第7話 神代の剣と担い手の少女


 久能シオンは、息を落ち着けながら、まっすぐに対戦相手を見据える。


 伏義イズナの攻撃によるダメージは少なくなかった。

 とっさの判断でミラを連れて鏡の中へと逃げたが、残された鏡を大量に割られた。コピーで生み出した鏡なので大したダメージではないが、ミラの魔力をごっそり持って行かれた。


(あれほどの大技だ。連発はできないはず)


 スサノオを刀に変えた直後に勝負を決めに来たことと、今の時点ですぐに追撃をしてこない所を見ると、何らかの制限があると見ていい。


 無論――それすらもブラフの可能性もあるが。

 もう一度同じ技を使われる可能性を頭の端に三割ほど残しながら、シオンは作戦を立てる。


(身体能力の上昇。あと、剣術もか? あのファントムのパッシブスキルは、全部伏義先輩に付与されていると考えるべきだ。いわば、先輩自身がファントム化したようなものだ)


 羽場スサノオの因子を思い返しながら、どんな攻撃が飛んで来るかを予測する。

 剣の弾幕、神速の斬撃とくれば――他には、長距離斬撃、防御不可斬撃、広範囲斬撃といったところか。あと、『退魔』や『蛇』の因子も考えると、何らかの召喚もあるかもしれない。


 しかし、それはあくまで予測でしか無い。

 予想外の攻撃が飛んできた時の退避方法も考えながら、とにかく如何に相手の隙を突くかを考える。


(ファントムの身体能力を長く扱えるとは思えない。先ほどの大技も、確実に仕留めるつもりで来ていたし、おそらくは短期決戦を望んでいるだろう。ならば長期戦に誘うか? いや、長く防戦をできるほど、こちらには地力も余力もない。それよりは、相手の攻め手を誘導するべきだ。刀剣の弾幕があるとはいえ、刀での戦いの本質は接近戦。例え遠距離攻撃手段があろうと、ミラならある程度は防げる。なら――)


 可能性をパターン分けし、できるだけ多くのパターンに対応できるよう作戦を立てる。


(ミラ。今から、簡単に方針を伝える)


 念話を通じて、口早に作戦を伝えた。



※ ※ ※



 伏義イズナが動き出したのは、シオンがミラに作戦を伝えた直後だった。

 二人の間の空気が引き締まるのを感じた瞬間、イズナは動き出した。


「さて、行きますか――!」


 距離にして、六十メートルは離れていただろう。

 その距離を、まるで意識していないかのごとく、彼女は一瞬でシオンとミラの間に現れた。


「なっ!」


 縮地、とでも呼ぼうか。

 正式な名称は『疾風怒刀』。動的物体に推進力を付与する、スサノオの持つアクティブスキルである。それを利用して、イズナは瞬きの間にシオンの目の前に現れた。


「……ぐっ」


 慌ててデバイスを構えるが、追いつかない。

 イズナが振り下ろした長剣は、シオンの胴体を袈裟斬りに一刀両断した。


 防御は間に合わない。あっけなくも一瞬で決着はついてしまった――と、試合を見る誰もがそう思っただろう。


 だが、それで終わるようなら、そもそも最初の奇襲でシオンは敗れているだろう。


「ふふ」


 薄く、シオンの姿をした存在が、笑い混じりの吐息を漏らす。


「ひっかかった!」

「な……ッ!」


 自身の体を斬りつけられながら、シオンの姿をした影は、その変身を解く。


 袈裟斬りに体を切りつけられた七塚ミラは、後方に叩き飛ばされながら、不敵に笑う。

 その背後に浮かぶ五枚の鏡にヒビが入り、内二枚は、粉々に砕け散った。


 それとともに、


「く、ぅ。まさか」


 与えたダメージを返された。

 それこそは、七塚ミラのパッシブスキル、『鏡に写った貴方は私いたいのいたいのおすそわけ』だった。 


 自身が受けたダメージの一部を、相手にも与えるというものだ。

 Bランクを越える攻撃は映せないのだが、スキルの乗らないスサノオの斬撃では、通常の斬撃と大して変わらなかったということだろう。


 そして、何より、姿を偽るスキル。『鏡映複製かんぜんさいげん』――『因子写しジーンレプリカ』とも呼ぶが、鏡に映った存在の、姿や本質を模倣するスキル。

 それを使い、ミラはシオンの姿に化けて、相手を誘い出したのだ。


「……ッ、だけど、それなら」


 本物は、背後だろう。


 イズナはすぐさま、長剣を振りぬいて、背後にいるはずの『七塚ミラ』の姿をしたシオンへと、攻撃を加える。


 あの元神童相手に、一瞬の隙は命取りだ。

 ファントムを相手にする時より本気で、イズナは強烈な一撃をぶちかます。


「『トツカノツルギ』――『疾風怒刀』!」


 長剣の振りぬきに応じて、その刀身から刀剣の弾幕が射出される。

 機関銃じみた刀剣の弾幕は、相手の姿を視認する間もなく、その地面ごと吹き飛ばした。

 これだけの暴力を受ければ、霊子体など粉々に砕け散ってしまうだろう。


 そう、思った時。


 ――


 その僅かに響いた音で、イズナはすぐさま次の行動へと移る。


(まだ――ッ!)


