第3話 既成事実大作戦
持論であるが。
幼いということは、それだけで罪だ。
少なくとも、草上ノキアはそう思う。
幼い心で得た経験というのは、どんな形であれ、必ず成長後に影響する。
幼少期に成功の味を知ったものは、成長した後も成功を貪欲に求める。逆に、成功を知らずに、失敗を当たり前のものと覚えたならば、成功よりも失敗を多く経験することになるだろう。
子供であるということは、それだけで全能だ。
幼いからこその万能感。自分にはなんだって出来ると、誰だって勘違いする。そこから、失敗を学び、成功を知ることで、人は成長する。
その時にうまく経験できなかったものは、どこかボタンをかけ間違えたように、成長した後もちぐはぐな行動をすることになる。
必要以上に不器用であったり、必要以上にコミュニケーションが取れなかったり、様々な不具合が、トラウマとして浮上する。
だから、と。草上ノキアは思う。
自分はきっと、致命的なまでに、間違えた。
子供の頃の全能感。それがただの勘違いであればよかった。
自分が取るに足らない存在であるとわかった上で、それでもなお、頑張れば成功を得られると、順当な経験を積むことができれば良かったのだ。
なぜ才能なんてものがあるのだろう。
なぜその才能は、圧倒的なものではなかったのだろう。
器用貧乏。なまじ、大抵のことはこなせるだけの性能があっただけに、自分のことをなんでもできると過信してしまった。
笑ってしまう。
自分は、この稚拙な感情すらも、制御できないくらいに子供だっていうのに。
※ ※ ※
カフェテリアの一角。
シオン達の元にやってきていきなり問題発言を口にしたノキアは、ひとまず落ち着くために席についた。
つとめて平静を繕おうとしている彼女だったが、やはりどこかいらだちが見える。
偽の恋人になってくれ、と言ったノキアに対して、とにかく詳しく事情を聞いたところ、彼女はいきなりこう聞いてきた。
「シオンくん、私の誕生日を知ってるかい?」
「は? いや、知らないけど」
「なんだい。友達の誕生日を知らないだなんて、失礼じゃないか」
「じゃあ、そういうお前は僕の誕生日を知ってるのかよ」
「十二月七日だろう?」
なんで知っているんだ。
顔をひきつらせたシオンに対して、得意顔を浮かべるノキア。
おかしい。別に教えあったことがあるわけじゃないのに、なぜ知っているのが当たり前と言った反応をされなければいけないのか。
やれやれと肩をすくめたノキアは、押し付けがましい様子で教えてくれる。
「仕方ないな。そんな薄情者のシオンくんに教えてあげるけれど、私の誕生日は八月二十五日なんだ。――つい先月、夏休みの間に、私は誕生日を迎えた」
「……ああ。そりゃあ、おめでとう」
礼儀と言うわけではないが、反射的に祝いの言葉を述べる。
しかし、それがどうしたというのだろうか。
すでに過ぎてしまった誕生日のプレゼントでもねだっているのだろうか。
シオンのそんな疑問に対して、当のノキアは、真面目な表情で続ける。
「私は、先月の誕生日で十六歳になった。この意味がわかるかい?」
「……ん?」
含みのある言い方をしているくらいだから、何かあるのだろうが、イマイチぴんとこない。
言わんとすることが分からず、シオンが戸惑っていると。
「あ! 分かった!」
意外なことに、いの一番に気づいたのはミラだった。
「ノキちゃん、結婚できるようになったんだ!」
「そう。ミラちゃん、正解」
えらいえらい、とノキアはミラの頭を撫でる。褒められて嬉しいのか、くすぐったそうに目を細めて、ミラは満面の笑みを浮かべていた。
結婚。
法的に、現代の日本において、女子は十六の歳から婚姻が許される。知識としては知っているが、学生の身としては、あまりにも実感の湧かないそのワードに、シオンはどう反応して良いのか分からず、曖昧に頷くことしか出来ない。
そこで、それまでずっと固まっていたトゥルクは、おずおずとノキアに対して言う。
「あの……お嬢様。それはもしかして、以前旦那様がおっしゃっていた」
「そういうこと」
こわばった表情を見せながら、ノキアは弁解するように言う。
