第1話 マギクスアーツ模擬戦



 放課後。

 一日の授業が終わり、各々が余暇を自由に過ごしている時間帯。

 テクノ学園内にある十二のトレーニング施設の一つ。魔法の実技訓練のために用意された建物の中で、二組のバディが、模擬戦を繰り広げていた。


 ウィザードリィ・ゲーム。

 魔法を習得した魔法士が、技量と才覚と知勇、全てを出してしのぎを削る、総合魔法競技。現代における魔法分野の花型といえる分野である。


 ウィザードリィ・ゲームにおいて、魔法士は霊子庭園と言う結界を張り、その中で霊子体となって戦い合う。空間の中の広さは自由自在であり、またその中で負った傷は、よっぽどの場合をのぞいて、現実世界に反映されずに済む。


 つまりは、全力で戦い合っても、大丈夫ということだ。


 霊子体を維持できなくなるまで戦い合うという、単純明快なルール。

 魔法士とファントムのバディが入り乱れて行われる、魔法格闘競技マギクスアーツ


 用意されたフィールドを、シオンはミラと一緒に駆ける。


「畳み掛けるぞ、ミラ!」

「うん、分かってるよ、シオン」


 背後から襲ってくる火球を弾きながら、ミラは答える。

 彼女の周囲には七枚の鏡が展開されている。ミラはその鏡を使い、襲い来る攻撃を反射させたり、別の鏡へ移動させたりして防いでいた。それが彼女の武器であり術具だった。


 鏡の因子を持つファントム。七塚ミラ。

 久能シオンのバディであり、ともに同じ目的を目指す戦友である。


 彼女は鏡を使って攻撃をうまくいなしながら、後ろに向けて火球を弾き返す。


「か、かははっ!!」


 それに対して、敵――ナギニは、高らかに笑い声を上げた。


「いいぜ、どこまで耐えられるか、試してやんよ!」


 跳ね返された火球を叩き落としながら、その敵はニヤリと凶悪な笑みを浮かべる。


 燃えるような赤い髪をした女性だった。

 顔面には痛々しい火傷の痕があり、それが余計に笑みを凶悪に演出している。彼女の背からは美しい炎の羽が噴出しており、その両の手にある鋭い鉤爪は、鋭利に輝いている。


 神話に伝えられる竜をイメージさせるその姿は、その存在感だけで周囲を圧倒する。彼女が軽く腕を振るうだけで、周囲を根こそぎ喰らわんばかりの猛威が振るわれる。


 因子九つのハイランクファントム。

 名を、千頭和ちずわナギニ。


 彼女は一切の加減なく、シオンとミラを叩き潰すために炎の羽をはためかせ、空中を疾駆する。

 ミラの鏡を使い、シオンたちはなんとかナギニからの猛攻に対応する。ミラの持つパッシブスキルである、鏡と鏡の間を移動する『鏡映移動』を利用して、敵の攻撃を移動させると共に、広いフィールドをひたすら逃げまわる。


 しかし、その手は、相手も知っていた。

 突如、シオンの身体にが走る。


「ぎ、ぃ」


 狙撃されたのだ。

 しびれた身体を懸命に支えながら、彼はすぐに鏡に飛び込み、別の場所へと移動する。すると、移動した先で、また狙撃を受ける。


「何度も、食らうか!」


 今度は読んでいた。

 シオンは、左手に持ったロッド型のデバイスを振るい、その雷の矢を弾く。


 それとともに、視線を先に向ける。


 視線の先――離れにある高い建物の上に、一人の少年が立っていた。

 白髪の前髪で左目を隠した、背の高い少年だった。整った顔立ちを冷たく凍らせ、彼は手に持ったクロスボウをまっすぐに向けている。


 明星みょうじょうタイガ。


 それが彼の名前であり、テクノ学園高等部一年において、今年の首席とされる生徒だ。

 千頭和ナギニのバディである彼は、高い位置から、シオン達が移動する場所を計算して狙撃を行っているようだった。

 この優位性が崩れない限り、こちら側に勝利はない。


「ミラ、そっちは任せる」


 ファントムはファントム同士。魔法士は魔法士同士でケリを付けるべきだ。


 シオンはタイガに向けて走りだす。

 向かいながらも、デバイスに魔力を通して魔法の準備をする。

 魔法士としての性能が最低レベルのシオンは、通常の魔法を使うのにも、人の倍以上の時間がかかる。だからこそ、アドリブでの勝負は不可能であり、事前に策を立て、万全の状態で挑む必要がある。