 長剣を構え直し、全身を使って円を描くように周囲を見渡す。


 案の定。

 少し離れた場所に、二人の姿が見えた。


 いつの間に距離をとったのか、振り返るイズナに対して、シオンとミラが駆け寄ろうとしているのが見える。


 ご丁寧に、二人共、手にはイズナの持つ長剣の模倣品を握っている。


 鏡を介して空間を移動し、さらには、偽者による撹乱。

 なるほど、実に彼ららしい作戦だ。

 彼ららしい、搦め手の策――だが、彼らが本物であろうと、鏡の複製だろうと、この際関係ない。


「――『一騎刀千』」


 筋力値と敏捷値を一時的に底上げし、一瞬の間に千にも至るかという量の剣戟を行う。


 大量の魔力と体力を消費するため、一試合に三度が限度の大技だが、広範囲を無差別に攻撃する上で、これほど役立つスキルはない。


 半径三十メートル程度の範囲を、イズナは一瞬の間に駆け巡りながら、無数の斬撃をくり出す。

 近づいてきていたシオンとミラは、その斬撃の嵐によって、八つ裂きにされた。


「ぐ、はぁ」


 さすがにランクの高い攻撃だったからか、パッシブスキルは発動せず、ミラはその場に崩れ落ちる。

 何らかの防御手段をとっていたのか、五体はつながっているようだが、全身ズタズタのその様子では、程なく霊子体を消滅させることだろう。


 それに対して、久能シオンはというと――またしても鏡の複製だったのか、粉々になって砕け散った。


 その現象は、周囲に複数見られた。

 ガラスの割れる音が随所で起きる。

 とにかく、目につく範囲は問答無用で斬りつけていったからだろう。バラバラに砕け散った鏡は、響音を立てながら地面に落ち、次々と霊子の塵となって消えていく。


 その残滓を見送りながら、イズナは未だ、緊張を解けずに居た。


 体力も魔力も、すでに限界が近い。この『刀剣異体』のモードで、これほど長い時間戦ったのは久しぶりだった。もっとペース配分を考える必要があると、勉強になった。


 追い詰めていたはずなのに、いつの間にか勝手に追い詰められている。


 残された体力を振り絞りながら、彼女は集中力を高める。

 生体反応――気配――殺気。

 スサノオの『剣技』のパッシブスキルによって付与された武芸の能力で、彼女はフィールド中をくまなく見通す。


 そして。


「そこ!」


 イズナが長剣を振りかぶるのと、久能シオンと七塚ミラが姿を現して突撃するのは、ほぼ同時だった。


 シオンは、宙空に現れた鏡から。

 ミラは、先ほど倒れた場所から。


 先ほど八つ裂きにした七塚ミラは、やはり鏡の分身だったのだろう。砕け散る鏡の間から現れたミラは、左手に刀剣をコピーしながら迫る。


 シオンの方は、どこのタイミングで攻撃圏内から離れていたのだろうか。余波を受けたらしく、所々に傷を負いながら、右手にロッド型のデバイスを持って迫る。


 前方と後方、挟み撃ちになるように、シオンとミラが迫る。


 イズナの体力的に、長い戦いはできない。

 迷わず、彼女はシオンへと長剣を振り下ろそうとする。

 それを、シオンは右手のデバイスで受けようとする――が、しかし。


(生憎だけど、それは知ってるよ!)


 因子崩し。

 久能シオンの切り札にして、一番の攻撃手段。


 ファントムの因子を傷つけることによって、ファントム自体を無力化しようとする魔法式。それは、ファントムが能力を発動している所にぶつけることで、効果を産む。

 だが、知っていれば、みすみす攻撃などしない!


 イズナは足首につけたサブデバイスへと、魔力を送る。

 起動する魔法式は、二工程の簡易的なもの。


「インクルード『アースシェイカー』!」


 剣を振り下ろす際の踏み込みを利用し、足から地面へと、衝撃を伝える。

 地面が大きく揺れた。


 擬似的な地震を前に、シオンはたたらを踏む。

 その衝撃はイズナの方も例外ではないが、長剣を振り切る勢いで、なんとか踏ん張る。空振った長剣は、地面にぶち当たり、さらなる衝撃を生む。


 その瞬間、


「起動――」


 右手首に付けられたデバイスを起動させ、魔法式を組み上げる。

 久能シオンは、ぎょっとして右手を構えようとしているが、一歩遅い。


 それは、サブデバイスではなく、を利用した魔法式。

 一呼吸の間に組み込まれたのは、五工程に及ぶ大魔法。

 幾重もの要素マテリアル変換コンバートを経て、繰り出されるは、最大攻撃。

 伏義イズナが、魔法士として作り上げた、最高の術式。


「切り開け彼方まで――」


 瞬間、空間が切り取られた。


 現実と隔絶された霊子庭園内において、イズナとシオンを結ぶ直線上の空間が、伏義イズナによって掌握される。彼女の視界に移るすべての空間が、一枚の絵のように切り取られた。