「別に、トゥルクに隠し事をしていたわけじゃない。まあ、その……確かに、一人でカッとなって、トゥルクを避けてたのは間違いないんだけど」
ノキアは、バツの悪そうに頭を掻きながら続けた。
「どうも私に、お見合いの話が、複数来ているらしい」
その口調は、嫌そうではあるが、困惑のほうが大きいように聞こえた。
お見合い。
縁談。
つまりは、結婚のための準備である。
そういえば、と。
シオンはようやく、明星タイガの言葉を思い出す。
――『そのつもりはない』とだけ伝えてくれ。
それは、明星家の方にも、そういった話の流れがあったということなのだろう。
「なるほど。そういやお前、お嬢様だったな」
普段の態度が態度なのですっかり忘れていたが、彼女はいいとこのお嬢様なのだ。
まるで映画やドラマのような話だが、要するに、この現代において、政略結婚の現場を目撃しようとしているらしい。
「お父様は始め、私がテクノ学園に通う間は、家のことには関わらないで良いと言っていたのだけれどね。どうも、周りが放って置かなかったらしい。私は一人娘だし、実家の会社は、ここ数年で更に事業を拡大させている。注目株といったところなんだろうね」
「はぁん。つくづくドラマじみてるな。そんなに話が進んでるのか?」
「今度の連休、早速、何人かの男と顔合わせさ」
なんとも性急な話である。
ふむ。
ここまで話がわかれば、ノキアの言わんとすることは口にせずとも理解できる。
これまた、フィクションのお約束と言った所だ。
「草上」
だからこそ、シオンはあえて、普段浮かべないような純粋な笑みを浮かべた。
「お前の言いたいことはだいたい分かった」
「……言葉のわりに、なんだい、その気持ち悪い作り笑顔は。君らしくない」
ノキアの失礼な言葉は、最後だからこそ笑顔で聞き流し、シオンは一息に言い切った。
「まあ頑張れ。良い相手だといいな。応援してるぞ。式には呼んでくれ。友人代表として、てんとう虫のサンバくらいなら歌ってやる。だから頑張れ。じゃあな」
ニッコリと笑いかける。
そして、自然な動作で席を立った。
ガシッ。
強引に袖を引っ張られた。
「……逃さないよ、シオンくん」
ヒシッ。
追いすがるように腕を取られた。
「行かないでください、久能様」
ギュッ。
覆いかぶさるように、首に腕を回された。
「話のとちゅーだよ、シオン」
右袖をノキアに、左腕をトゥルクに、そして首には半分霊体化したミラがひっつき、見事にホールドされたシオンは、逃げるのに失敗した。
「……お前ら」
見方を変えれば女性三人に抱きつかれている羨ましい情景であるが、傍から見ればただの修羅場である。
こういった場面で男が正義であることはまずなく、女を三人も泣かせているクズとしか周りは受け取らない。
案の定、ざわざわと辺りが好き勝手に騒ぎ始める。あらあら、久能さんちのシオンくんが、三股かけたんですって、人って見かけによらないのね、いやだわぁ。
……別にそんなことは言われていないのだが、近いことは噂されていてもおかしくない。
シオンは顔をひきつらせつつ、せめてもの抵抗として、当事者ではない二人の説得を試みる。
「……トゥルクさん、僕にどうしろと」
「お嬢様の頼みを聞いて頂きたいのです。お願いします。助けてください」
当人以上に必死な表情は、凛々しい顔立ちだからこそ悲壮感が浮き彫りになっている。
この人はダメだとすぐに切り捨てたシオンは、次に自身のバディに頼る。
「み、ミラ。お前は僕の味方じゃないのか」
「んー? 味方だけど、ノキちゃんの敵でもないんだよ?」
ニヤニヤと笑いながら、全てをわかった上でミラは状況を楽しんでいるようだ。
味方は居ない。
無駄とはわかっていたが、ノキアに対してすっとぼけてみる。
「はは。なんだよ草上。祝福して欲しいわけじゃないのか? 結婚だなんて、この幸せ者め」
「はは、面白いこと言うんだね、シオンくんは」
対するノキアも、引きつった笑みで続ける。
「うん、そうだね。あまりにも幸せだから、少しおすそ分けしようかなって思ったのさ。もちろん受け取ってくれるよね?」
「お断りだ。そんな大層なもんは、未来の旦那様に取っておけ」