 用意するのは風流操作の魔法。

 ロッド型のデバイスに、まとわせるようにして風を発生させる。一定の法則に従った風は、シオンの意思を離れて自律し始める。


 何度も叩き込まれる雷の矢を、シオンは紙一重でよけながらタイガへと迫る。

 大きく避けることは出来ない。まだ生身の身体が完治しきっていないシオンは、霊子体であっても怪我の影響を残している。右腕が使えないハンデは、思った以上に動きに制限をかけられる。だからこそ、最低限の動きで攻撃を回避する。


 ロッドにまとわせた風に、その都度、処理命令を与えて形体を変化させる。

 雷の矢の矛先を風によってそらし、受け流し、防ぎきれないものは思いっきり叩いて弾く。


 都合七度。

 タイガの狙撃を対処しながら、シオンはひたすら歩を進める。


 しかし、相手もそうたやすく近づけさせるはずもない。


「させるか」


 無駄と悟ったタイガは、魔法で作り上げたクロスボウを捨て、自身のデバイスに向けて魔力を通し始める。

 魔力は電気へと変換され、周囲に放電現象を起こす。

 それとともに、彼の周囲の砂鉄が集まり、簡易的な剣となった。

 タイガはその砂鉄の剣を、磁力を使って投射した。


「まずっ」


 シオンは瞬時に判断し、ロッドに魔力を全力で通し、風の魔法に最大出力の命令を送る。

 無論、彼の実力では、満足な魔力の供給などできるはずがない。

 命令コマンドに対して、魔力量が足りず、彼の実行しようとした魔法はエラーを起こす。


 結果、ロッドをまとっていた風は、瞬間的に最大風速をたたき出し、続けて四散した。


 操作不能な暴風が巻き起こり、シオンの身体は宙に浮く。

 砂鉄の剣も、横殴りの風に当てられ、その形状を崩す。

 あまり完成度の高くない術式だったのか、磁力での結びつきもそれほど強くはなかったようだ。


 吹き飛ばされて地面に落ちたシオンは、第二撃を警戒してすぐに移動しようとする。

 立て続けに突き刺さる砂鉄の剣を、今度は冷静に避けていく。雷の矢に比べると、速度はそれほどではないので、タイミングさえ誤らなければ直撃はない。ただし、真正面から受け止めることになると、確実に力負けするのはわかっていた。