 そこに。

 彼女は、右腕を振り下ろす。


「――『未知を切り裂く開拓者クサナギノツルギ』!!」


 端的に言えば、一刀両断。


 彼女が振り下ろした右手の手刀は、認識範囲にある空間を見事両断する。

 間に障害物があろうと関係ない。なぜならば――その手刀は、空間ごと切り裂くのだから。


 空間がいびつにズレるのが見える。

 右手のデバイスで受けようとしたシオンは、右腕ごと、半身を吹き飛ばされた。


「……ッ、ぐぁ」


 半身を吹き飛ばされ、うめき声を上げるシオン。

 狙いが僅かにそれたか。イズナとしては、今の一撃で決めるつもりだったのだが、『アースシェイカー』の影響が大きかったのか、シオンが体勢を崩していたのが悪かった。


 ずれた空間が修復作用によって元に戻る。

 その余波で、周囲に風が吹き荒れる。その勢いに吹き飛ばされたシオンは、高く中に舞うと、間もなく地面にたたきつけられた。


「ぁ……ぐ、ぉ」


 半身から霊子の粒子を散らしながら、シオンはかろうじて霊子体を保っていた。

 しかし、さすがに致命傷だろう。


 もぎ取られた右腕からは、止めどなく魔力の粒子がこぼれ落ちている。鏡となって砕けることもないので、これで完全に勝負はあったはずだ。


 なのに。

 今なお、消える寸前という所で。


「ふ、ふふ」


 久能シオンは、無邪気な女の子のように、にやりと口角を上げて見せた。


 何度目のパターンか。

 故にイズナは、もはや思考するよりも先に、背後に迫る七塚ミラの方を振り返った。


 その相手が七塚ミラなのか、久能シオンなのかを判別する必要はすでにない。

 後ろで右半身を奪われた方は、すでに戦闘不能。ならば、あとは向かってくる方を排除すればいい。


 振り返る。

 そこには、七塚ミラの姿がある。

 手にはコピーした刀剣を携え、今まさに斬りかからんと振り上げている。


 交錯する視線。

 まるで剣客の死合のような情景において、互いが相手を刈り取らんと得物を振るう。


 ならば。

 イズナは、自身のファントムが持つ最大火力をぶつける。


終太刀おわりのたち、『剣坤一擲けんこんいってき』――ッ!!」


 残り魔力が二割を切った時に、その大半を消費して行われる最終奥義。


 これを使ったあと、スサノオはその霊子体を消滅させるが、Aランクを遥かに越える超火力は、確実に相手を葬り去ることができる。

 例えハイランクのファントムであろうと、その圧倒的な火力を防ぐことはできまい。


 斬撃は魔力に乗り、高濃度のエネルギーとなって空間にたたきつけられた。


 七塚ミラの姿が揺れ、微かに、久能シオンの姿を取る。

 その左手に握られている刀剣で受けようとするが、もはやそんな棒きれでどうにかなる話ではない。フィールドの半分を吹き飛ばす程の圧倒的な暴力は、迫ってきていた影を、跡形もなく吹き飛ばした。


 消滅の霊子の塵すらも、視認できなかった。

 後には、半壊してかろうじて維持されている霊子庭園だけが残される。


「は、ぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 肩で息をしながら、イズナはかろうじて立っていた。

 手に握ったスサノオが消滅を始める。


 しかし、一手の差でこちらの勝ちだ。


 マギクスアーツのバディ戦は、魔法士を倒せばそれで勝敗が決まる。七塚ミラに化けた久能シオンを倒した以上、イズナの勝ちで決まりだ。


 そう思って、霊子庭園が解けるのを待っていた。


 その時だった。



「――『』!」



 声が。

 聞こえた。


「え!?」


 イズナが振り返るのと、シオンが左手から呪符を放つのは、ほぼ同時だった。


「『呪禁じゅごん地天ちてん』――『急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう』!」


 これまで一度も見せたことのなかった、呪符による魔法式の発動。


 大地から集めた魔力は、呪符を中心に魔弾を作り出す。


 消滅間際で、かろうじて集めた魔力の塊は、呪符を僅かに光らせる程度でしかなかった。

 半身をもがれたシオンは、残った身体で精一杯踏ん張りながら、残った意識をつなぎ留め、霊子体が崩壊するその一瞬まで、勝利を諦めずに突撃をかけた。


 イズナは無防備な横っ面に、その魔力弾を受ける。


 頭部を貫くように当てられたそれは、彼女の意識を一撃で刈り取る。

 もとより、イズナも体力的に限界だったのだ。そこに、急所を直接吹き飛ばされるような攻撃を加えられたら、意識を保つのは難しいだろう。


 途切れる寸前の視界には、膝をつきながらも左手を握りしめる勝者の姿が映っていた。



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