「じゃあその前に、彼氏に与えてあげるよ。ダーリン」
「だれが彼氏だ。ただの友人Aには重すぎるんだよ、そのおすそ分け」
ギリギリと、互いに引きつった笑顔を浮かべたまま、言い合いを続ける。
平行線に続きそうなその応酬も、次第に勢いがなくなり、二人は疲れたように肩で息をし始める。
「ああ、もう! こうならやけだよ!」
一瞬生まれた無言のあと、ノキアは思い切ったように、ぎゅっと身体をシオンに近づけた。腕をからみつけ、寄り添うようにする。
「な、おい、草上」
急に距離が近くなり、さすがのシオンもどぎまぎする。腕に、程よい弾力を感じて緊張する。見ると、当人も自分の大胆な行動に、頬を赤らめている。
赤くなった表情を隠すように、ノキアは少し目線を下げ、シオンの胸に向かって言う。
「振りでいいんだ」
絞りだすような声は、普段の彼女からは想像もつかないほど、か細い。
「ちょっとだけ、私の親類の前で、恋人として紹介されてくれないか?」
「……いや、ちょっとにしては、随分注文が重くないか?」
あと近い。
あえて押し付けているのであろう膨らみが、意識からはなれない。異性への関心が薄いシオンですら、クラスメイトに対して性を感じて落ち着かない。決して大きいわけではないが、それでも歳相応のふくよかさは、十分すぎるほどその存在を主張している。
「だ、だいたいなぁ」
それを悟られないように、苦し紛れに言い逃れをする。
「家同士のお見合いみたいな規模の話に、好きあった彼氏が居ますなんて言って、許されるわけ無いだろ。政略結婚なんだから、恋愛感情なんかが優先されるもんか」
「そんなことない。お見合いだなんて旧態然とした話ではあるが、あくまで双方とも、現代らしい『恋愛結婚』を望んでいる。お見合いはそのきっかけ作りなだけだ」
「だったらなおさら、どこの馬の骨とも知らない奴と恋愛してたら、許されないだろ」
「お父様は『どうせ彼氏もいないんだし、いいだろう?』なんて言いやがった」
「実際居ないだろうが」
「だから作るんだよ」
むちゃくちゃなことを言う。
要するにノキアは、一つの抵抗として、大義名分が欲しいらしい。
見合いはするが、その見合い相手とは恋愛する気はありません、だから縁談までは待ってくださいね、と。
事情がわかっても、たやすく容認するには大事すぎる。
「だ、だいたい。なんで僕なんだよ」
もっともな疑問を口にする。
どうして自分なのか。
だがしかし、この問いには大した意味は無い。なぜなら、理由なんていくらでも作れるだろうし、そもそも偽の恋人に大した理由などいらないからだ。
実際、ノキアの答えは、これ以上ないくらいに明快だった。
「私の友人の中で、一番納得できるからだよ」
その言葉を言う時だけ、ノキアは顔を上げて、まっすぐにシオンを見た。
照れや恥じらいは多少あるようだが、それでも真摯に、彼女は言う。
「元、神童と呼ばれたクラスメイト。学業成績も、筆記はトップクラス。性格も真面目で、遊んでいるようではない。確かに外見は不健康そうだけれども、それはストイックの裏返しだとは思われるはずだ。もし君みたいな男が付き合うなら、それは真剣だ。だから、君を選んだ」
「……それは褒めてるのか。それともけなしてるのか」
「褒めてるさ。べた褒めだよ」
調子が戻ってきたのか、彼女は自信満々な表情で、シオンを見上げる。
「なにせ、この私が、恋人として家族に紹介してもよいと言っているのだからな」
不覚にも、そのときのノキアの表情は、非常に魅力的に見えた。
放課後、人の集まるカフェテリアの一角において、女性三人に絡みつかれる少年が一人。
遠巻きにその様子を眺める視線は多くなる一方だ。いずれは、同じクラスの者にも目撃される可能性がある。
ノキアは更にぎゅっと身体を近づけてくる。もはや捨て身である。ここで断ったところで、もはや既成事実らしいものは出来てしまったようなものだ。
シオンはそっとため息を付いてつぶやいた。
「おおごとだよ」
諦めるまで、時間は必要なかった。
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