 ジリ貧の中で、シオンは一つだけ活路を見つけ、それに向けて魔法式を組み始める。


 対するタイガも、徐々にシオンの逃げ場を封じていく。砂鉄の剣の形状を変え、鞭のようにしならせて切りつけようと迫る。

 しかし、その砂鉄の鞭は、見えない壁に阻まれるようにしてはじけ飛んだ。


「なに?」


 決め手として放ったはずの一撃が、予想外の妨害を受けて、タイガはかすかに動揺する。


 その理由は、すぐに判明する。


 強い意志を持った瞳で、久能シオンは明星タイガを見据えている。

 彼は、地面に手をついていた。その周りには、まるで魔法陣のように黒い紋様が浮かび上がっている。


 その文様の元は、砂鉄だった。


 タイガが無数に投射した剣の、成れの果て。

 微かに帯電したそれらを引き寄せ、シオンは強大な磁場を作り上げていた。


 自身に力が足りないのであれば、他から持ってくればいい。

 例えそれが――敵の力であっても。


「『処理追加インクルード』」


 攻防の中で組み立てた魔法式を、一つ一つ読み込む。

 シオンの周りの砂鉄が浮かび上がり、まるでバネのように螺旋の形状を取る。微弱に走る電力は、幾重に重なることで、強大な磁力を生む。


 彼の意図をいち早く察したタイガは、すぐに魔法式を組み替える。


「『セット』『三番起動ガンマ』」


 彼の後方三十メートルから前方二十メートルまでの空間を一瞬で制圧し、空間内に存在する全ての物質の電子を掌握する。

 そして、直線五十メートルに、電流のラインを二方向に引く。


 シオンが手のロッドを構える。

 タイガが鉄の弾丸を生成する。


「実行『簡易・電磁砲シンプル・コイルガン』!」

「実行『擬似・電磁銃フェイク・レールガン』!」


 シオンは手に持っていたロッドを思いっきりぶん投げる。

 彼を囲う螺旋状の帯電した砂鉄は、強力な磁力を生んでいる。磁力に寄って瞬間的に加速されたロッドは、音速を超える弾丸となってタイガへと迫る。


 タイガは生成した鉄の弾丸を射出する。

 自身を中心として作成した電流のラインは、これまた強力な磁力を生む。ローレンツ力によって加速した弾丸は、電流を纏いながら熱とプラズマを起こして突き進む。


 弾丸とロッドは、互いのちょうど中間でぶつかり合った。

 衝撃の余波が周囲に吹き荒れる。

 熱と雷をまき散らしながら、ロッドの破片と弾丸の残骸が塵と消える。


 相打ちだ。


「こん、の。まだだ!」


 飛び散る破片に身体を貫かれつつも、シオンはすぐさま立ち上がる。次なる一手のために、残ったサブデバイスに魔力を通しながら魔法式を組み始める。


 それは、タイガも同じだ。


「く、させるか!」


 高所から振り落とされた彼は、高さの理を失った今、すぐに行動を起こす必要があった。

 互いに譲らない攻防。


 その次なる一手を組み終え、二人が互いに向かって駆け出した時だった。


 が、二人を巻き込むようにして駆け抜けた。


「な、え!?」


 それは炎のようでいて、風のようでもあった。

 横合いから殴りつけるようにして、黒い暴風が二人を吹き飛ばした。


 世界を焼きつくすと言われた毒の風は、皮膚を焼き、大地を枯らし、命を焦がす。おおよそ周囲の全てを巻き込んで、ことごとくを台無しにした。


 意識が途切れる瞬間も理解できないほど、あっさりとシオンとタイガは敗北した。



※ ※ ※



 模擬戦終了。

 霊子庭園が解け、生身に戻ったシオン達は、虚脱感と心地よい疲労感に、へたり込んでいた。


 そんな中、七塚ミラだけが、不満そうに抗議を始めた。


「ずるい! 卑怯! 非道! 卑劣!」


 断固抗議! と言った風に、彼女はぷくっと頬をふくらませている。

 最近は負けても大泣きする事こそなくなったのだが、目尻には微かに涙を浮かべている。

 しかし、負けて泣くことはあっても、こんなふうに文句を言うのは珍しい。


「スキル使わないって言ったのに! あんなの反則だよ!」


 それに対して、同じファントムである千頭和ナギニは、罰が悪そうに頭を掻きながら返す。


「悪かったって。仕方ねぇだろ、パッシブスキルばっかりは、条件満たしちまったら止めようがないんだから。だから最初から、パッシブしか使わないって言ってたんだしよ」

「あんなパッシブ聞いてないもん! むーっ!」


 理屈では納得しても、感情的には納得出来ないのか、悔しそうに地団駄を踏むミラ。


 この模擬戦。実を言うとハンデ戦だった。

 九つの因子を持つハイランクファントムであるナギニに対して、ミラは因子一つのローランク。

 パートナーであるシオンとタイガにしたところで、首席の成績のタイガに比べ、シオンは基本の術式すらも使用に手間取る実力だ。

 まともにやりやっていては、模擬戦にならない。


 だからこそ、ナギニにはアクティブスキルを一切使わないこと。タイガには、物理属性しか魔法を使わないこと、というハンデがあった上での模擬戦だった。


 ファントムには、それぞれが持つ因子一つにつきパッシブスキルが一つと、自在に組むことのできるアクティブスキルが四つまで設定できる。

 アクティブスキルがあくまで能動的に発動するものであるのに対して、パッシブスキルは条件さえ満たせば自動的に発動してしまう。


 ゆえに、パッシブスキルを縛りプレイするのは難しいので、アクティブスキルを使わないという縛りで行なっていたのだが、それでも戦力差はかなりのものだった。


 なにせ、ナギニの因子数は九つである。


 単純に九つの能力があるということで、そのうちの一つが、あれだけの規模の攻撃力だったというわけだ。


 涙目でぽかぽかと叩くミラと、それを仕方ないなぁと言った様子であやすナギニ。

 その横で、それぞれのバディである魔法士二人は、冷静に反省会を行なっていた。


「最後のアレは、『毒』の因子か? 伝承としては、ハラーハラか」

「ああ、そのとおりだ。『天地創造・毒竜ハラーハラ・ヴァースキ』。乳海攪拌にゅうかいかくはんにおいて、ヴァースキが吐いた猛毒の逸話だ。ナギの防御を貫通した時に発動するカウンターだ」

