勝ったね。六位」
「ああ。勝ったな」
バディ契約を結んで、半年。
まだまだ課題は多いが、最弱の魔法士とファントムが、ここまで来た。
「ナイスファイト、ミラ」
「ん」
シオンは僅かに上体を起こして、右手を上げてみせる。
シオンを真似て、ミラも右の手を挙げる。
二人は拳を作り合うと、疲れきった様子で、しかし力強く、互いの右の拳をぶつけあった。
それは、確かな喜びの表現だった。
※ ※ ※
それを見かけたのは、トレーニング施設を出て程なくしての事だった。
グラウンドの周囲に人だかりができていた。
テニスコートほどの小さなグラウンドで、これもレーティング戦のフィールドとして開放されているところだった。
下校時間を前にして、多くの生徒が片付けなどをしているところに、人だかりができているのである。気になったシオンは、そこに近づいてみる。
ガヤガヤと、ギャラリーが好き勝手に喋っている。
「おい、あの一年なにもんだよ。叢雲が押されてんぞ」
「嘘でしょ。ツルギくんと互角なんて……」
「なあ、どうしたんだよこの人だかり」
「ほら、二Aの叢雲だよ。あいつがいつもみたいに噛み付いてたら、勝負するって一年が現れたんだよ。それで……」
シオンのように、人だかりにつられて来た生徒も多いのか、方々で情報が飛び交っている。
叢雲というのは、昨日少し衝突した叢雲ツルギのことだろう。
彼と同レベルの一年となると、数が限られる。
シオンの知識だと、それこそタイガくらいしか該当者が居ないが、もしかしたら、彼が戦っているのかもしれない。
そう思いながら、シオンは人混みをかき分けるようにして入っていった。
そして、人混みを抜けた所で、見知った顔を見つけた。
「あれ、明星。何してんだ」
「久能か。やはり君も来ていたか」
そこには、最前列で試合を観戦していた明星タイガがいた。
てっきり彼が試合をしているものだと思っていたシオンは、間の抜けた声を上げる。
「お前が戦ってたんじゃないのか?」
「俺の試合は少し前に終わった。それより、こっちのほうが重要だろう」
「こっち?」
タイガは今日、三尋先輩と試合をするという話だった。その勝負が終わったというのなら、その勝敗も尋ねたかったのだが、彼はそれどころではないようだった。
話が見えなくて戸惑うシオンに、タイガが首を傾げながら聞く。
「君は『彼女』のことを、知っていて見に来たんじゃないのか?」
「『彼女』?」
「待て、決着がつく」
慌てたように、明星はフィールドに視線を向ける。
グラウンドに展開された霊子庭園は、現実の二倍くらいの空間倍率だった。その中で、わずかに小さい二つの人影が、向かい合っている。
その片方が膝をつき、それとともに、霊子庭園が崩壊を始める。
霊子体が解け、生身のプレイヤーが姿を現す。
片方は、昨日揉めた、叢雲ツルギだった。
勝敗は、その姿を見れば一目瞭然だった。どうやら彼が負けたらしい。地面に倒れるようにして腰をつけて、ゼェゼェと荒い息をしている。
側には、例の黒い少女のファントムが、これまた目を回してへたり込んでいた。
ツルギは、鋭い目つきで相手を睨みながらも、どこか満足そうな笑みを浮かべている。
そして、その相手は――
「え……」
思わず、シオンは目をこすった。
『彼女』は、車いすに乗っていた。
その様子は辛そうで、ツルギと同じように息を荒くしていた。顔を伏せ、必死で息を整えようとしながら、車いすのハンドルを握りしめている。
その側には、武人然としたファントムが付き添っており、その姿から、勝者が誰なのかがはっきりと伝わってきた。
見間違いかと思った。
しかし、その目の前にいる彼女は、何度見ても本物だ。
「……けっ。やるじゃねぇか、神童」
「あんた、こそね。でも、私の敵じゃないわ」
「はっ。可愛げがねぇ。すぐにリベンジしてやるから、首洗って待ってろ」
「お生憎さま。レーティングに関係ない試合なんて、一試合もしてやらないわ。そんなに私としたいなら、本戦に勝ち上がりなさい」
「ちっ。最下位からのスタートのくせに、本気で狙ってやがんのかよ。おもしれぇな、おい」
かかか、と。楽しそうに笑うツルギ。
彼は気持ちよさそうに笑いながら立ち上がると、軽く手を振って、その場を去った。
後には、車いすに乗った少女だけが、フィールドに残される。
彼女は息を整えて、車いすに深く腰を落ち着かせると、無造作にギャラリーの方へと視線を向ける。
そして、それが当然であるかのように、彼女はシオンの姿を見つけた。
「あぁ……。見てたんだ。シオン」
「……アヤ」
なんで、という言葉は、出てこなかった。
今はただ、彼女がそこにいるという事実だけで、様々な感情が入り混じり、いっぱいだった。
一年研究科・久我アヤネ。
校内ランキング・現時点で二百八十一位。
保健室登校の少女は、ここに、復学を果たしたのだった。
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