「制御できないのが難点、ってところか。結構距離あったけど、明星も即死だっただろ?」

「発動を抑えることはできるんだが、規模の調整が難しい。目下のところは、自滅覚悟で、格上に使うスキルだな」

「明星の方はともかく、ナギニの方も無事では済まないのか……この場合、『不死性』因子の、『天地創造・不死竜アムリタ・ヴァースキ』は発動しないのか?」

「アレは死んだまま行動するスキルで、蘇生じゃないからな。身体を溶かし尽くすハラーハラとは相性が悪いんだ」


 淡々と言葉を交わしながらも、二人からは、普段は見せないような熱意が現れていた。


 記録していた互いのファントムの戦闘映像を見ながら、あーでもないこーでもないと議論を交わす。

 そのまま続けて、自身の魔法戦についての反省会も始まった。限られた手札の中で、どんな術式を使い、どのような策を立てたのか。有効な戦術や魔法式は、すぐにでも取り入れようと、お互いが真剣だった。


 そんなバディの夢中な姿に、言い争っていたミラとナギニは、苦笑いを浮かべあった。


「なんつーか、まあ」

「似たもの同士、だね」


 ひとしきり笑いあった後、ミラはぼやくように言う。


「彼と話すようになって、シオンってばすごく変わったんだよ。すごく、生き生きしている」


 少しだけ寂しそうな影を見せながらも、ミラは嬉しそうに微笑む。


 ミラとシオンの出会いは少し特殊だ。

 ミラは元々、霊子災害レイスとして、周囲に災禍を振りまく存在だった。

『カール・セプトの鏡回廊』という名のその迷宮は、長らく人に脅威を与えていたのだが、それを神童時代のシオンが解呪したのである。


 それから五年の月日が流れ、ファントムとして発生したミラは、シオンと再会する。その時には、彼は事故の後遺症で魔法士としての能力の大半を失っていた。

 それでも、ミラにとっては構わなかった。

 自分を解呪した、たった一人の敵わない存在。彼のそばにいれば、きっと満たされると――生前も、霊子災害になった時にも、満たされなかったこの心は、きっと満たされると思ったから。


 だから、シオンが目的を持って活き活きとしている姿は、ミラにとっては嬉しかった。つまらなそうに漫然と日々を過ごしている彼なんて、見たくはなかったからだ。

 穏やかな瞳で、議論を交わすシオンとタイガを見ているミラを見て、ナギニは苦笑を漏らしながらつぶやく。


「似たもの同士なのは、アタシらも、か」


 ここ数ヶ月の付き合いで、互いの関係などは薄々察している。

 ナギニは、外見の荒っぽさからは意外な程に、年長として見守るような、穏やかな表情を浮かべていた。



 ※ ※ ※



「そういえば、久能」


 下校時刻となり、帰る準備をしているところで、タイガが思い出したように言ってくる。


「確か君は、草上ノキアと仲が良かったと記憶しているが、最近、彼女はどうだ」


 突然出てきたノキアの名前に、シオンは怪訝な顔をする。


「どうして明星が、草上のこと気にするんだ?」

「いや、草上家のことは、立場上少し聞いてるからな。明星の実家とは縁を切っていても、こうして同じ学園に通っていれば、自然とそちらの情報も入ってくる」


 明星タイガの実家は、魔法の大家の一つであった。


 魔法に関わる組織というのは、現代において非常に重要な立ち位置にある。

 魔法技術は、三十年前の戦争以降、一気に世間に普及したことで、政治的なパワーバランスが非常に複雑になっている。太古から技術を伝承してきた旧家が幅を利かせているところがあれば、現代に則した魔法の技術開発によって、一気に台頭してきた組織も多い。


 明星家は旧家の家柄であるが、魔法の普及についていけなかったのと、跡取りであるタイガが離縁したことによって、ほぼ没落しかけているという話だ。本家の方は、家の名を残すために、後継者であるタイガを必死でつなぎとめようとしている、と言う話を以前に聞いていた。


 そんな、出奔した大家の一人息子は、淡々と事情を説明する。


「草上家は、傍系ではあるが、元をたどれば神咒宗家の一つ、叢雲むらくも家の系列だ。しかも、近年においては魔法デバイスの電子事業においても一廉の実績を上げている。その一人娘なのだから、今、魔法界においてはかなりの重要人物だ」

「重要って、どういう意味で?」

「政治的に、ってことだ」


 彼は少し言い淀む。話を振っておきながら、それを話して良いのか迷っている様子だった。

 やがて、嘆息を一つ漏らした後、「いや、悪い」と謝罪した。


「俺が話すことではなかった。すまない。ただ、草上に変わったことがないかだけ聞きたかったんだ。それと、もし俺のことを聞かれたら、『そのつもりはない』とだけ伝えてくれ」

「……? まあ、伝えるだけならいいけど」


 タイガの様子を見る限り、深く追求しても困らせるだけだと思ったシオンは、あっさりとその会話から離れる。

 後日、その内容を知ることになろうとは思いもせずに。


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